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以前、「毒グモであるセアカゴケグモを捕えているところが観察されたマエアカクモバチ」について書き、その後「マングース」について書いた直後に、鹿児島県内でマングースが初めて正式に確認されたというニュースが飛び込んで来ました。 これらから言えるのは、生物を含めた自然というのは人間のような小賢しい存在が全てを理解したりまして操作なんてできるものではなく、それはハブを退治しようとろくに考えもせずにマングースを野に放ったことが、30年も経つ今日まで、様々な影響が出るからと「根絶」などに右往左往、何ら落ち度のない命を虐殺する身勝手な人間の行動が非常に愚かしいということから見てもわかるということです。 小賢しい人間が勝手なマネをすると、多くの生物にまで迷惑をかけてしまうことを、いい加減学ぶべきでしょう。 「マエアカクモバチ」の記事を書いたときに、引用元の記事中に大阪府の環境衛生課の職員が「生態系の影響を考えなければいけないが、面白い発見だと思う」というコメントを出されたとおり、こういうものは自然の中で折り合いを付けようとしているものに人為的に介入することで、思いがけないデメリットが発生しかねず、慎重にすべきということですね。 ところが。 7月21日の時事通信の記事です。 羽なしテントウムシが誕生=世界初、害虫駆除に有用−名古屋大 7月21日2時6分配信 時事通信 名古屋大の新美輝幸助教らの研究グループは、羽のないテントウムシを世界で初めて作ることに成功した。害虫のアブラムシを食べるため、テントウムシの一部は農業で利用されている。羽なしテントウムシが用いられれば、飛んで逃げなくなるので害虫駆除の効率が上がるという。 研究結果は21日付の英昆虫科学専門誌・電子版に掲載された。 新美助教によると、生物はリボ核酸(RNA)を介して、遺伝子から羽や手足を形成するなどの指令を出す。同助教らはテントウムシの羽を作りだす遺伝子を特定。その指令を運んでいるRNAを分解し、働きを失わせることで、羽なしテントウムシを作り出した。ちなみに、こちらには、少々グロテスクですが、そのテントウムシの哀れな姿が写真で掲載されています。 驚きましたね。本当に。 いやあ、別にその研究の成果とか、そういう操作でそんなことができるのかとか、そういう話で驚いたのではなく、
ってことに驚きました。 調べると、この研究者は「名古屋大学 生命農学研究科 生物機構・機能科学専攻」と、何だかわかったようなわからないような専攻ですが、基本が農業のようですので、類似事例や注意すべき点を知らないはずがない。 こういう、人間本位で命をいじくるのは私は嫌いですし、反対です。 確かに、これまでも生物農薬として天敵関係にあるものを利用をしたり、生殖細胞を破壊した雌雄を放つなどの手法は取られてきましたが、これはそれとはまた別物です。 天敵同士の利用でも、「マングース」のように思いがけない事態になるというのに、こういう遺伝子レベルでの操作が引き起こすミクロな世界からの影響の蓄積など、何か問題があっても人間には容易に気づくことができず、先のマングースを根絶せよと主張する日本哺乳類学会の主張ではありませんが、それこそ「気付いたときにはもう手遅れ」で、「取り返しのつかないこと」なのです。 少し思いついただけでも、例えば、こんな疑問がすぐにわき出ます。 ●羽を失わされたことで身体バランスが変わり、歩行にさえも影響が出るという本末転倒にはならないのだろうか?
…と、いくらも出て来ます。●単純に食糧を探して草木から草木への移動というわずかな飛行もできなくなり全て歩行だけでは、かえって効率的とは言えないのではないか? ●そもそも、いったいあの小さく常時飛ぶような昆虫ではないテントウムシは、羽があってもどれほどの生涯の移動距離なのだろうか?もともとそれほど移動する生きものでなければ無意味ではないのか? ●羽が無くなったことで、天敵、例えば野鳥やトカゲ、肉食昆虫などから逃げることができなくなり、数を減らしやすいのではないか? ●羽が無くなったことで、柔らかい身体を保護していた外側の羽も失い、日光から乾きやすいとか、ちょっとした草や他の昆虫からの接触ですぐにダメージを受けて短命にはならないのか? ●羽が無くなったことで、身体の保温は大丈夫なのだろうか?寒い冬を越せるのだろうか? ●それは、その処置をした個体の子孫にまで遺伝的に引き継がれるほどの影響があるのだろうか?もしそうであれば、他のテントウムシと交配したりはしないのだろうか? ●もし、子孫にその性質が受け継がれ、そしてそのもくろみどおり、移動距離が極端に短くなった場合は、ある特定の場所にのみ集中してこのテントウムシがあって、それが自然の中でバランスよく棲息しない偏った状態になるのではないか?そしてそうなった場合、このテントウムシを食べる天敵が、捕まえやすくなったこのテントウムシを食べるべくそこに多く飛来してしまい、それらが巻き起こす影響は無いのか? ●そのテントウムシを他の生きもの、野鳥などが食べても、問題がないのか? テントウムシが、他の種類と交雑するかはわかりませんが、例えばジャガイモなどナス科の農作物につく「ニジュウヤホシテントウ」などは人間にとっては農作物の害虫ですから、羽が無くなればそこに居座るというのがこの実験の目的というのならば、もし交雑して、そういう羽のないニジュウヤホシテントウが生まれたらどうするんでしょうね。