哲学

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「本当にこれがわかれば自分で自分を
                 なおすことができる」
 
 
 
 
肉体は、人間が地上生活をするための道具であって、本当の人間は、
これを造って使っているいのちが本当の人間だ。
 
 
だから肉体のことをカラダといいます空だからカラダといいます。缶詰めでも、
中身があるうちは缶詰めというけれども、蓋を開けて食うてしもうて、カンカン
だけになったら缶詰めと言わないで、これは缶詰めの殻といいます。
 
 
だから中身と入れ物とは別です。と言われる。まことに理屈に合ったことだけ
言われる。私は理屈こきだけに、一つ一つなるほどなるほどと納得していました。
むこうの言うことが全面に正しくて、むこうが正しければこっちの考えは全部
間違いだと壊れていくのです自分の考えが崩れていきます
 
 
両方正しいということはない一方が正しければ一方は間違いなのです
それを今まで正しいと思いこんで、悩んで苦しんでおった。自分の考えが
全部違うんです。自分の考えはことごとく壊れていった。そうして私最後に
「なるほどー!」とわかったのです。

「こんなもん人間だという考えがいかんのです。みんなカラダカラダと言って
納得しているんだ。空だからカラダというんじゃよ。空だから身がらという。
死んでごらん、なきがらになったというて、焼いて処分するでしょう。こんな
もんは人間と違うよ!これを使って生きているいのちが人間なんだよ
神(仏)なんだよ!」
 
これを聞きまして、私ははじめて本当の自分というのがわかったのです
私は理屈で苦しんだ男なんです。もう少年時代から考えておって、理屈ばっかり
いうて、あらゆる宗教から哲学から、これというものは得心するまでやったのです。
これという結論が出るまでやったのです。精神の修養がいいと言えば修養、徹底
してやりました。懺悔が良いと言えば懺悔、下座がいいと言えば下座、あらゆる
人について、あらゆることをやりました。もう親が気違いになったと言って泣いて
しまうほどやりました。それほどやって、そこのところに来てからどうにもわから
なかった。それでただ悩んで苦しんで、死にたい死にたいと思っていた。死ぬ
ことばっかり考えていたんです。
 
 
そういうときに、二時間お話を聞いて、人間は神(仏)だということがわかった。
びっくりしたのせんの、何もかもがひっくり返ってしまったのです。そんな思いで
泣きましたよ。えらい思い違いをしとったなあとわかった。
 
 
なるほど私じゃなかった、神(仏)様だったんだとわかった。確かに肉体は
お母さんのおなかの中から産まれてくるけれども、これを作ったのはお母さん
じゃない、神(仏)様だ、神の命が天下るのです。だから宿ったところを見れば
わかる、人間の臓器はみんな「蔵」だけれども、赤ちゃんの宿るところだけは
「宮」なんです。子の宮にはいる。つくる場所なら、酒を造るところが酒蔵、味噌を
作るところが味噌蔵、なら、子をつくる所は子蔵でなければいけない。なんで
わざわざ宮にしたか。それは神様の生命が天下ってくるところだから
宮なのです
 
 
「生命」自身の力で
 
 
「生命の実相」という本には「真理はなんじを自由ならしめん」というところで、
「生命」自身の力で治すには、と書いてあって、神様に頼んで助けてもらう
とは書いてないのです。生命自身の力でなおすにはと言うように書いてある。
神様におすがりして助けてもらうにはとは書いてないのです。
 
「生命」とはいったいどんなものであるかということを知らねばなりません。
本当の自分とは何者かということです
 
 
(表面(うわつら)の心で知るだけではなく)と書いてあって、ここで心に二通り
あるということに気がつかなければなりません
 
みんな心というのは一つだと思っている。ところが二つあると書いてある。
(奥底の心で知らねばなりません)つまり、目が覚めているときだけ働く心と、
寝ているときも忘れているときも働いている心があるのです。そのもう一つの、
自分でも気がつかないでも働いている心これを潜在意識というのですが、
その奥底の心で知らねばなりませんと書いてあります。
 
