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今回の「日本人よ、覚醒せよ!」は高志さんの記事より日本人が知るべき事実を掲載させて頂きます。
・・・・・
 
占領下の日本は国旗も国歌も自由に扱う事が出来なかった。おまけに日本の場合は「自粛」というおかしな風習がある。特に指摘されなくても、自発的に気を回して相手の意向に添うのだ。
未だ占領下であった昭和26年頃の話だが、あるブラスバンドが練習の為に「軍艦行進曲」と「愛国行進曲」を演奏していた。そこへ進駐軍の将校が通り合わせ「素晴らしい曲だ。皆にも聞かせてやりたいから、一度うちのバンドと演奏会をやらないか」と持ちかけ、後日、二つのブラスバンドによる盛大な演奏会が開かれたという。その演奏会で「軍艦マーチ」も「愛国行進曲」も「星条旗よ永遠なれ」や「士官学校行進曲」に劣らぬ「名曲」であるという評価を受けた。これは「米軍の前で、日本の軍歌が、戦後初めて演奏された」という特ダネ記事で報じられたが、それくらい珍しい出来事であった。
 
「軍艦行進曲」に限らず、戦前に作曲され、今はほとんど演奏される事もない名曲は数多くある。
「君が代行進曲」「分列行進曲(抜刀隊)」「敷島艦行進曲」などは明治時代から受け継がれたものであり、「愛国行進曲」や「太平洋行進曲」は支那事変勃発後に発表されたものだが、一般の催しで演奏される事はない。うっかり演奏したら、忽ち「軍国主義の復活だ!」などと大騒ぎする連中が多いから、トラブルを避けるために演奏しないのである。軍艦マーチは一時パチンコ屋で利用された事もあるが、心が浮き立つ様な旋律は比類のないものだ。しかし、「軍艦マーチ」を聞いて大本営の戦果発表に胸を躍らせたのは私の様な年令が最後になる筈で、「軍艦マーチ」を聞くと戦争を連想するなどという若い人の発言には「戦争も知らずに何をぬかすか」と言いたくなる。
 
ところが、軍艦マーチの様な軍歌ならまだしも、国歌「君が代」を聴いただけで心臓に異状を起こす病人が、教員の中にいるというから、驚くというよりも呆れた話だ。「週刊ポスト」の1月13・20日号に橋下大阪市長の「君が代条例」に関連した特集記事が載っている。《東京の都立高校元教諭で「不起立のジャンヌ・ダルク」の異名を持つ女性教師(左下写真)は、自身のHPでこう心情を述べている。「(式典で君が代を聞くと)心臓がバクバクし、中国大陸に侵攻した日本軍の若い兵隊が中国人捕虜を銃剣で突くように命じられた姿が浮かんだ。私は“お前は突くのか”といわれているようだった」》
 
イメージ 1哀れな女である。 歪んだ知識をそのまま、疑いもなく取り込み、お粗末な想像力を働かせているのだ。日本軍の若い兵隊が、度胸をつける為と称して、捕虜を生きたまま銃剣で突く姿はチャイナ各地の反日展示館へ行けば幾らでも見られるだろう。或いは、そういう行為が実際にあったかも知れない。しかし、国際条約に悖る違反行為を度々犯す程、日本軍の軍規は甘くはなかった。戦場は時に人を狂気に追いやる。ベトナムでもアフガンでも残虐行為はあとを絶たないが、日支事変で日本軍が行ったと言われている残虐行為の殆どは辻褄の合わないものばかりである。
 
敗戦後,日本を占領した連合国軍が真っ先にやったのは、日本を永久に弱体化させる事であった。日本軍の強さは十分知り尽くしていた。こんな国が又復活したら自分達が困るから、2度と立ち上がれない様に徹底的に日本軍を悪者に仕立て上げたのである。その口車にまんまと乗せられているのが日本人で、一番大切な教育の現場とマスコミが手先となって洗脳を行なったのだ。彼等は自分達の父祖が辱められている事に何の痛痒も感じないらしい。
 