ジャガイモ畑に居座られて、そのテントウムシ用とアブラムシ用の二重に薬剤を散布することになったりして。 そういうもののほか、人間の気持ちとしてもどうかと。 人間の感情で好き嫌いを言うのは問題かもしれませんが、この羽のないテントウムシの写真のテントウムシは、どちらかといえば醜悪な様相です。 子供たちの結構多くはナナホシテントウムシのような鮮やかで小さいテントウムシのイメージが強く、テントウムシならなんでもカワイイ・何となく役に立つ昆虫だから殺してはだめ、と思う傾向があるものですが、このテントウムシを野原で見かけたらあまり良く思わないのでは?直接の害は人間には無いかもしれませんが、「見た目の嫌悪感」も害と言えるのではないですかね? そうしたら、やはり、羽が無いことで農業関係者以外の農家からの庇護は受けられないでしょうね。なんとなく、あの丸みを帯びたデザインで人間とある程度共存していたものが、それを失ったことで、対人間の生き残り戦略としてはどうなのでしょうか? こういう何か1つの学問で実績を上げるような方には、その学問においては優秀な、あるいはそれまでにない何かを生み出すことには長けていても、しかしその学問は何のためにあるのか?人のためではないのか?その他との関連や影響は無いのか?人はどう思うだろうか?ということでの視点が欠けていることもあるということがありますね。 むろん、私が数秒で思いつくようなことですから、大学のセンセー様が気づかないわけがないので、そういう諸問題をきちんとクリアした上で、そういう遺伝子レベルでの実験や、成功したと発表しているんでしょうねえ。記事で伝えていないだけで。当然ですよね。 まあ、私は気分や主義主張だけで言うのではなく、これはおそらく、実用化には至らずに終わる趣味・お遊び・無用な学問として終わるのではないか?と思います。 くれぐれも、実験室という狭い世界から外には出さないでいただきたいものです。 【追記 09年7月23日】
7月22日の中日新聞の記事によれば、この形質は遺伝されないということです。 テントウムシの羽作る遺伝子発見 名古屋大研究グループ 【前略】 その上で、遺伝子のDNAの指令を伝えるリボ核酸(RNA)を分解して働かないようにするため、同じ配列をした人工のRNAを幼虫に注入すると羽のない成虫になった。 このテントウムシは、アブラムシを食べるなど、羽がない以外は通常と同じだった。 グループによると、2006年にノーベル賞を受賞した「RNA干渉法」と呼ばれるこの方法は遺伝子を直接、組み換えないため、生態系に影響は与えず、交尾しても通常のテントウムシが生まれるという。 新美助教は「世界中で化学農薬による環境汚染が問題になっている。飛べないテントウムシのような新しい生物農薬ができれば、農業に寄与する可能性がある」と話している。遺伝的な問題が本当にクリアになったとしても、影響はそれだけではないのでは!?と思うのは既に書いたとおりです。それに、我々がそう間違いないと思っていたことでも後で思いがけないしっぺ返しが来るということは聴き飽きましたし。 また、化学農薬による環境汚染はアブラムシによるものだけではなく、この羽の有無によるテントウムシの、単位面積当たりのアブラムシ駆除率なども記事ではわかりませんし、何とも効果もわからない記事ですね。 |
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>くれぐれも、実験室という狭い世界から外には出さないでいただきたいものです
っていうよりこんな研究所なくしちゃえって思う次第で・・・・爆
ちなみにクモガタテントウは北米原産で生物農薬として日本に持ち込まれましたが、見事に日本に適応して繁殖しちゃってます。今年から屋上菜園の規模を拡げてやってますが、東京のビル屋上でさえそんな外来種が登場してます。(汗)
人間のやることに完璧ということが無いのを研究者は知るべき
TBさせていただきます。
2009/7/22(水) 午前 7:23
天道虫が枝の一番上を目指して、
そこに溜まってしまって
生物農薬の機能も果たせず、
ポタッと一斉に落ちて潰れて死のうとする
姿が目に浮かびました。
天道虫が醜悪に見える以前に可愛そう過ぎて。。。。
2009/7/22(水) 午前 11:38
ecodeoyasaさん
この研究者はわかりませんが、よくあるのは、「研究のための研究」になってしまい、当初の目的が無くなって来たり、研究結果に目的を合わせるという本末転倒なことも聴きます。
「自分のやっていることは、間違っているかもしれない」ということを、特に高度な知識や技術を持つ研究者には、常に持っていて欲しいですね。
SHINYAさん
おっしゃる情景、目に浮かびました。
悲しい風景。でも、それは人間が作り出した悲しい風景。
そのテントウムシが醜悪と感じるのは、人間の行いが醜悪に思うからかもしれません。
2009/7/23(木) 午前 7:44 [ 泉ヶ岳 ]