Mの親方日記

急に夏になりましたね。

台湾

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悲しい過去、台湾

17日、台湾最終日
午前中は昨夜まで解決できなかった残りの打ち合わせ。
それも滞りなく終了。
この日、台湾を離れ帰国するので、再び皆で飛虎将軍へ挨拶に行きました。
 
すると先客が、
3歳の息子さんと観光で来ていた日本人女性でした。
聞くところによると僕と一緒で、受けてきた教育に疑問を持ち、自ら調べ上げ“神になった日本軍人”を知ったとの事。
 
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『俺も一緒!インチキ教育に染まってました!でも、中学生の息子にはちゃんと教えようと思います^^』

『え〜〜?そんな大きな息子さんがいらっしゃるのですか?全然見えな〜い!』
『・・・それは?俺が若く見えると取って、良いのだよね??』
皆に確認すると・・・
『そうだよ、俺たちもそう思った^^』
マジで!?お世辞でも嬉しい〜〜!!
『こう見えて結構いってるんですよぉ〜』
すかさず若いスタッフを呼び
『なにかおごらなきゃ!?これで何か買って来て^^』

戸惑うスタッフ。
ちなみに彼、日本の“暴走族”に憧れ、僕にパンチパーマの決め方を伝授されたドランクドラゴンの塚地に似た若者です^^

逐一訳す通訳に廟内なのに皆ゲラゲラ笑ってました。

おいおい、神聖な場所なのに良いのかよ?バチ当たんない??

すると廟守、『日本人と台湾人が一緒になって笑ってるんだ、飛虎将軍も喜んでるよ^^』
 
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謝謝台湾人、ありがとう飛虎将軍!
皆に親切にされとても楽しかった!
“ネギ抜き”が伝わらずに困ったけど、何を食っても美味しかった!
また来ます^^
 
こうして廟を後にし帰国の途につきました。
 
 

今じゃネトウヨ??と思われるほどの俺ですが^^
以前は自虐史観的教育にどっぷりハマっていました。
しかし、なぜ?受けた教育に疑問を持ち、歴史を調べ直し、台湾に興味を持ったか?
そのきっかけの一つ、台湾の方が当時の俺に語ってくれた悲しい過去を紹介します。
 
それは2001年、台湾の取引先の社長ご家族に食事へ呼ばれた時の事。
社長のお母上は流暢な日本語を話されていた。
昔、台湾の方々は貧しい生活を強いられたそうです。
しかし、日本統治後は日本人も台湾人も一緒になって汗を流し開拓し、生活もよく良くなっていったそうです。
 
『あの時は、日本人と台湾人の差別も多少有ありましたよ、それは台湾人同士、今でも有る事です。
それ以上に私は学校へ行くことや働くことが楽しく、未来に希望がありました。
意地悪な日本人の子もいましたけど、見つけた親や先生、軍人さんがその子達を厳しく叱ってました。
当時は小学校の先生(日本人)が大好きで、私は学校の先生になることが夢でした。
日本敗戦後、大陸から国民党が統治することとなり、当初は少なからず、祖国に帰れると、喜んだ人も多かったです。。。
しかし、大陸から彼らが来てからの台湾は一変しました。
強盗、強姦、略奪、殺人、、、治安はとても悪くなり、皆で綺麗に整備した道路に塵は散乱・・・。
犯罪を犯しても党の兵隊は罰せられず、、、
私たちは厳しくても治安の良かった日本時代を生きてきたので彼らの横暴が許せなかった。。。』
 
その後、市民の不満が爆発。2・28事件が勃発する。
 
当時、国民党恐怖政治に異を唱えたお母上の叔父様は国民党に連行されたまま現在も行方不明だという。

台南など南に原住民(本省人)の居住が多いのはその恐怖のため北部から逃れたせいだとも。
 
結局、銃器の勝る政府には敵わずに弾圧され、戦後後実に40年以上も戒厳令が敷かれた。
 
1988年、時の総統 蒋介国氏 死去。李登輝氏が代理総統となり民主化を進める。
1990年、台湾で初めて民主的な選挙を経て李登輝氏が総統になり民主化を推し進めた。
1992年、李政権下で戒厳令を解除、その後、憲法を改正し言論の自由も認められ民主化を達成。現在に至る。
 
