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「…というわけで、今朝の稚内は、最低気温1.5度を記録し、8月の観測史上最低記録を115年ぶりに更新しました」 昼飯を食いながらテレビを見てたら、アナウンサーが実ににこやかにこんなニュースを伝えていた。 なるほど、どうりで今朝は寒かったわけだ…と思いながら、地元民に教えてもらった店で、まずまず美味い豚丼をガツガツ喰らう。 その日、道東の弟子屈(テシカガ)にほど近い、多和平で野営していた。 道東は稚内ほど冷え込まなかったようだし、温度計を持って旅しているわけではないので体感気温でしかものを言えないが、この朝の最低気温はたぶん5度前後だったのではないか。本州温室育ちとしては、真夏に「放射冷却」という単語を聞くとは思わなんだ。 まあ、いい。 自分の装備が甘かったというそれだけのことだ。真夏の北海道で旅人が一人や二人凍死したって知ったこっちゃない。好きで野営してんだから。 本当に心配なのは農作物。 そういうわけで。 北海道の最後の数日は寒さとの戦いであった。 だいたい、北の大地にいた13日間、全体的に天気がよろしくなかった。 晴れたのは3.5日くらい。晴れといっても雲が多い。星や月はあまり見えず。 止まない雨が3.5日くらい。ダラダラと降り続く感じ。 残りの6日くらいは曇り。ときたま薄日が射す以外は、どんよりと分厚い雲に覆われた空。 気温は最高で15度前後というのが多かった。 厚い雲に阻まれて日が射さないので実に肌寒い。 オホーツクからの北風は刺すように冷たい。 それでも。 やはり、行って良かった。 本当にそう思う。 北海道は、旅のステージとしては、やはり別格だ。 13日のうち、後半の6日は道東をべったりとまわった。 とりわけ、別海(ベツカイ。本来のアイヌ語に近い読みならベッカイであろうが)という酪農の町を、地図に載っていない道まで走りまわった。 アート関連に興味のある人ならば、武蔵美入学後たったの10日で休学した大竹伸朗が、別海で牛馬の糞尿に塗れながら住み込みで労働した場所として知られているかもしれない。 自分が別海にこだわった理由なんてあるようでない。 3年前、初めて訪れる前には…なんとなく「ベッカイ」という音の響きや「別海」という当て字が好みであったりなど(何か、無限の虚無を感じさせるように思う)、実に感覚的なところ。 訪れた後に思ったことは…ツーリングマップルに載っている、別海の「新酪農村展望台」に2度ほど来て、その簡素な鉄骨造りの台から根釧台地の幾重にも折り重なる緩やかな丘陵地帯を眺望し、「平らな地面なんぞ、本来存在しない」という思いをあらためて強くした。その意味では、自分にとっては、養老天命反転地に100回行くよりも、別海の大地を一度体感することの方が、よっぽど天命が反転する感じがする。ヒトが作り出したモノには大脳新皮質の表層のみを揺さぶられる感じがするが、自然が作り出した造形には、脊髄や神経などの中枢から身体ごと強烈に揺さぶられるような感覚とでも言えばおわかりいただけるだろうか(もっとも現在の北海道のほとんどは開拓された後の姿であるから本来の自然とは違うことは重々承知してはいるが)。 別海はいい。 何もないのが。 緩やかな幾重の丘陵地に切り開かれた牧場・牧草地以外、本当に何もない。 しかも、気が遠くなるほど広大だ。 緩やかな丘の尾根の牧場の脇で、ふとミニを停め、エンジンを切り、たたずむ。 古い鋳鉄製のエンジンが冷えてキンキンと鳴る音は、異質なはずなのになぜか風景に溶ける。 オホーツクからの冷え切った北風が牧草を撫でる音。 足下を跳ねるコオロギやバッタの音。 不意に進入してきた都会人に対しての興味なのか、あるいは警告を発しているのか、都会では見かけない、やたらにでかいハエやアブやハチが数匹ブンブンと自分のまわりを飛び回る音。 音はそれだけ。 北海道の場合、ツーリングマップルでおすすめルートに指定されていない道だとミツバチ(単車)はまずいないし、「わ」ナンバーのレンタカーに至っては絶対に来ない、もちろん徒歩やチャリの旅人もいないから、農作業のトラクターの音がほんの時たま聞こえる以外、人工的な音は皆無。 