YANESEN

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nezu shrine

雨、よく降るな
去年の初夏くらいからずっと天候不順だけど、一応、季節は巡っている。
もうすぐ梅雨だ。

野営時は除いて、雨は好き。
時々、傘をささずに、ズブ濡れになって歩いてみたり。
好きでそうしてんだけど、親切な人が傘を貸してくれたりしちまう。
まあそれはそれで悪いことではないが。

雨は、身体の奥底に眠っている、普段は使わない感覚を掘り起こす。
脳でいえば、新皮質の方ではなく、脳幹に近い方の体性感覚。
水の記憶。

今週の月曜日。
東京は降ったりやんだりの、やさしく、しっとりした、物憂げな霧雨。
ブルーグレーの空が美しい。
濡れて歩いた。

打ち合わせ&買い物帰り。
久々に根津神社を通る。
3週間くらい前までは、つつじ祭りとやらをやっていた。
例年どおり盛況だったんだろうと思うが、その時期、一度も来なかった。
すっかりツツジは枯れた霧雨の月曜午後3時。
今は誰もいない。


イメージ 1


根津神社はそれなりに著名な神社のはずだが。
平日の夕刻とか、フッと人の気配がなくなることがよくある。
ひとけのない神社や寺や墓地が好きだ。
ことに、この日のような霧雨の日が。
濡れた墓碑と花からは、不思議な圧力を感じる。
ぬかるんだ土や水溜まり。
わざと水溜まりの中を歩いてみたり。
いいトシこいたオッツァンのクセに多少恥ずかしいが、どうせ誰もいないんだからよし。


イメージ 2


写真撮ってたら、鳩が10羽くらい、どこからか自分の周囲に飛来してきた。
買い物袋持ってたから、なんか期待したんだろね。
野良の者に食べものを与えることはしないけどさ。
動物好きなんで、どうにかお友達になれないかといろいろ画策したが、ダメだったな。
結構至近距離まで寄ってくるんだけど、あと数センチの距離感が…。

以上は月曜日のお話。

木曜日…というか、日付変わって金曜日の夜半。
満月が美しかった。
5月のわりに、北風で、空気が澄んでいるからか。
中秋なみの光量のように感じる。

野営時、満月の日は、焚き火をしないことにしている。
紅く揺らめく炎は、雨さえ降らなければいつでもおこせる。
まん丸な月の下で過ごせるのは、わりと貴重なことだから。
ランタンも灯さず、ひたすら月明かりを楽しむ。

野営の場数を重ねて、暗闇に目が慣れてくると、満月の明かりすら眩しく感じることがある。
青い光に照らし出された世界は、やさしく、美しく、儚く、怖い。
しかし…。
満月の明かりの下、独り酒などしていると。
いつしか、精神の奥底に重たい澱が降り積もり、眠れないことがよくある。
でも、いいんだ。
明日になって陽の光を浴びれば。
澱なんて軽く吹き飛ばし、一点の曇りもなくなるから。

ここんとこ、雨や曇りが多いため、雨好きな自分ではあるが、どうにも思考が重くなってしまいがち。
たまにはスカッと晴れてくんないかな、などと思う今日この頃。

金木犀

イメージ 1

仕事がヒマな時ほど、仕事で徹夜するクセがある。
忙しいときほど徹夜はしない。必ず寝て、三食摂る。
ヒマな時の、「よーし、この仕事終えたらら翌日は爆睡できるぞ」という、よくわかんないモチベーションがいい。
それに、徹夜明けの朝は、実に爽やか。思わず深呼吸したり。
これは、自分が寝起きが悪いため、早起きしても意識が朦朧とするだけで、ちっとも爽やかに思えないからという個人的な感覚だけど(ツーリング先での、野営場の早朝はその限りではない)。
早起きより、徹夜明けの方が、意識がしっかりしてるぶん、感覚が鋭敏に感じられるという特異体質。

木曜日〜金曜日、久々にガチで完徹。
昼に出版社に初校ゲラを届け、編集者と昼飯喰った後、まっすぐ帰宅して昼寝でもしようと思っていたんだけど、ここのところ雨続きで、大きな台風まで来たせいもあって、全然散歩してなかったな、なんて思ったら、今日みたいな、やらかい日差しが降り注ぐ空の下、部屋で昼寝はもったいないように思えてきた。
というわけで、ちょっと遠回りして、山手線の日暮里から、散歩がてら帰宅することに。

