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27 ジプシー・ガンダの怪奇!
授業中も部活の時も、ついガンダさんのことを思い出してしまう長い一週間後に、再び公園に来た。だが、今日こそは会えるかもしれないという望みは叶わず、やはり何処にも姿はなかった。呆然と立ちつくす僕の脇におばさんたちが回ってきた。
「おばさん!」
僕は咄嗟に声をかけた。
「あら、お兄ちゃん。あなた学校へ戻ったんでしょう。よかったわね」
「私たちの言うことを聞いてくれたのね。頑張って勉強しなさいよ」
おばさんたちは、自分たちがいろいろとアドバイスしたから学校へ戻ったと思っているらしい。
「それよりもおばさん。あのおじさんを知りませんか?」
「おじさん? ああ、あの大きな人ね。あなたが学校へ行きはじめたときから、公園へ来なくなったわよ」
「えっ…。一度も?」
「そう、あれ以来は一度も見ていないわ」
「ところでお兄ちゃん。あの人と、いったい何を話していたの? 随分と真剣に聞いていたじゃない」
「怖そうな人だったけど、いったい何者なのよ」
あの雨の日を最後にガンダさんは一度も来ていないと聞き、僕の頭は灰色に混濁して背中に冷たい汗が流れるのを感じた。その後も、おばさんたちは何か言っていたようであるが何も耳に入らない。
僕はパニックになるほどガンダさんに会いたい気持が高ぶってきた。だが家が何処なのかもまったく分からない。いつか家のことを訊いたことがあったが、「俺はジプシーだよ」と言って笑っていた。これからもいろいろな話を聞かせてもらおうと思っていたのに、こんなことになるとは想像もしなかった。
―― あのとき無理にでも家を教えてもらっておけばよかった。
僕は後悔の念にかられて花壇の縁石にへたり込み、地面に写る自分の影を見つめた。
不登校という挫折から立ち直れたのは、プロレスラー、ジプシー・ガンダに出会えたからであり、そのお礼を言いたかったのに、姿を見せてはくれない。
「ガンダさん…」
僕は、あの大きな身体を思い出してつぶやいた時、おばさんたちは日課を終えて帰って行った。仕方なく立ち上がったものの、このまま家へ帰る気にもなれずにいた。すると、ふと思いついたことがある。
―― そうだ! 図書館へ行ってプロレス選手名鑑を調べて見よう。
そう思いついた僕はできるだけ大きな図書館がいいと考え、ちょっと遠いが野毛山にある横浜市立中央図書館へ向うことにした。ガンダさんの住所は書いてないにしても何らかの手掛かりはあるはず。
僕は自転車に飛び乗ると夢中でペダルをこいだ。交通量の激しい横浜駅東口のそごうデパート前を一直線に走ってから、戸部の長い坂を必死でこぎ、野毛山を上った。全身に汗が流れてTシャツが背中に張り付いている。呼吸をハアハア言わせた僕は、歴史の古い図書館へ到着した。ここを利用するのははじめであり、受付で登録書に記入し学生証を提示してから館内に入った。
スポーツコーナーで目当ての書冊を見つけるのにそう時間はかからなかった。数社の出版社が出した「プロレス選手名鑑」が本棚に並んでいた。その中から比較的年代の古い一冊を選んで、空いている机に向った。
見る人が少ないのか、発行年代のわりにはまったく新刊のようだった。僕は胸の高鳴りを押さえて索引の名前に指を這わせた。
―― あった!
ジプシー・ガンダの文字を見つけ、憑かれたようにページをめくった。
―― これだ!
背後から撮った薄笑いの横顔は間違いなくガンダさんだ。本人から聞いていたとおり日の丸の鉢巻と、背中に「PEARL HARBOR」と書かれた半纏、膝下までの7分タイツ、それに地下足袋を履いた姿である。
僕は夢中でプロフィールをむさぼり読んだ。
《ジプシー・ガンダ。本名神田純平。1,942年神奈川県横浜市出身。身長190センチ、体重125キロ。小学生時代は体力が弱くていじめられていたため、ケンカが強くなりたくて柔道を初めたとのことである。それ以降はめきめきと身体が大きくなり、第8回全日本中学生柔道大会で個人優勝。体落としを得意技とする日本柔道界の新星として将来を期待されたが、父親の突然死により高校を中退、家族を養うために柔道を諦めざるを得なかった。
以後、自動車の修理技術を身につけ、米軍岸根部隊が駐留する横浜の岸根キャンプに勤務。幸運にもキャンプ内に柔道クラブのあることを知り、再び練習を開始。柔道を通じて友人となった軍人にプロレス入りを勧められ、一大決心をして1,964年1月に渡米。日系二世の悪役で反逆者の異名を持つヤス・タカギの指導を受け、同年3月にロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムで反則負けのデビュー。以降は世紀の悪役として各地を転戦。「東京流れ者」と呼ばれ、アメリカを中心にした北米、南米、豪州、欧州で多くの強豪と対戦し人気を博した。
1,970年、アフリカ、マサイ族戦士の英雄であるグレート・アフリカン・ムリーマに挑戦のためケニアを訪れた際には、野生のライオンとも戦った武勇伝を持つ。
しかし、1,974年1月、カナダのユーコン州ホワイトホースでの試合後、吹雪の中を運転中にスリップした大型トレーラーと正面衝突の交通事故に遭い、片脚断裂の大怪我を負って失血死した。凱旋帰国間際の事故死は悲劇的であり、日本のリングには一度も登場することのなかった幻の悪役レスラーとも呼ばれている》
―― ……?
僕は自分の目を疑い、何度も何度も読み返した。
―― このプロフィールは間違っている! 今年は2,014年だから、ガンダさんが40年も前に死んでいたなんて嘘だ。現に僕は、ついこの間まで本人に会ってプロレスの話をしてもらっていたじゃないか。
―― そうだ! ガンダさんと会った証拠だってある。
僕はスマホを取り出した。最後におにぎりを食べ合ったあのとき、ガンダさんと顔を寄せ合い、カメラをかざして撮ったツーショットがある。僕は撮影した写真を開いた。
―― ええーっ?
二人して映っていたはずの写真から、何とガンダさんの顔だけが消えていたのである。
僕の頭は混乱し、図書館を出てから家へ辿り着くまでの記憶がない――。
[悪役レスラーの怪奇] 完
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