|
写真は、猛吹雪の泉ケ岳。今日の記事と直接関係ないですが。 私はここ最近は体力の低下と体調が悪いこともあって離れていますが学生時代は山岳部でしたし、その後も就職してから何年間か自然体験施設にいたこともあるので、少しは「山のこと」をわきまえています。 それはもっとも単純かつ世界中どこの山でも共通しているであろう事項「自然の驚異・脅威」であり、「山登りは自分と見つめ合い、心身の鍛練と見識を深める機会にするため、その場所を勝手にお借りさせていただく・山の好意でそれを見逃してもらっている、という畏敬の念・姿勢」です。 しかし、以前書いたとおり、「その経験などを外に役立てるようなことをしない限りはそんなもん、ただの趣味・お遊びでしかなく、どんな高山をどういう状況下で登ろうが、本人以外はどうでも良いことに過ぎない」という程度の価値としか思ってもいません。 さて、先週末は多くの官公庁や企業などが「仕事納め」に入り、丸1週間以上の長期の休みというところも多いようです。 と、同時に、それに合わせるかのようにこの冬最強という大寒波もやってくるということは、普通に生活している人であれば誰でも知っていて、注意をしていた週末であったのではないでしょうか? 例えば、先週26日・金曜日お昼に配信された読売新聞の記事です。 北日本は大荒れ、空のダイヤに乱れ 12月26日12時15分配信 読売新聞 冬型の気圧配置が強まった26日、北日本から北陸地方にかけては雪とともに強い風が吹き、厳しい冷え込みとなった。飛行機やJRのダイヤが乱れ、気象庁では北日本を中心に大雪への注意を呼びかけている。 【後略】当然、この時点でこういうニュースが出ているのですから、この26日以前から既に、週末にはこういう大荒れになることは予報でわかっていました。誰もが。 にも関わらず、毎年のことですが出るんですよね、雪山での遭難。12月28日付の毎日新聞の記事の抜粋です。 雪崩 静岡市の男性2人不明…北アルプス抜戸岳 12月28日22時10分配信 毎日新聞 【前略】 県警の調べでは静岡山岳会の4人は27日午前7時ごろ、奥飛騨温泉郷の新穂高温泉から入山。午後3時ごろ、標高1480メートル付近の小池新道入り口付近でテントを設営。【中略・遭難者A氏名】さんと【中略・遭難者B氏名】さんは登山ルート偵察に出かけ、雪崩に巻き込まれた。 【中略】 【中略・遭難者A氏名】さんは登山歴20年で、今回雪崩が起きたルートも1回経験していた。登山歴3年の塚田さんには初めてのルート。登山計画では29日に東尾根から抜戸岳に登頂し、30日に新穂高温泉に下山する予定だった。 岐阜地方気象台によると、27日午後3時には抜戸岳から南に約10キロの観測地点・高山市奥飛騨温泉郷栃尾は晴れで、気温は氷点下0.8度、風速は西2メートルだった。同4時11分に飛騨北部に雪崩注意報が出ていた。 同県警は、数日前に降り硬くなった雪の上に積もった新雪が崩れ落ちる、表層雪崩が起きたとみている。竹腰藤年・北飛山岳救助隊長は「今回のようなゲリラ雪の時は、どこで雪崩が起きてもおかしくない」と話している。【奈良正臣】 【後略】27日午前7時ごろ、入山したということです。その前日には各地が大荒れで、それ以前からそうなると予報がされていて、当の現場も「雪崩注意報」が出ていたのに…。 それなのに、
登山をするに当たり、天候を調べていなくとも、天候を知っていたのだとしても、いずれにしても論外です。 安否がわからない中でこう書くのもどうかと思うですが、たかがお遊びで、多くの捜索隊・救助隊の人たちまでそんな雪山に向かわせて、危険にさらす結果になった責任は、極めて重いと断罪せざるをえません。 むろん、家族や友人、同僚などに悲しみや心配を与えた年末にしたということも。 何も知らない私が学生時代山岳部に入って、まず顧問や先輩にみっちり叩きこまれたのは、「登山の技術」や「基礎体力」の向上なんかではなく、「気象情報の入手方法」「天気図の見方」「現地での天候急変を感じ取る方法」「地形図の見方」などのほか、「山への畏敬・身の程を知る」ということからでした。それらに比べれば、登山技術や基礎体力なんかは二の次・三の次です。 今でも覚えているのは、
