古唐津・岸岳庵

24時間”古唐津数奇”のブログ。たまに本業のエンタメ関係、大好きなファッションや日本史の事、など。

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斑皮鯨のルーツ?

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写真上2点のお皿は会寧に強い骨董屋さんが所持していたもの。珍しい皮鯨。

彼の言では「会寧であることは間違いない。が、古唐津が作陶されていたとされる時代よりずいぶん時代が下がるもの」、とのこと。岸岳系や岸岳外系の諸古窯に見られる斑皮鯨。このお皿にはそれと共通する点が何点かある。なかでも朝鮮半島ではそう多く見られない口辺への鉄釉。

「このお皿は日本で開発された技法<皮鯨という施釉法>を職人がかの国に持ち帰って作られたのでは?」と彼は続ける。秀吉の世が去って、徳川の時代にはいると朝鮮の役で連れてこられた人々が多々帰国した記録が残っている。あながち、彼の言を否定できない。

ただ日本に連れてこられた人々、中でも陶磁器を製作する職人達は時の支配者<鍋島氏、松浦氏、大村氏、寺沢氏等>から免税をはじめ相当な恩恵を受けていた。かの地では虐げられていた彼らがその地位を捨てて帰国する、というのも現代の感覚で言うと?、である。

落ちはないのですが、いろいろなことを想起させてくれるお皿であることは確か。

*写真上2点が会寧。3点目がブログでも何度か取り上げている斑皮鯨<大川原古窯>。

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