【日本百名城】

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<前回のあらすじ>
天守の中へ!

ようこそおいでやす
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急な階段を上り
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鯱などを横目に・・・
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最上階へ到着!人が多い・・・
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天守からの眺めは・・・

本丸一帯
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ニの丸御殿
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逆川
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こんな感じでした♪

で、景色も楽しんだので、天守を出ようと階段に行ったら・・・

おじいちゃんがんば!
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このおじいちゃんかなり無理してた。
見ているこっちが大丈夫かと思うほど。

以上、掛川城でした。

ばいばいー♪
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行きに気になっていたお土産屋さんに寄ってみた。

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静岡だからお茶なんだね
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ずいぶんストレートなネーミングだ
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掛川城ってお酒となにか意味があるのだろうか・・・
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お茶の油ってめずらしいね♪
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疲れたときはアイスだ♪サッパリ♪
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乗馬もしたよ♪おとなしい馬だったよ♪
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で、掛川駅に戻った
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駅から掛川城が見えるんだね
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こうして、東京へと帰るのでした♪
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以上、2泊3日のお城巡りでした♪♪♪
<前回のあらすじ>
ジェ〜ット ストリィ〜ム♪君に向かって〜♪ (*・ω・)ノ

御殿の出口付近には・・・

すんごい沢山の大名行列人形!
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御殿の中はこんな感じでした♪

では、外に!

ニ之丸茶室
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ニ之丸美術館
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いよいよ天守へ!!!


天守へ行く途中には・・・

<太鼓櫓>
正保城絵図では、荒和布櫓(あらめやぐら)と呼ばれる見張りの
櫓があった。
今ある建物は、嘉永7年(1854)の大地震以後に立てられた太鼓櫓。
時刻を知らせる太鼓を置いていた櫓。

どんどこどん♪
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<本丸跡>
城の主要部で、藩主の住まいである本丸御殿があった。
調査では、建物跡はわからなかったが、柱穴や礎石が見つかった。
城がつくられる以前は、墓地であったことがわかった。

花壇になっていて、沢山花が植えてあった
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天守へ向かおうとしたら、小学生くらいの団体(50人くらい)がきて、
「うぎゃー、うおー!ぎゃーぎゃー」
って、騒いでいた。 (o@>Д<;)o

その後、その団体は天守へ入って行った。
天守の中から騒ぎ声がする・・・ ハァ〜・・・ヤダナァ〜

花壇が綺麗だったので、このあたりでガキンチョがいなくなるまで、
ゆっくりしてた。

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待つこと30分。
やっといなくなったので、天守へ上る。

<掛川城天守閣>
天正19年(1591)から慶長元年(1596)にかけ、山本一豊によって
掛川城に初めて天守閣がつくられた。
しかし、嘉永7年(1854)の大地震で倒壊し、幕末の混乱の中取り壊された。
平成5年(1993)、城絵図や古記録を元に木造により復元され、
140年ぶりに再建された。
天守閣は、外観三層、内部四階から成る。
六間*五間(約12m*10m)の天守閣本体は決して大きくはないが、
東西に張り出し部を設けたり、入口に付け櫓を設けたりして
外観を大きく複雑に見せている。

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天守へ上る階段の途中で横道があった
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こんな感じだったよ
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天守は目の前!

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<霧吹き井戸>
永禄12年(1569)徳川家康は、今川氏真の立てこもる掛川城を攻めた。
この時、井戸から立ち込めた霧が城をつつみ、
家康軍の攻撃から城を守ったという伝説がある。

誰かが秋刀魚焼いてたんじゃないかなぁ〜
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このギザギザは痛そうだ
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では、中へ!


つづく・・・
<前回のあらすじ>
天守って桜が似合う (○・∀-)ノ


天守が見えるので、早く近くに行きたいけど、まだ我慢
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<掛川城御殿>
御殿は、儀式・公式対面などの藩の公的式典の場、
藩政の中心となる諸役所と、城主の公邸が連結した建物。
書院造と呼ばれる建築様式で、畳を敷きつめた多くの室が連なり、
各室には襖によって仕切られる。
文久元年(1861)に再建されたものだが、現存する城郭内の御殿としては、
京都二条城など全国でも数ヶ所にしかない貴重なもの。
明治2年(1869)の廃城後は、学校、市庁舎などに転用されたが、
昭和47年(1972)から昭和50年の3年間にわたって保存修理され、
国の重要文化財に指定された。

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天守も見えて贅沢な景色♪
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では、中に!

まずは入口でスタンプをゲット!
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刻を告げる太鼓
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政をする広間がたくさんあった
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他にも・・・

掛川城の模型
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<山内一豊(やまうちかずとよ)>
山内一豊入封以前の掛川城は今川家の重臣、朝比奈泰熈(あさひなやすひろ)
によって築かれた天険の要塞だった。
今川家の滅亡後は徳川家康の家臣石川家成・康通父子が守将となっていた。
この当時の掛川城は、瓦はおろか石垣すらない軍事目的に徹した中世城郭だった。
しかし一豊は、掛川城に入封すると、この軍事一辺倒の中世城郭を、領国経営の拠点として
大改造する。
一豊は前任地の長浜で、その近世的城郭建築の築城技術を目の当たりにして
知識も豊富であったといわれている。
逆川の水運を利用し、東海道をも城下町にとりこむなど、城下町の建設に力を注いだ。