日暮里駅南口改札から、緩い傾斜の階段坂を登り、寿々木旅館、天王寺の脇を抜けて、谷中霊園の目抜き通りである桜並木の道を通る。
いつもの桜の葉のトンネル。
桜の葉が、ほんの少し、黄色くなりかけている。
今年は、夏らしい夏は来なかったけど、それでも秋は来るんだね。

交番を通り過ぎて、墓地を散歩するときの、いつものルートを通る。
白黒猫の家族の縄張りといえば、わかる人にはわかるかもな。
いつも確実にいるのは3匹だけど、たまに5〜6匹まとまっている時がある(photoは2年くらい前の冬)。
全員白黒のパンダ模様。
そのうち1匹は、ちょっと目脂が気になるけど、気品の高い美しい子でね。
この日は珍しく、のんびり散歩している自分に、小さい声で「ミャー」と挨拶をしながら、向こうから擦り寄ってきた。
お前さん、台風の日、どこに隠れてたんだ? とか、小声で話しかけながら撫ぜると、結構毛が抜けた。
もう、冬毛に替わってゆく次期なんだね。
長雨や台風が去って、心地よい日差しの下、他の猫も、皆、気持ちよさそうに日なたぼっこ。

墓地の管理の人たちが、台風の影響で折れた枝や落ち葉を掃除しているからか、そこらじゅう、草の匂いが漂う。
少しむせぶくらい。
いろんな草花の臭気が入り交じった感じで、この時点では、なんの匂いとか断定できなかった。

いつもの墓場のいつもの場所で、相変わらず集団でたむろしているデブ猫ども戯れた後、墓を抜け、日本画家のallan westさんのアトリエと、軒並みの、パン屋だか駄菓子屋だかよくわからない「みかどパン」を通り過ぎ、ヒマラヤ杉の細い三叉路へ。
風の強い台風の後だったので、一応ヒマラヤ杉の安否を確認しに来てみたが、大丈夫でよかった。
この樹は樹齢70年くらい。15メートルくらいの大きさらしい。
みかどパンの今の店主のおじいさん(だったか?)が、鉢植えで育てはじめたんだとかいう話を以前聞いた。
現在は、根はアスファルトに覆われ、枝と枝の間に電線が通っている姿で、少し痛々しい。
けれど、この樹には、スピリチュアルな何かが宿っているような気がする。ご神木というか。
夜中に散歩した時とか、この樹と対面すると、なんとも言えない、霊気みたいなものを感じる。
樹が、自分の心に話しかけてくるような感じ。
キタキツネ物語の柏の木みたいな感じっつうかね。

あかじ坂で、この前書いた、疥癬の病を得た猫と少しジャレている時、前述の花の匂いが、まだ街中に漂っていることに気づく。
さっきは、墓地の草の匂いや他の花の匂いと混ざってわからなかったが…これは金木犀の香りだね。
コドモの頃住んでいた集合住宅の植え込みに金木犀が植えてあったので、自分にとっては懐かしい匂い。
そういえば、桂花茶(金木犀の花冠を混ぜた花茶)とか、桂花酒とか、しばらく飲んでないなぁ。

雨が続いた後というのは、花の香りがとても強い。
金木犀は、匂いがしっかりしているから、余計にそう感じる。
その日は、街中、金木犀の香りに包まれていた。
その翌日も。
もう、秋なんだね。
冬支度しなくちゃ。

疥癬の病

昨日の昼間。
散歩の途中、谷中の、とある雑貨屋の前で、くつろいで、ひなたぼっこしながらグルーミングしているチャトラの猫を見かけた。
近づいて撫でた。
こちらが撫でていると、チャトラ、時々、俺の手を舐める。
舐め終わって、少し撫でると、また舐める…の繰り返し。
あ、そっか、要するに俺に「グルーミングやってくれ」と言いたいわけか(笑
グルーミングくらい自分でやれよ…とか小声でツッコミをいれつつ、しばらく撫でていると、雑貨屋から飼い主らしき店主があらわれた。

「あの、その子、ダニ疥癬なんですよ」
「ああ、道理で…ほんの少し禿げてるところがありますね」
「毎年夏になると症状が悪くなってね…一応薬はつけてるんだけど」
「野良なんですか、この子?」
「元は野良ちゃんなんだけど、もう飼われている期間の方が長いんですよ」
「僕の知っている猫で、もっとひどい症状の猫がいますけど、皮膚病ってやっぱり治りづらいんでしょうね」
「そうねぇ、体質もあるのかもしれないけど…。あ、それでね、その子ダニ飼ってるから、後でそこの水道で手を洗ってくださいね。石けんもありますから」
「あ、どうも。お世話様です」