上海特別陸戦隊の大山勇夫海軍大尉の最期を知っているか。通州事件でどれだけの日本婦女子が惨殺されたか。もし、そんな事件は知らないと言う様なら、もう2度と戦争の事で知ったかぶりするのは止せ。 南京大虐殺はこの事件をヒントにして彼らが言い出だしたもので、婦女子への残虐な行動や、子供の殺し方など日本人には想像もつかない状況が馬脚を顕わにしている。 

それに、こんな頭の弱い女をジャンヌ・ダルクに例えるのも大間違いの笑い話である。
大体、ジャンヌ・ダルクは戦場の殺人行為に真偽の判断すらつかず、心臓がパクパクする様な、か弱い女ではない。祖国の存亡を賭けたオルレアンの戦いでは兵士たちの先頭に立って指揮を執り、イギリス軍を破ったと伝えられているが、常に軍と共にあり、心臓パクパクなんて事はなかった。

イメージ 2戦時中に日本軍が「やられた」残虐行為は数多い。ニューギニア戦線では日本軍の負傷兵は生きたままブルドーザの下敷きにされ、ビルマ戦線では野戦病院に残された身動き出来ない日本軍の負傷兵を、イギリス軍はガソリンをかけて建物ごと焼いている。ソ連が行なった大々的な国際法違反については今更言うまでもないであろう。
 
サイパン島には「バンザイ・クリフ」と呼ばれる悲劇の名所がある。戦場となったサイパン島で敵に捕らえられる事を恐れた日本の女性が次々に身を投げた断崖で、実際に飛び降りる女性達の姿は今も映像に残されている。涙なくしては見られないシーンだが、実はこの映像には演出が加えられていたのである。撮影班は、カメラを最も良い位置に据え付けるとOKのサインを送り、合図を見たアメリカ兵たちは、まるで猟犬が獲物を追い立てる様に撮影スポットに女性たちを追い込んで行く。こうして身投げする女性たちの姿が鮮やかに残されたのだ。あらゆる残虐行為の中で最も悪質な行為と言えるだろう。
 
 
 
 
 
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

 
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                             (終戦の詔書)
 
 
歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
 
「終戦の詔書」の凛々しく気高い精神
 
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高知大学名誉教授 福地惇
 
 
イメージ 3鈴木貫太郎首班による終戦内閣(左写真)は、我が国が決して譲れない降伏条件とした「國體護持」を連合国側が認めたとの判断の下にポツダム宣言を受諾した。
 
終戦の詔書は、先ず大東亜戦争の正当性を述べ、この戦争が万やむを得ないものであったことを再認識してから、「朕は茲(ここ)に國體を護持し得て、忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し、常に爾臣民と共に在り。(中略) 宜しく挙國一家子孫相伝へ、確く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを念(おも)ひ、総力を将来の建設に傾け、道義を篤くし志操を鞏(かた)くし、誓って國體の精華を発揚し、世界の進運に後れざらんことを期すべし」と宣うた。
大敗北は無念だが、自暴自棄に陥らず、正々堂々として国家再建に立ちあがろうと発せられた、実に凛々しく気高い敗北宣言である。
 
イメージ 4ところで、ポツダム宣言第5項は「吾等の条件は左の如し」と銘記して、第6項以下最終項の第13項に至るまで日本国の降伏条件を列挙している。
注目すべきは、第10項「日本国政府は日本国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去すべし」であり、第12項「前記所目的が達せられ且つ日本国民の自由に表明せる意思に従い平和的傾向を有し且つ責任ある政府が樹立せらるるにおいては連合国の占領軍は直ちに日本国より撤収せらるべし」と明言されている点である。
有条件降伏であることは明白なのである
しかも、第10項、第12項の意味するところは、限定条件があるとしても、明らかに「國體の良い面の保持」を容認していた。それは同時に、近代国際社会の不文律=民族自決権を認めているということである。これは核心的に重要なのである。
 
