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釣り好きの私はオークランドに着くと、まっさきに目抜き通りの釣具屋を訪れた。釣り番組で80cmオーバーの鯛を船から入れ掛かりで釣るのを見ていたので、どこかの磯でチヌでも釣れたらという気持ちがあった。
(船酔いのやつめ!)
釣具屋は外国によくあるスポーツショップとの一体型で、2階1フロアーが海釣りと「その他」コーナーに分かれている。海釣りの道具を一通り見終えた私は隣のコーナーもお義理でのぞいてみることにした。
そこには先客が一人いる。日本人のようだ。話しかけると北海道出身の若者である。以後、彼のことを「師匠」と呼ぼう。
私「チヌとか釣れる磯、知りませんか?」
師匠「チヌ?ニュージーランドに来たのだからレインボー釣らなきゃ。」
私「何ですか−、その何とか棒っていうやつは?」
師匠「・・・」
こんなやりとりの後、彼は私にフライフィッシングとは何か、いかに魅力的であるか小一時間説明してくれた。
「おお、それはすごい。ぜひやってみたい。」
と言う私に、
「では、2日後にツランギ村で会いましょう。でも本当に後悔しませんか。ふふふ。」
と去っていった。
ひとをその気にさせておいて「後悔しませんか」もないもんである。
この時は、フライフィッシングが麻薬のようなものである、などと思い至らなかった。
これからこの釣りを始めようと思っている方に一言。
「人間やめますか。それともフライフィッシングやめますか。」
(つづく、物騒なおわりかたですねー。)
2日後、ツランギ村のユースホステルで師匠と落ち合った。かなり値の張る竿、リール、ライン等を買いそろえ歩いてトンガリロ川に向かう。わずか10分である。国号1号線の橋の上から川を見下ろしていた師匠が、
「あそことあそこ、そしてあそこ。」
と、言葉遊びのようなことを言いながら指さす先をみると、いるわいるわ。大きな魚影が悠然と泳いでいる。瀬戸内海の小魚しか見たことのない私はすでに我を忘れている。
放っておけばこいつは川に飛び込みかねない、と感じたのだろう。師匠が「ここは釣りにくいから、少し上流にいきましょう。」と、うながす。
歩いているうちに徐々に興奮からさめてきた私は、やっと辺りの緑や小鳥の声、美しく豊かな水の流れに気づく。日本が昔はこうであったろう自然がそこにはあった。
(つづく、ちょっと一息)大きな魚(鯉ではない)が川中を泳ぐ姿というのは日本の川釣り師なら誰でも夢見るところ。本来あったはずの美しい渓流がどんどんコンクリート張りになり、今もわずかに残された良い川が軒並み破壊されつつあるこの現状。山の中で何やってても分からないからね−。国破れて山河無し。
釣り人は自分たちの気に入った瀬や淵にに名前をつける。これは海外でも変わらない。目の前に横たわる中州の向こうはアイランド・プール、さっきニジマス(レインボートラウト)を見つけた淵はロンリー・プールだそうだ。
中州に渡り、竿振りの練習をする。今までやっていた釣りとはずいぶん竿の使い方が違うので戸惑う。どうせ初めてなのでしばらくは師匠のキャスティングを見学することにする。
膝上までウエーディング(川につかった)した彼の竿から、ラインがスルスル面白いほど伸びていく。チアリーダーが振るボンボンを小さくしたようなインジケーター(目印)が下流まで流れきると、また上流に向かってキャストし直す。師匠には魚が見えているらしく決まった筋を流している。
突然水面が割れてきらめく。かなり速い流れの中から二度、三度と銀色がはじける。下流へ泳ぎだした魚に、リールが「ジーッ」と鳴る。竿はきれいな弧を描いている。
「こんなときは魚にさからってはいけません。」などと解説する余裕まで見せながら、彼は中州の上を下流へ走り、魚のちょっとしたスキをついて取り込んでしまった。ネットなど使わない。55cm。がっちりしたオスだった。
魚を傷つけないために水から上げずにリリース(放流)する。
「まだ、あそこには魚がいますよ。次はあなたの番です。」と、言われて、鼻息荒く水をはねあげ近寄ると、いきなり叱られてしまった。「そっとです。そっと。」
師匠のまねをするがへっぴり腰になってしまう。ともかくポイントに10mのところまで近づく。
なるほど、ここまで近寄れば対岸のえぐれの下に魚たちの影がはっきりみえる。仲間が一人いなくなったのに気づいたのか活発に前後に泳いでいる。
何匹かは上流に泳ぎ去り、流れに任せてまたもとの深みまでもどってくる。
群れが目の前に来た時をみはからってその上流へニンフ(毛鉤の一種)を投げ込んだ。
(つづく)フライフィッシングについて何か書こうとするとカタカナがたくさん出てきて大変です。雑誌などもしばらく読んでいないと分からない言葉がいくつも現れています。例えば「CDC」とか普通は絶対に使いませんよね。だって、訳しても「カモのお尻の毛」とかなっちゃいますから、ははは。
毛鉤は目の前を横切っているのだが、魚がなかなか飛びついてくれない。10回は流したろう。ラインはむなしく下流へ流されていくだけである。再びキャストしようとしてピックアップする。いや、しようとしたら根掛かりだ。(根掛かり=仕掛けが水中のいろんなものにひっかっかること)
いい加減いやになってくる。自分にとって初めての釣り方ということもあって、全く釣れる気がしない。
腹立ち紛れに竿をあおるといきなり銀色の魚体がジャンプした。根掛かりではなかったのだ。今になって思えば、流しきった毛鉤が水中でくるりと動いたところに下流からあがってきたニジマスが出会い頭に食いついたのだろう。
魚はあちらではね、こちらではね、なかなか近寄ってこない。油断していると竿がのされてしまう。張り切った糸がビーンと鳴り、リールがジーッっと音を立てる。
師匠のまねをして下流へ魚を寄せていく。最後の素晴らしい跳躍をあしらい、やっとランディングする。
53cm。がっしり太ったオスだ。2ポンド半はある。
リリース。雄姿はゆっくり川の中へ去っていった。
それは「釣ったら食べる」をモットーとしていた私にとって最初のリリースでもあった。
よく戦った好敵手を敬い送り出す。そんなごく自然の行為だった。
あの鱒は、今も私の心の中を、トンガリロ川の力強い流れの中を泳いでいる。
(雑魚漫遊記6 おわり)
この数年後、上流にあるルナペフ火山の噴火により、灰が流入したり、大雨で流れが大きく変わったりして、川の様子が随分変わった。当時の状態に戻っているかどうか知らないが、近いうちに、この思い出深い地を訪れたい。そこはマオリの人々にとって聖なる地だが、私にとってもそうなのだから。
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