陸幕光画部別室

1000コメはぬくぬく様でありました。ありがとうございました。

川越紀行

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15:00頃川越を後にしました。
 
是非とも、川越市から会津若松まで会津鉄道を使う旅程をGoogleマップで算出して
呆れてもらいたい所ですw
 
さて、帰りの会津鉄道のパンフレットに「かわら版 日光・会津沿線案内」
という記事がありました。そこに興味深い記事がかかれていました。
 
会津鉄道 「かわら版 日光・会津沿線案内」より抜粋
 
五十里湖(いかりこ)

1683年(天和三年)十月二十日未明、強烈な地震が五十里村を襲った。
下野街道の宿駅として生計を立てていた三十一軒の集落は、東の高台へ、
北の高台へと避難し、6kmの道のりが水没し、街道は寸断された。
 
イメージ 1
イメージ 2

 
下野街道に沿う男鹿川と、湯西川の合流地点で、標高1123.7mの葛老山の東斜面が大音響と
共に崩れ落ちて、2つの川を一気に堰き止めた。幅1km、高さ50mの岩が崩れ落ちる大惨事
発生したのである。

当時の交通網は混乱し、宿駅の業務は停止した。このため、下野街道は大内宿を通らずに
若松城下から南下し、松川・大峠を経て三斗小屋、板室に抜けて奥州街道に合流する松川街道を
はじめ、多くの脇街道が発達する事になる。

Wikipediaより
 この堰き止め湖(当時)は高さ70mで湛水面積は現在の五十里湖より大きく、40年間存在していた。

五十里湖の水抜き工事を始めるが、効果が無く1723年には工事中止となり、会津藩士2名が責任を
取って切腹するという新たな悲劇をまねいた。

ところが、人々の恨みが頂点に達したこの年の9月、4日間降り続いた大雨によって五十里湖が、
今度は大決壊し、四十年間湛えられてきた湖水が一気に流れ去り、元の五十里村(沈んだ)が湖底に現れた。

さて、湖から放たれた大量の水は怒涛のごとく荒れ狂い、鬼怒川流域の村々を押し流し、千数百人の
命を奪う「五十里大洪水」となって生じたのである。

事実は奇なりとはこのことよ。

この天和の地震は「日光地震」と呼ばれ、日光東照宮にも大きな被害を与え、1ヶ月に
1400回を超える有感地震があったというから、生きた心地もなかったであろう。
 
 
と記述されていました。
 
■Wikipedia より 五十里ダム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%87%8C%E3%83%80%E3%83%A0
40年間存在していた。この間会津藩により洪水吐き工事が行われたが失敗。その後大雨によって
遂に天然ダムは決壊し、濁流は宇都宮まで押し寄せ多数の死傷者を出したという。
 
■Wikipediaより 鬼怒川
会津西街道を通行止めにしていた五十里湖はその後1723年享保8年)の大雨で決壊し、死者1万2千人を出す土石流となり、宇都宮、下館近辺まで被害が及んだ。
 
以下の画像は五十里湖からのルートマップ。
見にくいが、画像の中央部を流れる、さくら市付近を通る青いものが
鬼怒川です。この流域が危険なわけですね。
 
イメージ 3
 
 
イメージ 4
 
以前会津の図書館で見てきた福島県史の一部。南会津の山崩れが上記の日光地震の故事。
日光地震の6年前の大津波地震(以下レポートによると揺れは大きくなかったようだ)
 
イメージ 5
 
これだけの地震大国な日本なわけです。(なんで山脈があるのか考えればww)
 
地震によるダム決壊というリスクは、低いながらゼロではないのが実情でしょう。
今回の地震でも1箇所ありました。あまりこちらがピックアップされる事が無いので
うーんと唸っております。比較して良い規模と作りかは議論になるでしょうけど。
 
■藤沼ダム
福島県須賀川市江花にある、江花川(阿武隈川水系)の支流に建設された灌漑用ダムである[1]ダム湖の正式名称は藤沼貯水池(ふじぬま ちょすいち)[1]だが、報道では藤沼湖と記される場合もある。
 
概要 [編集]
1949年(昭和24年)竣工のアースダム(土堰堤)[1]。県が設置し、地元の土地改良区(江花川沿岸土地改良区)が管理している[1]。
ダム湖周辺は自然公園として整備されており、キャンプ場、バーベキュー場などがある。
 
災害 [編集]
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(cf. 東日本大震災)で堤防が決壊し、下流の長沼地区では家屋が流失[2]。死者・行方不明者併せて8人を出した[2]。
 
安全な施設なんて無いという事ですね。
 
これから様々な発電設備の見直しが出てきますが、
xxxはyy年zzzが起きていないから安全
とかいう主張は、もしかすると鳥獣にも劣る論なのかもしれません。
 
鬼怒川流域の自治体の防災計画に五十里湖の災害をシミュレートとした
「陸上の津波、ダム決壊」に対するものはあるかな?
 