連合国軍の日本国占領支配の法的根拠は「ポツダム宣言」と、同宣言を前提に日本がその後従うべき諸条項を日本政府として明記し、連合国が承認・調印した「降伏文書」である。
この二つの文書は連合国と日本国が取り交わした条約に類する国際誓約=国際協約である。
 
イメージ 5昭和2092日、東京湾内に停泊中の米国戦艦ミズーリ号甲板上で調印された「降伏文書」(全権外務大臣重光葵、副全権参謀総長梅津美治郎)には「茲(ここ)に『ポツダム宣言』の条項を誠実に履行する」と記されている。
敗戦国日本は、両文書に明記された諸条件を厳格に実行する義務を課せられたが、それは同時に、戦勝国側も協約を遵守する義務を負ったことを意味する。米国政府と日本政府とはポツダム宣言と降伏文書の法的拘束を受けるのである。(次回へつづく)・・・・
 
 
「終戦の詔書」、と言ってもピンとこない日本人は多いかもしれません。
玉音放送で「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、以って万世の為に太平を開かんと欲す・・」と聞けば理解されると思います。この全文を読むと福地先生が仰せの通り、気高く凛々しい詔書であります。
 
イメージ 6よろしく挙国一家、子孫、相伝え、よく神州の不滅を信じ、任重くして道遠きをおもい、総力を将来の建設に傾け、道義を篤くし、志操を固くし、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運におくれざらんことを期すべし。汝臣民、それよく朕が意を体せよ
 
昭和天皇は「それよく朕が意を体せよ」とのお言葉でありました。
しかし、平成の御代になっても、意を体していない我が国であります。
戦後日本の悪夢から目覚めるためにも「神州の不滅を信じ」「道義を篤くし」「志操を固くし」「国体の精華を発揚し」・・・
「開戦の詔書」「建国の詔書」とともに、日本国民はきちんと胸に刻むべきであります。
 
また、よく日本の降伏を無条件降伏と言われていますが、これも福地先生ご指摘の通り「有条件降伏」であります。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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「竹島の日」記念行事、竹島・北方領土返還要求運動大会の参加者を募集します。

 平成24年2月22日(水)に、第7回「竹島の日」記念行事、竹島・北方領土返還要求運動大会を開催します。募集の内容については、こちら(参加者募集案内)をご覧ください。(H24.1.20更新)
 
1.開催日時等
(1)日  時  平成24年2月22日(水) 午後1時30分から4時10分まで
 
(2)場  所  松江市殿町158 島根県民会館中ホール 
 
(3)主  催  島根県、島根県議会、竹島・北方領土返還要求運動島根県民会議
 
(4)募集人数  80人
 
2.内容
(1)記念式典 (13:30〜14:30)
  主催者・来賓の挨拶、感謝状の授与等
(2)「竹島問題を語る」 (14:40〜16:10)
  テーマ  「竹島問題、過去から現在、そして未来へ」
  登壇者  下條正男氏(拓殖大学国際学部教授、島根県竹島問題研究会座長)、ジャーナリストなど(調整中)
 
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竹島・北方領土返還要求運動島根県民会議啓発活動

(1)県民大会などの啓発事業を実施しています。
    当日配布資料
  • 平成21年2月竹島の日記念行事
    当日配布資料
(2)啓発資料「竹島 かえれ島と海」の作成
 
 
 
 
 
 最近の主な動き
 

■第7回「竹島の日」記念 竹島資料室「特別展示」の開催 

平成24年2月22日、第7回目の「竹島の日」を迎えます。その日を記念して、竹島資料室「特別展示」を開催します。
 是非、ご覧いただきますようご案内します。

テーマ : 「李承晩ラインと竹島」 
 
戦後、韓国に拿捕された日本漁船は326隻、抑留された日本人は3,904人にも上ります。その大半は李承晩ライン宣言以後のことであり、被拿捕漁船乗組員やその家族、漁業関係者に大きな苦痛を与えました。また、この問題は日韓会談(国交正常化交渉)をはじめとする日韓関係にも大きな影響をもたらしました。そして、漁業問題を深刻化させ、また竹島問題を表面化させた李承晩ラインに焦点をあてた企画です。
 
