陸幕光画部別室

1000コメはぬくぬく様でありました。ありがとうございました。

酔狂

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

帰省ラッシュとは ケータイ投稿記事

帰省してきた親類からラッシュ攻撃を受けることである。
m.p


と、命とお家の洗濯しに実家に戻った二日間を端的に
述べてみましたw

と思ったら仕事も休み明けでトラブルラッシュでワロタ。

Gdgdに巻き込まれないよう頑張っていたのだがなあ。

唯一の幸いは、埼京線の新宿始発が45分遅れで止まっていたことかなw

殆ど終電だがww



イメージ 1


郡山駅にて見つけた、心洗われる1ショット_

イメージ 2


郡山の駅弁はこれっていわれたので。


何て命の洗濯でぃ w
実は冷蔵庫を買いに実家に戻ってます。
 
この暑いのに冷蔵庫が壊れていては食中毒とか起こしかねませぬし。
色々調べて考えて、三菱の冷蔵庫にしました。明日届きます。
10年は使うぞー。
 
ん?
 
車も三菱、冷蔵庫も三菱。あ、液晶モニタも三菱じゃないか。
 
 
 
 
・・・
 
 
 
 
ふと現実逃避しようと調べていたら、なんと今日はコミケ最終日だという事が判明。
 
久々に音屋さんを検索してみたところ、知ってる人が1人しか居ない! ><;
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
うん。3曲目とか好き。
 
Mintjamが居なかったのが残念。このCD再販されないかなあ。
会社の同僚とオタクカラオケで歌いたい。これとか。
 
 
FF厨な自分は突然、同人音屋で有名な埼玉最終兵器が気になり、半年ぶりくらい訪れてみたら、
 
>[Re-Arrange MP3 Album]
>/BLAST FROM THE PAST
>リアレンジがメインの、フリーMP3アルバムです。
 
げぇ、新作!
 
と思いきや過去の作品の焼き直しが殆どですが、コレクターとしてはうれしい限り。
 
>05-魔神転生II『Evolution』
>06-Tales of Phantasia『Fighting of the Spirit』
>07-FINAL FANTASY VI『決戦』
 
ATLUS 魔神転生2 のEvolutionとか相変わらず選曲が渋すぎる。
ゲームのOSTサントラ持ってるしw
※作曲者の青木氏は事故で亡くなったとか・・・。
 
07-FINAL FANTASY VI『決戦』 これの別バージョンがあまりにお気に入り故
携帯の・・・何でもござらんw
 
この人、ATLUSとFFの旧作品を独特のアレンジするので大好きなんですよねえ。
 
 
 
で、急にATLUSが気になって
 
 
イメージ 3
 
 
げぇ!、今度こそ新作!
 
しかもハードが3DSだよ!!
 
 
買わねばならんではないか・・・。
 
 
だがそれ以前に、ちゃんと真・女神転生3をクリアしろ自分!と思って
 
イメージ 4
再びはじめましたww
 
イメージ 5
目黒将司氏の曲も好きで、イントロとか着、なんでもありません><;
http://www.youtube.com/watch?v=ZLrxl02SgfU&feature=related
 
 
 
