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疲れたなあ、温泉でも行きたいなあ、と思っていて何気に見かけて、実は見逃せないことが書かれていたこんな記事。 3月6日の山陽新聞の記事です。 奥津温泉で軽快「足踏み洗濯」 岡山・鏡野町に春の足音 鏡野町の奥津温泉街で6日、厳寒期に中断していた観光客向けの「足踏み洗濯」の実演が2カ月半ぶりに再開された。この日は冬ごもりの虫がはい出るころとされる二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。姉さんかぶりにかすりの着物姿の女性たちが、軽やかなステップで春の到来を告げた。 【中略】 奥津地域に伝わる足踏み洗濯は、クマやオオカミから身を守るために立ったまま洗ったのが由来とされる。実演は12月中旬まで日曜、祝日の午前8時半から15分間行われる。「洗濯」と「熊」の組み合わせで真っ先に思い出すのは、以前紹介した戸川幸夫さん原作で矢口高雄さんが漫画化した「野性伝説 羆風」の冒頭で、川で洗濯をしていた女性が羆に襲われてしまうシーンです。 ツキノワグマはもちろん、ヒグマが洗濯あるいは川遊び中の人を襲ったという話は、私の狭い知識の範囲ではこの話の元となった悲劇「苫前・三毛別事件」で、討ち取られたヒグマの解体のときに討ち取った山本兵吉さんが語ったという話にしか知りません。 これも以前に紹介した「慟哭の谷 戦慄のドキュメント 苫前三毛別の人食い熊」(木村盛武 共同文化社)の95ページに、こう書かれています。 【前略】
この事件そのものが稀有な特殊事例なので、「洗濯時における加害の危険」は直ちには言えませんが。さらに熊を撃ち捕った"山本兵吉"は、 「この熊は、天塩国の山で飯場の炊婦を川ぶちで食い殺して逃げ延びた奴に違いない。それで数日前から三人組のアイヌに追われ、苫前に逃げてきたんだ」 と言った。【後略】 ですが、考えてみますに、以前から書いていますように「山菜取り」や「キノコ採り」は、熊も食べるそれら食糧の場所に赴き、一か所に一定時間留まり、また熊除け鈴などの音も立てないことから一般的なハイキングなどよりは遭遇しやすいわけです。そういった点で考えると、川での洗濯も、川を遡上するサケなどを狙ってくるヒグマと遭遇しやすいと言えるかもしれません。まして、川は空気が流れますので人の体臭も分散されやすいですし、流れる音が人が立てる音をかき消すでしょう。それだけに双方にとって思いがけない急接近ということも、あながちありえないわけではないかもしれません。 しかし、ヒグマでしたらサケを狙って川に来るでしょうけれども、ツキノワグマはそれよりはサケなどを主食にしているわけでもないので、そうですねえ、産卵後の魚の死がいとか、水を飲みに来たとか、カエルやサンショウウオといった水生生物を食べに来た熊との接近を危惧してのこと…なのかもしれません。 人が洗濯をするという場所は流れが緩やかで岸辺と水面が近い場所でしょうから、熊も水を飲みやすく何かを食べたり得るには都合の良い立地でしょうから、長い川べりでも遭遇しやすいと言えば遭遇しやすいでしょうね。 「川での洗濯」という作業を考えると、水を前に、陸地に背を向けて洗濯ものに集中する姿勢になりますから、背後への注意は無く、襲う側からすればこんなに襲いやすい体制・シチュエーションは無いでしょう。 熊と遭遇した際には熊の目から視線を外さずにゆっくり後ずさり…というのは鉄則で、慌てて背後を向けて逃げだしたとたんに後ろから襲われるという話はよく聴きますが、これは要するに視線でもって相手に「自分はお前に気づいているぞ・直ちに反撃ができるのだぞ」というメッセージを送れるからでしょう。動物に対峙したときの「視線」がいかに大切かがわかります。 従って、あまり聞かないことですが、もしかしたら川での洗濯中に何らかの動物による加害事故というのは、意外に昔はあったことなのかもしれません。 