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昨日は、パソコンの不具合がついに限界に達して、再セットアップをする羽目になりました。お陰で、今までブログに自動的にログインできていたのができなくなって、パスワードを思い出すのが大変でした。

しかも私はいろんなサイトで、似たようなパスワードを使っていたので、最近になって、サイトの警告に従って、パスワードを変更したのですが、変更したために新しいパスワードが思い出せないのです。あれこれ試して思い出せないので、再び新しいパスワードに変更しようとしたら、その手続きで、登録したメールアドレスが必要で、それがまた違っているというのです。もうお手上げ状態でした。

一晩たって、もう一度ログインを心当たりのパスワードで繰り返しているうちに、何とか適合するパスワードが見つかり、基本情報を見てみると、メールアドレスが、もう使わなくなった昔のプロバイダーからもらったアドレスのままでした。それを変更して、やっと一段落です。

とはいえ、再セットアップすると、なんとなく心機一転したような気もして、晴れ晴れとした気分もあります。それに今まで言語バーが隠れてしまって、文章を打ち込むたびに、ウインドウズキーとRとエンターで出さなくては出て来なかったのですが、これが何もしなくてもちゃんと出ているのが非常にありがたくてたまりません。

パソコンもなんとなく元の状態に戻ってくれて、さらに先日は、修理に出していたカメラが戻ってきました。やっと小鳥たちなどの姿が写せるようになりました。

去年11月くらいからカメラが故障して、それを年末に修理に出して、その間に、しょっちゅう庭に、ジョウビタキのオスが来て、窓から見るとかなり近くに止まっていたり、もう絶好のシャッターチャンスだというのに、手元にカメラのないもどかしさは、ほんとに残念でなりませんでした。

ジョウビタキの声はかすかなか細い笛のような声で、ヒッ、ヒッ、ヒッ、と聞こえてくるのです。この声を聞くと思わず、庭をそっと眺めてみるのですが、すぐに姿が見つかるときもあり、どこにいるのかわからない時もありますが、いろんな所に飛び移りながら、すぐに去って行きます。一体何をしに来ているのかが不明です。でも飛び移りながら、昆虫をとっているのかもしれません。そんな風には見えないですが、冬なので、餌探しも大変なのかもしれません。時々庭木の茂みに入っていくので、やはり何かを見つけに来ているのでしょう。

夏の間は、よくジョウビタキのメスが来ていました。メスは少し地味な色ですが、それでも綺麗な色で、ジョウビタキは見た目にも美しく、美男美女の小鳥さんです。戻ってきたカメラで、早速写しました。愛用のカメラが有るというのは、しみじみ幸せですね。簡単なデジカメではありますが、使い慣れて気に入っていたので、故障したときには、もうだめかとショックだったのですが、戻ってきてくれてほんとうに有難いと思います。

今まで使い方が少し粗雑だったのかもしれません。帰ってきてくれたカメラを今度は大切に、もっと愛情を持って扱おうと思っています。ものにだって、きっと魂はあるのでしょう。だから相性が合う合わないということも起こるし、不思議とこちらの心持ちの、穏やかなとき、苛立ったときに、あわせて反応するような気がする時があります。まあ偶然といってしまえばそうかも知れませんが、でもそう思うほうが、ちょっとこころが温かくなる気がしますよね。

モノだって生きている、心がある、と考えることから、本当のエコロジーは始まるのかもしれません。日本人が勿体ないという言葉で、モノを大切にしてきたことを、 ノーベル平和賞のマータイさんはおっしゃいましたが、まさにこの勿体ないという言葉に、そうしたモノの命を感じて生きてきた日本人のものの観(み)方が表れている気がします。

マータイさんは、勿体ないという言葉には、単に節約というだけではなく敬虔な心が表れているとおっしゃいましたが、さすがに、マータイさんは、よく見抜く目を持っていらっしゃるものです。

 
さて、早速取った写真がこれです。
冬なので、小鳥たちは羽毛をふくらませて、丸く感じられます。そのためにちょっと幼い感じがして一層愛くるしさが増します。ずっと見ていても見飽きない可愛さです。
 
ちょこちょこと向きを変えてはさえずっています。ほんとにかわいい!
 