 
その次に一番大事なことが書いてある。「生命とは神の子である」ー一言に
してこういえばなんでもないけれども、なかなかこの真理が本当にわかる人が
少ない。本当にこれがわかれば自分で自分をなおすことができる。と書いて
あります。神様にすがってなおしてもらうとは書いてないのです
本当に自分が発見すれば、勝手に変わると書いてあるのです
 
(病気だけではなく)と書いてありますからご安心下さい。
経済問題も入っている、夫婦げんか、子供の問題、結婚の問題も入っている、
(境遇でも運命でも自分で治すことができる)と書いてある。
 
神様の力を借りて治すとは、どこにも書いてないのです。その次には
治すんではないと書いてある、(真理を本当に知ったときひとりでに治っている
書いてあります。どうかして、どうかしてと思うのは大間違いです
 
ひとりでというのは、なんもせんでもということです。今まで通りで変わると
いうことです。目が覚めた途端に、夢から夢でない世界に変わると
いうことです。だから、悪いからどうしよう。悪いからどうしようというのは
もうやめた方がいいのです。
 
 
 
 
 
 
 
        連載 「私の憲法論」
 
 
 
憲法改定の主要点は何か
 
憲法改定が必要なのは、再軍備だけではなく日本の国のあり方の
根本問題にかかわるものであり、日本の国が如何にしてハジマリ、
如何にして建ったかの根本を定めるものでありますが、
 
 
現憲法は日本国を弱体化するための連合軍の意向の下に制定
せられたので、建国の根本が明らかになっていないで国民が主権者に
なっております。
 

転載元転載元: サイタニのブログ

「青年は人生の花である。」
 
 
落花しかけた花ではなく、まさに満開の直前にあるような新鮮な美しさと
生気とをもった花である私は人生が美しく、清く、住みよい世界になる
ためには、青年たちが、各々みずから、人生を美化する花であることを
自覚し、その自覚のもとに新鮮に、清らかに生きてくれることによってのみ
可能であることを信ずるのである。
 
 
青年は純粋なる理想を有つ。私はその純粋性を尊ばずにはいられない。
人間は中年になってしまうと、概ね若い時の理想は社会の煤(すす)に
よって汚され、浮世の荒海に漂流する浮標(ぶい)のように色褪せたもの
となってしまいがちである。
 
私たちが住んでいる此の人生が、今よりも一層よくなるであろうという
希望を持ち得るのは、ただ青年の純粋な浮世の汚れに染まない、
ひたむきな理想と、その理想実現のためには一切の情実を超えて直進する
勇往邁進の力に信頼するからである
 
この直情径行純粋な理想性が常に社会改善の力となっているのである
明治維新も青年の力によって行われたのである。今や平成維新を待ち
のぞむ声は久しい。青年よ、理想をもって団結せよ善人はもっと勇敢に
ならなければならない青年は勇敢であり純粋である點に於いて大人に
まさっているのである。だから私はおこがましくも、青年に純粋であれ、
勇敢であれと教えるつもりはないのである。
 
併し青年は、純粋であり、勇敢であるだけ、それだけ経験に乏しいのである
そして大人にだまされ易い。そして時とすると現象に執われ肉體的欲望に
誘惑せられ易い傾向がある。
 
 
青年の魂の美を完成するためには人間には「表面の自己」と、「内在の自己」
とがある。「表面の自己」を「第一の自己」だとするならば「内在の自己」は
「第二の自己」である。
 
それは「未見の自己」であるが、「表面の自己」が肉体的であるに反して、
それは霊的である。そして「第一の自己」よりも奥深く沈潜していて、
一層ホンモノの、自己、である
 
青年の第二の自己」を発掘して、いまだ青年たちが気付かない
「神聖なる自己」に對面することにより青年諸君が神聖なる「第二の自己」を
見出だし、今よりも一層深く生き甲斐と、生の歓喜とを感じ、唯物論による
無目的無理想の味気なき生活から脱却して、「あたらしき自己」を生きる
歓びを感じて生きられるならば、幸いこれに過ぐるものはない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
         連載 「私の日本憲法論」
          限りなく「日本」を愛する
 
 
 
