人間関係

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善人と悪人の勝敗

善人は、悪、あるいは悪人と出くわすと、ずいぶん心を悩ます。あるいはエネルギーを消耗する。

悪というものは非常に強い。

悪人は何事によらず攻撃的である。そして、人を責める。

相手が手強いと思うと、いっそう攻撃力を強める。

また、悪人ほど団結する。

善人は、何事によらず反省的で、自身が正しいか否かを省みる。

そのため、打って出る力に欠け、傍観的となり、さらには、引っ込み思案となる。

時には、財を奪われたり、身を汚されたり、心身を傷つけられても、自身の善なる心でその悪人を見ようとする。

悪人は団結し、仲間をつくろうとするが、善人はそれを清としないから、一人で向かうことになる。

しかし、いくら善人でも、ある程度打たれると、堪忍が切れて反撃に出ようとする。

ところが、すでに打たれているために、そこから立ち上がってからの反撃となる。このハンディが、またとても大きい。

通常の善人は、したがって敗者となる。

(参・安岡正篤『論語に学ぶ』)

膝を屈する

中国の古い言葉に次のような文がある。


この膝一たび屈すれば、また伸ぶべからず。


相手に一度膝を屈すれば、再びその膝を伸ばすことはできない、という意味である。

相手というのも、いろいろある。

ここはひとまずこちらが折れておこうなどと頭を下げたり、つまり膝を屈したりすると、その頭を押さえつけてくるような者も、あちこちにいるのである。(このことは、以前に書いた覚えがある。)

その相手がどういう者なのかをまず知らねばならないが、それはその者の日ごろの言動をみればわかる。

しかし、相手を見ずに、自身が礼節を知るからといって、彼もまたそうだなどと思ってしまうのは、世間を知らない子供や軽薄な者のすることである。

相手に敬意を払えば、相手もこちらに敬意を払うだろうなどと考えるものも、世間を知らない者のすることである。

個人の関係でも国家間の関係でも、考えてみると、よく似たところがある。

誰しも嫌な人間に出会うことがあります。

人生の過程のなかで、良い人間に出会わないということはありませんが、それ以上に、嫌な人間に出会わない、などということはまずあり得ないことです。

なかには、どうやってこんな人間が生まれてきたのだろうと思ったり、この人は一体どうやってこんな人間に育ったのだろうと思ったりする人にも出会います。

こうした人との人間関係のなかで、善良な人は、なにか自分に不行き届きなところがあったのだろうかと内省したり、自分の改善点を探し出そうと努めたりしますが、しかし、悪なる人というのはこの社会にはいるものですから、そういう人が相手ですと、善良な人はその生命エネルギーを無駄に消耗するばかりとなります。

たいへんな場合には、病に陥り、日常生活に支障をきたすほどに自らを痛めてしまいます。

そうなりますと、善良な人は気の毒というほかありません。

さらに気の毒なことには、今の時代では、この善良なる人が未成熟人間として、あるいは弱い人間として分類され、良い人間ではあるが普通以下のレベルの人間(社会でうまくやっていけない人間)として格下げされてしまいます。

新しいうつ病が増えているといいます。気をつけなければなりません。



悪の人の与える刺激は、善のそれよりもはるかに強い。善は天地・自然の理法として何事によらず絶えず己を看ることを本旨とする。善は反省的で、引っ込み思案に、また傍観的になりがちである。悪は攻撃的で人を責める。相手が手強いほど攻撃力が強くなる。
これらのことをよく知りおくべし。
(安岡正篤『論語に学ぶ』)

ちょっとした人間関係で気がついたのだが、人にもいろいろな人がいて、「なかなか気がきくなあ」などと、人に思わせる人がいる。
 
もちろんこれには、相手にそう思わせようとしてそうする人もいる。
 
しかし、よく気がきく人というのは、必ずしも利害を意図してそうするのではなく、自ずとよく気がきいて動く人なのだ、と思う。
 
これは、仕事などではたいへん有用だ。まさに、気が「利く」のであるから、そうに違いない。
 
仕事の人間関係でも、こういう部下や世話役がいればありがたいだろう。
 
一方、よく気がつく人というのもある。
 
こちらの方は、気はつくのだが、すぐ行動になるかというとどうもそうではないようだ。
 
もちろん仕事でも役に立つ。しかし、こちらの方は、あれこれ考えなければならないところで役に立つようだ。
 
そして、この人がどういう視点からよく気がつくかという点で、役に立ち方も、役に立つかどうかも、いろいろ変わってくる。
 
よく気がきく人の場合には、困ったこともあるようだ。
 
多くは異性関係でのことだろうが、好いてもないのに、好いていると勘違いされたりすることがあるらしい。
 
よく気がつく人の場合には、あれこれ言うが自分はあまり動かないと思われたりすることがあるようだ。
 
いずれも人の持ち味だ。そして、それぞれに長所があり短所がある。

偏固

抑圧されているとか、排除されているとか、搾取されているなどと教えこまれた者は、

その相手と思われる者を、

平気で抑圧し、排除し、

その者から平気で奪う者になる。

これは、国家であっても、集団であっても、男と女であっても、個人であっても、言えることだ。

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