☆キラキラ日記☆

皆さんとこ訪問出来ずにすみません。

元カレ

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ミルクティー

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温かくて優しいその香りと味

私はミルクティーが苦手だった。

ストレートティーは飲めてもミルクが入ると飲めなかった。

だからといってミルクが苦手なわけでもない。

でもミルクティーは飲むことはなかった。

いつもどおりの頭痛がはじまったのを心配して彼が帰りに飲んでとミルクティーをくれた。

私が飲めないのも知らず。彼なりの優しさだったのかもしれない。

温かいものでも飲めば落ち着くかもしれない。そんな気持ちだったのだと思う。

仕事の帰り道、あまりの頭痛のひどさに彼からもらったミルクティーを一口飲んだ。

今までは嫌いで飲めなかったものなのにその時だけは飲めた。

そして不思議と頭痛がおさまったように感じた。

あの時のミルクティーは安定剤の役割をはたしてくれたのかもしれない。

そして今日も過食に襲われそうになったときミルクティーが目にとまった。

あの時と同じように食べたい気持ちが消えた。

私は今まで大切な人とたくさん出会ってきた。そして彼もその一人。

私は彼を信頼していた。私を楽しませてくれる彼が好きだった。

しかし彼は職場の金を盗み上司にそれがばれ退職した。

私はその時、彼に同情し警察ざたにならないようにと上司にお願いした。

そのかいあって彼は警察ざたにならずに済んだが、反省はしてなかったみたいだ。

彼の裏切りがあってからの私の職場での人間関係が崩れていった。

職場にきて作業をして帰るだけ・・・。もう誰も信じない。好きにならない。

裏切られるくらいならはじめから信じないほうがマシ。

信じて傷つけられるより、はじめから傷つけられないようにガードしといたほうがマシ。

私は自分で自分の安全地帯を作りだした。そしてその中で生きてきた。

誰も信じない。信じてはいけない。

それが強くなってくると自分ですら信じられなくなってきた。

自分そのものが見えなくなっていた。目を閉じたままでは進めない。

そして私は壁にぶつかり身動きが取れなくなっていった。

自分では知らないうちに壁のなかへと押しこまれていたのだ。

それでも私はそんな状態の自分をも見ないふりして生きた。

その結果、私は壁から抜けられなくなってしまったことにようやく気付くが遅かった。

完全に私は壊れてしまっていたから・・・

でも、ゆっくり修復をかけることができるのを今日のミルクティーは教えてくれた。

あの時と同じ・・・。私はまだ立ち直れるチャンスが残ってる。

私を愛してくれる存在

どんな弱音をはいても、どんなに泣きせけんでも、優しく接してくれれた彼・・・。

私にとっては最高の癒しの場所だった。

同じ高校に進学し、楽しい高校生活を送るはずだった。

けど、私は新しい環境に馴染めず高1の春に辞めた。

そして、学校を辞めた頃から私の彼への依存度がたかくなっていった。

彼がいないと不安で眠ることもできないほど・・・。

また、リストカットがはじまった。

彼に会えない不安感・この先どう生きていけばよいのかわからない状態。

そんな頃、発覚した妊娠。

産んであげることなんて不可能だった。

それでも、彼は一言も中絶しろとは言わなかった。(産んで育てようとも言わなかった。)

妊娠後、今まで以上に不安定になりリストカット・風邪薬を大量に飲んでの自殺未遂・・・。

それでも、お腹の子供は無事に育ったていた。

わが子を守りたい!!!産んであげたい!!!

母親なら当然思う事も幼い私には叶えてあげられない。

妊娠して1か月・・・私の体調の変化に気づいた母親から手紙を渡される。

今回はあきらめて、病院に行っておいで・・・。そう書かれた手紙の中には中絶のお金・・・。

イロイロ考えたけど、私はその手紙を手に1人病院に向かった。

診察前に、『妊娠されたのはいつですか?!』そう聞かれ病院で妊娠がわかった日を告げた。

『それでは、お腹の子は・・・この病院で中絶するのは無理ですね。』

小さい個人病院だったのと、先生がかなりの年配者だったので他の病院に行くようすすめられた。

『それと、お腹の子が大きくなっているので出産と同じような形で中絶になるとおもいますよ。』

それを聞いた私は産むことを決断した。

母に告げると、なくなく了承した。

そのあとは彼と駆け落ち同然でアパートを探し家を出た。

我が家では、私が妊娠したことで大戦争が巻き起こっていたらしい。

それでも、母も父も産むことを了承した。

私の両親が彼の両親に会いにいったが、決して了承しなかったと言う。

それから、彼のケータイには毎日のように戻って来いと言う電話が鳴り響いた。

それでも2人で子供を育てられることができて、何より好きな彼の子を産むことができて幸せだった。

私の両親の手助けもあり、彼の仕事も決まった。(彼の両親はまったく協力してくれなかった。)

寒いなか1人で、朝早く出かけ、夜遅く帰ってくる彼に感謝した。

16歳で背負ったものは、あまりにも大きなものだった。

夫となり働き、父親になるということ・・・。

弱音はい1度もはかなかった。

休みの日には、雪降るなかを2人で30分かけて歩き買出しに行き。

¥100のお菓子すら買うべきか迷い・・・食材の何もない日には具なしのお好み焼きを食べた。

ケンカもしたけど、周りからは不憫に思われたけど幸せだと思った。

その時、私たちを支えてくれた友達にも感謝している。

2人だけでは乗り越えられなかったに違いない。

素敵な出会い

ボロボロな私にも大切な人
生きていくのには疲れていたけど、中1に入学した時からずっと憧れてた人がいた。

冷たいイメージなのに話すと優しくて、ずっと好きだった。

それでも、いろんな人と付き合って恋もし失恋もした。

中3の春・・・。

束縛の強い彼氏に別れを告げ、憧れの彼と付き合うことができた。

3年越しの愛(#^.^#)

優しい人だったから、わがままな私にはよく付き合ってくれた。

寂しいといえば、とんで逢いにきてくれた。(もちろんチャリンコで・・・)

眠れないといえば、寝るまで話をきいてくれた。(もちろん徹夜で・・・)

そばにいてくれるだけで、こんなに安心できる人はいないと思える人だった。

でも、会えない寂しさと家庭内不和・・・。

リストカットは繰り返された(;一_一)

そんななか、私は学校の養護教諭からカウンセリングをすすめられた。

もちろん抵抗はあったが少しでも楽になるのであればと思いカウンセリングを受け始めた。

彼も母親も全面的に賛成してくれた。

カウンセリングを受けたあとは気分が楽になり、リストカットもなくなった。

でも、私の心の闇は暗く閉ざされたままだったのだと思う。

カウンセラーは仕事だから、私をけして否定しない。

それがカウンセラーを信じられなくなった理由。

そしてまた、私はカウンセラーに頼らなくても生きていけると思っていたから・・・。

私には話を聞いてくれる彼がいる。

怒りも悲しみもすべて受け入れてくれる人がいる。

甘えられる人を見つけたから・・・。

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