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世間では「モンスターペアレンツ」として、ここ数年の間に浸透してきた「教師・学校側への常軌を逸した苦情や要求をする親」ですが、全国的に多かれ少なかれ問題を抱えているようで、顧問弁護士のような法律の専門家をアドバイザーに入れるというような対処を始めたり、検討しているというような話を聞きます。 ところが昨日、全国でおそらく初めてではないか?という、教師個人が両親を相手取り、損害賠償請求の民事訴訟を提訴したという記事が報じられました。 1月18日の毎日新聞の記事です。 <慰謝料>教諭が保護者提訴 「苦情で不眠症に」 埼玉 毎日新聞 1月18日(火)11時34分配信 担任する女子児童の親からの度重なる苦情で不眠症に陥ったとして、埼玉県行田市立小学校の女性教諭が女児の両親に対し、慰謝料500万円を求めて、さいたま地裁熊谷支部に提訴していたことが分かった。両親は「いわれのない訴え」と反論している。 訴状などによると、教諭は10年4月から女児の学級を担任し、6月に女児同士のもめごとがあったため仲裁をした。その際、女児の母親から「相手が悪いのに娘に謝らせようとした」と電話で抗議され、7月中旬までに連絡帳にも「先生が自分の感情で不公平なことをして子どもを傷つけています」などと8度書かれたという。親は文部科学省や市教委にも苦情を申し立て、女児の背中に触っただけで警察に暴行容疑で届けたこともあった。 その結果、教諭は不眠症となり「教員生活の継続に重大な支障を生じさせられた」と主張している。 教諭は9月に提訴し、小学校は10月、市教委に「モンスターペアレンツに学校や教師が負けないようにし、教諭が教員を代表して訴訟を行っていると受け止めている」との校長名の文書を提出した。 女児の母親は「学校は何の対策も取ってくれず、モンスターペアレンツに仕立てられてしまった」と反論している。また「裁判はいわれのない訴えで、和解する気はない」と話している。【藤沢美由紀、清水隆明】今後裁判により事実関係が明らかになっていくでしょうから、どちらの過失がどれくらいあるのか、続報を待ちたいところです。 しかし私の感覚としては一般的に、連絡帳に8度もそのような感情的な文言を書き、別報道によれば学校が呼びかけた話合いには一切応じず文科省や教育委員会に直接苦情を申し立てたり、「触った」ことを警察に被害届を出すというのは、事実であれば十分に「モンスターペアレンツ」と呼んで良い行為ではないかと思います。 学校ばかりではなく、医師や看護師に対しても同じように理不尽なことを強要する「モンスターペイシェント」なんてものもありますし、民間企業の「お客様相談室」のような部門でも一部の会社ではもはや東京などで社員を募集してもなり手が無く、就職が少ない地方都市や海外で募集しているとも聴きます。先だっては、110番や119番に信じられないような通報が全国で多数、寄せられているという実態も報じられていました。 私は「お客様は神様」なんてこれっぽっちも思っていなく、客も従業員もどちらが上とか下ではなく、対等な関係だと思っています。何かをしてもらえば対価を払うのは当然ですし、対価を受け取ればそれなりの対応をするのは当然です。教師や医師だけではなく民間企業の社員も公務員も、その人個人の奴隷でも召使いでも無く、一人の人間です。客は嫌なら他の店に行くなりすればいいわけですから、私としては従業員などの側も客を選んでもいいんじゃないの?とさえ時に思います。 むろん、純粋に客に親切にしたくて、あるいは感じの良い店や応対も販売戦略として、あるいは単にマナーとして、客に丁寧親切にしてくれる店があってもそれは良いし、「自分の仕事の価値をわかる人間だけ頭を下げて頼みに来い」というマンガに出てくる職人の店なんかがあっても良いでしょう。結果、繁盛するか転職を余議なくされるかはその店や店員側の選択です。 さて、私がこういう記事を見て真っ先に思ったのは、猟友会や有害鳥獣駆除にかかる行政らに理不尽なクレームを入れるような個人・団体についてです。 以前からこのブログでは繰り返し触れていますが、あれも十分に「モンスター」と言えるでしょう。英語やウィットに弱いので、うまい命名はできませんが。 少し前にも書きましたが、特に行政としてはその職務執行に十分な根拠や説明責任を伴い、市民などからの意見には真摯に耳を傾けそれに応えるのが公僕としては当然の義務ですが、一方で公僕というのはその人や団体だけのためにあるのではなく、公けのために働くべき存在であります。