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以前、九州ではツキノワグマが絶滅したと言われている中で、近年に至るまで目撃や捕獲情報が寄せられ、実際に調査をされている方もいらっしゃるということを少し紹介しました。 かなり遅くなってしまいましたが、9月に、かつて、その根拠の1つであった1987年に大分県で捕獲されていたツキノワグマが、本州産であったという分析結果が出されました。 9月11日付けの朝日新聞の記事です。 「九州最後」のツキノワグマは本州産 遺伝子調査で判明 2010年9月11日9時35分 1987年に大分県豊後大野市緒方町の山中で捕獲され、「九州最後」とされるツキノワグマの遺伝子配列が、福井、岐阜両県に生息するクマの特徴を持っていることが独立行政法人・森林総合研究所(茨城県つくば市)などの調べで分かった。九州のツキノワグマの存在は、57年に大分と宮崎の県境付近で子グマの死体が見つかった時までさかのぼることになる。 全国のクマの遺伝子を調べている同研究所東北支所(盛岡市)の大西尚樹研究員と総合研究大学院大学の安河内彦輝特別研究員が調査した。北九州市立自然史・歴史博物館(同市八幡東区)が保存している87年に捕獲されたクマの体組織を解析した結果、遺伝子の塩基配列が福井県嶺北地方から岐阜県西部にかけて分布している個体と合致した。 このクマは87年11月、地元の猟師に射殺された。翌年、大分県がまとめた調査報告書は「九州産である可能性は否定できない事実として残る」と結論づけたが、近年の遺伝子解析の技術進歩から研究者の間では北陸産であることが指摘されていた。大西研究員は「今回の結果から九州産ではなく、福井・岐阜から持ち込まれたクマか、その子孫と判明した」と語った。 九州のツキノワグマについては、かつて生息していた熊本、宮崎、大分の3県は2001年までにそれぞれ絶滅したと判断している。すごいですね。遺伝子分析によって、その個体がどの地域に属する熊なのか?という判定ができるには、解析技術だけではなく、長年の情報の蓄積などが無ければできないわけで、こういう長年の積み重ねによる地道な研究の成果というのが、こういう面にも貢献するのですね。 さて、私は単純に疑問なのは、まず、1957年に大分と宮崎の県境で見つかった子熊の死がいの、親や兄弟はいなかったのだろうか?ということがまずあります。 親が撃たれて、そして撃たれなかったものの逃げた子熊は1頭で生きるには幼く死んだ…など、推測はいくらでもできますが、推測は推測で事実とは違います。 もっとも、ある一定の頭数しかいなくなれば、その後は人間に関係なく、絶滅に向かうのでしょうけれど。 それと、1987年に捕獲された本州に由来するツキノワグマ、しかも福井・岐阜という離れた場所からどうやって九州に来たのか?ということです。 さすがに移動できる距離ではありませんから、何らかの理由で人為的に持ち込まれたものという可能性が高いかもしれません。 以前紹介しました記事にあったとおり、山形県内で存在しないはずのシカを分析したところ屋久島産や静岡産だった・人為的ではないか?ということですから、その動機は不明ですが、十分ありえることなのでしょう。 九州も広大な土地に豊かな自然が残されていますが、しかしそれでも、大型哺乳類であるツキノワグマが50年以上、ハッキリとした目撃や捕獲という情報も無く生き残っているというのは普通、考えづらいことです。 熊の行動範囲や食べる量などを考えれば、まして、種を維持していく上では一定頭数がいなければできないことですから、必ず目撃や痕跡といった存在の証明が発見できそうなものです。有効なそういったものが得られない以上、「絶滅」という判定も間違いとは言えないでしょう。 しかし、一方で、以前紹介しましたように、鹿児島県でそれまでいないとされていた外来種・マングースの生息が確認され、これも人為的に持ち込まれたのではないかという指摘と同時に、30年前には捕えられていて剥製にされていたという、一部の地元の人には認識されていたことが、県などの公的機関がまるで把握していなかったという一連の出来事もあるくらいですから、九州での熊の目撃情報がきちんと公的機関に届くこと無く至っているということが、全く無いとも言い切れません。(個体の大きさなどがまるで違うので単純に比較できませんが。) また、以前も書きましたように、その絶滅と判定した際の調査をどの程度したのか?ということにもよると思います。一定の範囲を一定期間、集中してある程度の規模で調査をしなければ、根拠と言うには薄弱だと思いますが、その辺はどのくらいのものであったのかどうか。 と、そう上記記事を読んで漠然と思っていたのですが、11月25日の読売新聞の記事に、その続報というか、関連記事が掲載されました。 絶滅VS生息、九州クマ論争 九州ではすでに絶滅したとされる野生のツキノワグマを巡り、論争の兆しが出てきた。12月に発行される学術誌に、宮崎県内で過去10年に少なくとも6回、クマらしき動物が目撃された、という報告と、逆に「最後の野生クマ」の確認時期が従来の1987年より前にさかのぼることを示した調査結果が同時掲載されるのだ。専門家からは、絶滅の確定には広域的な調査が必要、との指摘も出ている。 クマの研究者らでつくる「日本クマネットワーク」(事務局・日本大)によると、国内に生息する野生のクマは、北海道のヒグマと本州・四国のツキノワグマだけ。