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先日、お米が届きました。
宛名を見ると、呉市安浦町の戦没者遺族会会長さんからでした。 早速お礼のTELをし、いろいろとお話しできました。 |
日の丸寄せ書き
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本日、安浦町慰霊祭へ参加。
日の丸の御霊を地元にお返ししてきました。
初めて訪問した安浦の街は、瀬戸内の海の町で風光明媚!とても美しい街でした。 爆弾低気圧の影響で、予定変更を余儀なくされバタバタでしたが・・・
風はありましたが予報とは打って変わって晴天&にわか雨。桜がとても綺麗でした。 NHKや読売、朝日新聞など記者も来ていて入れ替わり取材されました。
少しでも多くの方に、国のため家族の為に出兵され戦った先輩たちがいた事。 そして日の丸に思いを託し出兵兵を見送った先輩たちがいた事そ知ってもらえたら、後世にも伝えられたらと思います。 出征旗のの引渡し式を終え、祭壇に祀られたとき会場からはざわざわとどよめきが
ご遺族の方でしょうか、一人のご老人が俺の手を握りしめ、何度も何度も“ありがとうございました”と言われていました。 慰霊が始まってから体の感覚が妙な感じでしたが、気にせず進行しました。
お経をあげ、一通り慰霊祭は終了。最後に出征旗を広げご出席の皆様に見ていただき、各々色々な思いがこみ上げてきた事と思います。 またこの時、旗に書かれたお名前の新たなご生存者も判明しました。 そんな中、最初の取材(読売)を受け、ここまでの経緯や気持ちなどを話し始めたら何かが僕の中に入ってきた感覚とともに、訳も分からず号泣している自分がいました。
“ありがとう、ありがとう”と何度も頭の中で聞こえ、それを僕の意に反し、嗚咽を漏らしながら声に上げていた事が今もって不思議に思っています。 初めての体験で訳がわかりませんでしたが、きっと旗の御霊の言葉と思います。 そのような状態でしたので取材も一時中断。僕が落ち着いた頃、再開となりました。 この旗を手に入れて当時の日本人の精神を少しだけですが理解できた気がします。
旗に書かれたメッセージ、武運長久、尽忠報国、至誠、東洋平和大成願う。 どれも美しい字で、みな誠実な言葉ばかりで、当時の日本人の民度が垣間見れたきがします。 戦後生まれの俺はバカになるように教育されたのか?と疑うほどです。 侵略戦争だったと一部変な人たちが発信していますが、この旗に書かれた言葉を見る限りそれは考えられません。 私事ですが、仕事やプライベートでトラブルや挫折、逆境を何度か味わい精神的にまいった時期もありました。
しかしこの旗がたどってきた歴史は、明日には死ぬかもしれない、絶望的な逆境です。 それを思うと、僕が落ち込むような逆境など他愛もない事。別に失敗しても死ぬわけじゃなし、失ったら得るように再起できるし、、、 などと考えると、この旗に大きな勇気をもらった気がします。 オークションで出征旗を目にしから約5ヶ月。4月7日本日、無事帰郷できたことをとても嬉しく思います。
地元先輩の後押しもあり、多くの善意の協力者もあり、おかげで僕の感情だけでも突っ走しることができました。 改めてこの行いは正しかったと、今は自信を持って言えます。 メディアを始め、ご協力してくださった皆様、引き取ってくださった遺族会の皆様、本当にありがとうございました。
呉市市長から感謝状をいただきました。
お話を伺ったとき、感謝されるようなことはしていません、と、断りましたが 遺族会のご好意と、協力してくださった皆様の代表として受け取ってきました。 最後に感謝状の文面を皆様にお伝えします。
あなたはさきの大戦で戦地から持ち帰られた寄せ書き日の丸を偶然目にされ
祖国日本のために尊い命を捧げられた兵士の思いを遺族のもとへ 帰郷させる一心でふるさとの安浦へたくされました この行動は武運長久を願った遺族また現在を生きる私たちに 改めて平和の大切さを誓わせる素晴らしい機会になりました よってっここに呉市民を代表して感謝の意を表します 平成25年4月7日 呉市長 小村和年 4月8日追伸:本日、NHKと読売新聞で紹介されました。