もっとも、この地方以外では「立ったままでの洗濯」は聴きませんから、この地方ではそうするに至る事故があったのか、他の地域ではその防御策が今に残るまでに至らなかったのでしょうか。 熊の記述も気になるのですが、やはり「オオカミ」の記載も見逃せません。 ツキノワグマも普通、積極的に人を襲うような動物ではありませんが、確か「生態系の回復のために、オオカミを海外から輸入して日本の国土に放そう」という奇説を主張している人たちの中には、世界の実情や過去の日本の歴史を見てもオオカミは人を襲わないという主張をしていますが、この風習の由来について、何かご意見は無いのかうかがいたいものです。 少なくとも伝えられる由来には、山里の住民がオオカミが襲って来ないか恐怖を感じていたことがうかがえるものです。説を唱える人は、「いや、それは誤った認識が広まったせいだ」と強弁するかもしれない。しかし、そういった認識は、元となる事件や事故が無い限りは発生しないものですし、説を唱える人はしばしば「農耕民族であった日本人は、牧畜を始める以前は、オオカミをイノシシやシカを退治してくれる神獣とあがめていた」とか、「人は襲わないと知っていた」などなどと主張していますが、この風習1つからみても、その説得力が疑わしくなります。 もちろん、由来が長年正しく伝わっていたという証拠はありませんけどね。立ったまま何かをするのが全て熊や狼対策というわけではありませんから。 よく、江戸期などにおけるオオカミによる人身被害の記録が少ないことからニホンオオカミの安全性を主張する人がいますが、古文書など文字による記録が無いことがすなわち事実が無いことではありませんし、古くから伝わる民話・口伝、伝説、風習、祭り、神社や石碑や地名の由来などを訪ね歩くと、様々なものが見えてくることがあります。 語り継ぐ言い伝えや文字による記録では失われてしまう悲劇を、後世に残そうとする場合には残りやすい地名や祭りといった風習にして遠い子孫に注意喚起をしようとしたことなどはたくさんあります。例えば、しばしば氾濫する川を「鉄砲沢」「氾濫原」とか、処刑場跡を「念仏」とか。沼地を埋め立てたところは地名で「○○沼」という名前であったりするので、沼地の埋め立ての造成地はイメージが良くないと開発業者は「○○ヶ丘」といったように区画整理事業で地名を丸ごと変えてしまう場合がありますね。ところが地震になると液状化現象によって沈んだりして。…地名を変えるということは、古の先祖の思いをぶち壊すことでもあったりします。 さて、例えば、栃木県今市市猪倉にある猪倉小学校のHPには、猪倉の地名の由来の1つとして、こう書いています。 豊臣秀吉説(とよとみひでよし せつ)
地名の由来は2つの説がありハッキリしませんし、この説明ではなぜ例えば「猪狼倉」という名前にならなかったのか(狼が残らなかったのか)わかりませんが、狼が邪魔にされて狩られたという歴史を紹介しているのに注目です。豊臣秀吉がこの土地を見て回るときのことです。この土地には猪や狼(おおかみ)がたくさんいて、村人の生活のじゃまをしていました。そこで秀吉が福田氏、加藤氏,神山氏に命令して猪や狼を退治させたいう話が残されています。それほどたくさん猪がいたのでこの村の名前になったと言われています。 元に戻って、この記事の、「立ったままの洗濯」という風習も、そういった古の先祖が後世の私たちに「オオカミに注意せよ」と伝えたく始めた風習なのかもしれません。 一例ですが、そういう風習があっても「オオカミは安全・安心」と言い切れるものなのかどうか、オオカミは安全だという主張をする方は、どのようなご見解になられるのでしょうか。 ・・・すんません、疲れているのかなんなのか、昨日あたりから考え事がまとまりません。風邪をこじらせ高熱が出たときによくなる混乱・思考の乱れなのですが、熱も無く…。
とりとめもなくいつも以上にわかりにくい文章で、何を書いているのかわからなくなっています。 |
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