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physical drive, logical drive

この前の日曜日。
ぶらっと秩父にツーリング。
前日飲み過ぎちまって、午後出発…
遅っ(-_-;;
ツーリングってのは、普通早朝に出かけるもんだ。
でも、いい。
日曜昼過ぎの下りの高速、空いてるから。

今週・来週はある程度仕事が立て込む。
その後は長い梅雨だ。
もしかしたら、梅雨明けまで、雨降りで満足にツーリングに行けない、なんてことになりかねない。
毎年、GW明けの翌週、翌々週ってのは、あんまし道が混まない(かわりに洗車場が混むんだよね)。
この機を逃さず、ショートトリップ。

数年前までは、できるだけ高速は使わなかったが。
過去、何度も走った大都市近郊の一般国道とか、もう飽きちまったし。
都市は好きでないんで、さっさと通過しちまいたいし。
というわけで個人的に高速解禁。
先日行った九州でも、チョコチョコ利用した。

この日は高速も一般道も空いてた。
スイスイとツーリング。
とはいえ、秩父は大都市圏からあんまし離れてないから、それなりに単車もクルマもいるけどな。
やっぱ、一人っきりになろうとしたら、北海道へ行くしかあるまい。
不思議なもんで、一人だからといって孤独は感じない。
むしろ、都会の集団生活の中で孤独を感じる。

帰りもラクだった。
圏央道から中央道、首都高とひとっ走り。
じぇーんじぇん渋滞なし。


イメージ 1


秩父あたりは、絶景とまではいかないが、まあまあ景色がよろし。
道は、ちょっと狭めのところが多いために目を三角にして走るほどではないが、まあまあよろし。
山の高さがそれほどないことも含めて、地味〜な感じが、どことなく紀州など、関西・中国地方などのイメージと重なる。
全体的に、ほどよい感じ。

ミニでのツーリングは現代車に比べれば肉体的に疲労するが(そのぶん楽しいけど)。
今回みたいな、日帰り300km、8時間のショートツーリングってのは体力的にかなりラク。
今年はチョイチョイと、高速使ってショートツーリングすっかな。
やっぱりミニは楽しい。
まるで素手で道を掴んで走っている感じのグリップ感。
タイヤは単なるパーツではなく、自分の手足の延長のように思える。
身体、あるいは肉体を強く意識させるクルマ。

身体性といえば。
荒川修作氏が亡くなったな。
以前、仕事で長く関わっていた雑誌で、荒川修作(+マドリン・ギンズ)をよく取り上げていた。
幸運にも、雑誌主催のトークショーを何度か観覧できたりもした。
NYでの生活が長いせいか、オノ・ヨーコさんと似たような感じで、ニホンゴがなかなか出てこない様子。
言葉が降りてくるまでの一瞬の間がミステリアスでありエキセントリックな雰囲気のオッツァンだった。

その荒川修作が作った「養老天命反転地」にも、10年くらい前、ミニで行った。
ミニという、身体力の必要なツールで行くと、さらに面白さが増すかもしれない。

この地をひとことで言うと。
地面が平らであることを信じて疑わないような都市生活者は、この歪んだ地面で一発コケて怪我でもしてみれば天命反転するかもしれん。
しかし、転倒する人が予想外に多かったとかで、管理者側が、ヘルメットの貸し出しとかバカみたいなことやっていたけどさ(笑
メットなんかかぶったら、その瞬間に天命反転は不可能。

ここの地面は、文字通り“反転”するような錯覚を覚える箇所が多々ある。
重力への反逆とでも言うか。
地球に比べたらずっとちっぽけな存在であるはずのエキセントリックな建築家が、宇宙の永遠の法則にケンカを売ってる。

その建築家よりさらにちっぽけな自分は。
大のオトナのクセして、こっ恥ずかしかったけど、ちょっと走ってみたりした。
歩くのと走るのとでは、地面の歪みがまた違って感じられるんではないかと思って。
ま、普段エラソーなこと言ってるわりには、己の身体力の弱さをモロに再確認する結果となってしまっただけだったが(汗
これじゃ全然、天命反転できそうにない。

