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1980年代を語ろう

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♪か〜わぐち〜ひろしが〜洞窟には〜いる〜
 カ〜メラマンと〜照明〜さんの〜あと〜にはい〜る〜♪

おなじみの嘉門達夫のこの歌で入ってしまいました(笑)

今日の1980年代を語ろうは当時一世風靡したあの誰もが見たであろう

「水曜スペシャル・川口探検隊」を取りあげてみましょう!






情けないことに、わたしは本気だった。
川口浩が汗を光らせて密林を行く姿に、毒蛇やピラニアに勇敢に立ち向かう姿に、
「この後我々はさらに衝撃的な映像を目の当たりにするようになる!」
という例のナレーションに、いちいちハラハラドキドキしていたのだ!

水曜スペシャルに川口浩が初出演したのは77年の7月20日
「死の山!八甲田山の謎!!映画も明かせなかったその真相!」
というものだった。このころはまだ探検隊は結成されておらず彼は司会者だった。

その翌年の3月15日
「20世紀の奇跡を見た!ミンダナオ島・人跡未踏の密林に石器民族は千年前の姿そのまま実在した!」
この放映で川口探検隊はついに姿をみせた。
その後の活躍は知ってのとおり、たとえ南米のジャングルだろうが、アフリカの奥地だろうが、
海底の洞窟だろうが彼らは臆することなく出かけていき探検し、生還してきたのである。

その雄雄しい姿を見るたびにまだ子供だったわたしは興奮しTVにかじりついていたのである。
しかし、いくらわたしがバカでも大人になるころにはなにか変だと思いはじめた。
82年5月放映「恐怖!双頭の巨大怪蛇・ゴーグ!南部タイ秘境に蛇島カウングの魔人は実在した!」
を見たときのことだ。
番組内の枠内にはさらに「衝撃!大蛇の腹から人間が!!」とかなんとか書いてある。
そんな凄いシーンを見逃すわけにはいかんと思い見ていたのだが、何のことは無い
単に村のジジイが蛇を捕まえたとき腹を裂いたら人間の死体が出てきたとかなんとか話すだけなのだ。
もちろん怪蛇ゴーグの姿など出るわけも無い。
あともう少し滞在していればカメラに収めることができたかも・・・・
などという無責任なナレーションとともに、番組は終わってしまうのである。(笑)

そして翌月放映「謎の原始袁人バーゴンは実在した!パラワン島奥地絶壁洞窟に黒い野人を追え!」
人食いワニや大蛇、あろうことか女裸族までが川口探検隊を襲うのだが、そんなことをやっているうちに
放映時間終了!結局バーゴンがなんだか判らないまま川口探検隊はまたもタイの秘境をあとにするのだ。
こりゃいったい何なんだ?などと思っているうちに次週の予告なんぞ始まる。

おかしい、いくらなんでもこれはおかしい!?
巨大怪蛇はどこいった?原始袁人はただの伝説なのか?
「実在した!」ってなんだそりゃ??

それでも心のどこかで川口浩を信じていたわたしはその後の水曜スペシャルを見続けていた。
しかし、84年、嘉門達夫が歌う「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」の登場でわたしの希望は崩れ去った。

「やらせ」だったのである。

とはいえ、こんなに興奮した番組があっただろうか!
わたしはここまでやり遂げた川口探検隊にありがとうを言いたい!
川口浩は素晴らしい川口探検隊の隊長だったのだ!


・・・・そんな彼も、今はもういない・・・・

前記事のコメントでパポパポさんがインベーダーゲームの話をしてたので

今日はインベーダーゲームの記事を出します。





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「積んだ100円玉の数だけ腕があがった!?熱狂のインベーダーゲーム!」

1978年、日本のゲームメーカータイトー社は、宇宙からの侵略者たちをビーム砲で
つぎつぎと撃っていく「スペースインベーダー」を新製品として発表した。
ちょうどそのころ映画「スターウォーズ」があたり、日本中が宇宙ブームとなったいた時期だ。

当初このゲームは業界向けの新製品発表会での評判があまりふるわず、だれもテレビゲーム界の
歴史を変えるような新ゲームとは思いもしなかった。
ところが、ふたを開けてみればビックリ!。。。
幼い小学生から、中年のサラリーマンまで、朝から晩まで百円玉を塔のように積み上げて遊び狂う
光景が、日本全国でみられる有様。
インベーダーゲームの大ブームがやってきたのである。

インベーダーゲームのブームは他のメディアにもかなり大きな影響をあたえた。
これらをテーマにしたさまざまな商品が各社で発売された。
攻略マニュアルの「インベーダー攻略法」をはじめ、テレビゲームに命をかける少年アニメ
「ゲームセンター・あらし」。ゲーム音楽をモチーフに作られたディスコミュージックの
「ディスコインベーダー」などその種類は多岐にわたった。」

一方、このゲームを開発したタイトー社のほうでは、ひとつ大きな問題をかかえることになった。
それは、他のメーカーがこぞって類似したゲームを発売しはじめたのだ。
ひどいメーカーになるとタイトー社のプログラムをそのままコピーして、自分の会社の商品として
発売したところもあった。

