貧乏作家の遠吠え!!パート1

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一ヶ月を経過した。
十一月になると街は茶褐色に色づいた。
その時期、麻衣子は体調を崩した。風邪をこじらせて気管支炎になってしまった。病院に入院した。
知美は休日に入院先の五反田病院に見舞いに行くと、。彼女は三人部屋の病室で静かに寝ていた。
知美がやさしく声をかけた、麻衣子が反応する。
「来てくれたの?ありがとう」
「大丈夫なの?」
 そんな知美の言葉に、麻衣子は自嘲気味に話し出した。
「調子にのりすぎたかもしれない。知美、貴方も夜の世界にいつまでも関わっていてはいけないよ。私が着いてあげられないから、心配だよ」
「心細くなっちゃった。でも、もう少し頑張る」
「私は、退院したら静岡の実家に帰るわ。暫らく銀座には出ないわ」
 麻衣子は、落ち込んでいた。知美は、今までそんな彼女を見た事がなかった。
励ます言葉も見つからず、
「又、来るね」
 と、当たり障りない言葉を残して知美は病室を後にした。
病院の帰り道、知美は弱気になっている麻衣子のことを考えた。
「直ったら、また頑張ればいい」
と、慰めにならない言葉は掛けられなかった。その言葉に違和感を覚えたからだ。
 麻衣子が店を休みがちになってから、にわかに知美は忙しくなった。と言うことは、本業が散漫になる事を意味する。アフターといわれる店外でのお客の接待は昼間も仕事を持つ身には厳しい。知美は最初の頃、夜のアルバイトが楽しくてしょうがなかった。客と一緒に弾けてストレスは消し飛んでいるように思えた。それが、当たり前のように続くと楽しさは一変して地獄の苦しみになった。同じ客と何回かアフターを繰り返すうちに、「セックスしようよ」
と、露骨に口にする客も出てきた。プロのホステスだったら軽くかわせるが知美は戸惑った。
「もったいぶるなよ!」
焦らしていると勘違いした客は、信じられない暴言を吐いた。知美は、自分の耳を疑った。
〈やさしいお客だと思っていたのに〉
と、悔やんだ。
週3回だった出勤も十二月になると週4回になった。それに増して同伴ノルマもきつくなった。この不況時に店側を責めてもどうにもならない。
 まして高級クラブの十二月となれば、経営者から兵隊(スタッフ・ホステス含めて)まで心が極限状態になる。他人を思いやる時間の余裕などなかった。身勝手な自分を支えるのに悪戦苦闘している。
 知美の銀行預金は増えるどころか逆に目減りしていった。売り掛けの立て替えをしなくてはいけない客も少し増えた。リスクが生じた。それと同時に心も滅入った。売り掛けが回収出来ないと入金の心配をするようになり、気がかりでしょうがなかった。
頼みの綱は麻衣子だったが、彼女が復帰する目途も立っていない。
「退院したら三ヶ月ぐらい静岡に帰る」
と麻衣子は知美に説明した。知美は、心細さをどうすることも出来なかった。

 銀座に吹きぬける季節風は冷たさを増していった。
龍は、九月までクラブ・エールに週一度程度の間隔で立ち寄っていた。
九月に出張が多くなり龍は、銀座に出なかった。販売促進のため、北陸から東北にかけて巡業した。販路拡大を名目にした旅のようなものだった。本人の龍は気ままな、さすらいの旅だと思っている。
元来龍は、銀座で遊ぶような男ではない。素朴な地方の流景を殺伐とした都会に投影させることで独特の詩を書く。
銀座を離れた時、何故か龍の心は落ち着いた。そんな時、奈津子の事を存分に思い出していた。
龍は昔、遊びで作詞作曲をしていた。そのうえ自作の曲をギター片手に唄っていた。あくまでもアマチアである:。
龍の詩風は、片隅で現実を見ながら生きていくエネルギッシュな人間の心を書く。木下のように恋の詩は、あまり書かない。だから、戦場の最前線で働く人たちには随分と龍の詩は受け入れられた。龍は詩を書くことを木下に話していない。そんな事で龍の隠れざる才能を木下は知らない。
龍は四十歳の時、自費出版で詩集を出している。一千部ほど刷った。何故か木下には贈っていない。
そうこうするうちに、木下が銀座で先に詩人宣言をしてしまったから、龍は〈俺は詩人だ〉と、言いづらかったのかもしれない。
知り合った人に龍は名刺代わりに詩集を片端から配った。
麻衣子は相馬の詩集を持っている。
知美が銀座にデビューした頃、
「お客さんで面白い詩人がいるわ。龍さんって言って結構人気があるのよ。私、何回も席に着いた。『若い頃、悪さばかりしてきた。今は懺悔の日々を送っている』って私をからかうのよ。龍さんが来たら、知美に紹介するからね」
と、麻衣子に龍の事を聞かされていた。その龍が、十二月に突然クラブ・エールに現れたのだから知美は驚いた。
「龍さん、お元気でしたか!」
と懐かしそうに挨拶するスタッフに龍は、
「野暮用でどさまわりさ」
と、説明した。
 龍が店に入ったのは十時時頃だった。店内は混雑していた。
知美は着いた席の客の見送りから、店に戻ってきたばかりだった。偶然に麻衣子が話していた龍の席に着くことになった。知美は、龍に会う前から興味があった。
「いらっしゃいませ。知美です」
「オオ!」
と、言いながら龍は、手を知美に差し伸べた。つまり握手をした。
「君、職人だね」
と、握手したまま知美にやさしく声をかけた。
「はい!そうです。ケーキ職人です」
「何故、こんなところにいるの:。早く辞めなさい」
と、さらっと知美に忠告した。そんな不躾な言い方をした龍なのに、知美は悪い印象を持たなかった。