ふと周囲を見渡す。
家族連れを見てると面白い。
親は、自分と一緒で、歪んだ地面に対応できず、オタオタしている雰囲気。
ところが、ガキはすぐに駆けだして対応できちまうんだな。
都市に生まれ育ったガキは、あんなに歪んだ地面は見たこともないだろうから、単純に楽しいのかもしれない。
転んで、しばらく泣いていても、すぐに立ち上がってまた駆け出す。
何かの呪縛から解放されているように見える。
転ばないように歩いて、なおかつメットなんかかぶっちまうオトナと、エラい違い。
ここを訪れた数年後、前述の雑誌のトークショーに同席していた宮崎駿氏が「(養老天命反転地みたいな)こんな校庭のある小学校があったらいいなと思うんですよ」と、至極単純明快なことをおっしゃっていたが、まあそういうことだ。
身体から意識の変容を迫る建築である。

この地を出た後は、文化はあるが文明は持てないまま長らくやってきた日本という国や、日本人について、考えてみたくなったりする。
養老天命反転地は、この国に生まれ育ちながら(おそらく)この国に絶望してNYに渡った一人の建築家が、建築によって、新たな“文明”を作り出そうという、野心的な試みである、とか思ってみたりする…
…たぶん(-_-;;
ま、アート音痴の自分がアートについて長く書くとボロが出るんでこの辺でやめておく。

過去のエントリでよく書いたけど、ニンゲン、やっぱし身体力。
自分の場合、もともと都会育ちの上、都市に居続けると自分の存在すら見失いがちなものだから、時々ツーリングに出かけることで、自己や身体力を取り戻しているのかもしれない。
養老天命反転地のように、この世に平らな大地なんぞそもそも存在しないことは、経験として自分の骨に刻まれている。それは結構大事なことであってね。知識として知っているのとは違うから。

梅雨の合間を縫って、再び養老へ行ってみようか、などと思った今日この頃。
一般道使っていくと遠いが、高速だと養老まであっという間だもんな。
いや、高速なんか使ったらそれこそ身体性の確認なんかできないか。
前回も、一般道で行ったんだった。
今度行くときも、一般道で行こう。




※前回エントリのコメントにも書いたとおり、フィアットのチンクェチェントのことを織り交ぜて書くつもりだったが、荒川さんが亡くなられたことを受け、急遽、書き直した。しかし、メディアの扱い小っさいね…。

21日。
敬老の日と、爺さんの米寿と婆さんの喜寿が重なったんで、家族で集まって呑み。
まさにシルバーウィークである。
四方山話というか、限りなくどうでもいい話が、楽しいもの。
といっても、爺さんは耳が遠く、補聴器をかけても会話があまり聞こえてないもよう。

四方山話は置いといて、雑談の中で、ひとつ大変驚かされたのが、母がゴーギャン展を見に行ったということ。
マジ驚いた。
何が起きたのかと。
ウチの家系においては、ほとんど事件である。
なぜって、ウチの家系は、美術や音楽や文学や映画なんか、誰も全く興味ないからさ。大げさではなくホントに。
実際、その時も、親戚一同、「ゴーギャンの名は知っているが、絵は見たこともない」とか言ってたし。
なにより、出不精のうえに方向音痴の母が、無事に北の丸の近代美術館へ行けたということが奇跡である(笑

母が北の丸に行ったきっかけは、NHKの世界遺産のシリーズ番組(?)のオープニングでゴーギャンの絵(我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ向こうのか)を見て、気になったから、ということらしい。
では、実際に、本邦初公開のその絵などの感想を聞いてみると、漠然として、なんだか整理し切れていないもよう。
ま、還暦手前で、初めて自発的に美術に触れたわけであるから、いきなりマトモな感想を言えるはずないわな。その辺はこれから養ってゆくということで。
ゴーギャンに興味を持ったということは、ゴッホに興味を持たざるを得ないし、そこからモネ、セザンヌあたりを順次見て印象派全体を俯瞰しつつ現代美術に至る流れを把握する…という感じで見ていけば理解が早いと思う、みたいなことは軽くレクチャーしといた。「ノアノア」も薦めときゃよかったな。
しかし、俺がゴーギャンとかユトリロに興味を持ちだした30年前、ゴーギャンの画集を図書館で借りてきたら「何コレ。どこが面白いの?」とか素っ気ない反応してた人が、変われば変わるもんだねえ。

