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2月12日は県境登山でした。
前日のやくし山登山で8時間程歩いていましたので少し体調を心配しましたが久しぶり仲間に会えることと今回の踏破は2K程と言うことで
参加してきました。
 
今回は画像も少ないですがアップいたします。
 
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今回歩いたルートです・・・
 
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一昨日関屋隊長からメール便が届きましたのでアップします。
 
 
平成24年2月12日
 今回の踏破はわずか2、2キロ歩くだけという極めて楽な行程である。
 
こんな短い行程をわざわざ決めたのは、すべて私の都合でメンバーには申
 
し訳ない気持で一杯だ。だが誰一人文句も言わず参加してくれて本当に有
 
難かった。
 
前回の到着地点で、福田さん達と合流すると、全員を降ろし、私と小林君
 
と内田さんは、今回の到着地点へ車を置きに向かった。ところが、私が県
 
境へ向かう林道入り口の距離をミスしてしまった為に、途中から自分達の
 
位置があやふやになり引き返すという《へま》をやってしまった。結局、
 
県境到着地点(今回は林道が到着地点の県境近くまで伸びている)まで車を持
 
って行くことはあきらめ、到着地点から1キロほど下ったところに車を置
 
くことにした。その間、うろちょろとしていて時間をかなりロスした為
 
に、車が崖から落ちたのでは無いかと心配をしたまっちゃんと福田さんが
 
迎えに来た。
 
 
出発地点より、両側が農地の平坦な道を100メートルほど進むと、突然、急
 
斜面の山にぶつかった。山に入ると、早速、竹混じりの藪漕ぎが始まっ
 
た。元来、竹やぶが密集した藪は漕ぎ辛く進むのに難儀するのだが、今回
 
の場合はそれ程密集していなかったのが幸いした。標高差で50メートルほ
 
ど登ると、西斜面が伐採されている場所に出て、いきなり見晴らしが良く
 
なった。最初の211メートルピークには三角点が設置してあるのだが、草が
 
繁っていてなかなか見つからず、全員で探し回った結果、ようやく川崎さ
 
んが草と土に埋もれた4等三角点を見つけ出した。
 
このピークを過ぎると、後は緩やかなアップダウンの尾根を進むだけだ。
 
天気も素晴らしく、今回は距離も短い為、全員余裕の表情だ。稜線上は、
 
人工林と自然林の混合林で覆われていた。良く観察すると面白いもので、
 
宮崎県側が自然林の所は鹿児島県側が人工林。宮崎県側が人工林の所は鹿
 
児島県側が自然林と明らかにここが県境ですよと教えてくれている場所が
 
かなりの区間あった。人工林は多いものの、自然林も豊富で、歩いていて
 
とても気持が良かった。
 
一昨年の暮れに、ガンの為に胃を全摘出したまっちゃんも、今ではかな
 
り体力が回復して、山を歩いていて時々急に焼酎が飲みたくなるそう
 
だ。実際体重も6キロ程増えたというのだから驚きだ。担当医も驚いてい
 
ることだろう。このことは、間違いなく登山の効用だと思っている。
 
稜線上では、山桜の大木を沢山見かけた。春にはきっと、その一本一本
 
が、この殆ど人の訪れることの無い山中を華やかに彩ることだろう。
 
出発して約2時間、今回の目的地である林道に下り立った。
 
エピローグ
 
 前回書いたように、今回は、私の我がままで、残りの距離(35キロ)
 