 
※良い子は見てはだめw こんなATLUSが昔から大好きなんですよねえww
 
ここ2回程真面目な記事だったので、久々(?)にオタクな記事にしてみました。
 

伊佐須美で悪趣味

前回の降っても晴れてもの続き・・・というか裏ネタですw
とっても電波と雑考感があるので、興味の無い方はスルーで。
 
 
さて、伊佐須美神社を散策していると、これまで見たことが無い灯篭の火袋模様を発見。
 
イメージ 1
 
 
六頂点の星型とは珍しい。
 ※六芒星じゃないよな・・・
イメージ 2
 
 
近くに行って、灯篭の寄進日とか説明書きを見たいなと思ったら
 
イメージ 3
 
 
祟り神の菅さんもとい、菅原神社のお社が立っていて、奥にいけませんでした><
 
悔しいなあ。
 
と思って左手を向くと
 
イメージ 4
 
某所でよく出る牛さん。
 
 
菅原神社でよく用いられている家紋「梅鉢(うめはち)」
 
・・・白山 梅鉢で検索したら
 
うわあw
みなかったことにしよう ><
 
菅原神社と牛、というより天神信仰と牛のようですが、どうやらセットで
取り扱われているもののようですね。
 
天神信仰 - Wikipedia 天神信仰と牛
菅原道真と牛との関係は深く「道真の出生年は丑年である」「大宰府への左遷時、牛が道真を泣いて見送った」「道真は牛に乗り大宰府へ下った」「道真には牛がよくなつき、道真もまた牛を愛育した」「牛が刺客から道真を守った」「道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」など牛にまつわる伝承や縁起が数多く存在する。これにより牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされ臥牛の像が決まって置かれている。
 
 
牛頭天王と撫牛
撫牛は、疫病の神として畏怖された牛頭天王とも深いかかわりをもっている。牛頭天王は、京都八坂神社の祭神で「荒ぶる神」の系譜に属することで知られる素戔嗚尊(スサノオ)と同一視されており、牛頭天王信仰では、その強い霊威を信じて敬えば疫病を免れると伝承される。文政8年(1815年)頃に奉納された石製の撫牛で著名な向島の牛嶋神社はスサノオを祭神としており、ここにみられる撫牛信仰は、牛頭天王信仰に淵源を発するものと考えられる[1]。
 
天神信仰と撫牛
稲荷神社では狐、八幡宮では鳩が神使として聖なる鳥獣とされているが、菅原道真を祭神とする天満宮では牛が聖獣とされ、境内に臥(ふ)した牛の像が安置されていることが多い。牛は菅原道真の乗り物と考えられることも多く、各地に「牛乗り天神」の人形が伝わる[3]。また、撫牛には、天神の神紋である梅花紋が刻される像も少なくない[1]。
農耕神や雷神として祀られてきた天神が道真の御霊と結びつき、その一方で、農耕のなかで大切にされ、天の祟りを祓う獣でもあった牛[注釈 5]と天神信仰とが結びついたことにより、牛が天神の使いと考えられるようになったものと考えられる[1]。
 
 ■追記メモ
 撫で牛って、もしかすると経験則からの天然痘対策かな?
 ジェンナーの種痘法が確立される前から、ジプシー(エジプシャン)は
 これを知ってたとかなんとか。
 ※まあ、金属や石であって、実際の牛じゃないですがw
 
 
ヒンドゥ教より聖牛崇拝
 
ヒンドゥー社会において牛は崇拝の対象となっている。神話にもたびたび牛が登場し、たとえばシヴァ神の乗り物はナンディンという牡牛である。実社会でも牡牛は移動・運搬・農耕に用いられ、牝牛は乳を供し、乾燥させた牛糞は貴重な燃料となる。ただし聖別されているのは主として瘤牛であり、水牛は崇拝の対象とはならない[10]。
 
以前から気になっていたのは
ペルシアの神とインドの神の相反するもの、かな。
 
ペルシア:牛を屠るミトラス ・・・ 牛を屠る
インド  :聖牛信仰     ・・・ 牛を崇める
 
ペルシア:アフラ・マズダー(善神)
インド  :アスラ(阿修羅)(悪神)
 
イラン・アーリア人と、インド・アーリア人の敵対のためでしょうか。
こういうのって、世界中にありますね。日本は、多神教なので外来でも敵対でも
習合・取り込んでしまうのが結構多いですが。
 
幡宮ではが神使として聖なる鳥獣とされているが
 
ああ、これはもしかすると
 
イメージ 5
 
よかった、ちゃんと撮影してました^^;
鎌倉は鶴岡八幡宮の写真です。これの八が鳩のようですね。
 
いろいろ面白いなあ。
 
菅原道真と梅鉢に関連して飛梅伝説
 
平安時代の貴族・菅原道真は、平安京朝廷内での藤原時平との政争に敗れて遠く大宰府へ左遷されることとなった延喜元年(901年)、屋敷内の庭木のうち日頃からとりわけ愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しんだ。そのときに梅の木について詠んだのが次の歌である。

