陸幕光画部別室

1000コメはぬくぬく様でありました。ありがとうございました。

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We always have a choice. ケータイ投稿記事

イメージ 1

鎌倉二階堂にて。

わかれみち。

舗装され、道路が太い歩きやすい道だが、どこまで続いてるか
わからない路。
細いけど、明確に行き先が分かる道。

1 迷わないで選べる人
2 迷う人
3 迷って引き返す人

成功(失敗だっていいか)経験から、
1の決断を早く、2にかかる時間を短くする。
決断を早めるには、予習、判断材料が多く有った方が有利。

3は命に、予定に関わる場合は、あり得る決断。
これの決断時間も、1、2と同様。

勝負師が強い(色んな意味で)のは、
勝利を確信しているから(経験上)。

なんの漫画だったかなw

でも、全て自己責任。
でも、時間とチャンスは大事。

日々の選択と決断、成功失敗経験でもって、
効率よく磨いていきましょう。

忘れっぽい、隠す傾向、後ろ向き、トラウマは、
この良いスパイラルを阻害します。

気を付けよう、自分w
空から鳥の鳴き声。
見てみると、白鳥がV字編隊で渡っていってました。
※小さくてアレですがw
 
やっと春ですねー。
 
イメージ 1
 
さて、今日は初詣で行った神社の宿題を片付けに行ってきましたw
 
行く途中、飯豊方面に向かってまっすぐ伸びる道路を走ると、正面に雄大な白い壁が見えました。
凄い、と思ってカメラに収めると
 
イメージ 2
 
あれ、なんか凄くない。
 
磐梯山も、目で見るともっと迫力があったように見えましたが、
イメージ 6
 
やはり、あれー、という感じ。
 
カメラを通すとこうなるのか・・・。
人間の目って良く出来ているのだな、と思いました。
 
 
さて、猪苗代町にたどり着き、まず磐梯山を撮影。
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その後、土津神社へ。
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キリシタン殉難の地の看板の先が雪深すぎたので、
そろそろ雪解けてるでしょー、と思い行ってみたら、
 
 
 
 
まだ雪あるし('A`)
イメージ 10
 
割と春山登山のようになってしまいましたww
 
 
雪中行軍していると、と以下の墓(看板)がありました。
イメージ 9
 
服部安休という人、森蘭丸(18歳で死去)の孫だとか。
ネットでさっくりと探した程度ですが、家系図を見ても載ってないんです><
 
まあ、戦国時代のお武家さんは若い頃からリア充だからさもありなんだが、
家系図詐称は縁故・権威社会な日本人の癖ですからね・・・。
歴史として刻まれているこういう記述はそのまま飲んでよいか難しいところです。
 
これを見ると、以前深淵の篝火様がコメントして下さった相関関係が
なるほど良く判りました。
 
吉川惟足
↓      ↓
藤原惺窩  保科正之
林羅山    ↓↑
服部安休→山崎闇斎
 
学問、学派として体系化した山崎闇斎を分析している本を読んでみたいと一層思いました。
しかし、
 
平泉澄
専門は日本中世史。いわゆる皇国史観の代表的歴史家。名前の「澄」の一字は、白山の開祖泰澄に由来する。 また、「君とは君主、天皇陛下ただ一人である」として学生を決して「くん」「きみ」と呼ばず「さん」付けで呼んでいた。
 
皇国史観。
毛嫌いせずに読んでみる必要はあるかな・・・。
 
 
 
 
さて、この看板がある所、実は神式の墓地です。
 
 
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今まで仏式の墓しか見たことが無かったもので感心してしまいました。
生前にどういう人だったか一目で判るもの、良く判らないもの、色んな種類がありますね。
 
 
■最後に
ここはキリシタン殉難の地とのこと。
以前から自分の興味の一つである、会津キリシタン研究所の小堀氏は、
かなりの回数こちらを訪れているようです。
 
 
上記の記事は、クリスチャンである氏の、隠れキリシタンへの様々な深い想いが見て取れます。
氏の視点・立場になって考えると、同調することはありますね。
この記事は特にそういう情緒を呼びます。
 
