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今日、本屋さんで読もうかなと思える2冊の本に出会った。 そのうちの1冊、「いい言葉は、いい人生をつくる」(斎藤茂太著)より、素敵な言葉をご紹介して行きたいと思います。 第1回目は次の言葉です。
これは、あの松下幸之助さんの言葉です。 これは1度の失敗に対してのことではなく、失敗に失敗を重ねても一つ一つの失敗から最大限の物を学び取り成功部分を積重ねて行けば、いつかその失敗は成功につながる。 失敗してしまったら、その失敗を無駄にしないように、失敗から最大限の学びとるという姿勢を持つことが大切だということを説いた言葉のように思います。 親としては少し身につまされるところですが・・・。 (よく失敗したり間違えたりした時に、ただ叱るだけになってしまってないかな〜と考えてしまいます。本当はなぜ失敗したかを考えさせて次に活かすように注意してやらないといけないんですね〜。) 松下幸之助さんは、数え切れないほどの失敗を繰り返して、「世界のナショナル」のスタートでもある二股ソケットを完成されたんですからね。 あ、そうそう世界の発明王エジソンさんも「失敗は成功のマザー」とかおっしゃっていましたね〜。 まあ、「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。」「失敗は成功の母」と言うのも、こんな方々の言われた言葉だからズシリと重みがあるんでしょうが・・・・。 子供たちを指導していく際には、大人や何かの指導者は大いに参考にすべき言葉だと思いました。
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言葉の風
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これはあの有名なトーマス・エジソンの言葉です。 この言葉をよく指導者の方が引用され「1%の才能と99%の努力」とか言われていますが・・・ちょっと待って! でも、その99%の努力が難しいんですよ・・・・。 99%も努力できるのは、ある種の才能ではないでしょうか?指導者さん? せめて「1%の閃きと99%の努力」あるいは「1%の感覚と99%の努力」にしてくださいね〜。 1パーセントの才能・・・という表現になると、100パーセント努力になっちゃいます〜^^。 もう少し言葉の意味を考えてから使って下さいね〜^^; 気をつけよう・・・・汗;)
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先日レンダルビデオで何気に棚を物色していると・・・。 おお〜〜、懐かしい〜。 そう薬師丸ひろ子の出ていた「里見八犬伝」を発見!! この八犬伝はかなりアレンジされていて原作と大きく内容が異なる。 私自身は、昔NHKでやっていた「新八犬伝」が好きで楽しみに良く見ていた。
っていう歌は今でも口ずさめます^^♪ 小学生の時でしたので・・・図書館でも馬琴の「南総里見八犬伝」を借りて読みました。 そんな仁義礼智忠信孝悌ですが、今の時代このような言葉がとても希薄になっているように思います。 昔、学校では勉強と共に先生が日常生活(学校生活)を通じて、このような徳を教えてくれていたような気がします。小学校の授業にも道徳という時間がシッカリ時間割に入っていたような気がします。 しかし、今の学校はどうでしょうか?あるいは親も・・・。このような社会的に必要なことよりも勉強(科目)ばかりを求める比重が高くなっているのではないでしょうか? 良い学校に行くため、将来のためと言いながら本当は偏った教育になっているのではないでしょうか? 人として本当に学ぶべきものがおざなりになっていないか・・・思わず考えさせられました。 実際に、事件が起きて、その犯人も学歴が高い人って結構いるんですよね。 そんな時、何を勉強したのだろう?って思ってしまいます。 学問が出来るに越したことはないですが、自分の子供にはその前にやはりこういった道徳的なことをしっかりと学んで欲しいと思います。 さて、この仁義礼智忠信孝悌の持つ意味ですが 仁義八行と呼ばれる人間が生きて行く上で大切な八つの道徳的規範を示したもの。 