最後にお母様はこのように言いました
『なぜ日本人は日本を好きでないですか?
戦争は悪いことも確かにありました。けど、台湾にとって良いことも沢山ありました。
鉄道も道路も、水路も、みな日本人が築いた物です。
もっと日本を好きになってください。日本人として誇りを持ってください。
今、私は台湾人です。でも昔は日本人でした。
日本人だった事を嫌に思った事は一度もありません。』
 
当時、お母様に言われた言葉が痛く心に響いた。
と同時に、とても恥じる思いをした。
 
台湾出張4日目の416日、900から1800までみっちりと仕事。
 
台北AMAPで気になった製品メーカーのほとんどが台中、台南だったこともあり工場廻りもそこそこで、内容の濃い仕事が出来ました。
 
新規生産は数量の問題でなかなか難しいですが、先方も日本の景気の悪さを承知していて、融通を聞かせてくれました。
 
まぁ仕事の話はつまらないので、また食の話となってしまいます。
食ってばかりですな。。。実際食ってばかりでした。
 
仕事を終え、友人たちと食事に行きました。この日は火鍋。
店に入ろうとしたら携帯が鳴り、しばらく外で会話。
すると何なにやら後ろに人影を感じる・・・。背後霊??
仕事の件だったので気にせず話しつづけ、要件が解決したので電話を切ると・・・
 
『あの、日本の人ですか?』とカタコトの日本語で話しかけられました。
 
げ!若い!可愛い!!まさか逆ナン?それとも、、、?
頭の中が妄想でいっぱいです^^
 
とりあえず『はい、日本人ですが・・・』と答えると・・・
『私、日本が大好きです、勉強してます!ちょっと話ていいですか?妹います』
話を聞いたら、日本語の勉強をしていて姉妹で日本の事を知りたいそうでした。
 
そこへ台湾の友人が、店に戻らない僕を心配して呼びに来ました。
 
『この子、日本語を勉強してるみたい、日本の話を聞きたいのかな?聞いてくれる?』と話すと、、、友人は彼女たちをチラッと見るなり
『オフコース!オフコース!!一緒に食べながらがで良いんじゃない^^』ナイス台湾の友!君が一番嬉しうそう^^
こうして一緒に食事をすることに^^
(左側が姉妹)
 
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台湾には食事時に“いただきます”や“ごちそうさま”という習慣がないらしく
『ごちそうさまと、ごちそうさまでした。は、どう違いますか?』
『着物と浴衣はどこ違いますか?』
また『日本の名前で坂下はサカシタ、木下はキノシタ。なぜ“ノ”がいりますか?』
など、答えに困る質問も^^
日本でK-POPは人気ですか?の質問には
『どうだろ?周りの友人や子供たちの間で聴いてる人いないよ。メディアの無理強いって噂だね』と話すと
皆一斉に『台湾もだー!!』 えぇ〜〜マジ??
一部ファンはいますが結構台湾市民の間では嫌気がさしてる方も多いようです。
台湾や日本の歌手の露出が減ってることが非常に不満で、最近ではテレビは見ずにネットを見るようになったそうです。
まさか台湾に来て反韓流で盛り上がるとは・・・。
ちなみに彼女たちはおオレンジレンジのファンだとか。
 
また、友人は『この子達にように頑張れる若い奴らは珍しいんだよ、いま台湾でゆとり教育が問題視されてるからね。そのせいでバカが増えた』
 
えぇ〜〜台湾も?日本もゆとり教育が今、問題視だよ!と言ったら、、、
『えぇぇ〜〜〜日本も!!?』台湾人一同仰天!!
日本も台湾も共通の問題があるんだね。
店内でひときわ盛り上がる我々のテーブル。
 