イザナミ文化の無常性
 
以上がイザナミの文化の特質でありますが、私はそれを否定しょうと
云うのでも排斥しようと云うのでもありません。
 
 
それは西欧文化が受け持つべき役割なのでありますから、西欧は西欧で
よろしいけれども、東洋特に日本の文化が、この西欧の文化を模倣する
必要はないのであります。
 
 
東洋はイザナギの命をもって象徴されてゐるところの「凪(なぎ)」の文化
あります。「是の漂(ただ)へる国を修理固成(つくりかためな)せと宣り給ひて
、天沼矛(あめのぬぼこ)をさしおろして書きなしたまへば、その鉾の先より
漏(したた)る水火凝(しおこ)りて島となりぬ」と云うやうに「古事記」に
表現されてゐるところの「天貫鉾(あめのぬぼこ)」の文化がイザナギの
文化であります。
(註・「古事記」の原文の漢字の當て字をその意味の漢字にあてはめて
判りやすく訓讀して天沼矛に「天球を貫く鉾」の字を配した。)
 
イザナミの文化は、イザナミの命は女性でありますから、女性文化あります。
それはナミ(波)の文化、無常の文化、それが男性の天貫鉾によって貫かれ
なかったならば家(家庭・建設的なもの)を形成することが出来ない
 
どこへ流れて行くかもわからない。それはただの浮浪の文化で暑い、彼女を
刺し貫いてくれる者が誰であるかによって、それは、原子爆弾のやうに
破壊的にもつかはれるし、原子力利用の発動機のやうに建設的にも
使はれるのであります。
 
イザナミの文化はそれ自身では無常であり、無自性であります。まことにも
東洋の文化は霊的文化であります。それは西欧の文化のやうに分割的では
ありません。それは天貫鉾の文化であります。
 
天啓として、天より天降って来るところの啓示の文化であります
それは霊の文化であります。分析にあらずして直観によって全生命を
一度に把握するところの直観の文化であります。だから名だたる宗教の
教祖は釈尊は無論のこと、老子、孔子、孟子、達磨、臨済、黄檗、弘法、
傳教、法然、親鸞、日蓮等悉く東洋に生まれたのであります。

西欧人が信じてゐるキリスト教の教祖イエスも東洋の西端に生まれた
のでありまして彼もまた東洋人であります。若し西欧の「漂へる」浮浪文化が、
これらの宗教による啓示(天貫鉾)によって貫かれ(指導せられ)なかった
ならば、前述の如くそれは建設方面に向かうよりも破壊分散無常の方面に
向かうことになるのであります。
 
東洋文化、特にその宗教文化に於きましては日本は、大乗仏教唯一の
弘通せる国であり、儒教も老子もひと處に集まると共に、西欧の物質文明も
その原子力の研究に於きましても世界的水準に達してゐる国でありまして、
 
日本民族こそはこの西欧の水平分散浮浪の文化を、直観啓示の霊的文化に
よって刺し貫いて融合和解し、これを建設的綜合(大和)すべきヤマトの
使命を有するものだと云わなければならないのであります。
 
まことに「水火(みずほ)の国」とはこの水の文化火(霊)の文化にて
融合帰一すべき日本民族先天的使命を直観的に表現した言葉なので
あります。
 
宣しく日本民族たるもの徒らに西欧科学文明のみに陶酔することなく
この霊的大和の日本民族の使命を自覚せられたいのであり、特に、
次代の日本を背負って立つ青年諸君に、私はこの自覚を促さんとする
ものであります。

転載元転載元: サイタニのブログ

悟った人の言葉
 
 
普通一般には、人間は肉体として目に見える存在であると、信じ思い込んで
おります私も本当の事を知るまではそのように思い込んでおりました。
 
 
そのため、病気はあると信じて年中、病気し、医者と薬の力で生活して
おりました。また身体は弱い、気は弱いで、社会生活、生存競争には全くの
無力で、お手あげの状態でありました。
 
 
生きるためにガムシャラに唯頑張り通しておりました。その時、人間は肉体や
脳髄や血液の混合物ではなく、この肉体さえも造り上げ、肉体を使って生きて
いる生命体であったと覚(し)ることができたのであります
 