仁・・・思いやり、慈しみ。儒教の五行の最高の徳とされる。 義・・・人道に従うこと、道理にかなうこと。普遍的正義。 礼・・・社会生活上の定まった形式、人の踏み行なうべき道に従うこと。習俗を尊重する。 智・・・物事を知り、弁えていること。(物の道理を知り、正しい判断を下すこと。)智慧。 忠・・・心の中に偽りがないこと、主君に専心尽くそうとする真心。権力者に忠誠を尽くす。 信・・・言葉で嘘を言わない事、相手の言葉をまことと受けて疑わない事。自分の発言は実行する。 考・・・おもいはかること、工夫をめぐらすこと。親孝行すること。親に従う。 悌・・・兄弟仲がいいこと。年長者に従うこと。兄に従う。 このうち儒教では仁義礼智信を「五常の徳」といい、自律者の徳目とされます。 一方、忠孝悌は従属者の徳目で上位者に都合の良い徳目で、馬琴が五常の徳に付け加えたとされています。 社会関係においては、従属的地位に置かれることは当然あり得る。従属者が自ら仁(思いやり)義(普遍的正義)礼(習俗を尊重する)智(智慧)信(自分の発言は実行する)の評価をした上で忠(権力者に忠誠を尽くす)孝(親の利益を考える)悌(兄に従う)ことを決断するのは一向に構わない。 参照:http://homepage3.nifty.com/take_tk/gaia/jingi.html 私自身、社会人として、子供の親として、今一度この言葉をしっかりと胸に刻んでおこうと思いました。
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夢を実現する人間って一体何が違うんだろう? これは漫画「め組の大吾」(小学館「少年サンデー」掲載、曽田正人作)からの抜粋です。 主人公、朝比奈大吾に甘粕士郎が掛けた言葉です。 なァ・・・・・ 朝比奈よ、”目的”を・・・ ”夢”を実現する人間って、一体何が違うと思う? なんでもいい、例えばさ・・・・・ サッカーで国の代表になり、ワールドカップで得点王になった英雄・・・・ 何万・・・いや何億分の一かの確率かもしれないな、オレはずっと興味があった。 彼らは一体いつの時点で自分がそうなれると思ったのか・・・ ・・・でも、それは違うのかもしれない。 あるときに『俺はそうなれるかも』と気付くんじゃなくて・・・ 『俺はワールドカップの得点王になれないかも・・・』なんて、最後まで考えたことすらない奴が・・・ 本当にワールドカップの得点王になってしまうんじゃないかって・・・!!! 人間は成長していくにつれ、いろんな現実を思い知らされる・・・ 『うーん、現実は意外と理想通りには進まないぞ』 そして・・・ 『もしかしたら自分の夢はかなわないかも』 『そうなれないかも』 と思う。 そう思った人間から本当に、 そうなれなくなって、いくんだよ・・・ でも、世の中には少数だが、 どんなに大人になっても、 いつまでたってもそう思わない人間がいる。 朝比奈、これだけオレが今回の崩落事故救出作業の困難さを説いても、 オマエ、 『きっと何とかなる』って思ってるだろ? オマエの最大の才能はそれさ、 消防に入って今日まで・・・ ”もうダメだ” ”しんどい” と口では言っても、 実は本当に”もうダメだ”と思ったことがない。 ”自分はそうなれる”と信じているうちは、 どんなことだって、”可能性”だけは常に残されている。 こんなことが書いてありました。 そうなんですよね〜。 このシーンを読んで「その通りやな〜。」と何度も読み返してしまいます。 ”自分はそうなれる”と信じていれば、 プロ野球選手にだって、ホームラン王にだって、三冠王にだって、メジャーリーガーにだって、いつかなれるかも知れない。 でも、現実を知り、諦めてしまったものからなれなくなっていくんだろうな〜。 それが、私やほとんどの人、大半の人なんだろうな〜。 また、これから私なりの『夢』を見つけたら、「今度は諦めず最後まで頑張りたいな〜。」と、 おっさん心に思う今日この頃です。 そして、娘、息子が『夢』に向って頑張っている時は、
世界で一番の応援者でありたいと思います。 |
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