別に斬新な教えではなく、ごく当然の基本ですが重要なことであり、その後15年ほど経ち知識や技術、経験は当時より向上しましたが、その基本的な「勇気」は常に持っています。そのため、結構山歩きをしましたが、事故には遭ったことがありません。 登山人口が非常に多いこの日本で、事故・遭難に遭う人が多いと言っても全体数に比べればゼロと言っても良いほど少ないというのは、ほとんどの人がこの当たり前の基本をご存じで、実践しているからではないでしょうか? にも関わらず、大荒れするという気象条件の中、ノコノコと出かけて行って遭難したというのですから、何年登山をしていようが、知識や技術がどうであろうが、基本を身につけてもいないドシロウトに過ぎず、そしてお遊びで他人に重大な迷惑をかけている以上、安否とは別に、その行動が批判されてしかるべきです。 このような無謀な行動で遭難した人は、良き師や先輩に出会うことも、自らそう思い至ることもないままの、ただダラダラ頂上を目指すだけの登山しかしたことが無かったのでしょう。 もっと言えば、単に時間を惜しんで山に行くことだけが目的で、いくら山に行った回数だけの経験を重ねようがそもそもが基本ができていないために、山への畏敬とか、心身の鍛練ということができていなかったのでしょう。その思い上がりが招いた事故ではないでしょうか。 自らの技術や知識、体力、お金をかけた装備なんかが、自然の中ではちっぽけなものに過ぎず、ひと風吹けばすっ飛ばされるという枯れ葉のような存在でしかなく、雪山でしっかり生きている野兎よりもか弱いという自覚があれば、こう無謀なことをしたりしません。 この人たちばかりではなく、同じく遭難した人がいます。 28日付の読売新聞の記事です。 岐阜・長野で相次ぐ山岳事故、29日以降に捜索再開へ 12月28日12時18分配信 読売新聞 28日午後0時45分頃、長野県駒ヶ根市の中央アルプス・檜尾岳(ひのきおだけ)(2728メートル)付近で、東京都狛江市岩戸南、【中略・遭難者氏名】さん(34)が滑落したと、駒ヶ根署に通報があった。 県警は強風のため現場に近づけず、28日午後3時頃、捜索を打ち切った。同行の千葉県内の女性(51)も避難しているとみられる。29日以降に捜索を再開する。発表によると、【中略・遭難者氏名】さんは27日、女性とともに入山し、31日に下山予定だった。 山形県朝日町の大朝日岳(1870メートル)では、28日午後4時頃、埼玉県蕨市中央1、法務省職員【中略・遭難者氏名】さん(42)が滑落、行方不明になった。 【後略】おそらくは、多少の経験を中途半端に持ってしまった未熟者なのだと思われます。 十分な経験や知識と、もちろん情報を元に基本的な注意を持っている「優れた登山家」でさえ、急変を予測しきれずに事故に遭う冬山で、荒れると分かっていて出かけるのだから、中途半端な経験が根拠のない自信になるくらいならば、まだ恐れを知っている未経験者の方が優れていると言えます。 こう、事故に巻き込まれた人を批判すると、「登山は冒険だ。失敗して批判されるなら誰も何にも挑戦しなくなる」とか、「何でも自己責任ならば、外に出れやしない」などというトンチンカンな批判をされることがあります。 それは間違っています。こんな何も考えない無鉄砲な行動を「冒険」とは言いません。 世界的な冒険家は、綿密な準備と計画を整え、ことに臨んでは臨機応変の最善の選択をした上で、ある意味、達成されるべくして達成されているわけです。