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21 新天地を求めてアメリカへ渡ったガンダさん
「自動車修理工場に4年ばかりいた時に新たな転機が訪れたんだ。その当時、この場所にあったアメリカ進駐軍が修理工を募集したんだ」
「えっ、この公園に、昔はアメリカ軍がいたの?」
「そうだよ。だいぶ昔のことだから、龍太郎が知らないのも無理はないが、蒲鉾兵舎と呼ばれた米軍の建物がたくさん建っていたのよ。まあ、とにかく給料もいいし。昼メシもただで食わせてくれるってえんで、俺は駄目もとで応募してみたんだ。そうしたら、運良く採用されたんだが、ある時に俺の人生を大きく変える思いがけないことが起きたんだ」
「人生を変えるようなこと?」
「ああ、軍の中に柔道場のあることを知った俺は、仕事を終えた後にそっと窓の外から覗いてみたんだよ。すると一人の軍人と目が合ったんだ。その彼は俺の大きな身体に驚いたらしく、「ユーは柔道をやるのか?」って訊くから、「イエス」と言ってうなずいたんだ。すると、「来い」というように手招きをされ、俺は恐る恐る道場へ入ったよ。20人ほどの兵隊が練習していたんだが、久しぶりに嗅ぐ畳と汗の匂いが懐かしかったな」
僕は学校の道場の嫌な臭いを思い出したが、柔道が好きな人には懐かしいのかと思った。
「すると、その軍人が柔道着を持ってきて、「着ろ」って言うんだ」
「やったの?」
「ああ、それまで外国人と練習もしたことのない俺はちょっと躊躇ったんだが、急に闘志が湧いてきたのよ。なにしろ日本人としてはかなり大きな身体をしている俺を、全員が一斉に見つめて、なにやら騒ぎ出したんだからな」
僕は、これまでに聞いたプロレスの試合と混同して、思わず身を乗り出した。
「俺に声を掛けた軍人は、黒帯を締めた身体の大きな一人を手招きしたんだ。その男は俺の前まで近づいてきて握手の手を差し出したんだ。俺よりも身長が高く、体重もかなりありそうだった」
「それで?」
「その巨漢は在日アメリカ軍のチャンピオンだとのことで、他の連中は練習をやめて俺たちを見ていたよ。こうなったら「やるしかねえ」と腹をくくり、柔道着に着替えて、その大男に一礼したんだ。向うも一礼してから組み手争いになって、大男は足払いを何度も仕掛けてきたんだが、一瞬、襟と袖を掴んだ俺は右の体落しを掛けたら見事に極まってな。見物していたみんなから大きなため息の洩れるのが聞こえたよ。高校を中退して以来の柔道だったのに、身体がちゃんと覚えていたんだな」
「凄げえ!」
「みんなからジャパニーズ・チャンピオンなんて声を掛けられ、すっかり照れていたんだが、コーチを頼まれてしまったんだ。さすがにそれは断ったが俺自身も練習したかったし、それからは毎日顔を出させてもらったんだ」
ガンダさんは、一息ついて水を口に含んだ。
今日はキャッチボールをしない僕らを、おばさんたちは何と思ったのか。回って来るたびにちょろちょろと目を向けていたのだが、
「雲行きが怪しくなってきたわね」
と囁き合いながら、いつもより早めに引きあげて行った。ガンダさんはおばさんたちをチラッと見てから話を続けた。
「それから半年ばかり経って、俺もほんの片言ながら英語も話せるようになった。最初に声を掛けてくれた軍人はリック・モーリアという名前の曹長だったんだが、そのリックさんが退役してアメリカへ帰ることになったんだ。そのとき彼は、「アメリカへ行ってプロレスラーにならないか」と誘ってくれたんだよ」
「それで人生が変わっちゃったんだね」
「そうだ」
「そのリックさんは、元はプロレスラーだったの?」
「いや違う。プロレスのプロモーターをしている友人がいるそうなんだよ。リックさんの話だと、アメリカで人気が出れば相当に金も稼げるというし、そうすれば俺の夢も実現できると思ったんだ」
「ガンダさんの夢?」
「ああ、俺はな、柔道場を建てて大勢の子供たちを指導したい夢を持っていたんだ」
「柔道場…」
「リックさんは、「大丈夫だ。心配するな」と言ってくれたんだが、やはりアメリカへ行くというのは不安でな。随分と悩んだよ」
「ガンダさんが不安になるなんて考えられない」
「おいおい、失礼なことを言うなよ。俺だって悩むことも心配なこともあるさ。まあ、その頃は弟も社会人になっていたし、お袋や妹のことは任せられるようになっていたんでな、思い切ってアメリカへ行きを決心したんだ。その当時はアメリカのビザをとるのもそう簡単じゃなかったんだが、リックが全ての手続きをやってくれたんだよ」
「すぐに試合をしたの?」
「いや、そんな簡単にはいかねえ。最初はロサンゼルスというところへ行ったんだが、そこでプロモーターからトレーナーを紹介されたんだ」
つづく
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