氏の記事を読んで深みにはまり、思考トレースをするようになると
「この人の考えを通して歴史の遺物を見ると、様々なものが、キリシタンの遺物と見えてしまう」
ことがあります。しかし、これって結構危険な事なんですよね。鵜呑みそのものですから。
 
ふと一歩引いたきっかけは、
 
 宮崎市定著 史記を語る
  と
 匿名党におけるサイキックリーディング
  と
 
です。
 
後ろ二つはネタのようでネタでありませんww
 
文献批判は歴史学では避けて通れないという。史記を語るでも、
歴史学のWikipediaでも同様のことが書かれていました。
これは、歴史だけではなく、様々な情報を取り扱う時も同じなんだな、と
先の記事を含め、自分はやっぱり流されやすい日本人なんだなと思ったのでした。
 
さて、キリシタン灯篭説については、井上章一氏が、以下の著書「南蛮幻想」で
異を唱えていたので、購入して読んでみました。
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
以下の章立てを見てみると、
イメージ 5
 
天主教、太秦のネストリウス派、キリシタンネタと、匿名党で最近良く見る
フレーズが見えますねw
 
井上章一氏のスタンスは、
 
・割と文献主義
・思い込み、飛躍を慎め
 ※文献を辿っていくと1つ、一人に辿り着き、それが飛躍に過ぎる内容であることの多いことを指摘
・時流により学説が左右されることへの警鐘
 
という所。
根拠、証拠が無いものは、グレー化し、千日手の議論にする感じかな。
それが、この本の、井上章一氏の主張の限界でもあります。
 
千日手の議論になった謎の歴史、文献、証人を失った歴史って結構ありますよね。
本能寺黒幕の研究とか、さらに言えば、古代の日本の歴史の証明って、
本当にどうしたらよいのかと思いますもの。
 
それを研究し続けることに意味はあるのか、いつか結果・結論が出るのか。
その結論は、本当に結論で良いのか。
 
歴史学にも無限後退になるものがあるんだな、と思った今日のお出かけでありました。
 
PS 
本業ではないので、深みに潜るのは程々にしておきます ><;
まーた、あの方の本からですがw
 
・・・
上に立つ者の政治の善し悪しは、直ちに全人民の上に影響が及ぶからである。
それは確かにそうだ。軍隊生活を過ごした事のあるものは、誰しも経験した事であろうが、
兵隊の苦楽は指揮官、隊長の才能によって大きく左右される。

優れた指揮官の下にいると、大した苦労もせずに全体の成績があがって、もっと偉い人からの
おん覚えもめでたい。ところが、下手な隊長の下に配属されたならば、それこそ災難である。

兵隊たちは右往左往させられて、無駄な労力に精根をすりへらしても、一向に成績が上がらないのだ。

平時の検閲や演習でもそうだから、本当の戦争だったならば、指揮官の善し悪しは部下にとっても
生命の安否に関係してくる。

そういう際に部下が指揮官に望むところは、ただうまく戦争を指導してもらいたい、ということだけである。

どんなに人格者であろうが、どんなに名声が高かろうが、そんなことは問題外である。少々は金に
きたなくても、個人生活において欠点があろうと大して問題にするには足りない。

部下の軍隊は、焼けつくような太陽のひざしを背にあび、重い背嚢を負って汗みどろになって
あえぎあえぎ埃の中を行軍する。ところが、隊長は悠々と馬に乗って、一番遅れて出発し、
一番早く宿舎につく。それでいいのだ。

もしも、指揮官が部下の兵隊と全く辛苦を共にして肉体的に疲れてしまったら、策戦を
考える余裕などなくなってしまう。

隊長殿はどんなに安楽にしてあげてもいい。その代わり、策戦の方はしっかり
頼みますぜ、というのが部下一同の切なる願いなのである。いわば、乃木稀典型よりも
児玉源太郎型の将軍の方が、部下にとってはありがたいことなのである。