楽しい時間はアッと言う間。
入店して酒も飲まずに既に2時間が過ぎてます。
こんど来らた、台南の良いところたくさん案内します。また来てください!と彼女たち^^
友人が連絡先を交換してました。
写真は妹さん
 
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友人『可愛い子たちだったね、我、お父さんな気分だったよ、ハハハ』
実は俺も、、、。
 
翌日、帰国予定だったので最後に疲れを癒しにタイ式マッサージへ!
仕事に、OFFにとこの日も充実した一日でした。
 
こんなにも日本を好きでいてくれるなんて、とても嬉しいです。
 
台湾人に限らず、日本が好きで日本に来ている外国人はいわば友達であり大切なお客様。
 
我々は彼らが『また、日本に来たい!』と、思えるような対応を心がけたいですね。
台湾の友人お任せ、初の台南観光!
 
15日、朝、飛虎将軍廟参拝の後、食事をしに台南市内の小龍包屋さんへ!
 
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小龍包をはじめ色々な焼売や餃子を注文し、心もお腹も満足!
僕の『おいしぃ〜〜!!』と言う声がでかすぎたのか?
店長のような方が来て、台湾語で『台湾人じゃないね?どこ?』
友人が『日本の友人だよ!小龍包美味しいって!』
俺も、『美味しい!ハオツィー!!』
すると店長はニッコニコ!!
しばらくすると小龍包以外の注文して無いものが出てきました。
(右下のタレギョーザ)
 
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なんと、サービスだって!
『台南に来たんだから日本に帰る前に美味いもの色々食べてって』との事。
マジか??なんて親切なの??
台湾の友人も初めての事で驚いてました。
 
腹、ちょっと苦しかったけど出されたものは全て頂く!これは礼儀!
 
苦しかったけど美味かった!
食事も終わり店を出る時、日本語で『ありがとう、御馳走様でした!』
と、挨拶したら『またサービスするから台南に来たらここに来てよ!日本人ならいつでも歓迎だよ!!』と店長。
ありがとう!かならず来ます^^
 
昼食後、八田與一が築いたという烏山頭ダムへ!
ちなみにこの周辺は、マンゴーやパイナップルの名産地でもあります。
 
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台湾人に尊敬される八田與一、彼を知る日本人はどれくらいいるのかな?
教科書に載っても良さそうなもんですが・・・。
 
この日は台湾の方々でお琴の演奏会もありました。
気温30度オーバーで和服は大変そう。でも皆さん楽しんでました。
 
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一通り施設内を見学し、最大の楽しみマンゴー屋さんへ!
しか〜し!次期まだ早し・・・。台湾マンゴーは冷凍物しか食べれず・・・。
まだ早かったね、今はまだパイナップルが旬だから、、、と、友人。
 
帰路途中に露天に車を横付、旬のパイナップル屋さんです。
お腹どう?まだ食べれる??と友人。
 
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腹は苦しい、、、しかし、旬で美味そうだから味見だけでもね。。。
 
楊枝に刺さった試食用のパイナップル。
やばい、これも美味しい!!しかも芯まで柔らかくて甘い!
すると、ここでも『あれ?日本人だね?“おいしい”って言ったからわかったよ』と店主
『ハオツィー、ハオツィー!甘くて美味しい!』と俺。
 
すると店主『美味しいでしょ?たくさん食べてって!』と、なんとパイナップルを一つまた一つと丸ごと剥き始め“わんこそば”のように次から次へとカットされたパイナップルを渡された。
しかも”これはジャムだよ!これは干物!美味しいかい?と、、、
どれもマジで美味いです、、、が、言えないけど腹は相当キツイ!!
しかし、出されたものは全て頂く!これは礼儀!!
 