 
人間は神(仏)の子であるという実に奇妙な表現には全く驚いたのであります
自分は人間だ、人間の子だとばかり思い込んでいた自分が、神の子であり、
神であるというのでありますから驚かないのがどうかしております。よく世間で、
驚天動地、などと表現しておりますが、全くその通りであります。
 
 
仏教でもお釈迦さまがお悟り開かれた時、天地が六種に震動したとあり、
有情非情同時成道、山川草木国土悉皆成仏と喝破せられておりますが、
これも普通人の常識を打ち破って新たに発見せられ、驚きをもって発表
せられたのであります。
 
 
悟りの第一声が、奇なるかな、奇なるかな、実に不思議なことだ、山も川も
草も木もその他一切のものことごとく仏であったと感嘆の声を発しておられます。
 
さて、それでは「神の子」なる人間とは一体何であるかといいますと、実は
理念といって大生命なる神さまが心に描かれた原型なのであります。これは
電波のようなもので肉眼には見えないであります。
 
やはり電波のように、形に現われる以前の原型であります
その生命と理念が人間の正体であり実相(本当)の人間なのです。
その生命と理念を一定の個性を持った人間として現わしているのが、
霊魂であります。
 
人間が不死であり、生き通しであるという人間とはこの生命体としてまた
霊体としての人間をいうのであります。地上生活に必要なな道具としての
肉体、カラダといっている人間は本ものの人間ではありません
 
カラダとしての人間は有限であり、終わりがありますから、不死ではありません
道具や着る物は長くなれば、時々取り替える方がよろしいのであります。
 
着るものがかわっても着ている人間はかわることはありません
このように本当(実相)の人間は永遠不滅であることがわかります。
 
 
 
 
 
 
 
※よく天才ピアニストとか子供で優秀で大学にはいる神童がいますが、
  これで説明がつくのではと思います。身体は子供でも生まれ変わりが
  たくさんある霊魂は生活経験が長いですから、すぐできるようになります。
  音楽などは何回も生まれ変わって引いていますので上手いのが当たり前です。
  
  因みに、生まれ代わりは男、女と交互に生まれ変わるようですが
  女、女、女と生まれて、男に生まれると心は女性で身体は男となり
  はるな愛、なんかそうではないでしょうか、和田あき子は逆で男、男、男、
  で女になったので、心は男に近いのでしょう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    
 
         連載 「私の日本憲法論」
          限りなく「日本」を愛する
 
 
 
大極より両儀生ず
 
偖(さ)てこの不偏の「御中(みなか)」よりして、
高御巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)が
生まれられました。
 
 
「高」は高く、逞しく、猛々しいしく聳(そび)え立つ原理即ち凸の原理
「陽」の原理あります。
「神産巣日神」は幽身(かみ)ムスビの神であり、幽に、風の如く、霞の如く、
香の如く、姿形がカクレてゐる「凹の原理」「陰の原理」であります。
 
 
しかし陰と陽とを別々のものと観じないで、タカミムスビの神、カミムスビの神
と、其の名の示すが如く互いにムスビ合うものとして相即相入の一體の神
として陽神と陰神とを見てゐるのであります
 
その陽神が、人格神とあらはれたのが、イザナギの命であり、
その陰神が人格的にあらはれたのがイザナミの神であります。
 
 
「古事記」の原文は退屈になる人が多いので茲では原文を省いて説明だけを
申し上げます。イザのイは息、又は命であります。サは「誘フ」「擦ル」「サラサラ」
などの語にあらはれてゐるところの「相触れる」と云う意味であります。
 
「陽」の息吹と「陰」の息吹とが互いに相触れる、その一方はナギ(男性)
であり、もう一方はナミ(女性)であります。

「波」の文化を代表するものが「イザナミ」の神であり、「凪」の文化を代表する
ものが「イザナギ」であります。
 
イザナミの文化は西欧文化であり、物質文化あります。ナミは水平
ありますから「平等」を叫びます。人間の水平運動の要求であります。次に
千々に分裂いたします。西欧文化(物質文化)は分割文明であります。
物質を分子を原子に分割し、原子を分割して原子爆発を起こして、一切の
ものを破滅さしてしまいます労資を企業の一體として認めず、相闘う
分割體として労組と経営者側とに分割し、ストを以て對抗せしめます。