なんつう会話をしながら撫でていた。
チャトラには、当然ヒトの会話など耳に入らない。
時に甘噛みし、時に俺の腕を爪立ててたぐり寄せ、時にフミフミしながら、「グルーミング」を強要してくる。
初めてなのに…激しい子だねえ、おまいは(笑
初対面でこんなに社交的というか甘えん坊な猫はあんましいない。
きっと、いい飼い主さんに出会えたということだろう。
ちょっと痒くて辛いかもしれないけど、頑張りなよ。
また会おうな。

迷い

以前、近所の野良猫で、ひどい皮膚病の、やせっぽちの猫がいる、ってことを書いたような気がする。
この猫、すぐ死んじまうんじゃないかと思ったが、生命力というのは案外強いものなのだろうか、初めて見かけてから2年経ったが、彼女はまだ生きている。
だが、状況はあまり芳しくない。
病院に行ってるわけじゃないから当たり前か。

痒いところは執拗にグルーミングするもんだから、どんどん禿げちゃって。
左耳なんか、ほぼ無毛状態。
そこを蚊に喰われたりするんだろうから、よけいに痒くなって、血が出るまで掻いてしまう、という悪循環。
最近は、前足の親指の付け根まで禿げて、血と膿でドロドロっぽい。

ただの皮膚病ならまだしも。
最悪の場合、あれはただの皮膚病ではなく、ひょっとして、ネコエイズってやつではないのか。
皮膚が弱いだけでなく、ホント痩せているから、何となくそう思ったりしてしまう。
免疫機能がうまく働いていないんじゃないかと。
素人の推察だが。

いずれにせよ、見ていて痛々しいことこの上ない。
なんとかならんものか。

幸い、その猫は自分にある程度なついてくれている。ま、他の人にもなついているんじゃないかと思うけど。
だから、ウチはペット禁止だけど…この際、禁を破って、その猫を保護(飼う)、という手がないでもない。
家の中なら、虫に刺されることもないから、少なくとも皮膚はラクになるはずだ。
ときどき、ぬるま湯で身体を洗ってあげれば、仮にノミやダニがいたとしても、も少しマトモになりそうな気がする。
その上で、定期的に病院で診てもらう、という。
2年前から、ずっとずっと、そのことを考えている。

ただ、それがその猫にとって幸せなことなのかどうか。
それを考えると、なんとも言えない。
病気持ちとはいえ、ずっと野良として生き抜いてきた猫が、突然家の中で飼われることによって、かえってストレスになってしまう、というのは十二分にあり得る話だし。
その猫がなついている人が、自分の他にいるとしたら…その猫と、その人との触れあいの機会を、永遠に奪ってしまうことになる。
そんな権利、自分にはないしなぁ…。
それに、ウチに来たからって、病気が100%治るなんて保証はどこにもないんだもんな。

口がきけりゃいいんだけどね。
いっつも、無駄だと思いつつ、一応、口に出して聞いてみるんだ。
「おまえさん、いっそのこと、ウチに来ちまうか? それとも、身体が辛くても野良のままのほうがいいのか?」って。
でも、その猫は「アーン」と、力なく鳴くだけで、どっちだかわかりゃしない。当たり前だけど。

お節介承知で保護すべきか。
野良の宿命と思って放置しておくべきなのか。
痩せた命を前に、今日も自問自答が続く。

やっぱ、ほっとくしかないか…。



※他のブログで偶然その猫の記録があったんで、勝手にリンク。

●2006年9月の記録
 http://yanesen-urouro.bakyung.com/2006/09/post06092103.html
●2008年4月の記録
 http://yanesen-urouro.bakyung.com/2008/04/post08042101.html

個人的な観察だが、今は、リンク先の文章のような「のけ者」ってことはないように思う。
他の猫とも折り合いをつけて、うまくやっているんじゃないかと。
ただ、痩せていて皮膚病だから、どうしても儚い命に見えてしまう、というのはある。

盆の時期の首都圏はいい。
人が減って。
夜中散歩に出ても、あまり人と出会わないし。
路地裏を歩いていても、主のいない家はエアコンの室外機の騒音も出さないし。
静かな夜。
野良猫も少しノビノビ。
本来、こうだったはずだ。
だけど。
ヒトは二度と過去に戻ることはできまい。
変わってゆくしかないのであろう。
良くも悪くも。
ちょっと、寂しいけどな。

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