そういや、母は、何年か前から、慶應の通信課程コースを受講しているのだが、それ聞いたときもびっくりしたんだった。
学科が「文学科」だったから。
母は、中高の教科書に出てくるような、明治の文豪とかツルゲーネフあたりをちょこっと読んだことがあるくらいで、現代文学なんかほぼ読んでいない。決して本が好きってタイプではない。
だからまあ、どうしちゃったの、と。
変われば変わるもんだねえ。
ま、別に悪い変化じゃないからいいんだけど。

元々、食わず嫌いが多くて、直感的に「嫌な物は嫌」とノタマって、非常に閉じた狭い世界に生きている人だったので、文学や芸術に触れることで、視野が広がるのだとすれば、それは良いことなのかもしれない。
でき得れば、もっと早い時期に興味を持っておけばよかったと思うのだが、女の平均寿命を考えれば、あと30年くらいかけて、その辺掘り下げられるわけだから、ま、いいんじゃないの。

頑張ってくれたまえ
と、なぜか上から目線。
親なのに(汗

個人的には、若者から年寄りまで、身近な親戚一同が会した状態を見て、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ向こうのか」なんてことをちょっと思っていた矢先、母からタイムリーな話題が出たので、不思議な気分ではあった(もちろん、ゴーギャンが言わんとしている意味とはちょっとズレてはいるんだけど)。

手に宿るもの

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人のblogへのコメントをもとに記事にするという安直さで恐縮だが。

デザイン科の高校へ入った15歳から、デッサンの訓練を受けることになった。
はじめはなかなか上手く描けなくて。
いや、そりゃ普通の人から見りゃそれなりには描けてたはずだけど、プロを目指す者としてはどうなんだよ、っていうレベルでの話。
なぜ描けないのか悩んでいたとき、脳関係の本を読んだら、上の画像が載っていた。
誰でも知っているとは思うが一応簡単に説明しておくと、これはヒトの脳の体性感覚地図を三次元化したもの(俗にペンフィールドのホムンクルスという)。
見ればわかるように、手の感覚に対しては、脳皮質の非常に大きな面積が与えられており…つまり、ヒトという動物が、手の進化とともに脳を発達させたことを裏付ける相関図といって差し支えあるまい。

これを見たとき、ヒトの精神は手に宿っているといっても過言ではないのだろうと思った。
ついでに、ちょっとひらめいた。
手の感覚を活かし、デッサンするモチーフに直に触れて何かを感じとることで、そのモノの本質がつかめるようになるのではないかと。

実際にモチーフに触ってみたら。
ゴツゴツ堅い、ふんわり柔らかい、やや温い、鉄みたいに冷たい…といった基本的な感覚はもちろん、石膏像なんかでも、眼で追っているだけではわかりづらい微妙なアンジュレーション(起伏)なんかも、手で直に触れると、実によくわかった(ただ、触ることによって、逆にわかりすぎて困ってしまうという弊害もあるにはあるが)。
要約して言うと、質感と量感が、視覚だけに頼るより、よくわかるということだ。

それまでは、視覚情報に基づいてモチーフを紙に写しとることがデッサンだと思っていたが、「手で触れた感覚を紙に転写する」というような描き方というものがあるのだな、と、視野が少し広がった。
眼で追っているだけではダメなんだと。
多くのヒトは、眼を絶対的なものと思い込んでいるのではないかと思うが(自分もかつてそうだったが)、眼は往々にして騙され、本質を見失うことも案外多いことは錯視その他で立証済み。
女の化粧だってそうじゃん。コロッと騙されちまう。究極のダマシのテクニックと言えなくもない(-_-;;
であるから、触れるという行為によって確認する作業は、当時の自分にとっては必要不可欠な検証方法であった。

おかげで、デッサンの技術はある程度向上したが、困ったのが裸婦デッサン。
あれは触れないんだ(汗
だから、これは嘘でも冗談でもなく、裸婦デッサンや、着衣モデルのデッサンが、どうにも苦手だった
同じような人体のモチーフでも、石膏デッサンは得意だったんだけどな。石膏は触れるから。
裸婦デッサンは、モデルさんを眼で見てコツコツ描くんだけど、どうも上手くいかんかった。
胸のふくらみとか、ケツの形とか、そういう性的な部分は、知らず知らずのうちに、その時つきあってた女の子のパーツを描いてしまっていることも往々にしてあった。。その当時、自分が唯一知っている(触ったことがある)裸体ってそれしかなかったのが原因だ(汗

