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増加する野生鳥獣の被害を軽減するべく、頭数調査やその管理の重要性をこのブログでは取り上げさせていただいておりますが、以前、少し紹介したことのある「海外からオオカミを導入し、日本に放す」という奇説に対して、一部自治体で関心を示しているというめまいのする記事を見かけました。 12月22日の大分合同新聞の記事です。 オオカミで獣害対策 豊後大野市が前向き シカ、イノシシなどによる鳥獣被害が全国的に拡大する中、国内で絶滅したオオカミを海外から導入して駆除するアイデアが浮かび上がっている。日本オオカミ協会(会長・丸山直樹東京農工大名誉教授)は、オオカミの研究や情報交換をする市町村連絡協議会の組織化に向け、全国の自治体に働き掛けており、県内では豊後大野市が前向きな姿勢。同協会は同様に関心を示す自治体と来年中の組織立ち上げを目指している。 日本オオカミ協会は1993年に発足。捕食者としてのオオカミが絶滅したことによりシカ、イノシシが増え過ぎ、森林生態系が破壊されているとして、オオカミの“復活”を目指している。 豊後大野市の場合、鳥獣被害額は過去4年間、2千万〜5千万円で推移。有害鳥獣の捕獲頭数は増加傾向で、本年度は10月末までにイノシシ504頭、シカ336頭に上る。 市は鳥獣被害対策協議会を発足させ、囲いわなの設置、箱わなの貸し出し、狩猟期間中の報償金導入などをしているが、「根本的な対応は難しい」としており、オオカミによる駆除に注目した。 オオカミの導入によりシカを削減した事例として、米国のイエローストン国立公園が知られている。国内での実現例はないが、北海道、四国などの自治体も関心を寄せており、超党派の国会議員による「オオカミの復活を考える勉強会」も開かれている。 丸山会長は「基本的にオオカミは人を襲わない。オオカミへの抵抗感を持つ人も、説明を重ねると理解を示してくれる」と説明。 橋本祐輔市長は「課題は多いが、自治体による組織をつくり、協議することが重要。住民の理解を得ながら対応したい」としている。 一方、環境省野生生物課は人や家畜、ペットへの被害、感染症などの課題を指摘し、「獣害対策としてオオカミ導入を具体的に検討する状況にはない」と否定的だ。どんな思いつきでも主張するのは勝手ですが、行政が迎合するのは止めてもらいたいですね。 行政においては以前から書いていますように、その業務分野の専門家が担当するわけではないので、しばしば「専門家」から意見を聞き、それでもってその後の行政に反映させるということが実に多いわけですが、これは行政の責任逃れ・隠れ蓑になっているという指摘は繰り返しされています。 専門家が間違っていても、行政らはその是非は判断できないこともあります。その是非判断ができるならば、最初から専門家は必要無いのですから、それも当然でしょうね。しかし、「専門家」が間違っていれば政策全てが直ちに間違っているという困った事態にも陥りやすいわけです。 記事にある主張を見た範囲だけで、指摘させてもらえば、 (1)「基本的に人を襲わない」などというのは、あまりに無責任な見通しの甘い想定。仮に1人でも襲われた場合、そう主張するあなたが取りようの無い責任をどう処理するのか?