また、インベーダーのゲームからいくつかの犯罪もうまれた。
ゲーム代欲しさに恐喝!、偽造硬貨(五円玉にテープをまいて百円玉に大きさだけ似せた物)
電子ライターの発火装置を使ってタダでゲームをやろうとしたところを店員につかまった少年
もかなり多かった。
派手な事件では深夜のゲーセンからすべてのインベーダーゲームが盗まれたというのもあった。

こうして日本社会をおおいに沸かせたインベーダーゲームだったが一年後には、それはまるで潮が引くかのように沈静化していった。終わりのないブームはないのだからこれは当然のことだったのだ。

すべては終わったかのようにみえた。が、しかし、インベーダーのブームはテレビゲームを
ブームに関係なく愛してくれるゲームファンという層を残したのである。
そして、各メーカーはポスト・インベーダーとなる新ゲームを模索し始め、テレビゲーム開発戦争
の火蓋は切られた。インベーダーブームは終わっても、テレビゲームは文化として生き残ったのである。







そしてこれらがLSIゲーム。

みなさん、これらのどれか一つはやって遊んだのではないでしょうか?


懐かしい〜〜〜!!!
(写真見づらくてごめんなさ〜い。。。)


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○ ルパン口調で…

俺の名は、るぱ〜んさぁんせぃ!
カリオストロの城でちょ〜っとばっか拝借したオ〜トジャイロもこ〜こまで出〜来たぜ〜!

う〜しろの部分がな、ご〜えもんに斬られて、ちょいとばかしキ〜ズがついてんだわな(泣)

さ〜て、あとはど〜すっかだな。

う〜るせ〜とっつぁんが来ねえうちに完成させねぇとな!

そんじゃぁなぁ〜!
あ〜ばよ〜!


※結構ルパン口調って疲れるのね!(笑

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自分が子供の頃なにが流行っていたのか・・・??

今思えば、あまり思い出せない・・。

そこで、今回から1980年代にタイムスリップして

懐かしんではいかがかな?と思い記事にしてみました。

なんと「1980年大百科」という本を入手しましたので

この本の中から抜粋しながらみなさんと当時を思い出して

語り合って行こうではないか!!

アニメやプラモだけではないぞ!!




それでは今日のお題は「竹の子族」・・・これで行こう!!


79年夏、原宿セントラルアパート裏手に極めて個性的なファッションを売り物とする小さな
ブティックがオープンした。
そして、その年の秋を過ぎる頃になると、そのお店のウェアに身を固めた少年少女たちが、当時
界隈を牛耳っていたロックンロール族に混じり、ひとつふたつとグループを組んで表参道で踊り
始める。その小さなブティックの名は「竹の子」。そしてその少年少女たちのグループは店名を
もじって「竹の子族」と呼ばれるようになる。

竹口下の信号を左に曲がり表参道に向かう細い通りは竹の子族のメッカだ。
昔ながらの住宅地のなかに「あっぷるハウス」「とおせんぼ」「竹の子」「どうらくや」など、
小さなブティックが集まり、独特の竹の子ルックに身を固めたミドルティーンの女の子が
「ナウいじゃ〜ん!」と言いながら小さなバッグを肩からさげて踊り狂っている。

奇妙なファッションと振り付けはいやがおうでも人目を呼び、そのあまりに突出したイマジネーションに
マスコミが飛びついたのだ。
テレビや雑誌の取材はエスカレートし、オレンジ、グリーン、ピンクの衣装をヒラヒラとなびかせて
踊る竹の子族は、あらゆるメディアをにぎわせる。

日曜の午後2時あたりからこのスペースに集まってくる竹の子族のグループは約30人。
それぞれが輪になって同じ振り付けで踊る。その姿はどこか幼児的で世紀末的不気味さを感じさせる。
「ただ目立ちたいだけ!!」本人たちはいたって気軽なノリでこのパフォーマンスを繰り広げていたの
だが、それを見物する無数の大人たちの視線はまるでミュータントに対するそれのようだった。

そんな中からたった一人のヒーローが飛び出していった。
彼の名はヒロ君こと「沖田浩之」。清潔感あふれるストレートな髪、キリリと切れ上がった眉と目。
(一説によると、彼は目をつり上げるために年中バンソウコウを貼っておいたらしい。)
彼は単にムーブメントとしての竹の子報道が新鮮味を失いかけ、次なる切り口を求めていたマスコミの
かっこうのターゲットとなったのだ。
彼は10誌以上の紙面に、竹の子族のスターとして取り上げられる。その結果、ヒロ君の周りには
常に十数人の女の子がおしあいへしあいするようになり、他のメンバーの踊る場所がなくなってしまう
といった状況に・・・。
結局は竹の子族から追い出させるような形で、彼は代々木公園の路上から去っていくのだ。
その後、芸能界にデビューし華々しい活躍をする。
しかし、彼が去ったあとしだいに竹の子族の輪も、それを取り囲むマスコミ、見物人たちの人ごみも
少なくなってしまう。竹の子っていったいなんだったのだろう!?








当時のわたしはこれをテレビで見てました。
もちろん沖田浩之もしってますよ。
歌うか?A・B・C、ABCア〜〜〜Eきも〜ち〜♪(笑

ただこっちは福島の田舎、大都会東京で発信した竹の子族こっちでも流行ったのかな?
地元の「中央通り」で踊ってたのかな?・・・わからん。。。。

わかってるのは・・沖田浩之は「キャプテン翼」を歌ってたことだけ。。。。

 

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