というわけで、一時期、何でも触ることにしていたので、今でも時々、昔のクセが出る。
飲み屋とかで、そこらへんに置いてある醤油差しとか小皿みたいなどうでもいいものを、ついつい触ってしまう、という。
触ってるだけなら問題ないんだけど、酔ってるもんだから、たまに割っちまったりして(-_-;;
いいトシこいて、ガキみたいなことをやらかしてしまう。
実は昨日も割ってきた(汗
こっ恥ずかしいったらありゃしない。

だけど、まあ。
物体の感覚が希薄になりつつある昨今だからこそ、逆に触れるという行為が必要な気もする。
ツーリングや旅に出て、どんな景色を見て、どんな写真を撮ったか、ではなく。
何に触れて、何を思ったか…みたいなことの方を、個人的には大事にしたいと、相も変わらず思うのであった。

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遅い昼飯喰った後、散歩がてら、谷中の全生庵へ。
毎年、八月の1か月は、全生庵では「円朝まつり」を催している。
その一環として、三遊亭円朝が所蔵していた幽霊画コレクションを、虫干しを兼ねて一般公開している。
それを見ようと、テクテクお出かけ。

幽霊画と聞いて、お岩さんや妖怪みたいな、「もろホラー」なものを勝手に想像していたのだが。
そんなことはぜんぜんなかった(月岡芳年の、彰義隊関連などの血なまぐさい絵の方が、よっぽど怖いくらいなもんだ…とか思ってたら、芳年の幽霊画もあったな)。
「怖い」の概念が、当時と今とでは違う、ということなんだろう。
あるいは洋の東西と言い替えても差し支えなかろう。

死後、ドロドロに腐った肉体に魂が蘇る「ゾンビ」みたいなものの恐怖。ホラー映画なんかでは定番だけど、それを西洋的な恐怖とするなら。
東洋(日本)の恐怖は、燭台が灯す淡い光の陰に亡霊がうっすらと見えたり、蚊帳の向こうにぼんやり見え隠れするような、はっきりとは見えない幻のようなもの、なんだな。
ぼんやりとした幻だから、足なんかなかったりする。
足音もなく近づき、知らぬ間にスッと現れ、気がつくとフッと消えている。
ある意味、その方が怖いとも言える。

今回いくつか幽霊画を見たが、アイテムとして定番なのは「燭台」「蚊帳」「行燈」。
「ぼんやり」とか「うっすら」というキーワードでくくれるアイテムだな。
昔は今よりずっとずっと薄暗い夜を過ごしていたわけで、何かの物陰がヒトの輪廓に見えたりとか、日常茶飯事だったろう。
そういう意味で、生活に根ざした絵、という感じがした。

あとさ。
幽霊は、なぜかほとんど女なのな。
単純に、描き手が男だからこうなるのか。
それとも、男の中にある、本能的な、女に対する罪の意識(贖罪の意識)が、そのような幻を生み出すのか。
そこらへんは不明だが、ちょっと興味深い。

※下記URLで、画像は粗くて透かしが入っているけど、所蔵作品を見ることができる。
 http://www.theway.jp/zen/flash/yuureiga.swf

前回のエントリは去年の冬だったな。
まあ、blog冬眠ってとこだ。
冬眠中に、ここ千駄木では、桜も散って、ツツジが満開で、藤もハナミズキも咲いている。
いつの間にか春。
今年は、適度に仕事、適度にヒマという状態で、ヌクヌクと過ごしています。
このご時世に、自ら仕事を減らす(断る)野郎というのも、そうそういないと思うが、まあ俺は世間様とは違う価値観で生きているんで。