という2点がまず思い浮かびます。(2)有害鳥獣駆除を目的としているようだが、なぜ、導入したオオカミがイノシシやシカだけを駆除すると思うのか?逃げ場の無いところに飼われている家畜類の方が襲いやすい以上、それらの被害が発生した場合は、その賠償は誰が支払うのか? また、イノシシやシカ以外の、少数・希少動物が食べられる恐れはどう排除するつもりなのか? こういう思いつきを実践して大失敗となった例は、以前からこのブログで書いておりますが、沖縄のマングースとか佐渡島のテンとか、アメリカで問題になったアフリカ化ミツバチとか、そういう事例も山ほどありますね。私が知る限りでは、そんなものを持ちこんだり逃がしたりした人の責任が問われたとは聞いたことがありません。アフリカ化ミツバチに至っては死者も相当出ているほどの事態ですのにね。 もし、このオオカミ導入を本当に行って、それが思いがけない(当然の)損害が発生した場合、ご本人らは責任を取る覚悟はおありなのでしょうか。 それと、12月21日の紀伊民報には、この日本オオカミ協会とやらの会長さんが講演している記事があります。 「オオカミで獣害対策」 日本オオカミ協会会長の丸山さん講演 【中略】 日本でオオカミが絶滅したと判断される根拠について、オオカミは毎日ほえるので、生きていれば声を聞くはずだが、そんな話はないということを挙げた。子だくさんで6、7匹生み、現在は餌となるシカやイノシシがたくさんいるので、オオカミが生き残っていればあっという間に増えて目にするはずだが、それがないことも根拠の一つと話した。 【中略】 米国のイエローストン国立公園で95年と96年に計31匹、カナダからオオカミを連れてきて放し、それ以外の地域でも35匹放した事例などを紹介。この結果、2009年には公園の中で96匹に増え、公園の外まで含めると約200匹近くに増えた。それ以外の地域に放したオオカミはロッキー山脈で2500匹ほどに増えたという。 この結果、同国立公園に1万6千匹いたエルクジカが7千匹に減少。開放的な環境にいたエルクジカはオオカミが怖いことから、栄養状態の悪い林の中へ隠れ、死亡率が高まり、雌の妊娠率が下がった。食べられて減っただけでなく、オオカミがいつ襲ってくるか分からないという恐怖心がストレスになったことが、エルクジカが減った原因と考えられている。 日本にオオカミを復活させる話については「イノシシやサルなど、シカ以外の動物を減らすにも効果があるだろう」と話した。外来種を入れるのは心配だという声も聞かれるが、世界にはハイイロオオカミ1種しかいないことや、オオカミは世界中で15万〜16万匹生息しているにもかかわらず、人を襲う事例が報告されていないことを話した。 【後略】ツキノワグマも、本来人を襲うような性質は無いわけですがこう死傷事故が起きています。なのに、なぜオオカミは導入しても人を襲う心配は皆無であるかのようなことを、そこまで言い切れるわけでしょうか?どんな自信で主張されるのかわかりません。 導入するという結論ありきの人々の話を聞くと、オオカミが人を襲った事例は、「かなり特殊な状況下だった」とか「狂犬病によるものだ」などとおっしゃいますが、では、導入後、それらの特殊な思いがけない条件下とやらには絶対にならないと保証できるのでしょうか?ありえないのでは。 上記記事中には、ニホンオオカミが絶滅したと考える理由に、数があっという間に増えるはずなのにそれが無いことを挙げていますが、それは同時に、海外からオオカミを導入させた場合に、あっという間に増えるという裏返しにもなっているわけですが、オオカミの増加を調整するのはどうやって行うつもりなのかもわかりません。 確かに、オオカミを導入すれば、ある一定期間で人畜の被害を多少出しながらも、シカやイノシシが食べられていくことでしょう。 しかし、この日本で深刻な被害をもたらしているほどシカやイノシシはかなり多い推定生息頭数があるわけですが、そんな頭数がいるのに、農業被害を軽減させるくらいの影響力を持つオオカミというのは何頭くらいが適正とお考えなのでしょうか?それを超えた分は、どう処置するのでしょう? 短期的に考えれば、当初から全国一斉に相当な頭数を放たなければ、多少イノシシらが食べられたとしても、その程度の減少率(狩猟圧)は旺盛な繁殖力を超えることは期待できず、ほとんど何の効果ももたらさないと考えられます。これは、先日、長野県におけるニホンカモシカの駆除頭数と推定生息頭数を紹介したわけですが、これだけでもわかりますね。