個人の小さな声にも耳を傾けるのは重要でも、それだけに多くの労力や時間をかけることは、それ以外の大多数への背信という見方もできるわけで、時間を区切って、取るに足らないものまで真剣に相手をするというのは、この行財政改革の中、いい加減にすべきです。 ですので、行政も猟友会も、そのような個人・団体には、遠慮なく、慰謝料や損害賠償を求める民事訴訟や、嫌がらせで不眠症などになったと言う場合は暴行や傷害での刑事告訴を行ってもらいたいものだと思います。 その意味では、今回の訴訟はモデルケースになるでしょう。 さらに言えば、一部の団体や個人のブログなどでは、有害鳥獣駆除を行ったり、熊について気に入らない放送をした報道機関などに「抗議」を呼びかけているものもたまに目にしますが、これは私は以前から、威力業務妨害や脅迫・強要とか、その教唆に当たるのではないかと思っています。
法律によらずとも、少なくとも多くの会員を擁するような団体やグループなどが、その意見を集約して1つの意見として申し入れるのではなく、会員や賛同者などに個別に苦情や意見を伝えるように呼びかける ― 私は「煽動する」と言うべきと思いますが ― ような行為は、まっとうな態度とは到底言えません。1人が10回も電話をかけて長時間苦情を言えば法的な罪に問えそうですが、10人が1回ずつの電話でそれぞれ長時間苦情を言うのは違法ではありませんが、法のすき間を縫うようなある意味もっと卑劣な態度・活動です。 もしもそんな個人や団体があった場合は、よくよくその主張や活動は疑ってかかるべきではないかと私は思います。 |
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冬季における熊の出没については、以前から何度かこのブログでも取り上げていたところですが、当然と言えば当然の、しかし正直、私は事前にはちょっと予期してはいなかったことですが、生じている?ようです。 次の1月17日付けの読売新聞の記事です。 母グマ大量駆除、冬眠できない子グマが集落に? 富山県でツキノワグマの目撃や痕跡の発見が後を絶たない。 昨年12月は大量出没した2006年を3件上回る12件に上り、今月もすでに4件が目撃された。中でも子グマの目撃が多く、専門家は、昨年の大量駆除で母グマとはぐれた子グマが、冬眠できずに集落付近を徘徊している可能性を指摘している。 県自然保護課によると、昨年12月の内訳は目撃10件、痕跡2件。市町村別では魚津市6件、富山市4件、南砺市と立山町が各1件。今月は13日現在、魚津市で4件の目撃があった。 12月の目撃は08年5件、09年1件とこれまでもあったが、同課の赤座久明副主幹は「今季は子グマの目撃が多い」と指摘する。昨年12月以降の目撃14件のうち子グマは10件と全体の7割を超えている。 (2011年1月17日17時27分 読売新聞)環境省の公表している2006年から2010年までのクマ類捕獲数(許可捕獲数)によると、富山県においては2006年の補殺数が146頭。翌07年が20頭、08年が37頭、09年が15頭と来て、2010年が速報値(11月末までの暫定値)で171頭ですから、ここ数年で最も多く補殺しているということがわかります。 冬眠をしないと言えば、気温が高い冬ということもありえますが、気象庁のホームページで魚津の2006年から2010年までの12月の気温を見てみると、特に2006年や2010年の12月が際立って平均気温が高いというような気温の要素は感じられませんから、出没そのものと気温の関係は何とも言えません。 また、秋に食べ物が少なく冬眠する体力を得られなかったという場合も冬眠しないということもあるようですし、逆に冬になっても豊富な食べ物があるという場合も冬眠しないようですが、それならば子熊に限らずに目撃があって良さそうなものですから、その点では、記事中の説明を否定する要素は、私には今のところありません。 強いて言えば、果たして本当にそれが小さい熊に間違いないか、大型犬やその他の野生動物との見間違いという要素は無いのか?ということくらいでしょうか。 また、これも統計上のことになりますが、魚津で6件の目撃があったからと言って6頭の子熊がそれぞれ1回ずつ目撃されたとは限らず、1頭の熊が6か所で目撃されているのかもしれません。 しかし逆に、目撃したけれども冬のことですから熊と意識せずに通報などをしなかった目撃件数もあるので、これも何とも言えませんね。 私たちが有害鳥獣駆除と聴くと、つい子熊の存在を忘れがちですが、1頭の母熊を補殺処分した場合、1〜2頭の子熊の運命もかなり厳しいものになるということをあらためて思い出させます。当然のことですが、有害鳥獣駆除を行う際にそのことの考慮もむろん、必要なわけですね。 今日も特にオチも無く。
