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9月17日の産経新聞の記事ですが、トキと同様、コウノトリの野生復帰事業について、うまく行っていない記事が出ていました。 放鳥コウノトリは“スネかじり” 公園の餌に依存85% 産経新聞 9月17日(金)11時41分配信 兵庫県立コウノトリの郷公園(豊岡市)が平成17年秋から実施しているコウノトリの野生復帰事業で、放鳥されたコウノトリの約85%が、公園の餌に依存している実態が17日、明らかになった。飼育ケージからは自由になったものの、本来の野生復帰はまだまだ遠いようだ。 コウノトリの郷公園によると、放鳥したコウノトリは5年間で計27羽。事故死するなどした6羽を除き、野生状態で生息する21羽のうち1羽は所在不明で、18羽が放鳥後も公園内の飼育ケージに戻り、職員が用意した飼育中のコウノトリ用の餌のアジやフナを食べている。 郷公園は餌が少ない冬場も毎日決まった時間に餌を与えているため、放鳥されたコウノトリも確実な餌場として利用するらしい。 豊岡市内では、コウノトリが生息しやすい環境づくりのため、無農薬や減農薬でコメなどをつくる「コウノトリ育む農法」の農家が増え、現在の面積は約250ヘクタール。ここにはカエルなどの生物が比較的多く生息し、放鳥されたコウノトリの餌場に対応できるが、自力で餌捕りをしているのは2羽だけだった。 郷公園の大迫義人・主任研究員は「餌を捕って食べることができないのではなく、しようとしない状態。公園に戻ってくることを阻止することは難しく、今後は自立する対策を講じていく必要がある」と話している。周辺環境を整備しつつあるのに、ほぼ大部分が元の場所に戻ってエサを食べ続けているというのは、1つは、施設の運営上の問題と、もう1つは、動物として当然に楽で確実に食料を得たいからでしょう。 絶滅した、あるいは絶滅に瀕した動物を元に戻そうとするのが、人間の思惑どおりに行くことなんて無いということが、あらためてわかります。 だからこそ、そうなる前にそれが必要となる状況とならないように保全する努力が必要なわけですね。 まだ扱いが容易なコウノトリでさえこうなのですから、以前にも少し触れたニホンオオカミを放つという主張がいかに机上の空論か、ということが、自ずと知れるというものです。
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【佐渡トキ保護センターの大失態】
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私のブロガーの方からとよおけに住んでる方からですがコウノトリの巣立ちの記事を読ませていただきました。
あまりにも大事にしすぎるためにそういう現象がおきているんでしょうか?
2010/9/19(日) 午後 1:13
ども、自然で繁殖できないから絶滅、放せば増える環境でない、誰かの利益のために利用されているだけのこと、こういうのが一番頭にくる。
2010/9/20(月) 午前 8:52 [ rankiti007 ]
キャサリン・ミホさん、コウノトリの問題というよりも、それを管理している人の問題なんでしょうね。
過保護に育てた子供が成人になったのに自立しないで、親がどうしていいかオロオロしつつ養っている、というような印象がしてしまいます。
2010/9/20(月) 午後 8:36 [ 泉ヶ岳 ]
rankiti007さん、私は自然を大切にする、というのは、究極的には人を大切にする・快適な環境を維持して生き残るために行うことであると思っています。むろん、命は最大限尊敬し、尊重します。
ですので、単に失われたトキやコウノトリ、ニホンオオカミを感傷や興味で繁殖・増殖させるというのは無意味で無駄としか思えず、同時に、商売で儲けたいだけの連中が裏で糸を引いているとすれば、命に対する冒涜としか感じず、嫌悪感を持ってしまいます。
コウノトリが生きていける環境づくりが人間にも日本の国土にも良い、というのならば支持しますけれどね。コウノトリの命を馬鹿にしてんのか?とさえ思ってしまいます。
2010/9/20(月) 午後 8:39 [ 泉ヶ岳 ]
一度餌付けをされてしまうと難しいですね。そこにいけば餌があるんですから。
2010/9/21(火) 午前 9:15 [ プーサン ]
泉ヶ丘様、命を馬鹿にしているとか出なく、何でも理屈を付けいかにも正しいかのように人をだまし、かげで金儲けをたくらむ、その手口と考え方が小ざかしいと言うか、下品と言うか馬鹿にしいている、結局税金の無駄となる。最低の人間のすること。
2010/9/21(火) 午前 9:18 [ rankiti007 ]
プーサン、先日暴れまわったサルは、人間に餌付けされていた可能性を専門家が指摘していましたが、動物は最小の労力で最大の成果を常に命がけで考えて行動していますので、それを忘れた人間がどうこうコントロールできるものではないということですね。
2010/9/22(水) 午前 7:27 [ 泉ヶ岳 ]
rankiti007さん、それが結果的に命を軽視しているということにもなっていると思います。
損得は人間の経済活動であり、食べることと同じように他の動物を犠牲にするのもやむを得ない場面がありますが、しかし大前提として、最大限それらを尊重するということが無ければ飽食ですね。
人間の中だけでのいざこざだけでなく、他の生命にもそのようなエゴで巻き込むことに無神経なことが、自然や環境の破壊=自分で自分の首を絞める結果に陥ることになるのだと思います。
2010/9/22(水) 午前 7:33 [ 泉ヶ岳 ]