東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅花(うめのはな) 主なしとて 春な忘るな
           ───初出。寛弘2- 3年(1005- 1006年)頃に編纂された『拾遺和歌集』巻第十六 雑春。

東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ
           ───「春なわすれそ」の形の初出と見られる。治承4年(1180年)頃の編纂と考えられる『宝物集』巻第二。

現代語訳:主人(こと、私)がいなくなっても、春が来るたび忘れること無く、梅の木よ、芳しい花を咲かせておくれ。
 

伝説の語るところによれば、道真を慕う庭木たちのうち、桜は、主人が遠い所へ去ってしまうことを知ってからというもの、悲しみに暮れて見る見るうちに葉を落とし、ついには枯れてしまったという。しかして梅と松は、道真の後を追いたい気持ちをいよいよ強くして、空を飛んだ。ところが松は途中で力尽きて、摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの後世「飛松岡」と呼びならわされる丘に降り立ち、この地に根を下ろした(これを飛松伝説と言う)[1]。一方、ひとり残った梅だけは見事その日一夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んでゆき、その地に降り立ったという。

飛梅伝説の現実的経緯としては、一説に、道真に仕えて大宰府にも同行した味酒保行が株分けの苗木を植えたものとも、道真を慕った伊勢国度会郡(現・三重県度会郡)の白太夫という人物が大宰府を訪ねる際、旧邸から密かに持ち出した苗木を献じたものともいわれている。
 
>伊勢国度会郡(現・三重県度会郡)の白太夫という
 
説の一方が度会さんですか。
 
伊勢神道(いせしんとう)とは、伊勢神宮で生まれた神道の説。外宮の神職(度会氏)の間で唱えられるようになった。このため、度会神道・外宮神道ともいう。

概要
豊受大神宮(外宮)を皇大神宮(内宮)と同等以上の存在であるとし、外宮の祭神豊受大神は、天地開闢に先立って出現した天御中主神および国常立神と同一であり、天照大神をしのぐ普遍的神格だとすることを特色とする。 鎌倉時代・室町時代を前期、江戸時代を後期とする。代表的な神道家として、度会家行や出口延佳などがいる。また主な経典として『神道五部書』がある。
 
>神道五部書
 
吉見幸和【よしみ・ゆきかず】
生年: 延宝1.9.15 (1673.10.24)
没年: 宝暦11.4.26 (1761.5.30)

江戸中期の神道家。尾張国(愛知県)名古屋の人。名古屋東照宮の祠官吉見恒幸の子。通称は定之助,勝弥,定右衛門,左京大夫。号は恭軒,風水翁,嚢玄子,竜洞亭。名古屋東照宮の祠官に任じられたのは幸和の祖父園崎直勝の代からで,直勝は吉見幸勝と名を改め,その子恒幸の3男として幸和は生まれる。元禄7(1694)年長兄が病気のため家督を辞し,次兄は夭折だったため,幸和が後嗣となる。はじめ家学を修め,のち浅見絅斎に崎門学を,正親町公通,玉木正英に垂加神道を学ぶ。伊勢神道の中心的文献である『神道五部書』を偽書とする『五部書説弁』(大神宮叢書所収)を著したのは元文1(1736)年,64歳のときであった。同4年には『増益弁卜抄俗解』を著し,吉田神道を批判する。寛保2(1742)年,『五部書説弁』を伊勢神宮に奉納したのちの晩年は,神道全体の根拠であると考えた『日本書紀』の研究に集中し『神代正義』『神代尚絅』を完成させた。<参考文献>阿部秋生『吉見幸和』
(白山芳太郎)
 
面白いです。
吉見の論に対しては、崎門派の一人が反論を書いていて、両論併記状態ですね。
 
摂津国八部
 
これも某所的に面白いですw
 
やたべ → やべ → やーべ → やはうぇ → YHVH w
 
あー、駄目。妄想終了ww 
 
 
 
今日は通院のため半日お休み。
 
親がうなぎご馳走してー
 
とかいってきたので、会津の名店にでも行こうかと思いますw
 
 
以上、ワケワカメなエントリーでしたw

出張から帰ったら

机の上にこんなものが置いてありました。
 
 
イメージ 1
 
 
なんぞこれwww
 
 
 
