空から鳥の鳴き声。
見てみると、白鳥がV字編隊で渡っていってました。
※小さくてアレですがw
やっと春ですねー。
さて、今日は初詣で行った神社の宿題を片付けに行ってきましたw
行く途中、飯豊方面に向かってまっすぐ伸びる道路を走ると、正面に雄大な白い壁が見えました。
凄い、と思ってカメラに収めると
あれ、なんか凄くない。
磐梯山も、目で見るともっと迫力があったように見えましたが、
やはり、あれー、という感じ。
カメラを通すとこうなるのか・・・。
人間の目って良く出来ているのだな、と思いました。
さて、猪苗代町にたどり着き、まず磐梯山を撮影。
その後、土津神社へ。
キリシタン殉難の地の看板の先が雪深すぎたので、
そろそろ雪解けてるでしょー、と思い行ってみたら、
まだ雪あるし('A`)
割と春山登山のようになってしまいましたww
雪中行軍していると、と以下の墓(看板)がありました。
服部安休という人、森蘭丸(18歳で死去)の孫だとか。
ネットでさっくりと探した程度ですが、家系図を見ても載ってないんです><
まあ、戦国時代のお武家さんは若い頃からリア充だからさもありなんだが、
家系図詐称は縁故・権威社会な日本人の癖ですからね・・・。
歴史として刻まれているこういう記述はそのまま飲んでよいか難しいところです。
これを見ると、以前
深淵の篝火様がコメントして下さった相関関係が
なるほど良く判りました。
吉川惟足
↓ ↓
藤原惺窩 保科正之
林羅山 ↓↑
服部安休→山崎闇斎
学問、学派として体系化した山崎闇斎を分析している本を読んでみたいと一層思いました。
しかし、
平泉澄
専門は日本中世史。いわゆる皇国史観の代表的歴史家。名前の「澄」の一字は、白山の開祖泰澄に由来する。 また、「君とは君主、天皇陛下ただ一人である」として学生を決して「くん」「きみ」と呼ばず「さん」付けで呼んでいた。
皇国史観。
毛嫌いせずに読んでみる必要はあるかな・・・。
さて、この看板がある所、実は神式の墓地です。
今まで仏式の墓しか見たことが無かったもので感心してしまいました。
生前にどういう人だったか一目で判るもの、良く判らないもの、色んな種類がありますね。
■最後に
ここはキリシタン殉難の地とのこと。
以前から自分の興味の一つである、会津キリシタン研究所の小堀氏は、
かなりの回数こちらを訪れているようです。
上記の記事は、クリスチャンである氏の、隠れキリシタンへの様々な深い想いが見て取れます。
氏の視点・立場になって考えると、同調することはありますね。
この記事は特にそういう情緒を呼びます。
氏の記事を読んで深みにはまり、思考トレースをするようになると
「この人の考えを通して歴史の遺物を見ると、様々なものが、キリシタンの遺物と見えてしまう」
ことがあります。しかし、これって結構危険な事なんですよね。鵜呑みそのものですから。
ふと一歩引いたきっかけは、
宮崎市定著 史記を語る
と
匿名党におけるサイキックリーディング
と
です。
後ろ二つはネタのようでネタでありませんww
文献批判は歴史学では避けて通れないという。史記を語るでも、
歴史学のWikipediaでも同様のことが書かれていました。
これは、歴史だけではなく、様々な情報を取り扱う時も同じなんだな、と
先の記事を含め、自分はやっぱり流されやすい日本人なんだなと思ったのでした。
さて、キリシタン灯篭説については、井上章一氏が、以下の著書「南蛮幻想」で
異を唱えていたので、購入して読んでみました。
以下の章立てを見てみると、
天主教、太秦のネストリウス派、キリシタンネタと、匿名党で最近良く見る
フレーズが見えますねw
井上章一氏のスタンスは、
・割と文献主義
・思い込み、飛躍を慎め
※文献を辿っていくと1つ、一人に辿り着き、それが飛躍に過ぎる内容であることの多いことを指摘
・時流により学説が左右されることへの警鐘
という所。
根拠、証拠が無いものは、グレー化し、千日手の議論にする感じかな。
それが、この本の、井上章一氏の主張の限界でもあります。
千日手の議論になった謎の歴史、文献、証人を失った歴史って結構ありますよね。
本能寺黒幕の研究とか、さらに言えば、古代の日本の歴史の証明って、
本当にどうしたらよいのかと思いますもの。
それを研究し続けることに意味はあるのか、いつか結果・結論が出るのか。
その結論は、本当に結論で良いのか。
歴史学にも
無限後退になるものがあるんだな、と思った今日のお出かけでありました。
PS
本業ではないので、深みに潜るのは程々にしておきます ><;