かなりの頭数を駆除しても全体数が多いので、数は増加もしない代わりに減らないようなのです。 当初からかなりの頭数を放てば、一気にイノシシらの数を減らせるかもしれません。しかし、そうなった場合、人為的に増やされ放たれたオオカミは、イノシシなどを一気に減らしながらもオオカミの頭数は増えて行きますから、日本の山野に一時的に過剰・過密状態になりえます。そうなると、ますます人畜被害が懸念されます。 熊でさえ、現在、「信者」「狂信者」が過度の保護を口走って問題になっていますが、導入後、家畜被害が増えたからといって駆除しようとしても、熊と同等以上にいるオオカミ「狂信者」たちはそれを許さず、頭数管理にも軋轢を生むのは目に見えています。 野犬などと交雑した場合、その性質がどう変わるか、分からないのではないでしょうか? 熊でさえ、道路などで分断されて地域個体群が近親交配的に進んでいますが、オオカミもそうなるのではないですか? などなど、疑問は尽きません。 放ったオオカミの頭数を完全にコントロールするには、GPSで管理したり、全て不妊治療をした上で放てば可能かもしれませんが、子供がいないとなると、狩りの意欲・動機が減退しそうです。 また、不妊治療をしてまでオオカミの頭数をコントロールするならば、オオカミの現存頭数(事故死や病死のロス)管理と、それらが活動したことによって減ったイノシシやシカの残存頭数をも完全に把握した上で算出しなければなりませんが、そんなことは理論値でしか把握できるわけがありません。 放つ大量のオオカミはどう増やすのでしょう?人工繁殖させてオオカミを生みだした場合、自然界に適応できるのでしょうか。莫大なお金をかけて行っている佐渡トキ保護センターでも野生復帰に苦労しているほどですが、うまくイノシシやシカを食べながら、自然界で生きていけるものでしょうか。 そういう思いつきに、責任を負うべき行政が軽はずみに迎合して欲しくは無いです。 いったい、何度失敗すれば、そういう生物利用について慎重さや反省をするのでしょう。 私には、この人らが本当に農作物被害軽減や自然界の生態系を考えての主張とは思えず、単にオオカミが好きだから「夢よ再び」と言っている程度のものにしか見えません。 「日本からオオカミがいなくなったのでシカやイノシシが増えた」と言いますが、日本からオオカミが絶滅したのは100年以上前の話。深刻な農業被害がそれ以前にあったのは全国の記録や猪垣の跡を見ればわかるので、オオカミがいる時代でも被害が深刻だったことがわかります。 また、絶滅したとされた直後からすぐにシカなどが膨大に増えたわけではないのは、人間による狩猟圧や林業が盛んだったなど、うまく調整弁になっていたためと考えられます。 従ってオオカミを持ちこむなどとそんな飛躍した絵空事を検討するよりも、人間による狩猟圧などを回復させる=人間の営みを生態系に組み込むような方法の方がまだコントロールしやすく現実的であり、問題も少ないのでは?と思います。 私にはオオカミにあこがれた一部の人の、結果ありきの逆説的主張展開のような感じがしますし、少なくとも、このような問題を拙速に進めるべきではないと考えますが。
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40年ほど前は禿山だったところが今はうっそうと木が茂っていて旧市街地から15分ほど登ったところには風倒木があるという奥山みたいな状況、平地を歩いて15分ほどのところにある山からイノシシが移動してきたようで、ここ数年生息が観察されています。住宅のすぐ横がもう里山でなく奥山なのです。人が放置してきたことで農被害が出ても仕方ないことと言えるほど、当たり前のことをしない時代に問題があります。
さらに言えば、戦後、奥山までも杉檜の二次林化した国策など多様な問題があるだけに、狩猟の問題と単独要因で決めつけるべきではないと思いますが、オオカミとは無縁の話であることも確か。狩猟のみに偏ってしまうのはオオカミに傾倒しているのと大差なくなります。地域のものが手を入れたくても出来ない山林の意味する問題など今上がっていることをひとつずつ確実に階段を上って行く以外に術はないはず。狩猟はそのほんの一部に過ぎません。
2010/12/24(金) 午後 9:18
議論をするつもりは無いのですが、「人(社会)が放置した里山」と、それがゆえに発生する「(個人の)農被害が出ても仕方が無いこと(と言えるほど)」というのは、私には結び付けるのはどうかと思います。