一家族を一家族としてみとめず、個人単位、夫婦単位に分割してバラ々
しています。それは朝に甲の男に靡(なび)き、夕べに乙の男に通ずる不貞の
文化あり、姦通公認、堕胎公認の文化であります。イザナミは「波」即ち
「水」の文化でありますから、水極即ち陰極の文化であります
水極はミギ(右)でありますから右側通行の文化であります。
 
女尊男卑の文化であり女人が左(まえ)の衣服をまとふ文化であり、女性が
帽子を着けて、男性が脱帽する文化であります
西欧軍が日本へ上陸して何をしたかを右にのべたる原理に従って観察して
頂けば西欧文化と云うものの特質がおのづから理解出来ると思います。
それは結局、性の頽廃と、忠誠心の破壊と、広島と長崎とを原子力で灰儘に
帰した如く全世界を灰儘に帰せんと破壊力を準備しつつある文化であります。
「波」の文化はかくの如きものであります。
 
それは漂うもの、無常なるもの、今一つの「波」があらはれてゐるかと思うと、
その「波」は消えて次の別の「波」が現れると云う果敢(はか)なき文化
あります。
 
其処には萬世一系も久遠無窮(くおんむきゅう)もないのであります。
選挙毎に交代する大統領の文化であります

転載元転載元: サイタニのブログ

サイタニさんのブログより転載しました。

原発賠償、免責あり得る=報酬半減は「大変厳しい」東電社長
 東京電力の清水正孝社長は28日、福島第1原発事故の被害補償に関し、巨大災害の場合は電力会社の責任を免除する原子力損害賠償法の規定について「私どもとして、そういう理解があり得ると考えている」と述べ、東日本大震災による大津波が免責理由に該当する可能性があるとの認識を表明した。都内の本社で記者団に語った。(時事通信)
[記事全文]
 
 
 
避難して、今後の生活をどうしようかと不安と恐怖と闘いながら
体育館で過ごしている住民の事考えたらそんな言葉今出せないのでは
 
 
あーぁ!
この東電の社長も総理の菅も責任逃ればかりである。恥を知れ!
 
 
 
昭和天皇は占領軍のマッカーサーに会い行き、
  この度の戦争の責任はすべて私にある
  の身はどうなってもいいから国民に食料を与えて欲しいと
  皇室の財産目録を出された。
  マッカーサーは命乞いに来たと思ったのが驚いて、ここに紳士を
  見たと机の上に投げ出していた足を下におろし、玄関まで見送り
  したのである。これで日本人は餓死しなくてすんだのである。
 
  また、東京裁判でアメリカの裁判官が
  天皇陛下を法廷に出さなくてよかった。もし出していたら、
  「全ての責任は私にある私一人を処刑して、皆を解放しろ」
   言われたら裁判がなりたたなくなっていたと。
   後日日本の記者に話した談話がある。
 
 
 
    
戦後の占領軍の日本弱体化政策
   日教組の反日教育が日本を蝕んでいる。
 
 
 



連載 
「私の日本憲法論」
       占領憲法の非真理性とその影響
 
 
 
■部分が全体の意志から断絶するとき死を招く
 
部分に主権があり、全体に統治の主権がないということは、これは人体に
たとえれば、胃袋には胃袋自身の主権があり、腎臓には腎臓自身の主権が
あり、心臓には心臓自身の主権があり、おのおの自治的に生理作用を営ん
でいるのであるという考え方に似ているのであります。
 
私は札幌医大の和田教授に心臓移植の手術を受けた宮崎信夫君のことを
思い出すのであるが、あの心臓移植は人体は部分品の集まりで構成されて
いるという「唯物論的人間観」に基づいて行なわれたものであります。
 
