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梅雨の合間、女房殿と二人、知人に勧められ京都亀岡の穴太寺にお参りに行ってきました。
■ 奈良時代末期創建、丹波地方随一の古刹 西国21番札所 ≪ 穴太寺 ≫
本堂の釈迦涅槃像は、諸病を治してくれる「なで仏」と呼ばれています。
布団をかぶって寝ておれらるので、自分で捲ってなでるようにと説明されました。
女房殿、ごそごそと、持参したR輝の膝のサポーターを取り出すと …。
御利益を頂けるよう、横たわるお釈迦様の脚を、長い時間なでておりました。
普段の信心乏しけれど、こうした時の母親の執念は、大したもんだぁ、と思うのでした。 あんじゅ ずしおう
安寿と厨子王丸の悲話の伝説に語られる ≪ 厨子王丸 肌守御本尊 ≫ を拝観出来ました。
さんしょうだゆう 姉弟が、謀略により丹後の地に売られ、山椒太夫より過酷な責めを受けた時、その苦しみを代わり
に受けてくださった仏様だそうです。 わすが数センチの小さなご本尊です。
安寿が厨子王丸を逃がし、朝廷へ上る途中、厨子王丸をかくまったのが穴太寺だったといわれ、 のちに、厨子王丸はこの ≪ 肌守御本尊 ≫ を穴太寺に奉納し、供養したと伝えられています。
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奥様の気持ちが痛いほど分かり・・・(*^_^*)
是非、参拝させて頂きたいと思います^^
安寿と厨子王は色々な説があるのですね^^
輝パパさん、最高級に癒されました。
ありがとうございます。
母の執念ほど、強いものはないはずです。
きっと、届きますように・・・。
2010/6/27(日) 午後 9:14
亀岡まではなかなか旅行者としては伺えませんが、
山椒大夫ゆかりのお寺と聞くとちょっと足を向けたくなります。
鴎外の「山椒大夫」、個人的にはかなりの名文と思っています。
PS
コルトレーンだ!!
2010/6/28(月) 午前 10:18
夢色さん ≫ コメントありがとうございます。
オヤジ、小学校の国語の授業で 『 安寿と厨子王 』 を習った記憶があります。
佐渡島で、瞽女 ( ごぜ:盲目の謡芸人 ) となった母との再会のシーンが印象的でした。
ああ、母と子に比ぶれば、なんと希薄な男親の存在だこと … かないませんね ( 苦笑 ) 。
[ mrjt0703 ]
2010/6/28(月) 午後 0:49
やまやまさん ≫ コメントありがとうございます。
穴太寺は、嵐山から車で約30分 … 来京の折は、是非ともお訪ね下さいね!
丹後に残る 『 安寿と厨子王 』 の伝説は、鴎外の 『 山椒大夫 』 とは随分違うようです。
静かな山里の古色蒼然とした境内で、この伝説を聴きなおしますと、悲劇の物語の中に
引き込まれるような錯覚を覚えました。
[ mrjt0703 ]
2010/6/28(月) 午後 1:07
飛鳥時代から大和時代にかけては口丹波は都会だったようですね。
穴太寺もそうですし国分寺もあったようですから。
平安京より古いんですものね。
私も涅槃像を撫でに行った事があります。
[ シブッ ]
2010/6/29(火) 午前 10:27
シブッさん ≫ コメントありがとうございます。
… 丹波は、シブッさんの故郷でしたね。
丹波は出雲の国と京都を結ぶ交通の要地、人の往来も盛んだったのでしょうね。
穴太寺の山門の前には、土産物屋が一軒のみ … 鄙びた雰囲気も素敵でした。
涼秋の頃には、義父母も誘って、またお参りしたいと思います。
[ mrjt0703 ]
2010/6/29(火) 午後 6:47