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「学」問の「派」閥

内藤湖南「山崎闇斎の学問と其の発展」と平泉澄「山崎闇斎と日本精神」に入り込む前に、
読んでいてふと「山崎学派」という学派の形成に何かを感じたので、考えてみました。
 
やり方は、いつもの通り漢字源から。
 
1.  派
 ■よみ
 漢 ハ
 呉 ハイ
 
 ■字義
 ①わかれ(川の別れ、分流、本体・基のものから分かれ出たもの・・・分派、学派)
 ②わかれる、わける(派生、特派員)
 
 ■解字
 ①甲骨文あり
 ②形声文字
   水(さんずい)+辰
 
 音符の辰は、 水流がわかれているさまにかたどり、支流・わかれるの意味を現す
 
2. 閥
 ■よみ
 漢 ハツ
 呉 バチ
 慣  バツ
 
 ■字義
 ①てがら、いさお、功績
 ②門の左に立てる柱(唐の時代〜)
 ③家柄、家格(門閥・・・門閥貴族とか)
 ④しきみ
 
 ■解字
 ①甲骨文なし
 ②形声文字
   門+伐
 
 音符の伐は敵をうつ、てがらの意味。てがらのある家の門に立てた柱の意味をあらわし、
 転じて手柄のある家柄をあらわす。
 
3 派閥
Wikipedia より
派閥(はばつ)とは組織内において利害で結びついた人々によって形成する集団。
 
■漢字源を組み合わせて考察
 
組織を運営していると、人に対価を与えなければならない。
対価を与える場合、成果、手柄(てがら)、すなわち閥をもって判断する。
そうなると、利害関係が生まれてくる。(これは絶対なのか、相対なのか)
 
利害が一致した人達が、基の組織からわかれ、流れていく。
これが派閥形成である。
良い例が、思想の発達、議論の活発化。
 
これが形骸化、悪化していくと「門閥化」となる。
1 世間で認めている、家の格づけ。家柄。家格。門地。
2 家柄のよい家が、互いに血縁関係を結んでつくった閥。
3 「門閥家(か)」の略。
 
4.  学(學)
 ■よみ
 漢 カク
 呉 ガク
 
 ■字義
 ①まなぶ(知る、悟る、ならう、みならう)
 ②まなぶこと
 ③まなぶ人
 ④まなびや
 ⑤体系的に組織された知識
 ⑥学派、学統
 
 ■解字
 ①甲骨文あり
 ②形声文字
  甲骨文(旧字体 學)は、臼 +冂 + 爻。
  臼は両手で引き上げる形
  冂は建物の形
  音符の「爻」は交わるの意味。
  
  教える者が学ぶ者を向上させる交わりの場である建物、学校の意味をあらわす。
  
 ■「まなぶ」ということばについて
 
学ぶは、「まねぶ(学ぶ)と同源で、「まねる(真似る)」とも同じ語源である。
そのため、学ぶの語源は「真似ぶ(まねぶ)」とされることも多いが、「まなぶ」と
「まねぶ」は同じ時代に見られる語で、その前後関係ははっきりしていない。

「真に似せる」の意味から「まね」や「まねぶ」が生まれ、「まなぶ」という語が生じたか、
「誠に習う」の意味から「まなぶ」が生まれ、名詞形「まね」と、その動詞形「まねぶ」の
語が生まれたと考えられる。

「まなぶ」は、教えを受けたり学問をする意味で多く用いられ、「まねぶ」は「まなぶ」よりも
学問をする意味は薄く、模倣する意味で用いられることが多かった。
また、「まねぶ」は主に口頭語として用いられていたが、「真似る」が広く用いられるように
なったため、「まなぶ」の雅語(雅言)として扱われるようになった。
 
5.  問
 ■よみ
 漢 ブン
 呉 モン
 教 とう とい とん
 
 ■字義
 ①とう(たずねる、といただす、しらべる) (おとずれる、みまう)
 ②とい(質問)
 ③たより(手紙)
 ④贈る
 
 ■解字
 ①甲骨文あり
 ②形声文字
   口+門
   音符の門は、かどの意味。人の家の門や神域で、安否や神意をたずねるの意味をあらわす。
  
 ■「とう」ということばについて
 国語辞典、やまとことばからも納得するのが得られなかった。
 
6. 学問について字源から考察
 
(なに・だれから、なにを)まなび、(だれに、なにを)とうこと。
 
いつ、どこでは不要ですね。
 
学問は何時何処で始めても良い。
早いのは大変結構だが、遅すぎるということは無い。
 
Wikipedia 学問より
学問については体系化された知識を指すことが多い。ただし、学問を知識のことだとするのは、あくまで一例であり具体的な意味や目的による定義は多数存在する。また主観的にも意味合いが違ってくる。