目に映るのは、ただただ青い空と、白い雲と、黄色い太陽と、陽光に照らされてまさに萌えるような緑。 空はあまりに広く、道は、今来た道も、これから進むべき道も、幾重の丘を乗り越えながら、ただひたすらまっすぐに、地平線にスーッと消えてゆく。 せせこましい本州に住んでいる者からすると、ほとんど冗談のような景色である。 そんな風景の中にたたずむだけで、開放感からか、自然に頬が緩んだりする。 実に不思議だ。 風や空や大地の存在感がハンパではない。 しばらくたたずんでいると、それらの存在の大きさに、先ほどとは逆に、開放感というよりも押し潰されそうな錯覚に陥る。 ヒトの存在なんぞ軽く消し飛ぶくらいの圧倒的な量感に囲まれ、自分を見失いかけることからくる不安感なのか、なんなのか。 開放的な圧迫感。 軽やかなはずの空気が、なぜか息苦しく、重い。 緩んだはずの頬が、締まる。 実に不思議だ。 その、得体の知れない不思議をどうにか知りたいと思うから、きっとまた北海道に渡る。 以下photoキャプション。晴れている日に撮ってるのが多いから一見おおむね晴れに見えるが、実はほとんど雨(汗 左上:美瑛の名もなき丘にて。観光客がわんさか訪れる美瑛の、ほんの少し裏手には誰も訪れないスポットがある。前回来た時もそんな場所を巡った。今回、勝手に「裏美瑛」と命名。ちなみに、ミニの後ろに映っているのは北海道で死ぬほどみかける牧草ロールというヤツ。牧草ロールふたつでミニ1台分くらいの大きさだが、牧草ロールひとつの重さは700〜800kgだと牧場のオッサンが教えてくれた。
中上:稚内にほど近い猿払のエサヌカ線。ちょっと前のツーリングマップルではなんの説明もなかったので誰も来ないような場所だったのだが、最近のツーリングマップルではオススメルートになってしまったこともあって、雨の日にもかかわらず単車と数台すれ違う。旅というのは本来自由であるはずなのに、地図ひとつに縛られて不自由な旅人が多いという現実をあらためて憂う。 右上:上士幌のナイタイ高原牧場から十勝平野を望む。まあ、ここはいつ来てもいい場所だが、今回は晴れが少なかったので、貴重な展望となった。 中左:帯広郊外、豊頃町のシンボル「はるにれの木」。右側の木は元は2本の木が一体となった珍しいもの(だと思う)。左側の木は普通の独立した1本の木のためか見向きもされないようだが、3年前に見たときより枝葉が少なく、葉の色も悪くなっていて、実に寂しく思われた。近くの休憩所にある、誰でも書き込める自由帳(ノート)でそれを指摘している書き込み(こういう細かいところに気づくのはやっぱり女である)があったのを見て、自分と同じことを感じる人がいたことになぜか安堵。自分も、左のはるにれが元気になってほしい旨を書き込む。 中央:津別の野営場にて。テント撤収後、朝6時の空。羊雲が盆すぎに現れるのが北海道。 中右:早朝の美幌峠より屈斜路湖を望む。左奥にうっすらと斜里岳。美幌は、晴れれば絶景だし、ガスが出ても雲海が見えたり、いつ何時来ても景観の変化が素晴らしい。ここはシーズンによっては観光客でうざったいので、やはり早朝がよい。ここからの眺望は、夕陽よりも朝日が美しいはずなので、次回は朝焼けの美幌峠に来ようと思う。といいつつ個人的にはマイナーな津別峠の方が好きだったりするが。 左下:野付半島のトドワラ。海水で浸食され立ち枯れてゆくトドマツ群はまるで化石のよう。実に荒涼としている。 中下:霧多布岬近くで放牧されていた駄馬。誰もいない牧草地の脇で独りぼんやりたたずんでいたら、ずいぶん遠くから寄ってきてくれた。そんな小さなことが実に嬉しかったり。写真では伝わらないだろうが、駄馬だけあって筋肉がすごい。しかし性格は温厚そのもの。 右下:襟裳岬。今回はエンドレスの森進一は流れておらずw(あれは趣味悪いからやめて正解)。襟裳岬、霧多布のアゼチの岬、積丹の神威岬、青森の龍飛崎・尻屋崎など、北国の岬は実に味があって好みだ。 |
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