ここから本文です
全国にゴマンとあるという城館を、徒然なるままに紹介する探訪記。ときどき浮気して古墳も紹介。在住地の福島県の城館と古墳が中心。

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

姫松館

今日は宮城県の大崎地方に遠征した。まず訪ねたのは、宮城県随一の縄張を持つとも評される栗原市の姫松館。確かな文献史料はなく来歴など謎が多いが、大崎・葛西一揆の際に伊達政宗のテコ入れで築城されたと考えられているようだ。東西に伸びる稜線上に曲輪群が連結する。

イメージ 1
最も西側の曲輪、現地の看板で「西館」とされている曲輪の北辺の横堀。写真の左側が「西館」。

イメージ 2
「西館」の東側にある「中館」とされる曲輪の西側を画する堀切。なんと三重になっている。奥の2本は東側に折れて「中館」の北辺を画する二重の横堀となる。写真右側の土橋は園路の敷設に際して埋められた後世の改変だろう。

イメージ 3
「中館」の曲輪の北辺を画する上段の横堀。「中館」の北辺および西辺には土塁が構築されている。

イメージ 4
「中館」の東側にある「東館」とされる曲輪の東辺を画する二重の堀切。写真中ほどの土橋は、先ほどと同じく園路敷設の折の後世の改変だろう。

イメージ 5
「東館」の東側にも複数の曲輪があり、その最も東側の曲輪の南斜面には竪堀と竪土塁が伸びる。写真左側の藪の中に竪堀がある。写真中ほどの竪土塁の右側が城内。

イメージ 6
最も東側の曲輪の東辺から南辺は二重の横堀で画されている。写真の手前下が外側下段の横堀、写真奥が内側上段の横堀。最も東側の曲輪は藪が濃い。下草刈りをしたら立派な遺構が現れるので、栗原市には頑張って下草刈りの予算をつけてほしい。

姫松館の特徴は、稜線上に曲輪が連なり、それぞれが並立的なところ。そしてその曲輪取りに横堀や堀切が多用され、二重になっている部分が多いこと。堀は非常に立派なのだが、虎口がはっきりしない。今回確認できたのは、最も東側の曲輪の南辺中ほどに開くもののみ。この虎口は、内側上段の横堀を土橋で渡り、曲輪の縁でルートが屈曲して内枡形状になるが、非常に貧弱である。伊達政宗が築城や運用に関与しているのであれば、もう少し立派な虎口がありそうな気がする。ただし、多重化した横堀などは伊達氏の特徴のようにも見えるので、悩ましい。

開くトラックバック(0)

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事