|
からし色のシャツ 追いながら 飛び乗った 電車のドア。。。。 セプテンバーそして九月は セプテンバー秋に変わった ♪ 心に影がさした セプテンバーそして九月は セプテンバーさよならの国 ♪ ここのサビ部分が好きです。 ←歌詞 セプテンバー(September)は、アース・ウィンド・アンド・ファイアー (Earth, Wind & Fire)が1978年に発売したシングル。 詩の内容からすると12月に創られた9月の回顧録みたいですね。 アメリカのビルボード(Billboard)誌では、 1979年2月10日に週間ランキング最高位の第8位(R&Bチャート1位)を獲得。 全英チャート3位。ビルボード誌1979年年間ランキングは第80位。 モーリス・ホワイトは初期はジャズ・ドラマーとして ラムゼイ・ルイスのバンドに参加していた。このアルバム「テキーラーモッキンバード」 LPを当時 何回も聴きました。名曲です。 彼のバンドを離れた後、1969年にシカゴにて、 1970年には活動拠点をロサンゼルスに変え、 バンド名もアース・ウィンド・アンド・ファイアー(以後EWF)と改名。 占星術によるとモーリスは土、風、火の要素があるからと言う事からと、 宇宙論を結びつけ、Earth, Wind & Fire(土と風と火)と名づけた。 モーリスの兄弟のヴァーダインにフレッドを含めた10人の大所帯バンドとなる。 一番盛り上がる バーリァ バーリア♪ と今でも空耳アワーしているわたしです。(藁) 伝説のSeptember 秋になると 少し切なくなりますが、この2曲は私にとって 永遠のセプテンバー もとCymbalsのボーカリスト土岐麻子さんも 、 2004年発売のソロアルバム「standards」で 「September」をカバーされています。 CDで偶然 近所のタワーレコード発見 即買いしました。
|
♪70'洋楽 再考
[ リスト | 詳細 ]
|
マイ・ピュア・レディ c/w サンライト」
1977年2月5日発売。3rdシングル。
作詞・作曲:尾崎亜美 編曲: 松任谷正隆 1977年、 資生堂の春のキャンペーンソング〜CMキャラクター 小林麻美さん 私にとって元祖 青春時代の まどんなです。 今見ても 純粋にカワイイ ピュア ・レディ 「瞑想」この曲も当時 ウォークマンに録音して お気に入り曲として よく聴きました |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- ミュージシャン
|
漢字検定の真似して |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- ミュージシャン
|
"( ̄(エ) ̄)ノ たしか 高校1年の多感な青春時代の想いで曲 今でも口ずさむメロディー 洋楽好きになった契機の唱でもあります。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
今日カーステFMラジオから流れてきた、昔懐かしの 70's洋楽サウンド Laughter in the rain ニール・セダカ ずっと探していた曲だけにとても 得した気分になりました。 日本だけで特に人気のあった 「Super Bird」 1972も好きですが この曲はは格別に 胸キュン メロディーでした。 ニール・セダカ(Neil Sedaka, 1939年3月13日 - ) 、アメリカ合衆国のポピュラー音楽のシンガーソングライター。 ニューヨーク州ブルックリン出身。
略歴 [編集]
セダカは幼少期からピアノを習い、同じアパートに住んでいた作詞家ハワード・グリーンフィールドと共同で曲を作り始めた。 高校時代には友人たちとポップ・グループ、トーケンズを結成し「ライオンは寝ている」がヒット、 その後はジュリアード音楽院で学ぶ。 1958年にコニー・フランシスのために作った 「間抜けなキューピッド」が成功を収め注目される。 同年にRCAレコードとソロ歌手として契約を結び 「おお!キャロル」、 「カレンダー・ガール」、 「すてきな16才」、 「悲しき慕情」などを次々とチャート・インさせ、 ポール・アンカと並ぶ全米のトップアイドルとなった。 「恋の片道切符」は作曲もセダカではないが、日本人の心を掴んだため、 日本ではこの曲が一番のヒットとなった。 レコード会社を移籍後、 ビートルズアメリカ上陸の影響を受け、 しばらく低迷期を過ごすが、 1974年には「雨に微笑みを」、エルトン・ジョンと組んだ「バッド・ブラッド」 が再び全米No.1となった。 キャプテン&テニールに提供した「愛ある限り」も大ヒットを記録し、完全復活を果たした。 代表曲の「おお!キャロル」のキャロルとは当時ガール・フレンドだったという キャロル・キングです。
代表作品 [編集]
間抜けなキューピッド(Stupid Cupid、1958年、ビルボード全米チャート第9位、歌・コニー・フランシス) Fallin'(1958年、全米チャート第30位、歌・コニー・フランシス) 恋の日記(The Diary、1959年、全米チャート第14位) おお!キャロル(Oh! Carol、1959年、全米チャート第9位) 星へのきざはし(1960年、全米チャート第9位) きみこそすべて(You Mean Everything to Me、1960年、全米チャート第10位) カレンダー・ガール(Calendar Girl、1960年、全米チャート第4位) 恋の片道切符(One Way Ticket、1960年、日本のみでヒット、ニール・セダカの作曲ではない、 当時、平尾昌晃もカヴァーしてヒット) すてきな16才(Happy Birthday Sweet Sixteen、1961年、全米チャート第6位) ボーイ・ハント(1961年、歌・コニー・フランシス、全米チャート第4位) 小さい悪魔(Little Devil、1961年、全米チャート第11位) 悲しき慕情(Breaking Up Is Hard To Do、1962年、全米チャート第1位、 グラミー賞ロックンロール部門ノミネート、1976年ジャズ風リメイク版、全米チャート第8位、アダルトコンテンポラリー部門1位) 可愛いあの子(1962年、全米チャート第5位) -出だしのスキャットは1968年に日本で流行ったザ・ダーツの「ケメ子の唄」で使われている。 1971年、歌・トニー・クリスティ、 全英チャート19位、1977年にセダカ本人もレコード発表、 全米チャート第44位、コメディ番組の主題歌に取り上げられたこともあり 2005年再発売版が全米チャート第1位獲得) スーパーバード(Superbird、1972年、日本のみでヒット。) 【雨に微笑みを(Laughter In the Rain)】、 1974年、全米チャート第1位、 外来の音楽がもてはやされ、自分が売れなくなった時のことを歌ったものらしい バッド・ブラッド(Bad Blood、1975年、全米チャート第1位、歌にエルトン・ジョンが参加) グラミー賞最優秀レコード賞受賞) -バックコーラスに「セダカが帰ってきた」という歌詞が聞こえる。 ソリティア(Solitaire、1976年、全米チャート第12位、 歌・カーペンターズ、エルヴィス・プレスリー) Love In The Shadows(1976年、全米チャート第16位) Should've Never Let You Go(1980年、全米チャート第19位、娘ダラとのデュエット曲) 以上
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- その他音楽