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この冬は日本海側を中心に、記録的な豪雪が続いている地方もあります。福島や鳥取では、坂道を登りきれなくなって停車したトラックがキッカケで大渋滞になって、その間に豪雪が降って埋まりかけるという出来事もありました。 1月17日の宮城県の地元紙・河北新報には、こんな記事が出ていました。 東北・連日の「どか雪」 進まぬ除雪に住民イライラ 東北各地で除雪をめぐる市民からの苦情や要望が殺到し、自治体が苦慮している。この冬は例年に比べ際立って降雪量が多いわけではないが、短時間でまとまった雪となる日が多いのが特徴。年末年始の大雪に追い打ちを掛ける積雪で、除雪車がフル稼働しても、手が回りきらなくなっているようだ。各自治体では除雪費もかさみ、除雪予算も心配になり始めた。 「除雪車はまだ来ないのか」「こっちには、一度も来ていないぞ」 昨年12月25、26日の大雪で、積雪が過去最多に並ぶ115センチ(12月26日)を観測した福島県会津若松市には、1月3日までの10日間に約1500件の苦情や要望があった。 除雪車を総動員しても雪は片付かず、その後も市民からの苦情は絶えない。担当者は「降雪10センチが10日間続いても怖くはないが、一度に100センチでは対応できない」と年末大雪の“後遺症”に悩まされている。 大みそかに観測史上5位の1日降雪量35センチを記録した盛岡市も同様だ。12月24〜27日にもまとまった積雪があり、湿った重い雪質だったことも除排雪作業を手間取らせる原因になった。 市への苦情・要望は14日までに1725件に上り、既に前年度(880件)の倍近くに達した。市は17、18日の小中学校の始業式を前に、延べ200人の職員による緊急除雪を始めている。 湯沢、横手両市は6日以降、断続的に大雪が続く。湯沢では昨年は降っても10センチ台だった1月の1日当たり降雪量が、ことしは20センチ以上を5回記録。横手は30センチ以上を3回も観測している。 市民からの苦情・要望は「例年の倍以上」(秋田県湯沢市建設課)となる日が続き、担当課は「一日中、電話が鳴りっぱなし」(横手市横手地域局)の状態だという。 青森県弘前市は日中も気温が上がらない日が多く、雪が減らないのが悩み。1月8日夜には除雪への不満を募らせた男性が電話で庁舎の爆破をほのめかし、弘前署が一時警戒する騒ぎになった。 除雪費も底を突きつつある。会津若松市は本年度当初予算に計上した2億9000万円を今月中に使い切りそうなペース。福島県会津坂下町は既に当初予算分が尽きた。会津地方17市町村でつくる「会津総合開発協議会」は12日、国土交通省に財政支援も要請した。 【後略】昨年の夏にもこの自治体の行う除雪について懸念を書いていたところですが、今回の場合は、季節性の要因=思いがけない豪雪で、時間がかかったということです。 しかし…果たしてそれだけでしょうか? ここで脱線して、私の知っているある地方自治体の話です。 その自治体では、スキー場へのアクセス道路にもなっている山奥を走る長い距離の道路の除雪を、ある個人事業主のような男性に30年近くも任せていました。ところが、自治体の契約行為は「競争入札」をするのが原則ですから、ある人たちが「その男性に随意契約で任せているのは違法だ」と言い始め、やむを得ず競争入札をすることになりました。 そして、市中心部の道路を除雪していた大手建設業者が落札しました。この契約は1時間の除雪作業につきいくら、という単価契約の出来高払いです。その単価では、大手業者は男性よりも安価に入札したため、このベテラン男性は30年にして、その仕事を初めて失ってしまいました。 ところが、確かに1時間当たりの作業料金は競争により安くなったのですが、初めて作業をする作業員の方は当然不慣れなために、それまでよりも除雪時間が多くかかってしまいます。