基本的に学問の名前は、接尾語である「学」を付けて言い表すが、「学」が付いていないもの(省略されているもの)も多数有る。

歴史的に見れば、学問は様々な場所で行われてきた。例えば江戸時代の日本では、私塾が、藩校などとともに、大いに学問の発展を荷ってきた(→日本の私塾一覧)。大学制度が整えられている現在では、学問は大学(私立大学、公立大学)によって主導されていることが多いが、その他の様々な研究所(公立・私立とも)で行われていることもある。

近代教育が確立される以前の「学問」は知の体系を指すという意味以外にも今日の言葉で言う「人間学」や「教養」を意味する使われ方もしてきた。儒学でいう「聖人の学」などという言葉の文脈で使われる「学問」は、今日の自然科学・社会科学・人文科学という意味での学問ではなく、人格を修養する手段としての学問である。日本においても、江戸時代の儒学者などのいう「学問」は人間の修養と、社会を治める知識としての学問の両方を意味していた。

現在、ある学問が存在すれば、一般的には、それに関連する学会が(ひとつ乃至複数)存在しており、その学問の発展に関与しており、各学者は一般的には、当該学問のいずれかの学会の(多くは複数の学会の)会員となっていて、自身の研究の成果を発表することで認知を得たり、あるいは他の学者の発表を確認することで当該学問の最新の情報を把握し、自身の研究に役立てようと努めている。

学問の追究によって得られた知識などは、学会での発表だけでなく、各種学術雑誌での公表(大学の紀要・論文集への掲載を含む)、著書(単著・共著)の出版など、様々な方法で公表される可能性がある。ただし、特に自然科学系の学問においては、数限られた定評ある学術雑誌などで査読を経たうえで公表された知識のほうが、最も正式なものと認知され、そうではない知識に比べて格段に信頼される傾向が強い。
 
>儒学でいう「聖人の学」などという言葉の文脈で使われる「学問」は、今日の自然科学・
>社会科学・人文科学という意味での学問ではなく、人格を修養する手段としての学問である。
>日本においても、江戸時代の儒学者などのいう「学問」は人間の修養と、社会を治める
>知識としての学問の両方を意味していた。
なるほど、この説明で「学派で感じた何か」について納得しました。
これが日本の精神文化の根底に流れていることも。
 
続きます。
出典 漢語林、ウィクショナリーより(またか
 
 
何故首を傾げるか。漢字からイメージが沸かない、意味をわかっていないからか。
ということで調べ物。
 
ウィクショナリーを見る限り
 
発音
音読み :
呉音 : キャク
漢音 : カク
慣用音 : コウ

訓読み : いた-る、いた-す、ただ-す
 
名詞
(カク)   そのものの値打ちによってできた段階・位・身分・等級など。品格、格式。
(例)格が違う。,格が上がる。

(カク)  文法において、名詞又は名詞相当語句が文の中で他の要素と結ぶ関係。ケース。

(キャク)  律令制において、律令の規定を補足・改正するもの。
 
 
字源
  • 」+音符「」の形声、又は、「各」は「」(足)+「口」で、足が何かにつかえた様(藤堂)又は「口」が祭器を表わし、神がやってきて止まる様(白川)であり、つかえて止まるの意の会意形声
 
日本人両名の解釈は、
 足が何かにつかえた様
 つかえて止まるの意
 
漢語林から行ってみると、
 
木+各(形声文字)
 
木=そのまま。
各=いたる、つきでるの意味。木の枝がいたりつく、つきでるの意味。
転じて、ようす・のり(法)を表す。
 
各=
会意。上半分は上から下へ向かう足の形にかたどる。口は、いのりの意味。神霊の降ってくるのを
いのる意味から、いたるの意味を表す。
 
 ( 面白いw )
 
格単体の日本語の意味で気になるものを抜粋すると
 
いたる、  ここが字源?
ただす、  格心
そむく、
たたかう、 格闘
のぼる、 
あたる、
とめる、  ここが字源?
のり・おきて・ほう(法)、 格式 格言 格外
地位・身分、  格調 
格子のこと、  
たな・本棚    格納
 
