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人のblogへのコメントをもとに記事にするという安直さで恐縮だが。
デザイン科の高校へ入った15歳から、デッサンの訓練を受けることになった。
はじめはなかなか上手く描けなくて。
いや、そりゃ普通の人から見りゃそれなりには描けてたはずだけど、プロを目指す者としてはどうなんだよ、っていうレベルでの話。
なぜ描けないのか悩んでいたとき、脳関係の本を読んだら、上の画像が載っていた。
誰でも知っているとは思うが一応簡単に説明しておくと、これはヒトの脳の体性感覚地図を三次元化したもの(俗にペンフィールドのホムンクルスという)。
見ればわかるように、手の感覚に対しては、脳皮質の非常に大きな面積が与えられており…つまり、ヒトという動物が、手の進化とともに脳を発達させたことを裏付ける相関図といって差し支えあるまい。
これを見たとき、ヒトの精神は手に宿っているといっても過言ではないのだろうと思った。
ついでに、ちょっとひらめいた。
手の感覚を活かし、デッサンするモチーフに直に触れて何かを感じとることで、そのモノの本質がつかめるようになるのではないかと。
実際にモチーフに触ってみたら。
ゴツゴツ堅い、ふんわり柔らかい、やや温い、鉄みたいに冷たい…といった基本的な感覚はもちろん、石膏像なんかでも、眼で追っているだけではわかりづらい微妙なアンジュレーション(起伏)なんかも、手で直に触れると、実によくわかった(ただ、触ることによって、逆にわかりすぎて困ってしまうという弊害もあるにはあるが)。
要約して言うと、質感と量感が、視覚だけに頼るより、よくわかるということだ。
それまでは、視覚情報に基づいてモチーフを紙に写しとることがデッサンだと思っていたが、「手で触れた感覚を紙に転写する」というような描き方というものがあるのだな、と、視野が少し広がった。
眼で追っているだけではダメなんだと。
多くのヒトは、眼を絶対的なものと思い込んでいるのではないかと思うが(自分もかつてそうだったが)、眼は往々にして騙され、本質を見失うことも案外多いことは錯視その他で立証済み。
女の化粧だってそうじゃん。コロッと騙されちまう。究極のダマシのテクニックと言えなくもない(-_-;;
であるから、触れるという行為によって確認する作業は、当時の自分にとっては必要不可欠な検証方法であった。
おかげで、デッサンの技術はある程度向上したが、困ったのが裸婦デッサン。
あれは触れないんだ(汗
だから、これは嘘でも冗談でもなく、裸婦デッサンや、着衣モデルのデッサンが、どうにも苦手だった
同じような人体のモチーフでも、石膏デッサンは得意だったんだけどな。石膏は触れるから。
裸婦デッサンは、モデルさんを眼で見てコツコツ描くんだけど、どうも上手くいかんかった。
胸のふくらみとか、ケツの形とか、そういう性的な部分は、知らず知らずのうちに、その時つきあってた女の子のパーツを描いてしまっていることも往々にしてあった。。その当時、自分が唯一知っている(触ったことがある)裸体ってそれしかなかったのが原因だ(汗
というわけで、一時期、何でも触ることにしていたので、今でも時々、昔のクセが出る。
飲み屋とかで、そこらへんに置いてある醤油差しとか小皿みたいなどうでもいいものを、ついつい触ってしまう、という。
触ってるだけなら問題ないんだけど、酔ってるもんだから、たまに割っちまったりして(-_-;;
いいトシこいて、ガキみたいなことをやらかしてしまう。
実は昨日も割ってきた(汗
こっ恥ずかしいったらありゃしない。
だけど、まあ。
物体の感覚が希薄になりつつある昨今だからこそ、逆に触れるという行為が必要な気もする。
ツーリングや旅に出て、どんな景色を見て、どんな写真を撮ったか、ではなく。
何に触れて、何を思ったか…みたいなことの方を、個人的には大事にしたいと、相も変わらず思うのであった。
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言われてみれば、旅先で土地のものに触れるということをあまりしていないと気づきました。といっても自然を旅するということがあまりないもので、ホテルの壁くらいしか触れないからかも笑
場所ではとくに聴覚と嗅覚が響きます。土地の言葉の抑揚や雑踏の音、建造物の内部の音、空気や風や街のにおいかな。
気軽に触れるものって意外と少ないですね。それだけ密接に関わるものという事なのでしょうか。
2009/10/6(火) 午後 11:40 [ kawole ]
ホテルの壁にウケた(笑)。ちょっと寂しすぎるぞ。
俺も本文では偉そうなこと書いてるけど、実際は触れているものはそんなに多くない。まあ、いつも自戒を込めて書いてるんで…と言い訳。
嗅覚と聴覚の話はよくわかります。
けど、たぶんカヲルつぁんとは逆だな。俺は田舎ばかり行ってるから。
嗅覚は木や草や花や落ち葉の匂い。海風の匂い。
聴覚は、聞いたことのない野鳥のさえずり。静かすぎて耳鳴りするような場所で足下のコオロギが飛び立つ音とか。川のせせらぎ、あるいは濁流。静かな波の音と波浪の時の轟音…うーん、書き出すときりがないなあ。こうして書いてみると、俺は普段嗅覚より聴覚を使っているのだ、ということに初めて気づいた。
まだまだ自分の知らない己がある。
2009/10/7(水) 午前 2:17
2009/10/22(木) 午前 0:04 [ まゆみ ]
コメント文に絵文字を入れられるんですね。そんなことに驚いてしまう私はオヤジですが(-_-;;
2009/10/23(金) 午前 0:59