同じ事は政治についてもいえる。そしてこれは、何も新しく始まったものではなく、
古くからいい慣らされていることだ。

孟子曰く

世の中には、精神的労働者と肉体的労働者との分業がある。前者は人を
治める者であり、後者は人に治められるものである。前者は他人の労働によって養われ、
後者は己の労働によって他人を養う。これは天下に普遍的な法則だ。
 
・・・
 
さて、上記を踏まえて以下のコメントを読んでみる。
 
>現場仕事の連中は、将来の給与が増えないから、子供の養育費などを考えると続けられない。
>だから辞めさせたくないなら、自腹を切って(部課長以上の連中が給料削減して)、彼らが
>家族を養える程度は出せと。自己犠牲をいうなら、ノーブレス・オブリージュの原則のもと、
>お偉いさんの自己犠牲が第一のはずなんですが、なぜか兵士・奴隷の自己犠牲が求められる
>不可思議さは、どういうことなんでしょうか?
天下に普遍的な法則を判ってないから、「自己犠牲」という言葉が頭に去来し、かつ不思議におもうんですよ。
 
そういう、法則を判らない人がそういう人やところを選んで、今の「不安な日本、会社」があるわけだ。
優れた人、ところを選べない。そのように言うわりに、責任を持って上に立たない、向かわない。
それは、そのようになるでしょう。
 
という感想を抱きました。
 
さて、上記孟子の話までの下りは、いつもの人の本から抜粋しました。
「乾隆帝から毛沢東」への下りは非常に面白く、現実社会のこういう話にもマッチしたり、
上に立つ者のあり方について考えさせられる部分です。
この話の続きとしては、そういう上に立つ精神的労働者が、特権を持っていくという流れになります。
そうなると人民はたまらんので、孟子は革命という言葉を・・・以下略w
 
・・・なるほど、民主党を選んだ日本人は、ある意味で正しい。ここまで書いてふと思いました。
 
 
 
そうそう、極楽蜻蛉氏がここで言っている事は、要するに奢侈論になります。
 
私が最近読んだ歴史家、イブン=ハルドゥーンの著作「歴史序説」も、宮崎市定の羨不足論=奢侈論も、
極楽蜻蛉氏のこのエントリーも、基本的には同じ事を言っている。
 
 
なーーーんて、ショウペン=ハウエルのWikipediaの真似をしてみるテストw
  ※なんか、その格言が要出典になってるww
 
■追記
史記より、何かと欠点の多い戦国の四君、平原君から、
中国におけるノブレス・オブリージュの実例を挙げてみる。
 
紀元前258年、魏は趙へ対して援軍を出していたものの途中で留まらせて情勢を観察していた。平原君は魏の信陵君の姉を妻としていたので、信陵君に「姉を見捨てるのか」との手紙を出し、信陵君はこれに答えて魏の将軍を殺して軍を奪い、趙へ援軍に出る。また楚からも盟約に従い援軍が出る。しかしその邯鄲は、援軍が来る見込みはあったが、長らくの包囲により武器も木を削った槍程度しかなく、城内の趙の国民は餓死寸前で、子供を交換して殺して食料とせざるを得ないほどの危機的状況だった。

だが城内の平原君ら貴族は変らず贅沢をしていた為に、兵士のひとりである李同が平原君に「貴方は飢えている兵民を人事のように生活されているが、もし城が敗れれば貴方も無事では済まないのです。私財をすべて投げ打つべきです」と進言する。これに平原君は答え、すべての私財を好きに持っていって良いと言い、侍従には炊き出しなどの労働を行わせた。これに城内の士気が上がり生気が戻った所で、李同は援軍が来るまでの時間を稼ぐ特攻隊を募り自ら率いることを提案し、平原君も承認する。そして李同はこれに応募した3千の兵を率いて城外の秦軍へと攻撃を仕掛けた。死ぬ気の兵は一歩も引かず、日に何度も突貫した。この決死の特攻に嫌気した秦軍が後退した所で援軍が到着し、秦軍を撤退させることに成功した。この際、特攻隊を指揮した李同が討ち死している。戦後、李同の戦功が評価され父が李侯となった。