期間 : 平成24年1月18日(水) − 2月29日(水)
 
これまで2月1日から28日の間、開催していましたが、今回は1月18日が竹島問題の発端となった李承晩ライン宣言から60周年を迎えることから、開始時期を前倒ししています。
 
(開室時間) 午前9時 − 午後5時  (休室日) 土・日曜日、祝日
 
 
 
 
 
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 李承晩ライン(りしょうばんライン、이승만 라인/李承晩 라인)は、1952年(昭和27年)1月18日大韓民国(韓国)大統領李承晩の不法な海洋主権宣言に基づき、韓国政府が一方的に設定した軍事境界線。韓国では「平和線(평화선)」と宣言され誤った認識を韓国人に与ええている。
 
 
概要
 海洋資源の保護のため、韓国付近の公海での漁業を韓国籍以外の漁船で行うことを禁止したものである。これに違反したとされた漁船は韓国側による臨検拿捕・接収の対象となり、乗組員が銃撃され殺害される事件が起こった(第一大邦丸事件など)。
 
 日米両国は「国際法上の慣例を無視した措置」として強く抗議した。日韓漁業協定の成立(1965年)によりラインが廃止されるまでの13年間に、韓国による日本人抑留者は3929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を数えた。抑留者は6畳ほどの部屋に30人も押し込まれるなどの劣悪な抑留生活を強いられ、抑留期間も数年間におよんだ。
 
 李承晩ラインの問題を解決するにあたり、日本政府韓国政府の要求に応じて、日本人抑留者の返還と引き換えに、常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されていた在日韓国・朝鮮人472人を放免し、在留特別許可を与えた。一方、韓国政府は日本人抑留者の返還には同意したが、日本政府が摘発した韓国人密入国者の強制送還は拒絶し、日本国内に解放するよう要求した。

背景

 韓国は第二次世界大戦の講和条約であるサンフランシスコ平和条約に戦勝国として参加することを希望していたが、連合国大韓民国臨時政府承認した事実がなく、イギリスアメリカによって拒否された。また、対馬波浪島竹島を自国領土であると主張していたが、対馬が日本領であり、波浪島は実在しなかった。
 韓国は日本が平和条約で放棄した領土に波浪島・竹島を追加すること及びマッカーサー・ラインの継続を要望したが、アメリカは1951年8月10日に「ラスク書簡」にて、韓国の要求を拒否した。「ラスク書簡」の約1ヶ月後の1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約は調印され、翌1952年4月28日に条約が発効される手筈となっていた。
 一方で、韓国においては、済州島四・三事件保導連盟事件および国民防衛軍事件等により、韓国民同士が虐殺を行い、軍の物資の横領した金品を李承晩も受取っており、李承晩に対する韓国国人の不満は高まっていた。
 
 この時代に背景のもと、李承晩は1952年1月18日に、突如として李承晩ラインの宣言を行い、多くの日本人漁民を拿捕し殺傷した。

韓国の主張とアメリカの抗議

 韓国は1952年1月27日に李承晩宣言韓国政府声明を発表し李承晩ラインを国際法において確立されたものとした。その主要な主張は以下のとおりである。
  • トルーマン宣言、メキシコ、アルゼンチン、チリ、ペルー及びコスタリカ諸国政府による宣言と同性格である
  • マッカーサーラインは有効に存続している
  • 接続水域の地位は国際法上確立しており、接続水域において漁業の絶対的自由は認められない
 しかし、李承晩ラインがトルーマン宣言と性格が異なることはアメリカによる南米諸国の宣言への抗議でも明らかであり、ラスク書簡によりマッカーサーラインの継続はアメリカから拒否されている。韓国政府は60海里に及ぶ漁業独占権を接続水域として整理しているが、当時のアメリカ、イギリスが主張する接続水域は12海里(22km)であり、フランスは20kmであった。また、接続水域とは、関税や検疫のために限定された管轄権を行使できる水域を示しており、漁業独占のための水域ではなかった。
 1954年に作成された米国機密文書・ヴァン・フリート特命報告書によれば、アメリカ政府竹島問題をサンフランシスコ平和条約により日本領として残したこと、李承晩ラインの一方的な宣言が違法であることを韓国政府に伝達している。
 