これまでも度々書いていますが、戦後の政策の失敗はあるでしょうけれど、それがここ近年に急速に被害額などが増加しているのに対して、タイムラグがあり過ぎると思います。
また、狩猟は人間本来の生きるための活動ですが、オオカミを放つことは人間の生きるための活動ではなく、「狩猟に偏る」のと「オオカミに傾倒する」ことは大差ないこととも私は思いません。人の生活様式の変化により発生した問題ならば、再度以前の様式を模倣すれば解決が近いかもしれない反面、オオカミ導入はかつてないことです。
2010/12/25(土) 午前 1:13 [ 泉ヶ岳 ]
はじめまして
オオカミ100頭あたり年間○○頭分の駆除効果がある、などの数字が欲しいですね。
私は北海道ですが、エゾオオカミがいた頃もエゾシカはたくさんいました。
乱獲と2度の大雪という不幸が短期間に3つ重なってはじめて鹿が減ったわけで(それが狼が農耕馬を襲う原因ともなり人為的な絶滅に繋がるんですが)狼に鹿の個体数調整の役割はあまり期待できないと思います。
エゾシカの農林業被害は50億円以上。裏を返せば50億円分の栄養豊富な農作物なり牧草なりを餌にして数を増やしている。ここの防除対策が徹底されないことには狼を放したところで「鹿も狼も増える」という結果になるんじゃないでしょうか。
野犬掃討条例も意義を失いますし、生じうるリスクを住民も許容しないでしょう。ごく小規模な隔離空間での実験以上には発展しないと思います。
2010/12/25(土) 午前 10:14 [ ear*hh*mmoc* ]
はじめましてearthhummockさん、コメントをいただきまして、どうもありがとうございます。
現実的には、どれほど計算と調査されつくして検討して安全性が担保できたとしても、住民感覚として是と許容されることは相当難しいと思いますね。
お住まいの北海道では、知床にオオカミを、という話が以前あって、(財)自然環境研究センターの米田政明さんが、知床博物館研究報告「知床に再導入したオオカミを管理できるか」
http://shir-etok.myftp.org/_media/shuppan/kempo/2701s_yoneda.pdf
という論文で、慎重な見解を示されて、この中で、採食量にも触れられております。
むろん、有害鳥獣駆除目的ではなく、トキと同じように失われた動物・生態系を戻そうとしたいという学者の思いもわからないでもないですが、それが強過ぎ、実際にお住まいの方の懸念や農林業被害者の心情を無視するような強引さは、反発しか招かないような気がします。
2010/12/25(土) 午前 11:59 [ 泉ヶ岳 ]
オオカミなんてハナから反対ですね。
オオカミは人を襲わない?家畜は襲うでしょう。何を襲う(食う)かわかったものじゃない。人を襲うようになるかもしれない。
人為的な行為がどれだけ自然を破壊してきたことか、わかってない。
行政がばかげた話に耳を向けるのは、どういう理論付けしてるんですかねえ。
それにしても、みなさん、よく調べられていますね。
オオカミ導入なんて「とんでも話」ですよ。
2010/12/27(月) 午後 0:14 [ 無菜 ]
無菜さん、はじめまして。
自然界のシカやイノシシよりも、飼われていて逃げられない家畜や犬猫などの方が襲いやすいですよね。
人間を襲わないと言いますが、日本でもかつてはオオカミに人が殺された記録はありますし、海外でもゼロではない。そのリスクも仕方が無いと受け入れろと言うのでしょうかねえ、推進する人たちは。
こういう知ったかぶったセンセーたちの思いつきで、これまでどれほどの失敗があったことか。
それが、行政が安易に飛びつくというのも、これまで様々な政策で繰り返し失敗してきた構造なんですけれどね。
2010/12/27(月) 午後 7:38 [ 泉ヶ岳 ]
ちょっと驚いたのですが、私がその姿勢や言動の一部に疑問を持っている日本熊森協会さんですが、このオオカミ導入についてハッキリと反対の姿勢を示されたようです。
http://kumamori.org/news/blog/2011/01/10/recent-act/2484/
ほぼ、私も同じ見解で、導入反対については賛同します。
しかし、会として2万人以上の会員さんがいらっしゃるのですから、決議するなどして一本で反対意見を表明すればよろしいのでは?