 
すなわち、人体は部分品の集合体であるから、その一部分品なる心臓に
故障があれば、他の人の部分品である健全なる心臓を移植してつぎ合わ
せれば人間は生きるであろうという考え方で心臓移植は行なわれたのであります。
 
 
そこに根本的間違いがあるのであります。蛙の切除心臓をリンゲル氏液の
中で生活させて置くと、その心臓はある期間一定のリズムで搏動をつづけて
いるのであります。
 
心臓それ自体にヘッドという中枢があってそこから送られる刺激によって
心臓全体は鼓動をつづける。人間の心臓も心臓それ自体に中枢(主権の座)が
あって、その中枢が生きている限り心臓は一定のリズムをもって搏動をつづ
けるのであります。その搏動のエネルギーは、人体に移植血管をつなぎ合わ
せれば、血液を通じて送られて来る養分によって補われます。
 
 
この移植手術に於いては主要なる血管は適当に縫い合わされますから、
心臓自身を動かすエネルギーは得ることができるけれども、大脳中枢から
送られて来る指令を伝達するための神経は、その繊細なるものが網の目の
ように複雑に交錯していますので、現代の外科手術ではそれを継ぎ合わす
ことができない。
 
 
それゆえに、人体のある部分に急激に血液を送って大いなる筋肉力を発揮
しなければならぬ時にも、大脳からその指令を心臓は感受することができないで、
どんなに強力な力を必要とする時にも、心臓は心臓自身の中枢の刺激だけで
同じリズムで動いている。そこで急に大なる力を必要とするとき心臓は全体
を生かす働きを発揮することができないのであります。
 
 
それゆえに宮崎信夫君は心臓移植後、元気になって夜テレビを見て楽しんで
いたが、間もなく咯痰が気管にからまって来たのを咳によって排出しようと
したが、咯痰を排出するだけの力を心臓が送ってくれないので、咯痰が
気管につまって死んでしまったのでした。

部分をどんなに巧妙につなぎ合わせてみても、その部分が全体を支配する統制から断絶している場合は、このように全体の死を招いて、同時に、全体の構成要素たる部分も一緒に死んでしまうのであります。

このことは国家の場合も同様であります。国民のうちのある階級が、国家の
統制から断絶して自分だけの繁栄を目的として、国家に反抗している場合には、
これと同様の結果を招くのであります。
 
 
注:この頃では随分移植手術も進んでいるようですが、実体はそれほど
  長生きしていないようである。

■国家に統一意思はなく内戦を孕む民主政治
 
占領軍が上陸して来て日本弱体化の政策を遂行するにあたって、
 
 
第一に行ったことは日本国家を「生きている生命体」で置くときは、
日本は復活するに相違ないというので、生命体の中枢と部分とのつながりを
断絶することにしたのである
 
 
つまり心臓は心臓だけの中枢で動けばよいのであって、生命の中枢が部分を
支配する権限を奪ってしまったことである。
 
 
大学を例にとってみても、大学は自治であって、警察力はその中に介入
することはできない、国家財産である東大の校舎がどんなにあらされても
国家はそれに介入することができない
 
 
国家は大学の費用を出すだけであって、その大学内、「革命」即ち
「国家をつぶす学」の研究や教授が行なわれいても、その学の内容に
干渉することはできない。
 
 
こうして国家は一個の生命体ではなく目的を異にするバラバラの
団体が群居している聚落(しゅうらく)にすぎないことになってしまっている
のが日本国の現状である
 
民主主義政体というものは、それは国民各自の福利のための組合で
あるから、国家を形成するすべての階級、団体及び個人の利害が一致
する時にのみ平和であるけれども、
 
 
もしその利害が衝突することになれば国内は内戦にまで発展する
危険があり、日本の現状は今やその微笑を孕んでいるのである


■個性ある伝統を剥奪された国はすでに植民地である
 
すべての高級な生命体には個性があるのである。
生命の個性ある顕現の歴史的文化的発展がいわゆる伝統という
ものであって、単なる民族の習慣とか、しきたり、とかいうものでは
ないのである。
 