 
 
 
 
竹島問題パンフレット・冊子 プリントアウトしてご活用下さい。
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima06/index.data/takeshima_img75.jpg概要版パンフレット[Web版:2008年9月改訂]
(日本語、英語韓国語
(日本語、英語韓国語
Web版はこちら↓
 
 
                                     http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima06/index.data/img-711092917-0001.jpg 「竹島の日」条例制定5周年記念誌[2010年2月発行]
 
 
 
 
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外務省作成竹島啓発パンフレット「竹島 竹島問題を理解するための10のポイント) 
画像をクリックすると、パンフレットの内容(PDF版)がご覧いただけます。(外務省ホームページにリンクします。) 外務省ホームページの「竹島」ページはこちら
 
 
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 事実と異なる内容があれば、
訂正しますので、
下のコメント欄に記載願います。
 
 
 
 
 
  

転載元転載元: 日本の海が安全で美しくあれ(尖閣・竹島・対馬・水俣・徳山・福島)

 
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イメージ 2前回、「日本人よ、覚醒せよ! 日本国憲法の正体」の記事に対して、daystyle2010 yukariさんからこのようなコメントを頂きました。
「第二十四条のくだりで驚きを禁じえませんでした。家庭を放棄してまでの女性の社会進出が何故必要なのか。日本は元々、共同参画の確立した国家であったと思います。最近の若い女の子の発想は、まず自分の自由確立と個人の権利の主張です。これでは我が身を呈して夫や子供に尽くすといった女にしか出来ない行為も馬鹿げたものに感じてしまいます。こんな事で本当に女は幸せになれるのでしょうか? 」2012/1/28() 午前 8:23) 
 
yukariさんのこのコメントのご指摘は今の日本の家族と女性の在り方を考えさせるものです。
「自由確立と個人の権利の主張」と「こんな事で本当に女は幸せになれるの」。それと「我が身を呈して夫や子供に尽くすといった女にしか出来ない行為」という部分。
 
ユダヤ人の長老モーゼ氏は日本の男女同権に対してこう書いています。
「人間は自然の摂理として両性は全く異なった天分を持たされているにもかかわらず、これを単純に平等に扱おうというわけである。これは自然の摂理に対する冒涜である。」
また、こうも書いています。
「戦前の日本人には『男は度胸』『女は愛嬌』という言葉があった。これは皆様も欧文に翻訳するとき困った経験をお持ちであろうと思う。この『度胸』『愛嬌』に相当する欧米語が見つからないのである。しかしこれは当然のことである。なぜなら、この両者は欧米人の男女とも持ち合わせていないのであるから・・・」
日本の先達たちが長い歴史の中で営んできた日本の家族の在り方、男女の在り方。これらをどんどん変えていくことが日本にとっていいことなのだろうか・・・。
 
イメージ 3男女共同参画。昔から女性も働いて社会に貢献しており、それ以上に家族の中にあって家を守っていたわけです。にもかかわらず男女共同参画、それにリンクして保育所を増やして益々女性を家庭から社会に出して働かせようとする。人口減による労働力不足を補うというのはまやかしとしか聞こえない。さらには夫婦別姓、戸籍の廃止、児童虐待など、これから日本はおかしな方向に向かいつつあります。
共産主義的政策、つまりかつてのソ連のように女性を働かせて、子供は国が預かり、そうしているうちに出生率が激減していきました。家族崩壊の先には少子化という問題もあることを日本もその戒めとしなければいけません。
 