自称右翼で硬派な親父と産経新聞の仕事とはとても思えないww
 
 
実にけしからん!(*´д`*)
 
 
 
 
というオチでしたとさw
 
 
産経新聞で連載されている4コマ漫画
南ひろこ ひなちゃんの日常 のタオルケットです。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
 
 
、、、(w
 
 
 
出だしから某所のパクりで申し訳ありませんw
 
「私がナウなヤングな所に行くわけがない」のはご存知の通りですが、
渋谷に来たのは事実であります。
 
一昨日の出張の用件は要員面談。練兵した社内の要員が、ターゲットとして
睨んでいた案件に投入する前に、案件開始が顧客都合で遅れて、
空かせるわけにはいかないからと別案件へ・・・なんてのは良くある話ですね><
 
そんなわけで昨年同様、またも望まぬ要員探しが始まりました。
しかも、今やろうとしている案件のスキルがコアすぎてマッチングしないこと。
 
そもそも「出来る人材は、仕事が空くわけがない」んですよね。
 
うちの会社はそれほど大きいわけでも、リンクが深いわけでもないので、
あまり良い要員に巡りあえていないのが実情ですが、それでも会う要員を見ていると
わりとスキルの探求が甘いんですよね・・・。
もうちょっと自学自習して主張すれば、求められる人材になるのに、と思う今日この頃です。
 
求めすぎですか、そうですよね><
 
そんなわけで、またまたプレイングマネージャになりそうな面倒な予感がするので、
昼食後1時間程度、気晴らしに
 
9月15日オンエアの会津ゆかりの映画 「天地明察」
 
の聖地巡礼をしに、渋谷を訪れたのでありましたw
ほら、結構ナウなヤングデショ_
 
 
 
 
 
目的地は、渋谷駅と青山学院の中間にある「幡宮」です。
 
イメージ 3
 
 
地図を見ていると、最近匿名党で良く出るポイントばかりでとても興味深いw
平日、かつこの後予定が無ければ、氷川神社とか天台宗の寺とかの周りも見てみたかったのですが。
 
あと、ここに国學院大学があるのが面白いですね。明治神宮が近いからでしょうか。
 
大学全体
神道の研究・教育機関であった皇典講究所(こうてんこうきゅうじょ)を母体とした大学である。平成22年5月時点で、学部生10,297名を数える(平成22年度事業報告書より)。
教育および研究
國學院大學には神社本庁の神職の資格が取れる神職課程がある。大学でこの資格を取得できるのは國學院大學と皇學館大学のみである[2]。
略歴
1882年に神職養成や国学普及などを目的に創設された皇典講究所が、教育事業の拡大を図り、1890年に設立した国学系の学生養成機関である國學院を起源とする。 1920年の大学令によって大学に昇格し、戦後は1948年に現行学制によって大学となる。
 
最近、保守の研究もしていて、読んでいる本が「平泉澄 先哲を仰ぐ」。平泉澄皇學館大學
 
大学全体
1882年(明治15年)に伊勢神宮祭主であった久邇宮朝彦親王の令旨によって林崎文庫に設置された神宮皇學館を母体とする。主として神職や教員の養成にあたり、1903年(明治36年)に官立の旧制専門学校(内務省所管の宗教系旧制専門学校)を経て、1940年(昭和15年)には旧制の官立大学(文部省所管)になるが、第二次世界大戦終結後は国家神道を推進した機関の一つとして、いわゆる神道指令を受けて廃学・解散した。現在の大学は1962年(昭和37年)に私立大学として、旧制神宮皇學館の関係者が中心となって「再興」したものである。

伊勢神宮の外宮と内宮のほぼ中間の倉田山に大学本部(伊勢学舎、文学部・教育学部・現代日本社会学部)校地が所在する。
2011年(平成23年)3月までは、名張市にも名張学舎(社会福祉学部)があったが、2010年(平成22年)度より社会福祉学部の募集を停止、機能を伊勢の本部に統合することを決定して、名張市から撤退した。[1][2]。名張学舎跡地には、熊野市から近畿大学工業高等専門学校が2011年(平成23年)4月に移転した。
 