 
国家は生命体であるから、歴史を通じてその個性ある表現をつづける。
その伝統を破壊することは国家という生命体の個性を破壊されるという
ことになる。
 
 
国家とその文化とが個性を剥奪されて、外国のそれを押し付けられたとき
その国家は仮に独立国の体面を保っているにしても、その国の内容は
植民地であり、その国の文化は植民地文化となったのである
 
 
その国の文化の中には、その国独特の政治形態が含まれていること
無論である。政治形態を占領軍に押しつけられた時日本はアメリカの
植民地になったのである。
 
 
それが今もなおつづいているのが日本の現体制民主政治であるのである。
私は反体制であるというのは、そういう意味においてである。



 サイタニのブログからの転載です。サイタニさんが書かれていた連載 「私の日本憲法論」を、前記事でまとめて転載しましたものの続きです。とても面白く、納得します。

転載開始
 連載 「私の日本憲法論」
        日本国憲法の背景となる哲学 

真の日本国家なるもの憲法論 
 
 
車の話や人間の話を致しましたが、これは実は「日本国家は何処に在るか」と
云う問題の前提として、即ち「日本国家は何処に在るか」 と云う問題を明らかに
する為の準備としてお話申し上げたのであります。
 
 
車は、車を発明した人の心の中に在る。それが理念の車であって永遠の存在で
ある。人間は、人間を発明して製造した不可思議なる存在ー言い換えると神様ー
の心の世界に在る。
 
 
これはキリスト教でも聖書の「創世記」に、「神その像(かたち)の如くに人を
創造(つく)り」と書かれているのであります。神の言葉によって造られたところ
の、姿なき神様の完全な姿を現実化したところの完全人間、神様の心の中に
在るところの永遠存在の霊的人間、これが本当の人間であります
 
ところで日本国家は何処から来たかと云う問題であります。
現実的に言いますならば神武天皇が大和に都を造り給いて、そして
六合兼都(りくごうけんと)・八紘為宇(はっこういう)の詔勅を降ろし給うた
あの時に、日本は建国されたのであります
 
しかしながら、もっと遡りますと、日本の建国は古事記或いは日本書記に
書かれております如く、天照大神が「豊葦原千五百秋之瑞穂国は、是れ
吾が子孫の王可き地なり。宣しく爾皇孫就きて治せ、行(くませ)。宝祚の
隆えまさむこと、当に天壌と窮無かるべし」と詔を以て仰せられたあの時に
始まるのであります。
 
 
天照大神の「天」と云うのは天球であります。地球に対する天球ー即ち宇宙の
ことであります。そして「照」と云うのはその宇宙を照らし給うことであります
天照大神(あまてらすおおみかみ)とは宇宙を照らし給う大神であります。
 
 
宇宙の大神の具体的顕現として現われた天照大神様の心の中に
日本国なるものの根本的設計、即ち「理念の日本国」と云うものが造られまして、
その理念が天降って来て現実化したのが神武天皇の建国であると云うことに
なっているのであります。
 
 
天照大神様の天孫降臨の神勅そのものこそ、日本国の根本的設計であり
「理念の日本国」そのものである訳であります。
 
キリスト教の聖書では「ヨハネ伝に」「太初言あり、言は神と偕にあり、言は
神なりき万の物これによりて成り、成りたる物に一つとして之によらで成り
たるはなし」と書かれているのでありまして、全てのものは言葉によって
出来たと云うことが書かれているのであります。
 
天照大神の神勅即ち御言葉によって出来たところ日本国の根本設計は、
「理念日本国」の実相そのものであって、これは永遠不滅の存在であります。
現象の日本国は途中で色々変化するにしても
 
 
この天照大神様の神勅にある処の「是れ吾が子孫の王可き地なり」
仰せられたその根本設計が壊れると云うことは有り得ないのであって
もしこの根本設計が壊れたものが出て来たら、それは日本国ではない
と云うことになる訳なのであります。
 
それは丁度、車と云うものは、真中に心棒があって周囲が円くて回転する
ものであると云う車の根本設計たる理念が造られたら、現象の車はどんなに
壊れても途中損んでも、又新たにその根本設計に従って、真中に心棒が
あって、周囲が円くて回転するところ姿が出て来ることになるのであります。
 
