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「七生報国」の誓い 前編
天空に翻る幾筋もの菊水の旗…。楠木正成と足利軍との湊川での戦いは、
決戦の時を迎えようとしていました。正成が命を下しました。
「目指すは、陸手の大将、足利直義ただ一人!いくぞー!」
「オオー!」 楠木軍は一直線に足利直義の軍に突っ込んでゆきました。
足利軍五十万に対し楠木軍わずか七百。けれど正成は兵を三隊に分け、 正面、側面と機に応じて攻撃を仕かけました。縦横無尽な攻撃は次々足利軍を
打ち破り、ついに陸手の大将足利直義に迫りました。直義は慌てました。
「まさか…あの小勢でここまで攻め込んで来るとは…正成、恐るべし…!」
「殿!早く馬へ!」 ところが退却する途中、直義の馬が矢尻を踏み走れなくなってしまいます。
遥か後方、全力で追って来た楠木軍が、直義を見つけました。
「足利直義だ!」「おう!前方におわすは直義殿と見つけたりー!」 楠木軍は土煙を巻き上げながら、あっという間に、直義まであと十メートルと 迫りました。
「直義殿、お覚悟ー!」 直義は、顔から血の気が引くのを感じました。 その時です。足利軍の武者が馬から飛び降り、大薙刀(おおなぎなた)をブルン ブルンと振り回して、楠木軍の馬を次々なぎ倒してしまいました。楠木軍の
勢いが止まった、そのわずかな間に、直義は馬を乗りかえ、走り去って
しまったのです。
「直義殿!敵に後ろを見せるとは卑怯なりー!」
楠木軍は、地団駄ふんでくやしがりました。 正成が唇をかみしめて言いました。 「無念じゃが、いたし方あるまい…」 「何の!兄者、今一度…。」 正李が言いかけた時、地をゆるがす地響きと叫び声が聞こえて来ました。
直義が危ないことを知った足利尊氏が、六千騎の援軍を送り出して来たのです。
じっと大軍が迫る彼方を見ていた正成は正李と目を合わせ、ゆっくりと頷きました
。ー最後の決戦の時でありましたー
正成は太刀を抜き天に向かってかざしました。
「最期の決戦ぞ!我らは、国の真の安泰を願われる 帝のため、命を賭して 戦う!今こそ、我らが正しいと信じた志を天に向かって真っ直ぐに立てる時…!
いくぞー!」
「ウワァー!」 楠木軍は、刃の様に六千騎を突き破ってゆきました。しかし、後方には
直義の大軍…。
正成も正李も矢衾(やぶすま)の中、太刀を振い、時に敵の武将と組んで馬から
転げ落ちました。楠木軍の激突は十六度に及び、正成と正李は七度会い、
七度別れました。正に奮迅決死の戦いでありました。
続く
楠木正成
後藤久子著より抜粋
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2011年10月16日
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「湊川の戦い」
正行(まさつら)の姿が見えなくなると、正成(まさしげ)は軍勢を率い、兵庫へと
向かいました。
兵庫に着くと、先に兵庫に着いていた新田義貞(にったよしさだ)と対面しました。 ここしばらく、敵の城を落とせず気持ちの沈んでいる義貞を見て、正成は言い
ました。
「新田殿、鎌倉の北条氏を滅ぼしたのは、あなたではありませぬか。戦の
わからぬ者達の言うことなど、お気になさることはありませぬ!」
正成の力強い励ましに、義貞の心も次第に晴れていきました。酒をくみかわし、 共に語り、和やかな一夜でありました。しかし、これが義貞との最後の対面と
なりました。
激戦、湊川の戦いは、もう目前に迫っていたのです。
朝焼けの紅が次々変化する美しい暁の空を、正成は神戸湊川の陣から、
じっと見つめておりました。澄み渡る大気…。延元元年(一三三六年)五月
二十五日。決戦の朝でありました。
午前八時、渺々(びょうびょう)とした海の彼方の水平線に、おびただしい数の
船が現れました。足利尊氏(あしかがたかうじ)が九州四国勢の大軍を率い、