詳しくは功名が辻にて!
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<獅子舞かんからまち(瓦町)>
3年に1度、掛川の町をあげて大祭りに、瓦町から獅子舞「かんからまち」が
龍尾神社に奉納される。
その名の由来は、瓦町がなまったとも、獅子の鐘の音や、かんから太鼓を使ったから等、
諸説伝えられている。
一人立ちの3匹獅子舞で、獅子にはそれぞれ「龍」尾「山」の名前があり、
「龍」「尾」が雄で、「山」が雌。
舞は「道行」「三角舞」「本舞」「戻り三角舞」「戻り道行」による構成で、2匹の雄獅子が
1匹の雌獅子を求婚して競い合うが、神前で和合するという筋立ての内容を演じている。
腰を低くして踊る天は、他地域の3匹獅子舞と共通しているが、
獅子の側転が演じられるのは他にない特徴。

ガイア!オルテガ!マッシュ! ヾ(^o^-) ジェットストリームアタック!
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そして、ちょっとびびったのは・・・


<黄金の髑髏(どくろ)>
織田信長は小谷城攻略の後、討ち取った敵将、朝倉義景・浅井久政・長政親子の
3名の首級の肉を剥ぎ、髑髏にすると箔濃(はくだみ・漆をかけ、金箔を張る)にして
家臣に披露する。

何故ここにこんなものが・・・掛川城関係あるんだけっけ???
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つづく・・・
犬山城⇒岐阜城⇒名古屋城⇒岡崎城⇒長篠城と巡り
最後は静岡の掛川城!
功名が辻の人で有名な場所だ。

では・・・

百式出るぞ!(ごごごごごぉ〜♪)

3/22(月) ハレ♪

浜松から掛川まで移動
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掛川駅
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ちょうど駅前にあったからくり時計が動いていた
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このからくり時計は、殿様行列の先頭にいる奴さんを表しているそうだ。

掛川城へと進む・・・
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あまぎぃぃぃぃごぉぉぉぉえぇぇぇぇぇぇ (*U○U)♪♪♪
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緑橋という橋
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川は・・・ ( ゚д゚)
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近くにはお土産屋さんが何店かあった
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帰りに寄ってみようっと♪

お城はもうすぐ近く!

なんかあるぞ?
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立体地図だ!
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で、掛川城に到着♪

<掛川城>
掛川城は、文明年間(1469〜1486)頃 今川氏の家臣が、
掛川古城を築いたことに始まる。
永正10年(1513)頃に現在の位置に移り、今川氏の遠江支配の拠点となった。
永禄12年(1569)徳川家康がここに立てこもった今川氏真を攻め、
長期にわたる攻防の末、掛川城は開場。
家康の支配下に入った掛川城は、甲斐武田の侵攻を防ぐ拠点となった。
天正18年(1590)豊臣秀吉は、天下統一を成し遂げ、脅威であった
徳川家康の領地を関東に移した。
さらに、家康の旧領地に秀吉配下の大名を配置し、
掛川城には山内一豊が入った。
一豊は、大規模な城域の拡張を行い近世城郭として整備し、
この時初めて天守閣をつくった。
その後、掛川城は、松平家・太田家など徳川譜代の大名11家26代の
居城として、明治維新まで続いた。

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四足門という門から中へ入る
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門をくぐると綺麗な桜が見え・・・
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いきなりの天守!!!すげーかっちょえー!!!
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優しい気持ちになれる色♪
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近くには模型も置いてあった。雨の日もここにあるんだろうなぁ〜
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天守に向かうのを我慢して周辺から散策!


<十露盤堀(そろばんほり)>
本丸を囲む重要な堀。
十露盤堀という名勝の由来ははっきりしないが、水がたまった部分が
そろばんの箱のように見えることがその由来と考えられている。

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これは三日月堀
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金魚が泳いでいたよ♪
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つづく・・・
<前回のあらすじ>
援軍は来る!!!(o≧ω≦)○

スタンプのある史料館が開いたので、スタンプをゲット!

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史料館の入口には鳥居さんの無残な姿が・・・

鳥居さんが大変なことに!!!Σ(゚Д゚* ナンカデテルシ・・・
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次の電車までかなり時間があったので、周辺を散策してみることに。

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長篠大橋
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眺め良し♪
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さらに進む・・・

スケルトンハウス
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のどかで良い町だね
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所々に民家があって、家の中が丸見えで、
その家の生活が眼に見えるようだった。
縁側でくつろいでいる感じ♪♪♪
少し羨ましく感じた。

どしどし進む・・・

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長篠城からブラブラ歩ること、約20分。

牛渕橋
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ここは寒狭川と宇連川という川の合流ポイント
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絵に描いたような美しさ♪
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自然っていーな。。。

綺麗な景色を見終え、一つのポイントへと移動。

途中に・・・

長篠の戦でボロボロにされたと思われる家を発見!!!
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これはきっと櫓だろう・・・
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さらに進んでいくと・・・

ほんとに綺麗な場所だ
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あっ!あれだ!
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これこれ!鳥居さんのお墓!
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お墓の前で貼り付けのポーズをしようかと思ったけど・・・
仲間思いの勇敢な戦士の前では、することが出来なかった・・・

これにて長篠城見学終了!!!

で、駅へと進む道端に・・・

タマネギの磔(はりつけ)発見!きっと仲間思いのタマネギに違いない!(・∀・`)シ
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帰りの電車に乗る駅が「とりい」だった♪鳥居さんフューチャーだ!
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以上、長篠城でした♪

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