個別に要望を送って2万件も電話やらがいけば、それがいかにマナーある要望方法でも、全体ではそうと言えなくなります。
ところで、伝え聞くところによると、オオカミも熊もいる場所では、オオカミが狩った獲物を熊(ヒグマだろう)が横取りするために、オオカミはより多くの獲物を狩り、熊は熊で食べ物に助かっているという状況もあるようです。
もし、それを知れば、賛成に転じる…ということはありますまいな?
また、ここまで増えたシカやイノシシは、やはり補殺無しで森林や農作物を守りひいてはそれらの種全体を維持することはできないと思います
2011/1/10(月) 午後 10:59 [ 泉ヶ岳 ]
はじめまして。
オオカミの再導入ですが、これは絵に描いた餅です。
なぜなら日本においてオオカミは動物愛護管理法で定められた特定動物だからで、
特定動物を飼育するには、様々な規制、飼育条件が全国一律の法律によって定められていて、日本オオカミ協会の奇説のような、山林への再導入は現行法では不可能になっているからです。
日本オオカミ協会は、おそらく意図的にこの特定動物問題について口をつぐんでいます。非常にアンフェアですね。
2011/3/3(木) 午後 0:19 [ anniemal ]
anniemalさん、はじめまして。
どんな分野でも、学者や市民団体、政治家…などは、自分に都合の良い情報を恣意的に、あるいは半ば無意識に喧伝することがあり、オオカミにおいてもそんな偏った不公正な態度であったとしても驚きもしません。振り込め詐欺やマルチ商法に引っかからないように、市民が客観的・多面的にそれを慎重に見極めて支持・不支持をすれば良い、と思うわけですが、そういう態度を率先して取るべき行政や首長がそんな体たらくですと、心底ガッカリしますね。
まあ、例えどんな愚かしい主張でも言うのは勝手なのですが、行政がそれにホイホイ乗るというのは止めて欲しいですよね。
2011/3/3(木) 午後 10:00 [ 泉ヶ岳 ]
レスありがとうございました!
おっしゃる通りで、このオオカミ再導入問題は、オオカミが特定動物であることを知らない人々にとっては、賛否両論どちらの立場の人も関心をもつトピックではあると思うんです。何も知らなければ。
ただ、オオカミ=特定動物、ということを知っていれば、再導入の是非を議論すること自体がムダな問題でもあるわけです。
この、最初から破綻しているオオカミ再導入問題を、一番大事な「特定動物」問題に一切触れずに主張している、という点が一番問題です。どんな主張でもそれがある程度理にかなっていれば自由ですか、このオオカミ再導入問題に関しては、もう最初から法的に実現不可能なわけで、某市の行政は多くの人々に対して非常に不誠実なことをしているわけです。
行政が某協会に乗っているやに見えるのは、ひとえに予算の問題。そして某協会も世間の耳目を集めることでそれなりに潤います。
このオオカミ再導入問題は、その裏側にとても奇妙なものが潜んでいると個人的には思っています。
2011/3/5(土) 午後 10:30 [ anniemal ]
先日読んだ「衆愚の時代」(楡周平 著・新潮新書)の46ページに、
「そもそも学者の唱える説なんてものは、眉に唾して端から信じない方がいい。なにしろ新説を唱えないことには、学者としての価値が高まらない。だから、ちょっと聞いた限りではなるほどと思えるような話も、後になるととんでもないものであったりすることがよくあります。」
とあって、この章を読んだときには、まっさきに、オオカミ導入やドングリまきを支持する学者を思い浮かべました(笑)。
某市の場合は、上記文章の「学者」を「市長」と置き換えると当てはまるかもしれませんね。
2011/3/6(日) 午後 9:08 [ 泉ヶ岳 ]