等という事を、電車に乗りながらスマートフォンで情報を調べつつ
考えておりました。
 
■おまけ
これの大決壊が起きてから、各地で見直されるんじゃないかなと考えていますw
さて、うなぎ
 
川越市の食べ物といったら?と事前に調べていたら、検索2個目あたりに
うなぎとサツマイモだろ、というのが出ていて、安直にじゃあそれでと決めるのでありましたw
大正浪漫通り近くにある小川菊。
 
イメージ 1
上鰻丼2500円也
美味しゅうございました。11時30分と早めに行ったのに並んでました><
 
近くの鰻屋に行列が見られず。調べると、食べログあたりでネガティブコメントが
合った所でした。そんなもんなのかしら。いや、私も調べて行きましたがw
 
食った後は、市の事をちょっと知るために図書館へ。行く途中、川越女子高の演奏コンサートが川越市民会館
行われるらしく、吹奏楽部の女子高生が案内していました。 つい入りそうになったのは内緒じゃないニダw
開演が13:30〜15:00だったのでパスしました。
 
この辺りから湿度が上がってきたのか、空の色のためカメラのホワイトバランス調整が
入ったのか写真の写りがダメダメになってきました orz
今度はデジカメを絶対に持っていこう。
 
イメージ 2
 
川越市の市の歴史をどの位置に置いているか、どういうラインナップを配置しているかで
姿勢が判るのです。その中で見ていて、お と思ったのは埼玉県史、川越市史の
近くにあった「秩父事件」についての本でした。
 
秩父事件
事件の背景 [編集]
江戸時代末期以来、富国強兵の大義名分のもと年々増税等が行われる中、1881年(明治14年)10月に大蔵卿に就任した松方正義によるいわゆる松方財政の影響により現在でいうデフレスパイラルが発生し(松方デフレ)、いまだ脆弱であった日本の経済、とりわけ農業部門には深刻な不況が発生した。農作物価格の下落が続き、元来決して裕福とはいえない農産地域の中には、さらなる困窮に陥る地域も多く見られるようになっていった。
国内的には主として上記の松方財政の影響、さらには1873年から1896年ごろにかけて存続したヨーロッパ大不況のさなかに発生した1882年のリヨン生糸取引所(同取引所はフランスのみならず、当時欧州最大の生糸取引所のひとつであった)における生糸価格の大暴落の影響により、1882年から1883年にかけて生糸の国内価格の大暴落が発生した。
埼玉県秩父地方は昔から養蚕が盛んであったが、当時の同地方の産業は生糸の生産にやや偏っており、さらには信州(長野県)など他の養蚕地域に比べてフランス市場との結びつきが強く(秩父郡内における最初の小学校はフランスの援助で設立され、そのために当時の在日フランス公使館の書記官が秩父を訪れたほどである)、上述の大暴落の影響をより強く受けることとなった。養蚕農家の多くは毎年の生糸の売上げをあてにして金を借り、食料の米麦その他の生活物資等を外部から購入していたため生糸市場の暴落と増税等が重なるとたちまち困窮の度を深め、他の各地と同様、その窮状につけこんだ銀行や高利貸等が彼らの生活をさらに悲惨なものにしていた。
 
概要 [編集]
秩父地方では、自由民権思想に接していた自由党員らが中心となり、増税や借金苦に喘ぐ農民とともに「困民党(秩父困民党。秩父借金党・負債党とも)」を組織し、1884年(明治17年)8月には2度の山林集会を開催していた。そこでの決議をもとに、請願活動や高利貸との交渉を行うも不調に終わり、租税の軽減・義務教育の延期・借金の据え置き等を政府に訴えるための蜂起が提案され、大宮郷(埼玉県秩父市)で代々名主を務める家の出身である田代栄助が総理(代表)として推挙された。蜂起の目的は、暴力行為を行わず(下記「軍律」参照)、高利貸や役所の帳簿を滅失し、租税の軽減等につき政府に請願することであった。
 
困民党とその母体。デフレと世界不況。選択と集中の行き着く先。くれくれ君モード。
日本も世界も、何度も繰り返しておりますね。これからどんなイベントが起きるか、
この事象から読んでみても面白いなと思いました。ただし、以下の〆も確かにと思うので、ワロスワロスで。
  
なお本事件に関しては、従来は専ら自由民権思想及び松方デフレの強い影響下に発生したと考えられてきたが、近年はそれらに加えて、他の養蚕地域との比較や、上述の国際的環境の影響、秩父地方特有の民俗学的状況等に関しても考慮した研究の必要性が高まっている。
 