は簡単に一回で済むところを、2回に分けて踏破することにした。これで最
 
終日は、約12キロを踏破すれば、宮崎県県境の最終到着地点である志布
 
志湾に下ることが出来る。志布志湾に下りたら、私はそのまま孫とリヤカ
 
ーを引いて県境1日目の出発地点へ向けて歩き始めねばならない。
 
最終日のこの日は、なるべく早く下りて、少しでも早く志布志湾を出発
 
したくて、1回で十分に踏破出来るところを2回に分けたのだ。2回に分け
 
ることについては、メンバーから異論が出るのではないかと思ったが、
 
全員が気持ち良く私の意見に賛成してくれ、本当に有り難かった。
 
私は元来登山家でもなければ冒険家でもない。自分が、山が好きなのか嫌
 
いなのかも分からない全くおかしな男だ。だが不思議と県境だけは歩いて
 
いて楽しいのだ。何故なのか、それもはっきり言って自分でも分からな
 
い。メンバーが私によく聞く。「県境が終ったら次は何に挑戦するのです
 
か」と。そんな時私が「山はもうやめる」と言うと、鼻で笑うように「そ
 
んなことはありえない」と言う。私が又大それた事を考え実行すると殆ど
 
の人が思っているのだ。もしそうだとしても今年は無理だろう。私は今
 
年、全日本ボディービル選手権大会を、宮崎で10月の第2日曜日に開催し
 
なければならない。しかもその大会に60歳代の部で出場することを宣言し
 
ているのだ。私がリヤカーにバーベルを積んで行くことを不思議に思う人
 
もいるだろうが、理由はその間、トレーニングをしなければかなりの筋肉
 
を落としてしまうからだ。しかし耐久力が100キロしかないリヤカーには、
 
他の荷物の事を考えると、せいぜい、40キロから50キロのバーベルしか積
 
めない。いや他の荷物を考えた場合、もしかしたらそれだけの重量を積む
 
事も難しいかも知れない。現在(213)130キロのバーベルで連続9回のス
 
クワットの出来る私にしては、その重量では到底満足のいくトレーニング
 
は出来ないのだ。そうでなくても年齢との関係で筋肉の衰えは、いかにハ
 
ードトレーニングを続けていても顕著なのだ。私は出るからには優勝しよ
 
うと思っている。約2週間のリヤカー引きは、いかにトレーニングを野営地
 
で続けたとしても、維持どころかかなりの筋肉を落とすことは目に見えて
 
いる。この間に落ちた筋肉を戻すのに約2ヶ月、6月まで掛かるだろう。そ
 
うなると大会まで後4ヶ月しかない。命がけでトレーニングをしない限り優
 
勝は不可能だ。だがやるしかない。優勝するつもりではいるが、たとえ優
 
勝できなかったとしても、そのプロセスだけは満足出来るものでありたい
 
と考えている。そんな理由から、次の計画を思いついたとしても、大会が
 
終るまではとてもではないが実行は不可能だ。だが、私は馬鹿だから、期
 
待されれば、やっぱり何か考え実行するかもしれない。何でもそうだが、
 
何か大きな事を実行しようと思えば大きなストレスが掛かる。一つ間違え
 
れば鬱になる人もいるだろう。そうならない為にはどうするか。何も難し
 
いことではない。馬鹿になりきることだ。人間大馬鹿になればいい。だが
 
元々が馬鹿でアホな私は失敗も多い。でもそれが私の生き方であり、私の
 
人生だ。そんな私を理解してくれる人もいれば理解できない人もいるだろ
 
う。そしてそれは当たり前のことなのだ。ただ大切なことがある。たとえ
 
何かに失敗したとしても、決して他人のせいにはしないことだ。失敗の原
 
因はすべて自分にあり自分が悪いのだと真摯に反省することだ。この事を
 
忘れてはならない。私は最近特にそう思うようになった。
 
次回(318日から約10日間〜14日間)は、いよいよ宮崎県県境最終章だ。
 
山を下りてから、到着地点の志布志湾から出発地点の波当津浦海水浴場
 
まで約240キロを孫と2人で歩き続ける事にしている。2人の旅は成功す
 
るのか。それとも失敗するのか。大馬鹿者のジジーと、クラス1番の問題
 
児である、おっちょこちょいの孫勇気は、果たして目的地まで無事辿り
 
着けるのか・・・・。
 
そして更に私は1人、100キロ以上の荷物を積んだままのリヤカーを
 
引いて、波当浦から家族の待つ宮崎の我が家まで(総歩行距離約370キロ)
 
間違いなく無事に帰って来れるのか、それとも帰って来れないの
 
か・・・。 すべては神のみぞ知るである。
 
国道を進むからには、橘通りも歩かねばならない。私は初めのうちは恥
 
ずかしさからここだけは避けようと思った。だがそれでは逃げたことに
 
なると気付いた。自分に負けたような気がした。だから恥ずかしさはす
 
べて捨てることにした。恥ずかしいと少しでも思うのであれば初めから
 
やらないことだと思った。「何が恥ずかしい、笑わせるな」である。恥
 
ずかしさは捨てて堂々と橘通りを歩く、それぐらいの覚悟が無ければ成
 
功することも成功しないだろうから。
 
参加者→松本晃・川崎一裕(宮崎山岳会) 福田一義・松本辰彦(徘徊クラブ)
 
内田太・小林健蔵・日高利行・緒方ときえ・川越宏子・宮永和子・緒方路子・高橋順子・関屋知学(山歩き同友会)
 
参考タイム→出発8:54   到着11:05

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