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全国にゴマンとあるという城館を、徒然なるままに紹介する探訪記。ときどき浮気して古墳も紹介。在住地の福島県の城館と古墳が中心。

棚倉城

今日は天気が良かったので、県南の城を2つめぐった。先ず訪ねたのは棚倉城。丹羽長重が築城した近世城郭である。

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本丸東門枡形の前にある大ケヤキ。築城前に鎮座していた近津神社の神木で、樹齢は約600年とも。

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解説板

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本丸。以前来たときは公共施設が建っていたが、今はさら地になっている。縁辺には規模の大きな土塁が廻る。

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本丸東辺の土塁。往時は土塁上に多門櫓が廻らされていただけあって、とても幅が広い。

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本丸東辺の堀。土塁に劣らず大規模。

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二の丸の石垣。寛永期の構築だが野面積で古風な感じ。

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同じ石垣の出隅部から西面を見たところ。

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同じ石垣を西側の棚倉中学校から見上げたところ。鉢巻石垣なのがよくわかる。

棚倉城は、近津神社を遷座させて築城された。いわば聖地に立地しているのであり、かつて城郭研究で注目された城と聖地の関係を考える上でも興味深い。

昨年創立されたという城郭史料研究会の編になる1冊。近世城郭をめぐる67のテーマと、4つのコラムで構成される。各項目は短編ながら、興味深い論点が提示されており、今後の深まりが楽しみである。なにより驚いたのは、中心的な執筆者である高田徹氏の博識と情熱である。
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愛宕山城

昨日・今日と梅雨の晴れ間が続いたが、明日からは雨との予報。そこで今日の午後、須賀川市の愛宕山城を訪ねた。市内中心部にある翠ヶ丘公園内の愛宕山の山頂に築城された城である。同公園には、日本三大火祭りの1つともされる「松明あかし」会場の五老山もある。

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山頂は平坦に普請された広い曲輪。その縁辺には立派な土塁がめぐる。

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東コーナーが張り出している。写真だとわかり難いかもしれないが、土塁がコの字状になる。

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同じ張出を曲輪の外から見たところ。

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南コーナー付近は土塁が途切れ、虎口とみられる。この虎口に、先ほどの張出から横矢がかかる。

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解説板。現状の遺構が鎌倉時代に築城されたとは思えないが、上杉時代の運用は十分に考えられる。この解説の出典を調べなければ。

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昨年11月に開催された「松明あかし」を見学した折の1コマ。伊達政宗の須賀川城攻めに関わる火祭りである。福島の祭りの中では、必見の1つだと思う。

馬入峠堡塁

今日の午前中、湖南町史談会のKさんの案内で、馬入峠堡塁を訪ねた。会津地方と中通り地方との境界に構えられた陣地である。所謂「北の関ヶ原」に際して上杉氏が築いたとする見解と、戊辰戦争の折に会津藩が築いたとの見解の2説があったが、近年の研究で、後説が妥当と考えられるようになっている。

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現在の馬入峠を南から見たところ。郡山市と天栄村の境界となっている。県道の敷設に際し、虎口があつたとみられる付近が破壊されている。

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県道西側部分の堀。直線的に構えられている。

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同じく西側部分の突出部。幕末に導入された稜堡式の築城術で構築されていることがわかる。

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県道東側部分の末端部分。写真の左側に堀があり、右側が内側にあたる。内側からみた土塁は低く、だいたい人の胸の高さぐらい。

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県道東側部分の堀。

郡山市には、馬入峠の他に、母成峠にも戊辰戦争期の堡塁が残されているが、両者を比べると、馬入峠堡塁の構造はとても卓越している。時期は全く異なるものの、敵軍の進行を妨げるという考え方は、鎌倉期の阿津賀志山防塁との共通性があり、城の本質の一面を象徴する。

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小浜城

東北地方は梅雨入りしたが、天気予報とは異なり今日の朝は雨が降っていなかったので、二本松市の小浜城を訪ねることにした。数日前の新聞に、同城で草刈りをしたとの記事がでていたからだ。もうこの季節になると、どこの城も草が生い茂ってしまい、城歩きはシーズンオフである。

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本丸の南面。立派な石垣が見える。家を出た頃は雨は降っていなかったのだが、天気予報通りに雨。

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石垣を正面から見たところ。築石は大きく立派で、豊臣期でも比較的新しいのだろう。

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同じ石垣の西側。土が被っているものの、こちらの面にも石垣が積まれているようだ。ここに本丸虎口があったのだろう。

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さきの虎口の西側の本丸南面。石材の露出があり、こちらにも石垣が積まれていたようだ。となれば、本丸虎口の左右に石垣があったことになる。

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解説板。戦国期のことばかりが書いてあり、肝心の石垣について触れられていないのは残念である。

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本丸と二の丸を画する堀切を南側から見たところ。写真の右側が本丸、左側が二の丸。

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二の丸の西側を画するとみられる堀切。今回は藪の中に入らなかったので、もしかしたら違うかもしれない。

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小浜城の東側には「片倉のナシの木」という巨木がある。片倉小十郎「お手植え」とも。手前の窪みは、解説板には「空堀」と書いてあった。

草刈りがしてあったので、たいへん見学しやすかった。ただ、草刈りされていたのは本丸と「片倉のナシの木」の周辺だけで、二の丸など城域の全体には及んでいない。残念だけれども、仕方のないことだ。

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