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人間はその本来的な自分を愛する心をもつが故に、欲に左右されようとする小さな自分に克つ(修め、整える)ことができる。(cf.安岡正篤『王陽明研究』)
人は、本来的な自分を愛する心を、本来的にもっている。
その本来的な自分というものは、思いのほか大きなもので、さらにいえば計り知れないもので、そういうものに突き動かされて「私」というものが生きている。
それにもかかわらず、まるで小さな自分がそれらを生きているかのように思ってしまっていると、自身に対して、たいへんな過ちを犯したりもする。
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おっしゃる通りだと思います。
2010/4/11(日) 午前 1:14 [ . ]