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人間、生まれて、
自身を自覚してよりその死に至るそのときまで、
その人生途上では、苦楽が繰り返される。
苦しい時には、何とかその苦しみから脱することができればと願い、生きる。
さらに、まさにその最中(さなか)には、その願う心もなく、ひたすらそこを生きるべく生きる。
また、苦のない暮らしにあるときには、大方、かつての苦しみを忘れる。
また、往々にして、その幸せのありがたみも忘れて、生きる。
しかし、そういう者はせっかく苦労しても、たいした成長をしない。
人生途上において、苦しみを得たなら、遭遇したなら、
そしてそれを脱することができたときには特に、
是非とも、その苦しみを忘れないようにしなければならない。
たびたび苦楽を繰り返す者は、苦にある時の自分というものを特に大切にしておかなければならない。
人々のなかには、人間的成長などする必要はないという者もある。
しかし、人間的成長は自身がしようと思ってするものではない。
自身のうちにある力が自ずとそうするように働いている。
それを止めようとするのは、小さなところにこだわり続ける小さな自分だ。
人間は、その人生において、苦楽のさまざまな経験をする。
そうすべく生まれている。
そもそも、それは成長すべく力が常に働いているからなのだ。
苦楽を得て、そして、さらに成長する力が自身に働くようにもできているのだ。
人は、折角の己に備わったその力を、殺すような生き方をしてはならないのだ。
それは、まさに、そこにこそ人間としての生き方があるからだ。
われわれは、どこまでも人間として生き、死ぬるように創られている。
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