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温かくて優しいその香りと味 |
元カレ
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私にとっては最高の癒しの場所だった。 同じ高校に進学し、楽しい高校生活を送るはずだった。 けど、私は新しい環境に馴染めず高1の春に辞めた。 そして、学校を辞めた頃から私の彼への依存度がたかくなっていった。 彼がいないと不安で眠ることもできないほど・・・。 また、リストカットがはじまった。 彼に会えない不安感・この先どう生きていけばよいのかわからない状態。 そんな頃、発覚した妊娠。 産んであげることなんて不可能だった。 それでも、彼は一言も中絶しろとは言わなかった。(産んで育てようとも言わなかった。) 妊娠後、今まで以上に不安定になりリストカット・風邪薬を大量に飲んでの自殺未遂・・・。 それでも、お腹の子供は無事に育ったていた。 わが子を守りたい!!!産んであげたい!!! 母親なら当然思う事も幼い私には叶えてあげられない。 妊娠して1か月・・・私の体調の変化に気づいた母親から手紙を渡される。 今回はあきらめて、病院に行っておいで・・・。そう書かれた手紙の中には中絶のお金・・・。 イロイロ考えたけど、私はその手紙を手に1人病院に向かった。 診察前に、『妊娠されたのはいつですか?!』そう聞かれ病院で妊娠がわかった日を告げた。 『それでは、お腹の子は・・・この病院で中絶するのは無理ですね。』 小さい個人病院だったのと、先生がかなりの年配者だったので他の病院に行くようすすめられた。 『それと、お腹の子が大きくなっているので出産と同じような形で中絶になるとおもいますよ。』 それを聞いた私は産むことを決断した。 母に告げると、なくなく了承した。 そのあとは彼と駆け落ち同然でアパートを探し家を出た。 我が家では、私が妊娠したことで大戦争が巻き起こっていたらしい。 それでも、母も父も産むことを了承した。 私の両親が彼の両親に会いにいったが、決して了承しなかったと言う。 それから、彼のケータイには毎日のように戻って来いと言う電話が鳴り響いた。 それでも2人で子供を育てられることができて、何より好きな彼の子を産むことができて幸せだった。 私の両親の手助けもあり、彼の仕事も決まった。(彼の両親はまったく協力してくれなかった。) 寒いなか1人で、朝早く出かけ、夜遅く帰ってくる彼に感謝した。 16歳で背負ったものは、あまりにも大きなものだった。 夫となり働き、父親になるということ・・・。 弱音はい1度もはかなかった。 休みの日には、雪降るなかを2人で30分かけて歩き買出しに行き。 ¥100のお菓子すら買うべきか迷い・・・食材の何もない日には具なしのお好み焼きを食べた。 ケンカもしたけど、周りからは不憫に思われたけど幸せだと思った。 その時、私たちを支えてくれた友達にも感謝している。 2人だけでは乗り越えられなかったに違いない。
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ボロボロな私にも大切な人 |
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