辞書に格差が無かった。あれ?
人格って何処に属すんだろう><
 
■人 格 (じんかく)
人がら。
独立した人。
(法律):権利・義務の主体。
 
人にいたる、かなあ。
人としての枠を持つこと、何らかのルール、法を有すること、か。
 


 
さて、コーヒーネタで出た「格」。格の意味から思考実験してみた。
 
■そのものの値打ちによってできた段階・位・身分・等級など。品格、格式。
うまい、かおりがよいもの、名前だけのことも。ブランドと書くとピンと来るw
これもルール化すれば、次の法になりますね。
→飲む人が求めるもの。
→売り手が付加価値を高めるために求めるもの。
 
■のり・おきて・ほう(法)
ルールのこと。これも人が決めている。
わくぐみ と書くと、以下の格子に繋がりますね。
→コーヒーを安定して売り買いする人が求めるもの。
 
■格子
鉄格子、檻。これも人が作るもの。何かを閉じ込めるのに使う。
囚人や奴隷を考えればイメージが沸きますね。
→コーヒー豆を安定して入手する側が求めるもの。
 
 
→コーヒー豆を栽培する者・・・格外ではなく、格子の中、格内ですね。
 
では、コーヒーの不公平を正すには?
 
わくぐみを壊す、格闘するしかないですね。革(カク)命ともいえるか。
想像するだけで苦難です。
しかも、同時に壊さないと、生産地が流転するだけで終わるという。
流通革命したり、保存革命したりするにも、インフラが揃ってないと出来ませんし。
 
現実案としては、末端がコーヒー豆生産を、続けるか、やめるしかない。
やめられないから悪条件で生産しているんですね。
 


 
格差社会。
 
字源としての格より。
 
周りを見ないで平らな所を歩いていると、格という突き出た木に、
足を引っ掛けられたり頭をぶつける社会。
 
 
以上、わざと日本風に皮肉ってみましたw

躾についてブレスト

※出展 漢語林より
 
躾(しつけ)= 身(み)+美(び)
 
身=象形文字。人がみごもった形にかたどり、みごもるの意味を表し、転じて「み」の意味を表す。
 
恐らく大和言葉の「み」に当てたものと思われるので
 
「み」=
「み」という音には大和言葉では、「中身、なかみ」「本当の存在」「神、かみ」とい意味があります。
 
音読みでは「シン」。シンってものごとの基本になる漢字が多いですね。
上記大和言葉と位置づけが一緒なのも面白いです。
 
心、申、辛、真。躾に繋がりそうなものを以下列挙。
 
心・・・甲骨文・象形文字。こころ(そのまま)。精神、知情意の本体、考え、気持ち、意味、おもむき、真ん中。
 
申・・・甲骨文・象形文字。いなびかりの走さまにかたどり、伸びる、天の神の意味。
 
辛・・・甲骨文・象形文字。入墨をするための針の象形で、つらい、つみの意味。
 
■おまけ
親・・・形声文字。進んで目をかける。したしむの意味。
 
立 (立+木=進むの意味)
+ 
 
・・・神、伸、信、進、清。なるほど。
 
美=甲骨文の羊+大きいからの会意文字。大きくてりっぱな羊の意味から、
うまい、うつくしいの意味。
 
うまい、おいしい、うつくしい、うるわしい、きれいである、よい、ほめる、よくする
 
善=会意文字。言言+羊。言言は原告と被告の発言の意味。羊を神のいけにえとして、
両者がよい結論を求めるさまから、よいの意味。
 


 
なるほど、上記漢字の分解だけで、「しつけ」とは何か、何を教えるのかが判りますね。
 
では躾の会意を見てみると、
躾・・・会意文字。身+美で、身のこなしを美しくするよう仕込むこと。
礼儀作法などを身に付けさせるの意味。
 
あら、わりと儒教的w
■追記
→いや、そうでもないか。これは自分が美しく、よく見えているかどうかを判らせないと
 たどり着けないこと。鏡を見る、という基本から。
 なるほど、到達点を漢字の意味にしているんですね。
 
