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放置している間に、英語の質問が2つほどありましたので、とりあえず、こちらを第一回英語復活記事にあてたいと思います〜♪ なんか、コメント返して、ブログ復活体制が整ったら、書きたいことが山ほどイメージされてきたんですが・・・。うーむ。でも、これから、絵が減るかもしれないですが、よろしくどーぞ。 では、質問いきますー。 He saw her cry. He makes her cry. 不定詞だといわれると、なんか違和感を感じるんだけどなぁ。 あれって、ほんとに不定詞なんだろうか? もし、不定詞なら、なんで原型なんだろうか? 理由があるのかなぁ あと、原型不定詞を用いた文の受動態はtoつきの不定詞になるでしょ。 She was seen to cry by him. ・・・・・・・・・なんか、すっげー不自然だよね。 この辺の事を是非是非ご教授してください。 おねがいします。 grimさん、遅くなりましたが・・・。私見を。 この場合の、cryは、不定詞とは言わないんじゃないですかー?文法用語はよく分からないんですけど。 不定詞は、to+動詞の原形、まとめて、「to infinitive」などといわれますし。もしくは、単体で、「infinitive」と。で、原形のイメージは、「非事実感」実際に、まざまざとその行為が行われてるという感触があまりしないイメージです。 この場合、「saw her」というカタマリと、「her cry」という2つのカタマリでネイティブは感じとるようです。まずは、「彼女を見る」そして、「彼女 泣く」というカタマリ。それが、ドッキングした感じ。いわば、【「彼女 泣く」という状況を「見た」】という感じです。このある状況を、見る、聞く、話すといった場合、その状況の彼女の動作は、もちろん、生き生き動いてれば、-ingで良いと思います。ただ、知覚する場合、その行動の一部始終を見ていなくても、聞いていなくても、「彼女泣いてるの見たよ」といえますよね。 【彼女が泣くという行動する状況】というように、泣いている様子がまざまざと思い浮かばず、たんに「彼女」と「泣くという行動cry(動詞の原形)」が並べられて、その二つが重なりあう感じ。それが、動詞の原形が使われる状況です。 cryは、たんにそーゆー行動。という具体的動き、事実感を感じない形。cryingは、鮮明な動画というイメージでこの表現を見てもらえばと思います。 次に、こういった、「SVO+動詞の原形」という形の文の受身になると、なぜ、原形動詞になるか・・・ということですが・・・。 僕は、はっきりいって、「受動態」というものを、パズルみたいに、目的語を主語に持ってきて、どうのこうのという、「並べ替え」で機械的に作ることに嫌悪感を抱いています。そして、この 【He was seen to cry.という形を、「I saw him cry.」の形を受動態にしたもの。】と捉えること自体、無意味だと思います。私達、英語学習者が知るべきことは・・・・ 「I saw him cry.」の文の呼吸。 him, cryという状況をsawするという感じ。 「He was seen to cry.」 彼はseeされた・・・(え?何をseeされたの?)to→cryという行動 これは、単なる、情報のギャップを埋めるto不定詞の呼吸が素直に必要だから使われているだけ。 「He was seen」だと、彼の何がseeされたのか、分からない。それを、→で、示す・・・toが出てきて、どういう行動か、動詞の原形で述べているだけ。「I saw him cry」の受動態ということなど、知る必要もないわけです。そして、こういう書き換えを中・高生にさせるせんせーとか、問題集とかは、「He was seen to cry (by me)」とかするんでしょうが、この場合、by meとかつけると、非常に奇妙ですし。受動態の使われるには、それなりの理由があるから。主語が分からないからだとか・・・隠したいだからとか・・・。それこそ、「そういう行為を’受けた’よ」という感触を強めたいだとか・・・。by meなんかつければ、「I saw him cry」が完全にナチュラルですし。 僕は、使役構文、知覚構文という区切りも必要ないと思いますし、まして、使役構文から受動態への話の持って行き方も、全く必要ないというか、邪悪であると思っています。 学校文法で、予定やら運命やらを表す「be to 不定詞」ってありますよね。他のは to のイメージを考えるとスッキリ分かるんですが、なぜ可能を表すのかが分かりません。しかも、「否定文で」という謎の注意書き付きです。この「可能の be to 不定詞」、教えてください。こういうのですよ→例)The camera was not to be found. 「カメラが見つからなかった」 be to 不定詞のイメージは、前に、記事にしたことがあります。 「to以下の行動に向かっていて(→)寄り道なし・・・」というのが、基本イメージです。 そこで・・・ The camera was not to be found. という文。そうするとこの文・・・「そのカメラは、「be found」という状況に向かってはいなかったんだよ」見つかるっていうことは、最初からなかったんだ・・・。見つけられるもんじゃなかったんだ。というだけじゃないでしょうか。過去記事でいうと、色々toする途中にドアがありましたが、be foundに向かう途中のドアに入ってしまった、道がそれてしまった・・・という感じです。つまり、be foundに行き着かなかった、行き着くことができなかった・・。というわけです。 これを・・・「可能」用法として良いんですかね・・・? 甚だ疑問ですけど・・・。でも、このカメラのような文は、他の用法に分類されるbe to よりは、結構頻度が少ないような気がします。あまり使われない云々でなく、言う、書くシチュエーションが限定されるからです。 ということで、お返事になったかどうか分かりませんが・・・。また、何かあったらお願いしまーす。 さて、明日からは、ちびちび、変な表現を紹介しつつ、ふざけたことを書いていくと思いますー。
よろしくどうぞ〜♪ |

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