結局ここではパイナップルをまるごと1個試食・・・試食ってレベルじゃ無いですよね。
申し訳ないので買っていこうとしたら
店主『ホテルじゃナイフ無くて食べられないだろ?あんたは金なんて良いんだよ、台湾人に買わせるから^^』
ゲラゲラ笑いながら話す通訳^^
おいおい、マジですか??
それじゃぁ、と、友人が笑いながらパイナップル2個お買い上げ!
ちなみに1個200円ぐらい。
おまけに残ったパーナップルも袋に詰めて『これホテルで食べて』と店主
 
なんで皆こんなに、、、異常?と思えるほど親切なの??
 
『日本が思っている以上に、台湾人、特に台南の皆は日本が好きなんだよ。今日みたいな事は珍しいけどね』と友人。
友人のおかげでも有るのでしょうが、皆の親切さに恐縮するほどです
 
パイナップル店を後にし、飛虎将軍廟へ再びf立ち寄った後は、もう夕食・・・。
はっきり言って、もう何も食えない。
 
友人に話すと『歩きながら摘めばすこしは食べられるだろ』と夜市へ
 
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しかし、、、入るものですな・・・
甘辛味の台南腸詰。美味し!
 
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台南は牡蠣も特産のようなので牡蠣の台南風お好み焼き
それと鶏軟骨の唐揚げ、お決まりの臭豆腐!
 
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少しづつ摘んでギブアップ!
初の台南観光を満喫し日曜日は終了しました。
 
体重計に乗るのが怖い。
翌日から再び仕事、台南で工場周りとミーティングでです。
 
 
飛虎将軍廟(ひこしょうぐんびょう)
 
10年近く前、台湾〜台南に訪問した時の通訳の方は植民地時代を経験したご老人でした。
当時、日本の自虐史観的教育に染まっていたいた俺。
 
ご老人が合間に話される台湾統治時代の話、戦争の話、2・28事件の話等がとても煙ったく思い、ご老人が提案された飛虎将軍廟見学のお誘いも即答で断りました。
その後、台湾をはじめアジア各国を仕事で訪問するうちに、特定2カ国以外の外国が見る日本は俺が受けてきた教育と違う??
改めて歴史を調ると、今まで受けてきた教育に憤慨する結果。
同時に台湾で通訳してくれたご老人と、飛虎将軍廟を思い出した。
 
今の日本人の多くは
デリケートなことには腫れ物にでも触るかのような態度を示し
臭いものには蓋をする習慣が出来上がってるように思う。
従って、あえて取り上げました。
 
台南市郊外にある飛虎将軍廟
15日、日曜日は台南観光なので最初の目的地の廟には午前中に立ち寄りました。
 
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この日はすこぶる快晴!気温31℃。ひと足お先に夏を体感^^
祭壇には日の丸旗、台湾国旗が掲げられています。
左下の白い箱は俺がお供えした靖国のお神酒。 
あの世で戦友達と酌み交わしていただきたい。
 
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ご神体の生前の姿。旧日本海軍軍人です。
 
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現在も地元の方々に大切に守られ、2009年?には廟近くの小学校の学芸会で
飛虎将軍の当時の壮絶な戦闘模様を取り上げました。
地元の子供たちは、飛虎将軍から日本精神『武士道』を学んでいるそうです。
台南へ行かれる事があったら、足を伸ばして見られたらいかがでしょうか?
台湾人の暖かさも知る事ができます。
 
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御神体。
軍刀を真中に構え、いかにも軍神らしい姿。
台には『杉浦』と彫られています。左右の像は御神体の分身との事。
 
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実はこの日、午前の見学でお守りを購入することを忘れてしまいました。
台南観光を終え夕方5時過ぎ、折角だからと台湾の友人が、再び廟へと足を運んでくれました。
廟に入ると『海ゆかば』が長されていて、現地の方数名がタバコを備えていました。
 
僕が日本人と知り、10年近く前、ご老人の誘いを断ってからの経緯やお守りを購入しするのを忘れて戻ったと話すと、
現地の方々が『それは飛虎将軍に呼ばれたんだよ』と。
お守りは売り物では無いようで、廟守の方がくれました。
その後、お茶をだし持て成してくれ、飛虎将軍を祀るまでの歴史や戦闘当時の話を詳しく教えてくれました。
 