そうなると「しつけ」という三文字の大和言葉から進んだほうが良さそうですが、
漢字の意味、読みからの派生の組み合わせの方がしっくりきますね。
 


 
親とは、子供に進んで目をかけるもの。
 
躾とは、子供に美を教えること。
 
美とは、「よい」こと。よいを教えること。
 
シンという音読みには重要なものが多い。
躾に絡むものを挙げると
 
心・・・「意味」を教える。喜怒哀楽から情、気持ちを教える。こころを作る。真ん中を作る。
申・・・伸びる、天の神こと、神を教える。すなわち「絶対」という線引きを教える。
    絶対に良い、絶対に駄目を教える。伸ばす。
辛・・・駄目と言われてもやるのが人間。これは神話にも現れる性みたいなもの。
    そこから、つらいこと、つみ、わるいことを教える。
 


 
ここまでドリルダウンして考えると、躾というものは、あるとても基本的なことから、
 
・これは駄目なものだよと辛、つらいを教え(しかる、鞭)
・これは美、善、よいものだよとほめて教え(おいしいものをたべさせて、いきる、うまいも教えたりと)(ほめる、飴、ごほうび)
 
の連続からなるパターン学習ですね。
 
親子のコミュニケーション、触れ合いが無い限り出来ないと思います。
 
躾がなっていないということは、親が「み・シン・ビ」を知らず、間違った躾をしているか、
コミュニケーション、触れ合いが足りないか・・・不器用かのいずれかではないでしょうか。
 
手放しで、親を見て育つのは、優秀な個性という事に思われますよ。
 
大阪市長の躾の問題提起を改善するのに、「ただ家庭で躾をすべし」ではなく
躾は何かという中身を教えることが重要と考えます。
そして躾をしらない親、不器用な親にどのようにして教えるか、そのような体制に
引き込んでいくかが最重要なのではないかと考えました。
 
それにしても躾という漢字をドリルダウンしても、大和言葉の「み」をみても、
教えや原始宗教を切り離せないですね。
 
言葉や文字は面白い。
そして、存外知らずに言葉を使っている事がなんと多いことかを痛感しました。
 
PS
 宗教を毛嫌いするのも病根の一つなのかなあ。
 
 
以上ブレストでした。
と、タイトルの通り直感で思っています。

などと考えていたら、権力とは?いや権とは?とドリルダウンするという
悪い病気が発症しまして、漢語林を買ってしまいました。
でも今回はウィクショナリーもほぼ同じ内容なので、そちらから抜粋。


  • の新字体。權は、「」+音符「(カン)」の会意形声。もとは、木の名で、棒ばかりの意。
  1. はかり
    権衡
  2. はかるはかりごと
    権謀権謀術数
  3. (重み→)社会重要他人何かを強制することのできる力。
    権力権威権限権勢権能権利権益
  4. の、臨時
    権道権官

>もとは、木の名で、棒ばかりの意。

>(重み→)社会重要他人何かを強制することのできる力。

なるほど。
これは「人間らしい力」の話なんですね。
動物であれば、力、生まれで何かを強制出来る。
人間であれば、それに加え「こと、ものの軽重をはかり、判断し、裁く力」という
要素が生じると。

字源が棒ばかりだ、というので思い出したのはエジプトの死を司る神
アヌビスです。

またオシリスが冥界アアルの王となる以前の冥界を支配、管理しておりオシリスが冥界の王となった後も彼を補佐してラーの天秤を用いて死者の罪を量る役目を担い、その様子は死者の書や墓の壁面などに描かれている。

権は、恐らく古代中国でも祭祀儀礼から生まれたのでしょう。
人間の生死を決めるのは人間で、それを権という力の裏付けを有する人が決めたものさしで
決めるという。

さて、これをもう一度読み返すと、
>(重み→)社会重要他人何かを強制することのできる力。

これは政治の世界だけではなく、職場における上下関係にも現れますね。
責任者、管理者、リーダーは、この権の力、権力・・・いや「権」を有していると。
仕事の世界にも政治があるということであり、「人間は生まれながらに政治的動物である」
という昔の人の言葉を思い出しました。

最近「上から目線」「ブラック」「名ばかり管理職」「理想の上司」等という言葉を
目にします。
今度このような事を言う人がいたら、次の2点を心の権(はかり)で「はかって」みて下さい。

「言われずに実行出来る者か」
「言われないと実行出来ない者か」

政 の字源
正とは、止(あし)が目標線の―印に向けてまっすぐ進むさまを示す会意文字。征(まっすぐ進む)の原字。政は「攴(動詞の記号)+音符正」で、もと、まっすぐに整えること。のち、社会を整えるすべての仕事のこと。 まつりごと。社会生活をただしくとりしきる仕事。

