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私利私欲に囚われて生きていては、どこまでも、いつまでも満足や安心を得られることはない。
それは、幸せが足元にあることに気づかず、追いかけてばかりいる姿に似ている。
心のもち方しだいといえば、それまでなのだが、それでは正しくない。
それを正しくいえば、「私」次第なのだ。
「私」の囚われなのだ。
「私」が何に動かされているかなのだ。
心の本体的念慮でない場合は、それは私念であって、問題にならない。(伝習録・陳九川所録)
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私
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生きていることの希薄さとは、たとえば、足を地に着けて生きていないことである。 |
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少々知識を得て、個人としての人の世界を、内界と外界、内なる世界と外なる世界などと言い、人のその夫々の経験世界をあれこれと説明する。 |
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人はそれぞれに「私」が見ようとしたものしか見えない。 |
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私がなにを欲するか、 |