信陵君はその後、魏へ帰れないので趙に留まっていた。信陵君がある時に博徒と味噌屋の二人を招いて歓談した。この話を聞いた平原君は「信陵君はあのような者を相手にするのか」と言った。この事を聞いた信陵君は怒って「私は彼らが賢明であると前から聞いており、このような交わりを恥とするあなたは外面だけを取り繕ったものであるようだ。」と言って出て行こうとした。平原君はこれを慌てて引き止めた。この話が伝わり、以後は平原君の元を去って信陵君の元に行く客が増えたと言う。
紀元前251年、死去。子孫が平原君を継ぐが、秦により趙が滅亡した際に共に滅ぼされた。
 
ここまで危機的な状況になって、富裕層がウフフしていたら、一緒に滅びますね。
この時に、下に金言、上に理解力が共に合ったから、上手くく動いた、と。
 
まあ、どのみち歴史の流れは変わらず商鞅の時代から着々と富国強兵をしていた
田舎の強国に滅ぼされましたが。

林檎ガジェット購入他

某所でスマフォの話題になったので・・・w
 
私は林檎のパッドの方を買いました〜。
親父がボケ防止にそろそろこういうのやらないと、とボソっと言ったので、
かねてより買う買う詐欺をしていたIPAD2をプレゼント。Wifi版ですけどね。
 
今年で仕事引退という事なので、確かに何か頭と指を使わないと、本当にボケちゃいます。
今年の8−10月は、かなりやること無くて音楽鑑賞、散歩、TV鑑賞で一日が
終わっていたのでw
 
親父はタイマーなど関係無しにSony信者なので、Sonyのタブレットにするか
最後まで迷ったのですが、親父の甥っ子(我が従兄弟)達が皆IPAD使いなので
気軽に聞けて情報共有できる装置の方が無難と考え選定。
 
やっぱり、マルチタッチの精度と、画面描画の能力は凄いですね。
他社のスマフォを色々弄らせて貰いましたが、本家にゃかなわんなと。
 
イメージ 1
 
以前ノートPC、デスクトップパソコンを渡して使わせたことあるのですが、
興味は向かわず、使ってもマウス操作が出来ずNG www
 
だが、パッドの大きさで、タッチ式となれば話は別。
パソコンよりは直感的に色々やってました。
後は、情報を欲しがる、発信するようになるかどうか、ですかね。
 
今はまだ、マルチメディアと地図、路線、天気を見るだけw
 
京都の梅小路蒸気機関車館 から、北海道旅行、山の写真の
デジカメ画像をひたすら突っ込み、スライドショーで見せてあげたら
大変カルチャーショックを受けていましたww
写真はプリントされたもの、という世代ですからね。
 
どうかデジタルフォトフレームオンリー用途になりませんようにwww
 
 
 
川越祭りは今回は断念しました。
風雨が強すぎたのもあるし、上記も含め、歯医者、仕事等、所用を片付けに
会津に戻った次第。
 
来年こそry
 
 
 
PS 停止中のはやぶさ車両に出会えた〜
イメージ 2
 
 
イメージ 3
 
 あ、シルエットが映ってしまったww
やっぱり面白いなあ。
学生さんのみならず、多くが見るべき。
 
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10月9日(日) Eテレ 午後6時
第2回「あなたの選択は?“就職”or“就社”」
明治大学国際日本学部 小笠原泰教授
大学で何か研究・発表する“チーム”を組む時、あるいは会社で業務を遂行する時、その組織に「帰属」するのか「参加」するのか。求められるのは「役割」なのか、「機能」なのか。
その相違点を明らかにしながら、マニュアルやジョブ・デスクリプション(職務記述書)に書かれたことだけをするのが当然の欧米と、気配りと運用的解釈が必要な日本の、思考メカニズム

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