漢語林を見てみると、漢字の部首の右側は「鞭」を意味し、強制するの意味。
強制して正すという意味。

何故、上から目線とかブラックだとかの言葉をよく目にするようになってきたか、
といえば、日本人が政治・権力の意味と意義を正しく理解出来なくなってきているからですよ。

命令されるのが嫌いだという人に、政治について聞いてみましょう。政治なんて嫌いだか
興味無いと答えるのではないでしょうか。投票に行っているかも聞いてみると良いでしょう。

権 力(けんりょく)
何らかの物理的強制力の保有という裏づけをもって、他者をその意に反してでも服従させるという、支配のための力。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。(日本国憲法前文)
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。(日本国憲法第20条第1項)
国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。(刑法第77条)

>そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、
日本が採用している(議会制)民主主義は、強制する力「鞭」を、
被選挙人を信託して預け、自分に命令させているのです。

>その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、
>その福利は国民がこれを享受する。

被選挙人は利を約束して信じてもらって、選ばれれば利を与える。
約束を果たせないのであれば次は選ばれない。

戦後の政治を見返してみて、どこからこの認識が捻れてきたかを
見直してみると良いと思います。

豊かになりたい!という目標に一直線、一本道だった時期。(黎明、利害より共闘期)
豊になった、その後は?という一つの到達点からの次なる目標が人間の数だけ
生まれた多選択肢の時期。(最盛期、利害の対立)
豊かさって何だっけ?という時期。(衰退期、財を守る時期、対立由来の混迷期)
以下略

大体このように分類されるのではないでしょうか。

私が今の野党・・・特に自民党に思う事は、詐欺とはいえ民主党に「政治的に」
負けた事、負けていることを受け止め、「ただ対立しているだけ」を止めて欲しい
という点ですね。

自民党は、詐欺師にすら信用の面で負けた!という事なんですから。
言っている事の正しさを理解してもらえなくなったのならば、それは誰が悪いのかは
明確ですよね。

では、こんな迂遠な民主主義など無くなってしまえ!というのも極論だが、一つの手法ではあります。

しかし、今の小沢氏の裁判を思い返して欲しいのですが、

>権力
>何らかの物理的強制力の保有という裏づけ

小沢氏の権力の裏付けってなんでしょうか?
そして、その様な者に罪があったとして、誰が裁けるのでしょうか?

権力者を裁けるのは権力者だけです。

では、日本で権力を有しているのは誰か?

国民です。

では、小沢氏が罪があるのに裁かれないならば?

国民がおかしい。

という事です。
今日の裁判、しかと結果を見て受け止めてみましょう。

昨今、民主党は、与党となり、権力を有しているにも関わらず、一本になれない、
発揮出来ない、速度が出せない理由は、皮肉ですが小沢氏という権力者が権力を
有さない、発揮出来ない立場にいるからです。
そして、小沢氏の勢力が復権、力を行使出来る立場に戻れるよう対立しているからです。
小沢氏の対立側に力・能力があるとしたら、それは不幸な対立ですね。

・小沢氏をパージすると、政治力が消えるかもしれないが、対立側の政治力が活きるかもしれない。
・小沢氏を復権させると、政治力が戻るかもしれないが、権力の形が一層歪になり、
自浄することが無いかもしれない。

私は前者支持です。

本日は、日本の政治の分水嶺になりますね。
名前の話。
 
名前には、付けた者の思い、何らかの意図がこもっていると考えています。
だから、名前が適当なものには「思い、魂が無いな」と感じることがあります。
名前と合ってない音楽、造形物・・・ファイル名が適当な提出書類(の内容w)が身近ネタかなw
 
昨今聞かれる「キラキラネーム」等は果たしてどのような思いと魂があるのか。
思いは思いでも「思い付き」なのではないか?と考えている次第。
人は、考えに考え思いつかない場合、そんな中苦し紛れに思いついた悪手が「良い」
と感じてしまうシーンがある。キラキラネームというのは「そういう集大成」ではないかと。
 