攻めのぼって来たのです。兄の足利尊氏が海から海軍を率い、尊氏の弟の
足利直義(あしかがただよし)が陸路から大軍を率いて、海と陸の両方から
攻めて来たのです。
尊氏を大将とする海軍を新田義貞軍が、尊氏の弟直義を大将とする陸軍を
楠木軍が迎え撃つこととなりました。正成は、五十万とも言われる直義軍に、
わずか七百騎の楠木一族の兵だけで当たることを決めたのです。
午前十時、天地に轟く鬨の声が両軍から上がりました。いよいよ戦いの始まりです
。尊氏軍の内七百隻が上陸しようと東へ船を進めました。和田岬で陣を張って
いた新田義貞軍は、上陸させまいと船を追って浜東へ走りました。途中、
義貞は正成の陣と離れてしまったことに気づき、
「しまった!」
と唇をかみました。義貞と正成の陣の間に残りの敵船が上陸して来たら、 正成は前と後ろに敵を受けることとなってしまいます。
案の定、がら空きになった和田岬から敵兵が続々と上陸してしまったのです。
義貞は尊氏軍をくい止めようと必死に戦いましたが、力及ばず、総崩れとなって
しまったのでした。
一方、前に足利直義の軍、後ろに足利尊氏の軍と、前後の敵に挟まれることと なった楠木軍では、正成が命を下しました。
「敵に前後を遮られ、もはや逃れる術はない。まず前の敵、直義軍を追い散らす
!いくぞー!」
「オオー!」 「楠木軍は一丸となって直義軍に突撃しました。」 直義軍は、菊水の旗を幾筋もなびかせて突撃して来る楠木軍に浮き足立ちました
。足利軍全体が最も恐れたのは楠木正成だったのです。以前の赤坂城、千早城
での戦は、あまりにも有名でした。直義軍は五十万という大軍でありながら、
すっかり陣形を乱してしまったのです。その中に、まるで矢の様に攻め込んで来た
楠木軍は直義軍をさんざんけ散らし、大きな痛手を与えると、……
・・・・・・・・・・・ 「皆の者、最後の決戦じゃ!我らは、日本の国の真の安泰を願われる 帝(みかど)のため、命を賭して戦う!今こそ、楠木一族の志を天に向かって
掲(かか)げようぞ…!」
楠木軍七百騎の兵達は、正成と一つ心でありました。もはや、生きて帰ろうと 思う者はありません。一人一人の兵の胸には、烈々たる炎が燃えておりました
。
いよいよ最後の決戦の時が迫っていました。
続く
楠木正成
後藤久子著より抜粋
いよいよ最後の決戦の時が迫っていました。
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オバかの耳はロバの耳 からの転載のつづきです。
にほんブログ村 続きです。 しかし、希望は、あります。両国とも、自由、自立の精神を持った、市民運動が活発で、その勇気ある市民の働きにより、今、かろうじて 自由で、民主主義体制を、保ち続けているのです。 忘れてはいけない、国民は、どの国でも、いろいろな思想、民族が入り混じって、国を成立している。 国民の中には、高い理想を持った者、善人、極悪人、怠惰、無学、病人、富者、貧者様々な人が、集結して国という特色をもって生活している。そのバランスが崩れた時に、独占体制が敷かれてしまう。 そして国内では、意見が食い違い争いが起こる。 だからといって、国境を無くして、世界市民として、仲良く、平和に暮らせるのが、理想じゃないか?といって、国が、不平等を引き起こしているのだと、勘違いを起こすファンタジーの世界に生きる人たちが出てくる。 そして、警察、軍隊は、必要ない。悪だと訴える。 だけど、この地球上に 悪者が、存在しないんだったら、それで生活できるんだけど、悪者は、絶対に、周りの人に迷惑をかける。(100%一致するなんてパラダイスは存在していない) 物を盗んだり、騙したり、人殺ししたり、レ○プをしたり、、、 そういう時、正義の味方警察、軍隊がないと、善人は、身包みはがされて、結局、搾取、虐待を受けてしまうんだよね。 (中国も、チベットやウィグルへ犯罪人を送り込んだし。もっと、詳しく説明すれば、オーストラリアやアメリカみたいに。本国の犯罪人たちを島流しして、治安を悪くした。