正直言って目頭がヤバかった。どんな思いで死んでいったのだろうか??
集落を避けての壮絶な戦死、戦闘の模様を見守るしかなかった現地の方々の思い。
他国の国民にこんなにも大切に守らられ、現在に至っている様子。
 
あの戦争はどうだったのか?いまだに評価は分かれていますが、
当時のように極限まで追い詰められた事もなく、命をかけて何かを守ろうとした経験もない現代人が、先人達の戦いを評価しようだなんて、無礼極まりなく思います。
 
そういえば、以前、自衛隊機が機のトラブルが発生するも脱出せずに住宅地を避け、送電線を切断し河川敷へ墜落。大停電が発生したものの民間人の被害はなく自衛隊パイロット2名は死亡。
この時のニュースはパイロットの命をとしての回避には触れず、マスコミ、自治体上げて停電を起こした自衛隊の批判ばかりでしたね。。。リアル日本ですな。
 
 
飛虎将軍廟の説明を下記に記します。
案内状の説明は長いので多少は端折ってますが、是非確認してください。
 
台南市の北西5キロの郊外に、「鎮安堂 飛虎将軍廟」がある。
飛虎将軍廟(ひこしょうぐんびょう)
御神体は大東亜戦争中、台南上空の空中戦で被弾。集落への墜落を避け、壮絶な戦死を遂げた大日本帝国海軍の杉浦茂峰少尉である。
台南市安南区同安路127号
台南市海尾朝皇宮管理委員会隷属鎮安堂
昭和46年建造
 
昭和191012日、大東亜戦争も末期に近く、米軍は台湾各地に航空決戦を挑んできた。午前719分、米軍機が台南来襲、日本軍零戦はそれを阻止するため迎撃に向かい、壮烈な空中戦が繰り広げられた。銃弾が尽きた1機の零戦がアメリカ軍機に体当たりを敢行するなど死力を尽くし勇敢に戦った。しかし、数に勝る米軍機には勝てず、一機又一機と撃墜されていった。杉浦の零戦も被弾。尾翼より発火し、海尾の大集落へ向かって急降下していった。今、逃げたら助かるかもしれない。しかし、このまま墜落したら海尾の町は民間人を巻き込み大惨事になる。
そのとき、零戦は機首を上げて上昇し、海尾の町をはずれ東方の畑の方へ飛び去った。
集落への墜落を回避した杉浦は落下傘で飛び降りたが米軍機の機銃掃射を浴びて機は空中爆発、機銃を受けた落下傘も破れ地面(現在の飛虎将軍廟付近)に叩きつけられ、壮絶な戦死を遂げた。
 
当時17歳の少年であった呉省事氏(近年他界されるまで廟守を務めた)はその一部始終を目撃。零戦が墜落した辺りを探したところ飛行士の遺体を発見。
その軍靴に書かれていた“杉浦”から、後に元第201海軍航空隊分隊長 森山敏夫大尉の協力により杉浦茂峰少尉と確認された。
 
終戦後、何年か経ち部落の人が白い帽子、白い服(海軍服)を着た人物が養殖池付近を徘徊するのを目撃、魚を盗みに来たものと思い追いかけるも姿を消す。ある者は夢に出てきたと話したところ同じような霊的体験をしたものが多数現れ、海尾朝皇宮の神に尋ねたところ、戦時中の戦死者の霊と言う事であった。
集落の人々はその霊は、戦火から部落を避けて戦死した飛行士の霊と判断。
 
その後、当時の目撃者、町の有力者達が集まり、その飛行士が集落を戦火から救うため、自分の身命を犠牲にした事が判明。
身を挺して海尾の町を戦火から救った飛行士の為に、永久にその恩徳を顕彰する事を衆議一致で決議。1971年、祠の建造を決めた。
 
