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23 雨垂れとともに流れ去った弱気の虫
しだいに雨脚が増して行く中でしばらくはぼんやりと佇んでいたが、公園を出たときには本降りとになっていた。夢中でペダルをこぎ、家にたどり着いたときには全身がずぶ濡れで、野球帽を滲みとおった雨は髪の毛からは水滴となって流れ落ちていた。自転車を停める音に気がついたのか、母がバスタオルを持って飛び出してきた。
「まあ、びしょ濡れになって! だから今日は止めなさいっていったでしょう」
僕はNWAのタオルをシャツの下に忍ばせて玄関へ入った。
「早く着替えなさい」
シャワーを浴びるように言われ、用意されていた衣服に取り替えた。そしてそのまま、誰にも見せたくないNWAタオルを隠し持って階段を上った。部屋のカーテンを開けると、みなとみらい都市にそびえる高層ビル群の中でも飛びぬけて高いランドマークタワーの上階は雲の中に隠れていた。昼間だというのに、どのビルの窓にも明かりが灯っている。
窓ガラスに雨が吹き付けていた。しばらくの間、筋を引いて流れる落ちる無数の雨粒を眺めていたら、このひと月あまり鬱積した心のしこりも次第に流れ落ちて行くのを感じた。僕はNWAのタオルをそっと広げて、ガンダさんと父の話を重ね合わせた。
「男の人生は闘いだ」「壁を目の前にして弱音を吐いたら負け犬になる」 僕は窓際に引き寄せた椅子に座り、雨に煙るランドマークタワーをじっと見つめた。
辛さにくじけそうになった時、そして恐怖に立ち向かう時、ガンダさんは自分に言い聞かせたという、「やるしかねえ!」と。
「そうだ! 僕だってやるしかねえ」
窓ガラスに映る自分の顔に、ガンダさんの口調を真似て声を上げた。
―― 今の僕には三つもの壁がある。一つは、まず学校の正門を堂々とくぐること。二つ目は、いじめの三人組に真っ向から立ち向かうこと。そして三つ目は柔道部顧問の大岩先生に挨拶をして練習に参加することだ。
僕は大きな呼吸をして、母のいるリビングへ一気に駈け下りた。もう迷いはない。
「ママ」
「どうしたの?」
背後から声を掛けられた母は、読みかけの雑誌を手にしたまま振り向いた。
「柔道着を買いに行きたいのでお金ちょうだい」
「えっ! 柔道着?」
母はかなり驚いた表情を見せ、手にしていた雑誌をテーブルに置いた。
「それじゃ…。あなた、学校へ行くの?」
「うん。明日から行く」
「そう、よかったわ。パパへも早速電話をしなくちゃね」
感激のあまりか、母の目がうるんだ。
「そうね。自分の柔道着を持ったほうが気持の入れ方も違ってくるわね」
「柔道を本気で練習して、僕も日本一になるんだ」
「僕もって…、誰のように?」
母は小首を傾げながら立ち上がった。
「柔道着って、幾らくらいなの?」
そう訊かれたが値段がまったく分からずに、妹と兼用のパソコンでインターネットを開いた。
「中学生の練習用だと1万円くらいからだね」
「そう」
母は嬉しそうに財布を取り出すと、ちょっと考えてから2万円を差し出した。
「柔道着には名前を入れてもらうんでしょう。足りないといけないからこれだけ持って行きなさい。余ったらちゃんと返してよ」
リビングの大きな窓ガラスにも雨の雫が流れている。僕は身支度を整えると、以前、父に連れられて野球のグローブを買ってもらった、横浜駅ビルのスポーツ店へ向った。
つづく
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