 
日本の国も神武天皇が具体的に建国なさいましてから後に幾変遷があった
に致しましても天照大神様の御意の中に造られた日本国の根本的設計在り方
ー即ち根本的理念と云うものは永遠の存在として壊れないものなのであります
これが日本国の実相であります。
 
 
 
 
注:故に共産国にしようと左翼がやっても、日本国家という根本設計は
  変わりませんし、日本を共産国にしようとしている考えが間違いで
  ある事がこれによりわかるのであります。
 
 
 
全体が先か部分が先か
 
ところでこの日本国の実相に反するところの条項が現行の日本国憲法の
第一条に書かれているのであります

それは「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この
地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている箇条であります。
 
天照大神の神勅には「是れ吾が子孫の王たる可き地なり」と書かれておりまして、
主権が天皇に在ると云うことは、はっきり日本国の根本的在り方ー即ち
「日本国の理念」(霊的原型)として其処に定められているのであります
 
 
ところが現行の日本国憲法に於いては主権は国民に在ると云うことになって
いるのであります。此処に非常に重大な摺り替えが行われているのであります。
それは「部分が先か、全体が先か」と云う問題に繋がって来るのでありますが、
 
 
国民と云うのは国家を構成する部分であります
それなのに「主権の存する国民」というのは部分に主権が在り部分が
相談をして国家と云う全体を其処に造ったのであると云う唯物論的立場に
立って日本国憲法は書かれているのであります。
 
そこに根本的な間違いがあるのであります。日本のどんな歴史を見ても、
或いは戦後興って来た新しい歴史家、即ち神話を抹殺する歴史家の歴史の
本を読んでみても、日本の建国が、国民が相談をして「吾々国民がバラバラに
いたら外国から攻めて来た時に防ぐのに都合が悪いから、一つ団結して国家を
造りましょう」と、国民と云う部分が相談をして日本国を造ったと云う記録はない
何処にも無いのであります
 
日本国なるものは、天照大神の御意の中にその国の原型即日本国の
理念が造られて、その理念の日本国が天降って来て、その理念の投影と
して具体的な部分が集まり、其処に理念日本国の影なる現象日本国
云うものが現れて来ているのであります。
 
 
ですから全体が先でありまして、部分は後から全体の設計に従って集められた
のであり、これが日本国の存在の根本的在り方なのであります。
 
しかしこれは日本国の存在だけの問題ではないのでありまして、有りと
あらゆるものは先ず心の世界に造られて、その姿の模倣として現実界の
ものは姿を現わしていると云うことになっているのであります。
 
 
この国会の議員会館でも、やはり建築家の心の中に先ず完全に其の全体の
姿が描かれた。全体が先であります。そしてその建築家の心の中の議員
会館の建物の姿が因になってセメントだとか鉄材であるとか木材であるとか、
いろいろの部分が最初造られた全体の設計の模倣をして現実化して出来た
ものである訳です。
 
全ての存在は、心の世界に描かれたところの理念的存在が因である。そして
その理念的存在は初めから「全体」として在るのです。ここに「全体が先か、
部分が先か」と云う問題が起こりますが、
 
 
通俗的に言うと「鶏が先か、卵が先か」といわれている問題であります。
鶏がいなかったら卵が出来ないし、卵がなかったら鶏が生まれて来ない
のである。で、永遠に循環的な論議を繰り返して行くことになります。
 
 
しかしながら、何も地球上に無かった時代に鶏が生まれて来る場合に卵が
ヒョックリと砂の上にでも出て来て、それから鶏が出て来たと云うようなことは
ないのでありまして、これはやはり、「神」と言ってもいいが、
 
 
大自然の「不思議な力」が先ず最初に心の中に鶏の全体の設計即ち
「理念の鶏」を造ったのであり、そして部分が集まって現実の鶏はでて来た
のであります神様の心の中に描かれたところの鶏の「全体」の完全な姿の
「理念」が天降って来て現象的な肉体を構成する「部分」が
その「理念」の根本設計の姿に配列されて具体的な鶏が出来たと云う
ことになるのであります。

転載終わり



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