 三日後に龍は突然、クラブ・エールに連絡を入れた。知美を電話口に呼んでもらった。     
「明日の金曜日は店に出るだろう。七時に店の前の喫茶ジュニーで待つ」
と龍は、それだけ告げると一方的に電話を切った。彼女の予定も聞かないで。そんな龍に知美は、やはり嫌な感じを覚えなかった。むしろ《嬉しい》と感じた。
 約束の金曜日に知美は、七時ジャストに待ち合わせの場所に着いた。すでに龍は、喫茶ジュニーにいた。 
彼女は、玄関のドアを開けてすぐ龍を見つけて笑顔をこぼした。
龍は、彼女の笑顔に〈可愛いな〉と、思った。彼は笑顔に弱い。 
会話は不思議なぐらい弾んだ。
「知美、舌を出してごらん」
と、龍は彼女に命じた。
知美は素直に口を開けて舌を出して龍に見せた。しばらく眺めていた龍は、
「ケーキ職人が、そんなざらついた舌をしていてはだめだ。夜のアルバイトは辞めな!」
と、ずばり辛い言葉を投げかけた。
「はい!」
「俺は、アップルパイが大好きだ」
「私、龍さんの為に作りますよ」
と、不思議なぐらい素直な言葉が返ってきた。
「龍さん、銀座でこんなにはっきり『店を辞めな』と言われと事ってなかったわ。龍さんが初めてです」
「感じたままを言っただけだ。銀座は君に似合わない」
「何故ですか?」
「知美の目さ。夢をもった瞳の色って濁っていない。銀座でアルバイトしていると大体の子が、夜に転職してしまう。別にそれがいけない、と言うわけでもないけどな。単純に知美は、銀座が似合わないよ」
そんな風に言うと、女の子達の言い訳は、似たり寄ったりである。〈いつまでもやるつもりはないわ〉と言う。そんな子に限って四年も五年も銀座の町の中をさすらっている。
知美は、龍の忠告を笑顔で応じた。
「龍さんの言う通りにします。龍さんは、銀座に何を探しに来ているのですか」
「探し物は無いよ。待っている人はいるけどね。女な一人に男が一人だ」
「どうしたのですか?」
「俺の前から消えてしまった。現れるまで待つしかないだろう。銀座で飲みながら待つしかない」
「大切な人が見つかるといいですね。でも、そのお蔭で龍さんに会えたのだから嬉しい。友達の麻衣子が、いつも詩人の龍さんの話をしていたの。会う前から興味がありました」
あまりの素直さに、この子だけは銀座を上がらせてあげたいと、余計な心配をした。
「そろそろ、八時半だ。店に行こうか」
「はい」
喫茶ジュニーから、一斉に同伴の客がカップルごと消えた。
 
知美と初同伴してから十日後に龍は連絡をとった。
「おおー知美か」
「龍さん元気ですか!今、何処にいるのですか?」
「君の故郷の秋田だ。昨夜はキリタンポ鍋を食べたぜ」
「龍さん、秋田にいるの‥。お店辞めることにしたよ。十二月二十五日に:。龍さんに会えて嬉しかった」
「そうか、良かったな。将来、秋田に帰ってケーキ屋を開けばいい。俺は、いつでも秋田に寄らせてもらうからね。楽しみにしているよ」
「龍さんに会いたいよ‥」
「写メを送ってあげるから、それで我慢しろ

「うん!」
「舌を大事にしろよ」
「りゅうさん:。何でそんなにやさしいの」
「昔、悪い奴だったからだ」
「:」
知美の感謝の言葉は声にならなかった。

彼女は、ケーキ職人として完全復帰した。そんな彼女に幸運が訪れた。町田にオープンするケーキショップの店長に抜擢された。年が明けて一月十六日がオープンの日だった。
龍は、メールでそのことを知った。
知美宛てに、
「俺、アップルパイが大好きだ」
と、だけ返信した。

麻衣子から、再び知美へ驚かせるメール
が届いた。
〈今年の春、結婚するよ。ウェーディングケーキ、知美に頼むね‥。町田店の店長おめでとう〉と書いてあった。
〈麻衣子が結婚!〉
と、思わず知美は大声をあげてしまった。
 
