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上田は日本の戦国時代を知る上で大事な所なので、二回目、攻め込んできました。
別に自分でフラグを立てているわけじゃありませんので、勘違いしないで頂きたいところ。
前回訪れた際は真田町の眺めを見るのみで、私の趣味的な所を
回れなかったもので、縁の地を少々巡ってみたのでした。
最初に行ったのは真田資料館。そこで周囲にどんなものがあるのか調べることに。
見てみると、周囲に真田氏の信仰の地が幾つかあったので探りに向かいました。
まず向かった場所は、曹洞宗 真田山 長谷寺、鎌倉にある「はせでら」と同じ漢字を書いて、
「ちょうこくじ」と読むようです。真田山すら「しんでんさん」とか読む有り様。
面白いですねw
ここには真田幸隆夫妻、真田昌幸の墓があります。
ちなみに、私は真田信繁(幸村)よりも信之よりも、昌幸のファンでして。
どんなキャラかを紹介しようとネタを探しに歴史AAまとめサイトに行ったら
新作が出てました!
また本伝ではなく外伝で、お茶を濁す感じですが、元気で何より。
やる夫が真田家に生まれたようです 外伝7
見ていると、真田昌幸のキャラクタを如実に現すAAやり取りが傑作だったのでご紹介。
こんなキャラです ><;
私が何故お気に入りとしているか、おわかりいただけたかとおもいます_
さて、お寺の話。
入口に石造りのアーチがあるのが面白いですね。ちゃんと六文銭が刻まれていますし。
また、私が良く「悪趣味」探しで撮影している次の物体ですが
ちゃんと六文銭を現すかのように6つの穴がありました。狙ってますねw
やはり、この物体のデザインには何らかの意図があるんだなーと思った次第。
三基ある墓のうち、以下が真田昌幸の墓になります。
この時代の墓とか、墓のデザインあたりはまた不勉強なのでそのうちとしますが、
このポイントに立って気付いたのですが
この空間、本当にヤバいです。
霊感なぞ微塵も無い私ですら
背筋にゾクっときました。
逢魔刻に行っていたら、大事な物を漏らしていたかもしれねえです><;
真田昌幸の混沌度、パネェ・・・SAN値が下がるってこういうこというんですかね。 以下の苔生した像に何か感じてしまったのか・・・
死せる昌幸、生けるmpを走らす。
と、最後は三国志ネタで格好付けww
たくなるくらい、本当にそそくさと退散しました。
適当に続くw |
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