 
遠くから見たシルエットも、美しいです。
 
 
 
カメラを修理に出す前に年末に撮った写真には、カワウが写っています。カワウがいつも止まる電柱があり、しょっちゅう止まっている姿を見ますが、年末に見たカワウは、婚姻色が出ていました。一昨年だったか初めて婚姻色を見て以来、これが二度目の時期なので、カワウの繁殖期は、やはり冬なのでしょうか。白い冠に白い足首、ちょっと威厳まで増した気がします。
 
カワウというのは、ほんとに電柱の上が好きで、川の近くの電柱にはけっこうよくカワウを見かけます。 時にはこんなに並んで止まっていたりします。http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/f3/4174878525bcb70e280aa4c5eda735ba.jpg
 
 
あるときこの下の川を見ていたら、水面がぼこぼこと水が湧立つようなかんじになったと思うと、鵜が浮かび上がって来ました。
 
こういう場面は初めて見ました。カワウが飛んでいるところや止まっているところはしょっちゅう見ますが、餌をとっているところは初めてです。このあと、どこかに飛んで行きましたが、鳥のすばやい行動をカメラで追うことは出来ず、この写真が精一杯でした。
 
鵜が飛ぶ姿は、なんとなく翼をパタパタ動かして、下手な飛び方に見えて、ひょうきんなイメージなんですが、こういう水に潜るようなこの鳥らしい得意技の姿は、やはり野生のかっこ良さがありますね。
 
うちの近くの、用水路がちょっと大きくなった程度の小さな川ですが、こうして鳥たちが暮らしていると思うと、なくてはならない川です。山林の大自然でなくても、人の暮らしのごく近くにあるささやかな自然も、とても大切だとしみじみ思います。
 
 
 
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歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
 
 
マッカーサーの日本史認識
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                                                                                           高知大学名誉教授 福地惇                                                               
 
勝ち誇って乗り込んで来た占領軍の最高司令官マッカーサー元帥の人となりの一端から述べたい。
彼の日本歴史や文化を見る眼差しは、欧米人の誤解に満ちた通俗的な理解の中でもかなりレベルの低い部類に属すると言わざるを得ない。
マッカーサーは最高司令官を罷免された後に回想記を世に問うたが、それは日本版と米国版とでは内容に相当の懸隔があるいわく付きのものである。戦後間もなく『マッカーサー回想記』(津島一夫訳)と題して朝日新聞社が刊行したが、中公ビブリオ文庫として復刻された。
余談だが、チャーチルの定評高い『第二次大戦回顧録』のひそみに倣ったのであろうか、大仰に『マッカーサー大戦回顧録』(上下二巻)と表題が改められていた。原題名は“Reminiscences”だから、直訳すれば「回想記」である。
 
マッカーサーはこう書きとめている。
「私たちは九十二年前の同胞ペリー提督に似た姿で東京に立っている。ペリー提督の目的は、日本に英知と進歩の時代をもたらし、世界の友情と貿易と通商に向かって孤立のベールを引き上げることであった。しかし、恐ろしいことに、それによって西欧の科学から得た知識は、弾圧と人間奴隷化の道具に利用され、迷信と武力に訴えることによって言論の自由、行動の自由、さらには思想の自由までが否定された」。現今の事態になぞらえれば、マッカーサーは明治政府の指導者を、まるでサダム・フセインの如く見ていたようである。
(日本の)実態は西欧諸国がすでに四世紀も前に脱ぎ捨てた封建社会に近いものであった。(中略)神人融合の政治形態は西欧社会では三千年の進歩の間にすっかり信用されなくなったものだが、日本ではそれが存在していた。(中略)神人一体の天皇は絶対君主であって、(中略)アメリカ人の目から見れば、日本は近代国家というよりは古代スパルタに近い存在であった
国民の中のほんの一部にしか過ぎない封建的な指導者たちが支配の座に座り、他の何千万という国民は進んだ意識を持つ者のわずかな例外を除いて伝統と伝説と神話と統制の完全な奴隷となった
 