 
1962年(昭和37年)に新制大学として発足した皇學館大学は、その建学の精神を元の神宮皇學館及び神宮皇學館大学より受継いでいる。1882年(明治15年)に、神宮の鎮座する伊勢に発足した神宮皇學館は、当時の文明開化、旧物破壊の風潮に対して、日本古来の歴史と伝統に基づいた学問の維持発展を目指した。1900年(明治33年)2月18日、当時の神宮祭主・神宮皇學館総裁賀陽宮邦憲王による令旨は、現在においても皇學館大学建学の精神を最もよく示すものとされている。内容は以下の通り。
 
 神宮皇學館教育ノ旨趣ハ、皇國ノ道義ヲ講ジ、皇國ノ文學ヲ修メ、之ヲ實際ニ運用セシメ、 以テ倫常ヲ厚ウシ、文明ヲ補ハントスルニ在リ。夫レ業勤メザレバ精ナラズ、事習ハザレバ達セズ。 況ンヤ本館期スル所ノ學ノ重且大ナルニ於テヲヤ。  本館學生深ク此旨ヲ體シ、常ニ師長ヲ敬重シ、館則ヲ遵守シ、黽勉(びんべん)努力、以テ他日ノ成業ヲ期シ、 夙夜敢テ怠ルコト勿レ。
 

こちらは三重県にあることでもありますし、伊勢神道系輩出の総本山でしょうか。
吉田茂が皇學館大学総長(初代)なんですね。
 
歴代総長
第1代:吉田茂 1962年4月 - 1967年10月 内閣総理大臣(第45・48-51代)
第2代:岸信介 1968年4月 - 1987年8月 内閣総理大臣(第56・57代)
第3代:篠田康雄 1990年9月 -1996年2月 熱田神宮宮司・神社本庁事務総長

うは><
 
見なかったことにしよう・・・w
 
話を戻します。
天地明察という映画の主人公渋川春海は、以前当サイトで何度か取り扱った山崎闇斎の弟子。
山崎闇斎は会津藩主、吉田神道(卜部神道)第55代の伝統者、保科正之の影響を受け、
朱子学と日本の神道を理論的に体系化・融合させ、日本の神道思想の源流の一つ崎門派を
形成した人。平泉澄は近代版崎門派の人で神道家。それらを輩出する大学が付近に有り。
 
その近くに、目的地「金王八幡宮」があります。
 
イメージ 4
 
奥に茅の輪が見えますね。
例のHeartさんの所を思い出します。
 
 
私が撮影をしていると、
 
イメージ 5
 
 
ノリの良い本物のナウなヤングが、茅の輪を潜って私のためにこんなポーズw
 
 
若いっていいなあw
 
 
 
 
この神社に来た真の目的は、劇中でも出るだろう、算額絵馬を見ることにありました。
 
漫画・映画・小説「天地明察」では、和算家(数学家)でもある渋川春海が、金王八幡宮の絵馬
同じく和算家である「関 孝和」の絵馬を見て触発され、和算で「明察」勝負をするところから始まります。
これが、彼が天文学を目指す動機付けになっています。
 
この神社の看板にも
イメージ 6
ちゃんと和算・算額についての記述がありました。
 
 
 
 
絵馬を眺めていると、早速発見。
 
イメージ 7
 
少し感動。
 
あ、念のため書きますが、私は算数・数学脳をしていないので、これを見ても
明察は出来ませんからw
 
得意な人は、一つ解いてみてくださいまし。
 
他にも、小学校の先生の算額絵馬。
 
イメージ 8
良いですね。
 
少し残念だったのが、全てを見たわけではないのですが、算額絵馬が2枚くらいしかなかったことでしょうか。
映画が放映されると、一時的に増えそうですねw
 
またその頃訪れてみようと思います。
 
 
金王八幡宮には宝物庫があって、無料で拝観が出来ます。
その中には、江戸時代の算額がありますので、興味がある方は一つ足を運んでみてください。
 
参考サイト:万歩計
 
 
この中にあった、大江山鬼退治の図が結構興味深いですね。
酒顛童子と大江山鬼退治の図。
 
酒顛童子のWikipediaより
酒呑童子(しゅてんどうじ)は、丹波国の大江山、または京都と丹波国の国境の大枝(老の坂)に住んでいたとされる鬼の頭領である。他の呼び名として、酒顛童子、酒天童子、朱点童子と書くこともある。彼が本拠とした大江山では龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にしていたという。
 