そして、それは世界中の人に影響を与えています。 一方、どこまでも個人的なお遊びを冒険といって周囲がたたえる必要はありません。 そして、日常生活で外に出ることと、浮世離れしたお遊びを同列に考える人がいることも、おかしい。当たり前のことと、そうでないことの区別ができず、個人の好き勝手な行動をなんでも許容して、その尻ぬぐいを多くの他人の善意などに負わせることに何も疑問を持たず、恥と思わない風潮が、真面目な人のやる気を削ぎ、こうも日本全体の閉塞感を持たせる1つのキッカケとさえなっていると思います。 「自由」には「義務」や「責任」が伴うのです。 際限のない自由なんて、ありません。 しかし、言うまでもなく行方不明の人々が無事生還することを心から願い、もし亡くなられた場合にご冥福を祈り、ご遺族の心中を察するのは当然の話です。 一部ネットの掲示板などでこの事故について、遭難者を「死ねばいいのに」「放っておけ」などという心無い暴言が見られるのは実に恐ろしく、背筋が寒い思いがします。 しかし、だからと言って彼ら・彼女らの「無謀な行動」がそのまま「無事で良かったね」あるいは「悲惨な事故だった」で終わらせては、毎年毎年、こんなバカげた騒動・悲しい騒動に、善意の救助隊や登山者とそれらのご家族が巻き込まれてしまう悲劇が繰り返されることが続きます。 そして、そういう過去から繰り返されている類似事故が今年も減らないのは、遭難する人がそれら過去の遭難事故を一切教訓にしていないということです。 過去に亡くなられた方の死を、その後「あのような悲惨な事故にならないようにしなくては」と他者が思い実行することで、亡くなられた方の死を後から少しでも有意義なものとし、ご遺族を慰めるかもしれない手段になりうるというのにも関わらず、こうも繰り返し遭難事故を引き起こす人々というのは、直接何か言うわけではないにせよ、結果的には過去に亡くなられたそれらの死を無駄死にとしている・亡くなられた方の死を侮辱しているとさえ私は感じます。 だから、無知・無謀な行動を、厳しく非難すべきなのです。
|
全体表示
[ リスト ]






そう言えば自然体験施設にいたとき、地元の小学生たちが登山に行きました。
しかし、しばらくすると、救援を求める無線連絡が。「引率の教師が足をケガして歩けない」ということでした。
そこで同僚ら4人とタンカを持って登山道を駆け上がり、話を聞いて驚きました。
足を傷めたというのは登山中ではなくその数日前で、「痛かったけれど、大丈夫だろうと思って登って来たけれど、ダメだった」という話。しかも、養護教諭(=保健室の先生)。
大がらの先生だったので、足元悪い狭い登山道をタンカに乗せて下山するのは苦労しました。
そして、子供たちは養護教諭の引率が無くなって登山を続けることに。もっと早く言っていれば、どうにでも代替手段を取れたのに。
まあ初心者にそれを求めるのは酷かもしれませんが、登山のときの心構えも、もっと普及啓もうしなければなりませんね。
2008/12/29(月) 午前 11:34 [ 泉ヶ岳 ]
遭難者の家族、友人だけではなく、捜索隊の家族や友人も心配し・悲しみます。
無知で無謀な行動は、多くの迷惑をかけるのです。
山は変わらず、四季そのとおりに何万年もそこにあるのに、思い上がった愚か者がそこに行き、当然の結果として亡くなったことにより、「死の山」だのと不名誉な称号を押しつけられたりします。
また、その愚かな行動により死者が出ることで、きちんとした山を趣味にしている大多数の人まで、同類扱いの目で見られてしまったりしますし、そのうち入山規制などされかねません。
「本人の問題」では済まないのです。
それさえ理解できない連中を馬鹿と言わずして、他に何と呼ぶべきでしょうか。
2008/12/29(月) 午後 11:45 [ 泉ヶ岳 ]