今年は集落や市街地に出没し、騒動を巻き起こしたが、九州では87年に大分県豊後大野市の山中で射殺された4歳のオスを最後に確認されておらず、熊本(98年)、宮崎(2000年)、大分(01年)の順に、各県がレッドデータブックに「絶滅」と記載していた。 ところが、ツキノワグマを追って福岡県から宮崎県高千穂町に移り住んだ写真家の栗原智昭さん(45)が、かつて生息が確認された大分・宮崎県境の祖母・傾山系の周辺で聞き取り調査を続けたところ、00年10月〜09年4月の間、同町や延岡市、日之影町などで計6回にわたり、住民や猟師からクマとみられる8頭の目撃情報を確認した。写真は残っていないが、大きさや毛の色、動きなどの特徴からクマの可能性が高いという。今月15日にも、高千穂町と豊後大野市の境付近でクマらしき動物を見たという情報が登山者から寄せられたといい、「飼育中に逃げた別種の可能性もあるが、安易にツキノワグマが絶滅したとは言えない」と栗原さんは話す。 これに対し、森林総合研究所東北支所の大西尚樹主任研究員らが、87年に射殺された「最後のクマ」について、冷凍保存された横隔膜の組織を遺伝子分析したところ、「九州産ではなく、本州から持ち込まれたか、その子孫」との結果が出た。これに従えば、「最後の野生クマ」の確認時期は一挙に半世紀前の57年までさかのぼることになるという。 栗原さん、大西さんらの調査結果は、12月発行の学術誌「哺乳(ほにゅう)類科学」に掲載される。 同ネットワーク代表で、茨城県自然博物館首席学芸員の山崎晃司さんは「野生のクマが生存する可能性は低いと言わざるを得ない。ただ広域的な痕跡調査や林業従事者への聞き取りが行われておらず、絶滅を断言するには不十分」と指摘している。 (2010年11月25日 読売新聞)ぜひともこの「哺乳類科学」は拝見したいと思います。 ここで大事なのは、記事末尾の、私が疑問だった、「広域的な痕跡調査や林業従事者への聞き取りが行われていない」ということで、それでしたら、「絶滅」と断定するのは不十分というのは当然です。おおよそ高い確率でそれが間違いないと推測できようとも、調査が十分とは言えないでしょう。 もっとも、私は目撃情報があるということで、それが必ずしも有力な情報とも思っていません。 むろん、動物園やテレビの映像などでツキノワグマを見たことがあるとは思いますが、いくら猟師さんや山間部の住民といえど、絶滅したと言われるほどですから、屋外で初めて、そして短い時間だと思うのですが、それだけの目撃で、それがツキノワグマだと言う証言が、間違いない目撃情報とも思えないからです。聞き取りをした写真家の方の期待がそういう証言になっている可能性もありえます。 私がそう言うのは、結構山間部などで熊の目撃情報があって私や知り合いの行政職員が現場に言ってみても、アナグマやタヌキの足跡が残されていたり、野犬だったりという経験や話が少なからずあるからです。 しかし、調査は必要です。 というのは、もし絶滅したと思われていた九州産ツキノワグマが再発見されれば、国内の熊分布の比較や遺伝データの蓄積が進んだり、この間、どのように人里に関わらずに生息し続けてきたのか…など、日本における熊と人との関わりなどを大きく見直すキッカケになるなど、様々な可能性につながるかもしれません。 それほど難しい作業ではないと思うのですが、私が一番不思議なのは、そういう調査を未だに組織的に行われないということです。 【追記 2010.11.27】 11月27日の大分合同新聞に、大分と宮崎の県境においてツキノワグマらしき動物を見たという情報が入ったとの記事が出ていました。 「クマ?を見た」 祖母・傾山系 [2010年11月27日 09:06] 祖母・傾山系でクマらしき動物を見た―とする登山者からの目撃情報が26日までに、宮崎県高千穂町の写真家栗原智昭さん(45)に寄せられた。目撃したのは大分市内の会社員男性(44)。今月13日午後1時10分ごろ、体長50〜60センチの黒い動物1頭が大分と宮崎の県境にある登山道を横切ったという。 九州でクマを捜している栗原さんによると、信ぴょう性の高い目撃情報(同山系)は2000年以降7件目。いずれも確証には至っていない。今回は現地調査や本人への聞き取りなどから「誤認は否定できないがクマの可能性は高い」としている。 九州のクマ(ツキノワグマ)は87年11月を最後に野生絶滅したとされる。どうも、わかりません。 詳細はわからないのですが、まず疑問なのは、この目撃した男性は、なぜ、警察や行政ではなく、栗原さんに情報を提供したのでしょうか?しかも、先に紹介した読売新聞の記事が出た直後というタイミングに。むろん、写真家の栗原さんが九州でツキノワグマの調査をされているのは、少しツキノワグマに関心がある人ならば知っているほど有名な話ですのですが…。 もう1つは、「誤認は否定できないがクマの可能性は高い」というのは、意味がわかりません。かなりの確度で熊だと思うが、誤認ではないとも言い切れない、という意味でしょうか? 現地調査をされたということは、足跡とかフンとか、食べた痕とか、フィールドサインが見つかったのでしょうか?記事には触れていませんが、そこまで確証を持たれた理由がわかりませんと、何とも言えません。 だいたい、大分合同新聞も、記事末尾の「87年」とあるのは間違い(正確ではない)のは、本文で紹介した記事中のとおり。中途半端な記事ですなあ。
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