以下、ユダヤ人モルデカイ・モーゼ著『日本人に謝りたい』より掲載させて頂きます。
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我々ユダヤ人の理想のお手本となるべきものに日本が戦前誇った家族制度があった。
面白い話を一つ紹介しよう。
かつて「国際連盟」の労働部長であったユダヤ人、アルベール・トーマが日本の労働事情調査のため来日した。面白い話というのは、アルベール・トーマが来日し、日本へ階級闘争の激化工作をしようとしたとき、その前に立ちはだかったのが、日本の強固な家族制度だったのだ。
アルベール・トーマは、「日本では家族制度が強固なため階級闘争、つまり労働運動の激化を仕掛けることは非常に困難である。なぜならば、労働者は失業しても労働運動などする必要はない。家族が暖かく迎え入れてくれるからである。この家族制度をなんとかしない限り、日本へ階級闘争を持ち込むことは難しい」といっているのである。
アインシュタインもまた来日した時、日光の金谷ホテルからドイツのユダヤ機関へ手紙を書いているが、その中に日本の家族制度の立派さを書いているのである。
 
かくの如く、日本の家族制度はこれまた類い稀な存在であったのだ。
戦前の日本の家族制度にはとても及ばないが、現在世界中で一番この家族制度というものを強固に有しているのは我々ユダヤ人社会であろうと思う。この点、我々は常にそれを誇りとしている。
ここでまた日本人にお詫びしなければならないのであるが、この日本のすばらしい家族制度を破壊したのは我々ユダヤ人なのである。具体的には、占領改革の時ニューディール派(GHQのマルクス主義者)が行なったものである。
前述のアルベール・トーマの件でもお分かりと思うが、ユダヤ人がマルクス主義的変革を実行するためには、家族制度は国内の君主制といわれる如く邪魔な存在だったのだ。家族制度が「小さな君主制」としてユダヤ民族のマルクス主義的変革事業の邪魔になるということは、何も今日昨日の問題ではなかったのである。
 
現在のユダヤ人社会では戦前の日本にあったようなすばらしいものではないにせよ、家族制度というものは固持されている。恐らく世界一のものではなかろうか。
親と子は多くの場合同居している。これは決して住宅難のせいではないのである。子は年老いた親の面倒をよくみるのである。特に親孝行という言葉はもっていないが、将来できるかも知れない。また、親類づきあいも密である。安息日には大抵どこかの親類と家庭で交わるのを普通とする。我々は戦前の日本の家族制度を見習いたいのである。
 
ユダヤ人は福祉ということはあまり考えない。これは家族制度のアンチテーゼ(正反対)だからである。福祉とはただ食わせるだけといえるかも知れない。老人ホームに例をとると、そこでの老人に保証されているのは餓死しないということだけである。生き甲斐というものは何も保証されていない。
然るに家族制度の枠内の老人は子の成長、孫の成長を楽しむという生き甲斐をもつことができる。どちらがいいかは、議論の外であろう。
 
日本では戦後、ニューディール派の改革で姦通罪というものが外されてしまった。これも家庭の不和を増長させる重大な要素であると考えられ、家族制度の破壊を狙ったものであると私は考える。ユダヤ人の社会では、現在でも姦通ということはまずあり得ないのである。十戒において厳に禁ぜられているからである。
 
女性の社会への進出というと何か進んだ制度の如く感じるかも知れないが、家族制度という観点から見た場合、これもやはり崩壊へ導く要因であるようである。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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明治大帝 御尊影





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五箇条御誓文 (宮内庁・尚蔵館書陵部)
これは原本の控えです。文頭の「一」が五箇条にもかかわらず6個もあり、6個目は訂正の筆が入っています。



近代日本は、明治維新より始まりました。
明治維新において、政治の御一新に当たって、明治大帝が大方針を打ち出しあそばされたのが、五箇条の御誓文です。御誓文は、その言葉のとおり、天皇が天神地祇(てんしんちぎ)に誓いを立てあそばされ、それを国民に発表されたものです。


一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下(しょうか)心を一にして、盛んに経綸を行ふべし。
一、官武一途(いっと)庶民に至るまで、各々其の志を遂げ、人心をして倦(う)まざらしめむことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし。