あえて注釈を加える必要もないと私には思えるが、恐らくマッカーサーにとっては、日本の歴史に対する正確な知識はどうでもよいことだったのだろう。何となれば、米国の日本占領目的は、日本が発展性豊かな独立主権国家として再起することを極力抑えつけることにあったからだ。もちろん、最高司令官の占領統治目的もそこにあり、目的追求に役立つ道具(宗教・歴史観・政治観でも南京大虐殺や真珠湾奇襲攻撃や捕虜虐待でも経済政策でも何でも)ならば、それをトコトン活用するまでのことだったと言えよう。
 
歴史の事実は全くといってよいほど軽視し、日本の支配者は本来的に侵略主義の天皇制軍国主義者であったとか、大東亜戦争は世界の平和を撹乱する邪悪な侵略戦争だったとか、日本を悪者に仕上げて貶める説明であればそれでよかったのである。それゆえというべきか、マッカーサーの日本の歴史に対する認識は、日本共産主義者集団=講座派(戦前、『日本資本主義発達史講座』を岩波書店から刊行してこの名が付いた)の日本歴史説明とそっくりなのである。
戦後、日本人の精神を「敗北主義イデオロギー」に染め上げるためにマッカーサーが駆使した主力部隊(講座派)は、192030年代に国際共産主義運動の司令塔(コミンテルン)が指令してきた革命運動方針(二七テーゼや三二テーゼなど)を鵜呑みしてきたコミンテルン日本支部要員(日本共産党)である。
 
コミンテルン・テーゼを要約すれば、天皇制は半封建的絶対主義で人民を奴隷的に搾取・抑圧するブルジョア革命以前の時代遅れの支配体制であるから、人民大衆は起ちあがって時代遅れの天皇制を打倒せよ、自らを解放せよ、というものだった。まさに日本共産党の檄文である。それを金科玉条と崇め奉った日本のマルクス主義者たちは、祖国の麗しき歴史伝統を侮蔑し、否定して天皇制打倒を鼓吹した。
大敗北を喫して精神的にも物質的にも打ちのめされ、厭戦気分に浸りきった日本国民の愛国心をここぞとばかりに壊滅させる作戦として、祖国を呪う共産主義者を格好の工作要員として、“活用”したマッカーサーは、軍人であると同時に、まさに“詭道の達人”であったと言わねばなるまい。
 
占領政治は陰で共産主義者を利したと私は見ている。占領軍の支援(資金援助等も含め)なしに、講座派があれほどの勢力を保って学界、言論界に跳梁跋扈し得たかどうか興味は尽きない。アメリカ自由主義の旗手を自認するマッカーサーは、日本の共産主義者を占領政治に駆使することで、<思想改造戦争>に目覚ましい戦果を挙げたのである。我々はこれを、重大な負の遺産として受け止めねばならない。 
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福地先生のこの論文のご指摘は戦後日本の立て直しのために知っておくべき事実であります。
特に太字で示したマッカーサーの歴史観は、戦後の日本に大きな影響を与えるものだと思えます。
イメージ 2マッカーサーの日本の歴史認識、つまり階級闘争史観はGHQの唯一の歴史家であったハーバート・ノーマン(左写真・上)の影響があるでしょう。
階級闘争史観とは簡単に言えば、日本の戦争は“支配階級”であった「天皇制軍国主義者」が起こしたものであり、“被支配階級”である大多数の「日本国民」には責任がない、という善悪二元論です。
 
イメージ 3ノーマンは昭和15年、駐日公使館の書記官の時に羽仁五郎(左写真・中央)に再会し、羽仁から歴史の講義を受けました。この頃、羽仁五郎は32年テーゼ主張から左派歴史家となっていました。
この時教わったのは、徳川封建制度の圧政であり、日本の大陸侵略と国内暗黒反動組織を最初につくり上げた西郷隆盛と山県有朋という悪人に対する憎しみを教わり、大正・昭和の日本の封建主義の圧政であったのです。
日本の歴史を全く知らないGHQの面々に対しノーマンは「日本には封建制度が重イメージ 4くのしかかっており日本帝国主義の暗黒であった」という階級闘争の歴史観を教え、その上に立って日本国憲法草案者のユダヤ人ケーディス(左写真・下)らは「日本の封建主義を除去し、天皇制を利用して共産主義革命を目指していく」というものであったのです。
 
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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