オープン日の店は客でごったがえした。
閉店直前に龍は、知美のケーキショップを訪れた。知美が応対に出た。
「アッ、龍さん!」
龍は、満面の笑みを浮かべて、
「知美おめでとう。アップルパイを‥」
と、注文した。
龍は、恥ずかしそうに季節はずれの黄色いチューリップを彼女に手渡した。
「龍さん、ありがとう。特製のアップルパイを作って待っていたよ」
 生き生きしている知美が龍には眩しくてしかたなかった。
銀座ホステスを落第した子、知美が夢に向かって走り出している。〈二度と寄り道するなよ。悪魔が住む街銀座に戻るな!〉と、龍は心の中で祈った。
「龍さんってやさしいね」
と、知美が言った後、
 再び知美は、龍の口調を真似て、
「昔、悪い奴だったから:。でしょう」
「ハハハ」
龍は、ただ笑うだけだった。
 
イメージは友人です・・。

閉じる コメント(43)

ダイエットさん、文に勢いはあるのですが、どうも身体に勢いがないようです。

2007/11/1(木) 午前 10:59 相馬 龍

朔美さん、アップルパイにポチですか有難うです。
きっかけは本当に些細なことです。それが人生ですね。

2007/11/1(木) 午前 11:01 相馬 龍

親先生、俺じゃない物書き屋が書いたら逞しいホステスになっていくでしょうね。そっちの方が良かったのかもしれないです・・。

2007/11/1(木) 午前 11:04 相馬 龍

きまぐれさん、素直に読んで頂いて有難うございます。

2007/11/1(木) 午前 11:05 相馬 龍

狸さん、人間は心の中も大事なんですよ。
狸さんは外見極悪人にみえますが・・。

2007/11/1(木) 午前 11:07 相馬 龍

パオさん、今まで気がつかなったのですか?!
まったく腹が龍な!

2007/11/1(木) 午前 11:09 相馬 龍

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きっかけで色んな人生になりますものね。知美さんは染まらないでよかった^^
私も今、恋愛小説?のようなものを書いてみました。
UPできたらしますね♪

2007/11/1(木) 午後 1:00 *smily*

smilyさん、この子はねぇ夜の街に染まらなかったのです。お金より大切なものを掴んだのでしょうね。
俺もホッとしています。

2007/11/1(木) 午後 4:42 相馬 龍

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龍さん、優しいんだねぇ。
銀座のお姉さんを何人かしっていたけれど、
みな、接客のプロだったよ。
みんな凄い女性だった。

2007/11/2(金) 午前 0:33 min

MINさん今、六本木から女の子が流れてきてキャバクラかしてきた。礼儀作法を知らないヘルプも多くなったようですね。

2007/11/2(金) 午後 9:19 相馬 龍

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夜の方も必死で働いていらっしゃると思うのですが、、、知美さんの夢の道も大事!
龍さんいい役してるねぇー

ところで、六本木のセーラームーンの話読みたくなったら、こちらへいらして〜
固有名詞出したくなったら、内緒印でコメントしてね(^_-)-☆

http://blogs.yahoo.co.jp/htb_swan/14297138.html

2007/11/3(土) 午後 10:14 [ htb*swa* ]

人それぞれの生き方があってその中で良い出会いに巡り会えるのって幸運な事ですよね。こんな素敵な大人の男になりたいものですw

2007/11/4(日) 午前 1:24 まめ

SWANさん了解しました。
相馬龍は良い役をしています。せめてものギャラだと思っています。

2007/11/4(日) 午後 2:09 相馬 龍

まめさん、素敵な男になるまえに悪魔のような男の時代が長いのですよ。

2007/11/4(日) 午後 2:11 相馬 龍

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知美さん、自分の夢に戻れてよかったです。
相馬さんは、夢を与えるだけで御自身の夢はないのですか?

2007/11/4(日) 午後 2:13 [ - ]

gandhiさん、痛いところ点きますね。
夢はそんなに大きくありません。それを言うと実現出来なくなってしまいますから内緒です。

2007/11/4(日) 午後 8:52 相馬 龍

顔アイコン

幸福なラストに一安心です。龍様はあくまで「悪い奴」であり悪人ではないですね。「昔、悪い奴だったから」、この言葉惚れそうなくらい好きです(喜)!傑作押させてください!

2007/11/6(火) 午前 0:33 [ - ]

千や子さん、何処にいるの?

2008/2/13(水) 午前 6:29 相馬 龍

おはようございます。
今日の記事を投稿しましたら、紹介されて来ました。

思いもかけないことでした。
素敵な小説です。

ナイス

2013/7/12(金) 午前 9:45 asa*i0*0107

今日は、お彼岸だから、来たよ。
そのうち、カモと鷺の住む川っていう絵を描くから天国でみててね。

2013/9/23(月) 午前 9:02 つばき


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