当初は4坪ほどの小さな祠であった。しかし多くの霊験が報告され参拝者も増え、1993年、朝皇宮管理委員会の提案もあり、現在は50坪ほどの廟となった。
一時、国民党政府から廟の取り壊し令が発布された。しかし地元住民の必死の抵抗により取り壊しを中止。
その後も手厚く守られ現在に至っている。
 
'''霊験'''
廟(当時は祠)の建造後、毎日お参りをしたら、集落は稲作は豊作、豚や魚の養殖も順調で、宝くじまで当たる者も出てきた。
廟は海尾集落の守り神として集落の人々の尊敬を集めているパワースポットでもある。
 
信者が奉納した大理石の柱には詩が刻まれ『正義』『護国』『英雄』『忠義』『大義』はすべて飛虎将軍に対する崇敬と壮絶な戦死を讃えている。
 
「鎮安」とは鎮邪安民の意で、「飛虎」とは戦闘機又は空を飛ぶの意である。「将軍」は神として奉られる勇士の尊称である。
 
廟では朝夕には杉浦茂峰少尉の好きだったタバコを備え、朝は日本の国歌「君が代」、夕は「海ゆかば」が現在も欠かすことなく毎日流される。
 
祭壇の両脇 には台湾の国旗と日本の国旗を掲げてある。
 
飛虎将軍は東西南北に青龍、白虎、朱雀、玄武と現在も“軍”を従え、この街を守っている。
 
1995725日。日本の元皇族「六条有康」親王が本堂に参拝に来られた。
 
 
 

台湾NOW

 
おはようございます。
13日から台湾へ来ています。
昨日までは台北、現在は台南へ来ています。
 
気温28度、もうこちらは夏です。
 
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台北のタクシーの運ちゃん。
俺が日本人とわかると、カタコトの日本語で話しかけてきて
なぜか?『大阪しぐれ』を熱唱してくれました(笑)
あっ、俺が頼んだのではないですよ^^ 
料金も端数はサービス!なんて親切なんだ!
 
訪台の目的は国際見本市 TAIPEI AMAP。
現地の取引業者と待ち合わせ、新たな商品や技術がないのか散策です。
会場が広いので、相当歩きました・・・足なんか棒状態。
 
この日は非常に歩いたのでディナーを済ませ足裏&全身マッサージ。
このおばちゃん、かなりのテクニシャンです。
足裏は痛かったけどなんだか体が軽くなった!
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台北で特筆すべきはこの豚饅!
マッサージを終え、小腹が空いたので付近を散策してたら、行列ほどではないけど
現地のお客さんが切れずに購入している豚饅屋を発見。
早速、豚饅とキャベツ饅を1個づつ購入。
ホテルで食べたら、驚くほど美味!めちゃくちゃ美味いじゃないですか!!
噛むと肉汁があふれ、まるで小龍包みたい。
慌てて部屋を飛び出し、もう5個追加購入!
ちなみにこの豚まん小ぶりですが1個12元(32円)。
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昨夜から台南へ来ていますが、台南でも食べてばかり・・・。
100年の歴史がある老舗チマキ。豚の角煮と大きなクリが入ってこれも超美味!
帰国したら絶対5kgは太ってるな・・・。
 
久しぶりに来ましたが、ホテルはもちろん市街にも自販機がないのが不便。
やはり日本の治安は素晴らしいのでしょうね。
考えてみればうちの会社の自販機も十数年盗難も破壊もないですね。
 
中国と比べると、エレベーターや新幹線の車内も静か。
携帯で大声でしゃべってる人はいません。
やっぱり台湾は台湾ですし台湾国であってほしい。
 
さて、台湾にはもう十数回来ていますが、、、今まですべて仕事。
もちろん今回も、ですが、本日は日曜日。
なんと!取引先のご好意で、初めて観光します!
みたい場所や名所は知らないので、すべて先方におまかせ!
 
本日は台南初観光、楽しんできます^^
 

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