近所に「朝倉彫塑館」ってのがあってさ。
彫刻家の朝倉文夫の住居兼アトリエを、彼の作品とともに一般公開している建物なんだけども。
建物は和洋折衷で、天井が高く採光がよいアトリエや書斎や応接室は洋風で鉄筋。
湧き水を利用した中庭の池を眺めながら回廊を歩いた先は、茶室や寝室などがある和風木造、いわゆる数寄屋造りというヤツ。俺はデザイン科出てるからある程度知ってるが、義務教育でも数寄屋造りのなんたるかくらいは習っているはずだよな、たしか。
ここの畳の部屋でボンヤリ過ごすのが好きでサ。
一度、畳の上で大の字になってみたらウトウトっときて眠ってしまい、学芸員の人にやんわり注意されたりした。
一応美術館というかギャラリーであって、昼寝する場所ではないので当然だが(汗
でも、畳の上でゴロンとするのは、実に気持ちよくて、それからは注意されない程度に、空いているときにコッソリと大の字になったり。
2か月に1回くらいの割合で訪れていた。
朝倉文夫の彫刻を見にゆくというより、畳の部屋でボーっとしたいという、ちょっとヒネくれた目的で申し訳ないのだが。

しかし。
朝倉彫塑館は、建物の耐震化のために、今年の4月から4年間、休館なんだ。去年からわかってたことだけども。
最後に行ったのは今年の1月だったな。

以来3か月余、畳の上で大の字になったりというようなことのない生活を送っているわけだが…
…なんか、落ち着かないのだ、身体が。
畳の匂いとか、畳の上を歩いているときのやらかい感触が、記憶として残っているんだけども、やはりそれだけでは足りないらしい。実体験が伴わないと。

自分と畳の関係を振り返ってみる。

ガキの頃の我が家は公団住宅住まい。自分の部屋は畳だったが、コドモ(つまり俺)が家で走り回るわ、飼い犬が畳表をガリガリ掘り起こしちまうわで、畳表が張り替える度にすぐボロになってしまう。というわけで親がコストパフォーマンスの高い安物絨毯に変更してしまった。でも、床が畳でも絨毯でも特に何の不満も感じなかったな。コドモってそんなもんだ。

18の頃、新築マンションに引っ越したが、畳の部屋は親が使うということで、自分は5.5畳の日の当たらないフローリングの部屋に。若さのせいか、畳がなくても特になんとも思わず。

22で実家を出て独り暮らし。古めかしくも味のある畳の部屋がある木造アパートと、簡易鉄筋の築浅フローリングのワンルームの二択で、後者を選択。理由は「フローリングの方が掃除がラクそうだから」。しかし、この頃はあまり家に帰らなかったために、その心配は無用であった。というより、足の踏み場がないくらい散らかし放題(比喩ではなく本当に)で掃除する気力も起きなかった(汗)。部屋に対してその程度の意識だから、特に畳に対する郷愁もなく。

その後、1DK+ロフト25平米くらい?という間取りに引っ越し。新築アパートで総フローリングだが、「ロフト」というより「屋根裏部屋」という言い方がぴったりの、ベニヤ板剥きだしの2畳ばかりの小部屋が気に入ったので借りたようなもの。この時26歳くらいだったが、フローリングがよそよそしく感じるトシになり、ベニヤ剥き出しの屋根裏部屋にコタツなんか置いてマッタリするのが好きだった。
が、その屋根裏部屋、夏はほとんどサウナ状態だし、屋根の隙間?からゴキブリ、ムカデなどの来襲にあった。ゴキブリは気持ち悪いというより人の顔見ると逃げるあのコソドロみたいな習性が実にムカつくんだよ俺の場合(笑)。ムカデやハサミムシは噛まれると痒くて困った。たまにヤモリも迷い込んできたが、ヤモリはかわゆいんで餌なんかあげてお友達になってたらすごい勢いで増えちまって、これはこれで困った(汗
この頃、椅子の生活がちょっと鬱陶しく感じられ、座布団っていいよな、なんてことをシミジミ思うようになる。また、家で仕事するようになり、さすがに片付けるクセがついたが、いくら片付けても機材や資料で部屋が徐々に目一杯になって限界を感じ、お引っ越し。