、ウィルスのついた毛布をアメリカインディアンたちに援助の振りして贈呈して、天然痘をばら撒いて、インディアンを病死させた。高度なインカ、マヤ文明を、全滅させて、歴史書を、全て、焼き捨てて、新に、英雄史を、捏造して無理やり教え込ました。 身包みはがされたインディアンたちは、行き場を失い、怠惰な人種として、見放され、嫌われて、やがて、スペイン人との混血児は、ヒスパニック系とよばれるようになって、不法移民としてアメリカにも流れ込み、低賃金で奴隷と代わらない生活を強いられている。中には、自立出世して、アメリカ市民権を得て、豊かな満ち足りた生活をしている人たちも、大勢いらっしゃいます。) 動物が生きる自然界を観ていれば、人間の生き方も学ぶところがたくさんある。 それぞれの生き物において、役目も、性格も、気性もちがう。グループを作って寒い環境の中でも、智慧を働かせて仲良く生きて行く日本猿、もいれば、弱いものいじめする鶏や、ハイエナ、臭いところが大好きな糞ハエだっている。 それそれの生き物が、それぞれの環境で、自立して生きていくのが幸せだ。 自然界でも、常に、縄張りってーのがあって、陣地の奪い合いをしている。そーいう生き物が、世界中に存在していることを自然界から学んで、自衛は、しっかりとして、相互に助け合いながら、困った国を助けてあげるようなそういう自立した国々と上手く外交をしていかないと、駄目です。 以上、TPPは、日本にとって、非常に危険です。 日本猿の寒さを生き抜く工夫 http://www.youtube.com/watch?v=17VKbzVOuqo&feature=player_embedded |
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オバかの耳はロバの耳 からの転載です。TPPはほんとに危険です。このTPP、まさにアメリカの日本占領政策の総仕上げのような所があります。またアメリカも、国内の切羽詰まった行き詰まりを日本を踏み台にして解消しようとしているのでしょう。
つづく
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韓国人の思考の構造は理解できませんね。厚生年金に加入している強制徴用者って、それを強制徴用と考えられるんでしょうか。しかも委員会関係者は「今回のリスト入手で、強制動員被害者の具体的な被害内容と根拠を確保し」って、どこが被害内容の根拠なんでしょう。もし日本が敗戦してなかったら、この人達は年金をもらって暮らせたんじゃないですか。全く一般的な普通雇用だと思いますが、これを強制徴用とすることに変だという思いも湧かないのでしょうか。もう頭から、決めつけた枠組みの中でしか思考が働かなくなっているのでしょうね。こんな感じで、従軍慰安婦とかも、思い込みの枠組みの中で、被害妄想が膨らむんでしょう。
2011/10/11 15:09 K
【ソウル聯合ニュース】太平洋戦争当時、日本の厚生年金に加入した強制徴用被害者のうち、9割近くが脱退手当の支給を受けていないことが確認された。
国務総理室所属の対日抗争期強制動員被害調査および強制動員犠牲者ら支援委員会は11日、日本政府から8月に提供を受けた5713人の厚生年金加入リストの写しを公開した。
日本政府は2010年1月に朝鮮半島出身者4727人の記録が存在することを韓国側に通知したが、リストを提供したのは今回が初めて。
委員会によると、673人だけが脱退手当の支給を受け、88.3%に相当する5040人は1円も受け取れなかったとした。手当は最低で10円、最高で300円だった。
委員会関係者は「今回のリスト入手で、強制動員被害者の具体的な被害内容と根拠を確保し、日本側に補償を要求できるようになった。資料を具体的に分析し、被害判定などに活用する計画だ」と説明した。 |
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