「教養が無い」という。
 
中には「題名の無い音楽」や、2chの匿名さんの価値感、世界もあるので一概に
「思いが無い」とは言えませんが。
 
だから、今回の映画 「Beauty うしいもの」、漢字だと「美」一言で終わるこの映画の
タイトルを考えながら見ていました。
 
感想を書く前に、これはいつもの自分らしく、漢字の国の「字源」から、字の中にある本質も読んでおこう。

[編集] 字源

  • 」の象形 又は 「」きい「羊」を意味する会意。いずれでも、古代周人が、羊を大切な家畜と扱ったことに由来。
hmm、日本の「うつくし」とつい比較しようと思ったが、
 
Wikipedia 美 より
言語において同じ意味内包の言葉はないのだという自覚なしに、異なる言語での「美」に相当する言葉について論じられた思索や議論に言及することは、そこに危うさが伴っている。
 
あい、良く判りました。反省します。 m(_ _)m
それを踏まえて、
 
Wikipedia より 漢字における「美」の含意
日本語で使われる「美」の文字は漢字であり、中国において3000年以上前に発明されたものである。この「美」という漢字は、「義」や「善」と同様に、一種の要素合成によって造られており、それぞれの上半分の部分は、「羊」という文字である。
「羊」と「大」の合成が「美」であり、「羊」と「我」の合成が「義」である。孔子の『論語』の中にも記されているが、「羊」は宗教的祭式において献物として利用された動物で、「犠牲の動物」の意味があり、そこから「羊」を要素とする合成漢字には、「犠牲」の意味が含まれている[8]。あるいは、「犠牲」の意味を持つ概念を表現するために、これらの漢字は合成され造られたとも言える。
「義」とは「我の責任の限りの犠牲」という意味があり、「善」は、「儀式の祭具に盛る限りの犠牲」という意味があるが、「美」とは「大いなる犠牲」である。この場合の犠牲とは、「自己犠牲」であり、共同体の命運などに対し、人間として行える最大限の犠牲、つまり己が命を献げて対象を高めるという含意があり、言い換えれば、人の倫理の道において、最も崇高な行いが「美」であったのである[8]。
 
↓反論
白川説
「美」について『説文解字』に、「羊に従ひ、大に従ふ。」とあり、会意としているが、白川静は「美」全体を象形とし、「羊の全形」と解釈している。以下、白川の字説である。
羊は羊の上半身を前から見た形で、羊の後ろ足まで加えて上から見た形が「美」である。母羊の後ろから小羊が生まれ落ちるさまを「羍[9]」というが、その上部の大と、「美」の下部の大は同じであり、母羊を後ろから見た形である。羊は犠牲として神に供えられ、その羊は美しく完全であることが求められたことから、成熟した羊の美しさを美といい、のちすべての「うつくしい」の意味に用いられた。
「義」は、羊と我に従う会意であるが、我はの象形であり、羊を鋸で截り、犠牲とする意味である。その犠牲として神に供えるのに欠陥がないことを「義(ただ)しい」という。このように、我はもと鋸を意味する字であったが、一人称代名詞「われ」として使うようになり、我に代えて、のこぎりを意味する字として形声の鋸(キョ)が作られた。代名詞にはそれを示す適確な方法がなく、すべてその字の本義をすてて音を借りた仮借の用法になる。『説文』では「義」を会意としながらも、「己の威儀なり」と解釈しているが、仮借義で会意の字を構成することはないので、我を己と解すのは誤りである[10][11]
 
まとめ。
 
これらの言葉の使われ方から窺えることは、「美しいこと・美」とは、何か良いこと・快いことであるが、
またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。
 
納得しました。美とは人の感情所以であり、哲学である。
そして、これは宗教に至る前の原型ですね。
 
    人(→多分社会) 羊 美 善 義 
 
そして、孔子→八徳に至る、と。
 ↓
16世紀には、中国大陸で布教活動を行っていたイエズス会の宣教師によって「孟子」や「大学」など他の典籍と共にフランス語で翻訳され、フランスに伝えられていった。その結果、フランスでは貴族の間で、シノワズリと呼ばれる空前の中国ブームが巻き起こった(中国学も参照)。また当時の思想界において、儒教の易姓革命はヴォルテール、モンテスキュー、ケネーといった当時の思想家に大影響を与え、啓蒙思想の発展に寄与した。日本には、応神天皇の代に百済の王仁と言う人物によって伝えられたとされ、律令時代の官吏必読の書となった。
 
あ、駄目だ、また匿名党ネタに ← スパイラルw
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