で、今の部屋。1LDKの45平米くらいだったかな?まあ六畳3つぶん程度だ。引っ越してきたのは2年前だが、引っ越し後やたら忙しかったりして、正直、仕事場以外の自分のスペースでゆっくりくつろぐなんて時間はそんなになかった。それに、別に家でくつろがなくても、外でくつろいでもいいのでは、という思いもあった。近所の狭い路地や味のある階段坂や寺や墓地や猫など、散歩していて出会えるそんなものたちに出会ってリラックスすることのほうが、家にいるよりはるかに刺激があるし発見もあるからここに引っ越してきたんであってね。家にいても自分の頭や身体が煮詰まるだけだから。
畳に関しては、このへんのメシ屋・飲み屋なんかは畳が多くて落ち着くな、なんて思い始めた。畳でゴロンとしたけりゃ、朝倉彫塑館でコッソリ大の字になるって方法があった。

しかし…。
その朝倉彫塑館が4年間も休館とな。
畳の上でデレンと過ごせる場所がなくなっちまって。
ちょっと困った。

けど、ま、そんなんだったら、自宅に畳敷いちまえばいいじゃんか、という単純な結論に達しましてね。
LDKは仕事場であって、仕事の関係者も出入りするパブリックスペースだからアレだが、自室はプライベートスペースだから好き勝手やっていいわけで。
というわけで、畳化計画進行中。

よく考えたら、畳みたいなものに寝っ転がってゴロゴロするという文化は、あんまり世界に類を見ないような。
床なのに、それなりに弾力があって、冬は暖かく夏は涼しく…なんと都合のよい素材。
畳は、平安時代あたりにはすでに今の原型ができていたというけど、古の人の知恵と技術ってのは、千年以上経っても現役であるという点で、素直にすごいと思う。部屋の湿度の調整までやってくれるんだから。
畳や襖ってのは、機能性(合理性)と美の追求の結果だもんね。どっちもユニット単位で使用し、広い場所でも狭い場所でも使えるうえにシンプルで美しい…なんだ、これってよく考えたらバウハウスじゃんか。本家のバウハウスより1000年以上前に、日本には既にバウハウス的思想があったんだ、なんて単純なことに今頃気づいた。ただ、本家のバウハウスは基本的に唯物論的に展開していくため、人によっては受け入れがたい要素も孕むわけだが(バウハウス的思想というのは“ある程度”活用すべきだが、乱用すべきではないと思う)、畳や襖ってのは、唯物論でありながら唯心論的な日本人の解答、という感じがする。唯物論と唯心論のいいとこどりという感じ。

ちょっと話がそれたな。
畳の部屋、か…。
なんか、考えただけで、ちょっと楽しくなるのはなぜだろうか。

畳の部屋にすると、コタツも活きるなぁ。
今まではフローリングの床にコタツだったのだが、なんかこう、違和感があった。
やっぱコタツは畳だろ。
そいから、畳にしたら、ベッドなんか捨てちまって、久々に布団生活だな。
「ベッド」なんていう、寝るためだけの場所を固定してしまうのはなんだか実に無駄だ。ソファと似て、片付けられない上に、存在するだけで圧迫感があって、部屋が途端に狭く見えたりする。
布団は、たたんじまえばそれだけで部屋が広くなるわけでさ。
「たたんで片付ける」って伝統は日本人の千恵だからね。
ベッドは干せないが、布団は干せる。
ベッドだと布団乾燥機なんていうアホなモノが必要だが、布団はただ「干せばいい」。なんと単純な。
まあしかし、俺みたいな不精者は下手すると万年床になりがちだから、だったらベッドでも同じじゃねーか、というツッコミも受けそうだが(汗
あと、木製のちゃぶ台と、ちょっと味のある座布団がほしいなあ。
プラス、ちょっとした座椅子みたいのがありゃ十分。

今は、どんな畳にするかとか、部屋全面に敷くか部分的(六畳のうちの四畳半だけとかね)に敷くとか、検討中。
高床にして掘りごたつ式なんてのもあるし。高床部分は収納スペースになるんだよね。
昔風に縁をつけるか、流行りの琉球畳風に縁なしで半畳単位でいくか…とかさ。
半畳の畳を、畳の目の向きを1ユニットずつ変えて敷くと、光の加減で市松模様に見えたりして、これが単純ながら実に美しいんだね。
ま、合理性と、もともとは洋室である部屋に敷く畳としての美を考え合わせれば、琉球畳(縁なし半畳畳)に落ち着くんじゃないかと思う。
実際に畳を敷いたら写真付きでご報告するとしよう…
…とか言っておきながら、次書くの、また数ヶ月後だったりしてな(汗

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