一、 智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし」

 
大意は、次の通りです。
 
一、広く人材を集めて会議体を設け、重要政務はすべて衆議公論によって決定せよ。
一、身分の上下を問わず、心を一つにして積極的に国策を遂行せよ。
一、朝臣武家の区別なく、さらには庶民のすべてにわたって、各自の志を達成できるようにはからい、人々を失意の状態に追いやらぬことが肝要である。
一、これまでのような、かたくなな習慣を打破して、普遍性のある道理に基いて進め。
一、知識を世界に求めて、天皇の大業を大いに振興せよ
 

戦前世代の方々は殆ど暗誦(あんしょう)されていました。

日本人として見逃してはならないのは、これに続く明治大帝の叡慮(えいりょ(天皇陛下の思い))です。
 「我国未曾有の変革を為(なさ)んとし、朕躬(み)を以て衆に先じ、天地神明に誓ひ、大(おおい)に斯(この)国是を定め、万民保全の道を立(たて)んとす。衆亦此(この)旨趣(ししゅ)に基き協心努力せよ」
 すなわち、「わが国に前例のない変革を行おうとするにあたり、私は自ら国民の先頭に立って、天地の神々に誓い、重大な決意をもって国政の基本条項を定め、国民生活を安定させる大道を確立しようと思う。国民もまたこの趣旨に基いて心を合わせて努力せよ」
 ここには、明治大帝が自ら先頭に立って国民とともに新しい国づくりをしていこうという決意が、打ち出されています。こうした決意のもとに、明治大帝は神に向かって五つの誓いを立てあそばされ、それを国民に明らかにしたのです。率先垂範、有言実行の精神が、溢れています。
 
 これは単なる官僚による作文ではありません。明治大帝が自らの叡慮を国民に伝えようとしたものでした。そのことを裏付けるものが、五箇条の御誓文が発表された、明治元年(1868)3月14日に出された御宸翰(ごしんかん)です。宸翰とは天皇直筆の文書のことを言います。
明治大帝は直筆で次のような意味のことを記されています。
今回の御一新にあたり、国民の中で一人でもその所を得ない者がいれば、それはすべて私の責任である。今日からは自らが身を挺し、心志を苦しめ,困難の真っ先に立ち、歴代の天皇の事績を踏まえて治績に勤める。そうしてこそ、はじめて天職を奉じて億兆の君である地位にそむかないものとなる。自分はそのように行う」と記されています。
 すべての国民が「所を得る」ような状態をめざし、全責任を担う。明治大帝の決意は、崇高であり、偉大です。
また、御宸翰の文章の先の方には、次のように記されています。
「朕いたづらに九重のうちに安居し…百年の憂ひを忘るるときは、つひに各国の陵侮(あなどり)を受け、上は烈聖を恥しめ奉り、下は億兆を苦しめんことを恐る」と。
すなわち、「天皇である自分が宮殿で安逸に過ごし、…国家百年の憂いを忘れるならば、わが国は外国の侮りを受け、歴代天皇の事績を汚し、国民を困苦に陥らせることになってしまう」。
明治大帝は、こうした事態に至らぬよう、国家の元首として、最高指導者として、自らを律し、国家の独立と発展、国民生活の安寧を実現するために尽力あそばされました。
 
五箇条の御誓文と、同日に出された御宸翰には、明治大帝の真摯誠実な精神が現れています。ここに、私たちは「公」の体現者としての天皇陛下の姿を見ることができます。
そして、肇國以来、国民を「おおみたから」と呼んで、大切にしてきたわが国の皇室の伝統が、ここに生きています。

明治大帝は、和歌を好まれ、優れた歌を多く残されました。
生涯に詠んだ御製(ぎょせい)の数は9万3千余首。
いくつかをご紹介させていただきます。


あしはらの 国とまさむと 思ふにも 青人草ぞ たからなりける


(大意:日本の国を富ませたいと思うにつけても、第一に貴い宝はわが国民である)
この歌は、臣民を「おおみたから」つまり宝と呼んで、大事に思う皇室の伝統です。



照につけ くもるにつけて おもふかな わが民草の うえはいかにと

  


