夜の長崎駅前大通り
maroの故郷は長崎
足繁く行っていた故郷も 10年以上も前に親が居なくなり
近しい親戚も少なくなって すっかり遠くなってしまいました
今回は最も親しかった叔父叔母の法事と
両親の墓参を兼ねて 4年ぶりの帰還です
気ままな旅行ではなく時間も限られていますので
記事にするつもりはありませんでしたが
皆様からの暖かいお見送りの言葉の返事として
少しだけmaroの町を紹介します
長崎は観光の街で 名所はたくさんありますが
観光地には いっさい足を向けていませんのであしからず
長崎空港からシャトルバスで長崎駅へ着くと
まず駅前大通りのど真ん中にある路面電車の停留所へ
120円で市内のほとんど何処へでも行ける便利な乗り物です
市民の通勤通学に昔から活躍してきました
市内の観光をするには
500円で一日乗り放題の券もあります
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10分ほどで一番の繁華街へ…歌にもある思案橋の近くです
昔ながらの狭い道路に人と車がひしめき合っているという感じ
奥に見えるのは歩行者専用のアーケード街で
長い距離を縦横に貫通しています
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そこから少し歩いて、ここは中華街の入り口
歩いているのは観光客ばかり…ここも素通り


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中華街の前の広場で なにやら人だかりが
…と思ったら、5〜6面の盤を囲んで 将棋を楽しんでいる人たちでした
中国暦の正月にはここで雑技団ショーなどの催し物が行われます
墓参りに行くため
緩やかな坂の脇道を
登っていきます
中心地からここまで 何処を歩いても
家の並びは半世紀前と変わりません
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途中には昔のままの市場がまだありました
近くにスーパーなどの建つ余地がないため
今でも住民の台所になっているようです
隣市に住む従兄弟でさえ
「この一帯は宮崎駿の世界だ」と言うほど
特異な雰囲気の場所です
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えっちらおっちら、坂と階段を登りつめたところに両親の墓があります
ここからは長崎の港が一望に…の筈でしたが
港の周りに観光施設や高いビルが立ち並んだせいで海が見えなくなっています
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墓参りを済ませて下へ降ります
この一帯は 鎖国時代に徳川幕府が唐人の居住地と定めた場所
そこここに唐人屋敷の名残があり、道路の配置はその頃のままです
その中の一部ですが…
写真は18世紀に建てられ明治39年に修復されたお堂
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こちらは17世紀創建
原爆の被害を受けた後に解体され しばらくは階段だけが残っていて
maroが幼少の頃は子供の遊び場になっていました
紙芝居の叔父さんが来て「鞍馬天狗」や「黄金バット」など (古すぎる?
講談口調で見せてくれたものです
昭和52年に再建され、今では文化財として保護されています
唐人屋敷は堀と塀で囲まれ 外部とは遮断されていました
この水路はその頃の堀の跡です
左側に古い壁の見える家は 昔 maroが住んでいた家です
長崎には坂が多く
脇の細い道へ入ると
石段だらけ
ここを登っていくと…
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maroが通った小学校があります
登下校の時間以外は門の扉が施錠されているので
扉の外から眺めただけですが
校舎はおそらく修復されたのでしょうが形は昔のまま
手前にある大クスノキも昔からあったもの
ホテルへの帰りに高校時代の同級生に電話すると 快く会ってくれて
長崎の新鮮な魚でたらふく飲んでしまいました
翌日は法事で唯一親しい従兄弟と飲み明かし
どこかでましな写真をと思ったのが叶わず・・・

長崎での昼食は やはりこれ
長崎ちゃんぽん
それに…
長崎皿うどん
極細の揚げ麺に
野菜、肉、海鮮、と色んな具を
あんかけにしたものです
関東でもそれらしきものはありますが
本場で食べる味はまた格別
以上、観光も面白いものもなくて失礼しました
maroの長崎の報告でした
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