 
酒呑童子は、一説では越後国の蒲原郡中村で誕生したと伝えられているが、伊吹山の麓で、『日本書紀』などで有名な伝説の大蛇、八岐大蛇が、スサノオとの戦いに敗れ、出雲国から近江へと逃げ、そこで富豪の娘との間で子を作ったといわれ、その子供が酒呑童子という説もある。その証拠に、父子ともども無類の酒好きであることが挙げられる。
 
 
酒呑童子は日本最強の鬼と言ってよく、玉藻前で有名な白面金毛九尾の狐と、恨みによって大天狗と化した崇徳天皇と並んで、日本三大悪妖怪と謳われるようになった。
 
京都に上った酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い貴族の姫君を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりしたという。あまりにも悪行を働くので帝の命により摂津源氏の源頼光と嵯峨源氏の渡辺綱を筆頭とする頼光四天王により討伐隊が結成され、姫君の血の酒や人肉をともに食べ安心させた上、酒盛りの最中に頼光が神より兜とともにもらった「神便鬼毒酒」という酒を酒呑童子に飲ませて体が動かなくしたうえで寝首を掻き成敗した。しかし首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれている。
 
頼光たちは討ち取った首を京へ持ち帰ったが、老ノ坂で道端の地蔵尊に「不浄なものを京に持ち込むな」と忠告され、それきり首はその場から動かなくなってしまったため、一同はその地に首を埋葬した。また一説では童子は死に際に今までの罪を悔い、死後は首から上に病気を持つ人々を助けることを望んだため、大明神として祀られたともいう。これが現在でも老ノ坂峠にある首塚大明神で、伝承の通り首から上の病気に霊験あらたかとされている[6][7]。大江山(京都府加佐郡大江町)の山中に埋めたとも伝えられ、大江山にある鬼岳稲荷山神社の由来となっている。
 
 
 
 
大江山のWikipedaより 
鬼退治伝説
 
大江山には3つの鬼退治伝説が残されている。一つは、『古事記』に記された、崇神天皇の弟の日子坐王(彦坐王)が土蜘蛛陸耳御笠(くぐみみのみかさ)を退治したという話。二つめは聖徳太子の弟の麻呂子親王(当麻皇子)が英胡、軽足、土熊を討ったという話、三つめが源頼光と頼光四天王が活躍したことで知られる、有名な酒呑童子伝説である。酒呑童子#日本三大悪妖怪としての酒呑童子を参照の事。 これは能の演目『大江山』(五番目物の鬼退治物)にもなっている。 これらの伝説にちなみ、大江山の山麓にあった廃鉱となった銅鉱山跡に1993年(平成5年)大江町(現在は福知山市の一部)によって日本の鬼の交流博物館が作られた。

なお、酒呑童子の本拠とした「大江山」は、この丹後の大江山であったという説のほかに、京都市西京区にある山城国と丹波国の境、山陰道に面した大枝山(おおえやま)という説もある。

鬼退治伝説の意味
大江山の位置する丹後地方は古くから大陸との交流が深く、帰化人は高度な金属精錬技術により大江山で金工に従事、多くの富を蓄積していた、これに目を付けた都の勢力は兵を派遣、富を収奪し支配下に置いた。このような出来事が元になり自分達を正当化、美化しようとの思いから土蜘蛛退治や鬼退治伝説が生まれたのではないかとする説もあり、帰化人が山賊化し非道な行いをしたので鬼と呼ばれたという説もある。
 
この伝承。
 
日本人のルーツ、渡来人、鬼とは、混血、伝説とは。
 
いやはや、色々繋がって面白いw
※しかし、別に何かを解いているわけではない
 
以上、相変わらずカオスな、散策の感想でした。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
mp
mp
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(5)
  • きゃらこ
  • 海老チリ
  • まぐ
  • ぬくぬく2
  • 横
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事