(大意:照れにつけ、曇るにつけて思うのは、わが国民の生活はどうであろうかということである)

臣民一人ひとりの身の上をわがことのように思う、思いやりと慈しみの心が表されています。それが「仁」であり、仁慈とも仁愛です。
 

夏の夜も ねざめがちにぞ あかしける世のためおもふ こと多くして


(大意:短い夏の夜も、国のため世のため思ひめぐらすことが多く、
安らかに寝通すことが出来ず、夜を明かしてしまうよ)
明治大帝は常に臣民のことを思い、国家社会のことが頭を離れませんでした。

世の中の 人のつかさと なる人の  身の行ひよ ただしからなむ

  


大意:世の中の人の上に立つ人は、身の行いが殊に正しく
ありたいものだ)


明治大帝は臣民に期待を寄せあそばされるる一方、指導的立場にある者に対しては、厳しく自覚を求められました。


  

国のため あだなす仇は くだくとも  いつくしむべき 事なわすれそ



(大意:我が国のために敵は打ち砕くとも、敵に対しても慈愛をたれる
ことを忘れてはならないぞ)
 
乃木大将が水師営の会見で敵将に見せた礼節は明治大帝の大御心でもあるのです。

明治大帝の偉業の一つに、「教育勅語」によって、教育の目標と道徳の基本を示したことが挙げられます。明治大帝はまた、和歌の内に人の道を詠み、臣民に人としてのあり方を諭(さと)されました。
荒廃してしまった平成日本、「心の教育」が求められるなか、その御製(ぎょせい)は今日に歌い継がれる価値あるものです。


あさみどり すみわたりたる 大空の ひろきをおのが 心ともがな


  (大意:浅緑色に澄みわたった大空のように、広々とした心を自分の心
としたいものだ)


  目の見えぬ 神に向ひて 耻(はじ)ざるは人のこころの まことなりけり
  
  (大意:目に見えぬ神に向って恥じないのは、人の誠の心であるよ)


久かたの 空に晴れたる 富士の根の 高きを人の こころともがな


(大意:晴れた大空にそびえる富士山の高根のように、気高い心を自分の心としたいものだ)

人は親に育てられ、やがて自らの人生を歩みます。
誰にとっても両親は、人生について教えてくれた最高の恩人です。明治大帝は親について次のように詠まれています。


たらちねの みおやのをしへ 新玉の年ふるままに 身にぞしみける


  (大意:年々、新しい年を重ねるにしたがって、身に染みわたるのは、
自分を育ててくれた親の有り難い教えである)


そして臣民一人、一人の努力も詠まれています。


つもりては 払ふがかたく なりぬべしちりばかりなる こととおもへど

  
(大意:心の汚れというものは、僅かなる塵ほどのことと思っても、
そのままにしておくと積もり積もって、払うことができなくなって
しまう。だから、自分の心を常に清めなければならない)


思ふこと おもふがままに なれりとも身をつつしまん ことを忘るな

  

(大意:なんでも自分の思うようになるようになったとしても、人はわが身を慎むことを忘れてはならないぞ)



詠まれた御製は、明治大帝自らも実践あそばされました。
明治大帝の御心は、大正天皇陛下、昭和天皇陛下、今上天皇陛下へと継承されています。
その下に、国民が教育に、自己啓発に努めたのが、近代日本の初め、明治という時代でした。その伝統は、昭和・平成と進むにつれ、見失しなわれてきています。「心の教育」が求められる今日、明治天皇の御製に込められた教訓、明治の教えに学び、取戻すべきです。

明治日本が輝いていたのは、英明なる明治大帝の下(もと)神への誓い、民への思いを臣民が明治大帝の大御心の下に結集し、実践したことによります。

これがお国柄なのです。





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転載元転載元: 美しい国

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