  ■追記
  司馬遼太郎氏は、選択と集中の行き着く先には飢饉があると述懐している。
  重労働であった稲作に農民が集中してしまうのはやむを得ない事情はあったのだが。
 
  飢饉で失われた命と生活で、やっとスタイルを見直すんですよね。サツマイモ、栃餅、胡桃等
  を栽培、食すようになったのは飢饉のためではないか?
  何処かでショック・ドクトリンについて述べていますが、そんなもんですよ。多くの目先人は。
 
会津の図書館にも「会津世直し一揆」の本が市の歴史書の近くに配置されています。
負の歴史、ネガティブを見るのも勉強になります。希望を語るだけではNGだと思いますよ_
 
さて気を取り直して時の鐘通りへ。
奥に見えるは川越市のシンボル、時の鐘です。
 
イメージ 3
 
そして、大正浪漫通りに戻って、「シマノコーヒー 大正館」へ。
本記事最初に記した、安直にサツマイモ→サツマイモのデザートがある店を探して
たまたまこの店でした。あんまりサツマイモって感じではなかったので、その点がアレでしたが。
イメージ 4
 
この店、店員の女の子がみんなメイドさんだ!!
 
 
ね、狙って行ったわけじゃないので!
か、勘違いしないで頂きたい!wwww
天海僧正の拠点、喜多院に向かいます。
どうも私は地図と距離感を測るのが苦手で、
 
仙波東照宮と喜多院の間は結構歩くのかなーと
地図を持ちながら歩くと、目と鼻の先。そして「あれ?」とか思うというw
私がカーナビを持ちながら迷うのが何故かお判りいただけたでしょうかww
 
イメージ 1
 
朝早かったので人が少なかったのですが、私が喜多院に入って出てきた頃には多くの人で
賑わい始めていました。天気が良いと本当にry
イメージ 2
 
喜多院内部と五百羅漢を見たかったので、参拝料を支払い中へ。
・・・の前に、やっぱり綺麗な庭に、つい写真撮影。
 
■喜多院入り口前
イメージ 3
 
■上記撮影箇所から左手 喜多院本殿
イメージ 4
 
中は当然撮影禁止です。また、中を楽しめるかどうかは心がけ次第であります。
 
本殿の天井と、天幕の家紋・紋章を見ながら、天海xxxx説に思いを馳せていました。
半分はこれが目的だったのですがww
 
あと、内部の立派な庭園の説明書きについて。
書かれている通りに庭園の造りを読解できる人は凄いと思います ><
自分には無理でしたww

川越紀行 3 仙波東照宮

川越続き。
仙波東照宮。薀蓄はWikipediaあたりでw
 
イメージ 2
 
この紋所がry
イメージ 1
 
本殿は柵の向こうからしか拝めませんでした。携帯のズーム撮影なので写りは御容赦。
イメージ 3
 
東照宮を清掃していたおばあちゃんと、そこを観光に来ていたおばちゃんと会話。
・3月11日の地震で、石灯籠の頭が落っこちたのが何個かあって大変だった。
・東照宮の建物にヒビ入ってる。※あの時の地震のものか判らないけど
無事でなによりでした。
 
本場の東照宮程ではないので、人はまばらでした。
川越紀行 2
 
知り合いに無類の旅好き・・・いや名人で、歴史好きの人がいまして、
その方の紀行を何度か講習会や個人的に話を聞いて参考にしているものです。
 
その方の「旅の仕方」のうち、街中にある「地蔵・観音像等の石仏」等を
徹底的に見て回るパターンがあるという事を以前聞かされた事があります。
 
紀行1に書いた綺麗な中院と<仙波東照宮=神社>立派な喜多院の間を歩いていると、
突然、取り残されたような石像群が現れます。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
この石像の残り方。写真1枚目の石像の首全てが一度折れた後がある。
写真2枚目の右下にある首が取れた石像がある。
 
大体このパターンの時は
 
イメージ 3
 
明治維新という革命時に起きた神仏分離令、いわゆる廃仏毀釈の名残を見ることが出来る、というわけです。
 
廃仏毀釈
 
起きたことと意義については、詳しくは上記記事を見て頂くとして。
革命というのは破壊と血の上に再生があるものでして。
 
ここから国家神道が始まってしまったんですよね・・・。
 
まあ、破戒僧が多かったのも事実だし、俗世から逃げる場所としての寺社
というのもあった。特権と腐敗に対する衆怒の向かい先となり、激しく壊されてしまった。
という事もあるので、そういう+−を思い返す良い遺産かなと思っています。
その土地の寺社の腐敗ぶりと、民衆の暴れぶりを見る良いバロメーターともw
 
以上受け売りですがw

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