NHKオンライン “寄せ書きの日章旗が呉市に戻る” OBON2015さんが昨日の安浦町戦没者慰霊祭での出征旗返還の様子を撮影、動画をくださいました。
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昨日、広島県呉市安浦の遺族会から慰霊祭の招待状が届いた。
桜咲き誇る4月7日に開催される事となった。 昨年、USAオークションで出征旗を見て心を動かされ、行動していた。 本日、広島県呉市安浦の遺族会から慰霊祭の招待状が届いた。
桜咲き誇る4月7日に開催される事となった。 昨年、USAオークションで出征旗を見て心を動かされ、行動していた。 年末に出征旗が届き、それを手に取った時、あまりの生々しい姿に言葉を失った。 来月の7日、多くの方々の協力で、ようやく旗の御霊がふるさとへ帰る。 旗に書かれていたメッセージ、その意味がわからない現代の俺。 意味を調べると、何とも言えない衝撃と動揺が心に走った。 知らない方もいるかと思うので紹介したい。 武運長久 =武人としての命運が長く続くこと。また、出征した兵がいつまでも無事なこと 祈健闘 =困難に屈せず、がんばって闘うこと。不利な条件の中よく努力すること 沈着 =落ち着いていて、物事に動じないこと 必勝 =必ず勝つこと 忠勇義烈 =忠義心が厚く勇気をもち正義を守る心が強く激しいこと 義勇奉公 =正義のために発する勇気をもって国家、主君のために一身を捧げ尽くす 御奮闘を祈る 盡忠奉國 =忠節を尽くし、国から受けた恩に報いること 忠勇一心 =一心に忠節を尽くすさま 一死報國 =一命を捨て、国のために尽くすこと 忠考兩全 =忠義・孝行ともに立派で完全であること 至誠 =きわめて誠実なこと。また、その心。まごころ 勢魂 =魂を込めた意気込み 一億一心 一糸乱れず、(全員が)火の玉となって、総がかりで、一致団結して 日本刀 東洋平和 祈必勝 大和魂 東洋平和 大成願う 頑張れ ここで気がついた人もいると思が、メッセージの全てが誠実な内容だということ。 敵国に対する恨み、憎悪、罵倒の言葉は一つもない。 あらゆる困難にも屈せず、忠義、正義を通し国家国民のために一命を捧げ尽くせ! 国民一億は東洋の平和その一心にある。と、この旗に込められているように理解した。 そして、、、頑張れ。 この旗に思いを込め、仲間を戦地送り出した一人一人の思い。 この旗を一身にまとい仲間の思いを胸に戦場へ向かった先輩の思い。 改めて考えても想像さえつかない自分がいる。 この旗は俺にとってもそうだが、地元遺族会の方々にとっても大切な宝になるだろう。 今、改めて関われた事を誇りに思う。 |
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本日発売の読売新聞、広島地方版に日の丸寄せ書き(出征旗)の記事が掲載されました。
【大戦中の日の丸 呉・安浦に帰郷へ】
2月26日、追伸
遺族探しを応援してくださった広島の平川様がわざわざ新聞を購入し写真を送ってくれました。
4月、呉、安浦町で戦没者慰霊祭が行われます。
その日に出征旗をその故郷の地へ!と、思います。
持ち主には、まだたどり着いていませんが、
たとえたどり着けなくとも、故郷の地へ戻り、ご友人のご子息、地元住民の方々へお返しすることが最善と考えます。
その日が僕のゴール。
その後は遺族会にバトンを渡します。
何かの縁か?呼ばれたのか?
思い起こせば、昨年4月、満開の桜に誘われ靖國神社に参拝。
そして、故郷へ帰郷。
伊勢神宮も出雲大社も参拝者は“神に呼ばれた”と言います。
飛虎将軍も台湾を守る神となった英霊。靖國の英霊もまた神。
きっと俺は神様に呼ばれたんだろうな。。。協力者の方々も神様に心を動かされたのかも、、、そう信じます^^
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