結局降雪量は前年度とほぼ同じくらいだったはずなのに、作業時間は倍近くかかったため、トータルでの支出額は前年度とほとんど変わらなかったのです。 個人的にその長年除雪をしていた男性の仕事ぶりを知っているのですが、山奥の道路を夜間・吹雪く中を除雪するということは、その土地の「くせ」を身体で熟知し、そして「冬のこの路線は俺が守るのだ」という使命感やプライドのようなものがある、ある意味「職人芸」的なものがあったんですね。天気予報では市街地などの予報しかしませんが、長年の経験でいつごろに出動があるか(すべきか)?ということがわかり、初動の出動も迅速でした。木々の道路へのはみ出しとかカーブなどの危険個所、山の形状により吹きだまりやすい個所、除雪した雪を積んでいく安全なポイントなど、様々なそこの場所での「プロの技」が、長年という経験で蓄積されていたわけですが、自治体の競争入札の仕様書にはそんなことは書けないわけです。 そうこうしているうち、男性は競争入札そのものも辞退し、参加しなくなっていったのでした。その理由は後述します。 ある年、その地域一帯が豪雪に見舞われたため、その大手の建設業者は経費を出来る限り抑えるために、普通の雪ならなんとか対応できる程度のギリギリの余裕のない体制であったため、昔から担っていた市街地の除雪だけでも手いっぱいになってしまいました。ところがスキー場に向かうその県道も、週末に差し掛かっていたためにスキーに行く自動車が多く来るであろうことが予想できたために、道路管理者は慌てました。 そこで、その男性に大手建設業者の下請けとして入るように依頼したところ、断られました。その理由は、男性は、高額な除雪車の維持ができなくなっために、手放していたのです。 結果、大渋滞。利用者やスキー場からの苦情殺到。 …そんなことを思い出しました。 続いて、前日・1月16日の河北新報の記事です。 青森の除雪作業 業者の7割以上が態勢維持「5年が限界」 青森県内の道路除雪作業に携わる建設業者の7割以上が、5年後までには今の除雪態勢を維持できなくなると考えていることが、県建設業協会(杉山東幹会長)が会員に実施したアンケートで分かった。公共工事減少のあおりを受け、老朽化した除雪車の買い替えや作業員の確保が困難になっており、厳しい経営実態が浮き彫りになった。 アンケートは昨年10月、会員企業169社を対象に行った。回答があった133社のうち、119社が除雪作業を受託。自前の除雪車を所有しているのは109社だった。 自前の除雪車の6割以上は、耐用年数の基準の一つである10年を超えていた。車検などで更新時期を迎えた場合、ほとんどが新車に買い替える予定はないと答えた。高齢化などにより、除雪作業員が「不足している」との回答も20%あった。 除雪委託費に関して、「採算が取れない」と答えたのは、発注者が国、県、市町村の順で増加し、市町村では25.9%に上った。県と市町村から請け負った除雪について「採算の限界」としたのは、それぞれ44.3%、40.0%だった。 状況が改善されない場合、除雪態勢を維持できる期間は「3年後まで」が33%で最も多く、「本年度まで」が12%、「1年後まで」が14%などとなった。「6年以上続けられる」と答えたのは26%にとどまった。 同協会の神豊勝専務理事は「業者の経営状況は悪化の一途だが、社会的責任から、採算性が悪くても引き受けている。このままでは、除雪態勢が崩壊する恐れがある。発注者側に、除雪費の見直しや機材の貸与などを強く訴えたい」と話している。これも、業者さんの本音では、むろん、地元貢献というのも実際にありますが、「役所とのお付き合い」という点もあったりして、儲けにならないことは承知で、仕事を回してくれるお得意さんへのサービス的な部分で受託していたのが、競争入札は厳しくなるし、そもそも公共事業が減っていれば、そんなことも言っていられない…というわけですね。 除雪のための作業車両は冬季にしか使うことはできない特殊車両ですから、維持管理費も相当かかります。 除雪作業は過酷ですよ。非常に危険ですし、緊張します。夜だろうと朝だろうと、一定の積雪になれば出動しなくちゃならない。作業員さんも同じ場所を継続して任せられれば慣れも早いのに、その日の交通状況や苦情により、どこから除雪してくれ、などとバラバラなので、どうしても慣れないので効率も悪くなることもあります。そして、その作業員の方の人数も少なくなったり、除雪車両の台数も少なくしか保有できなくなって…という現実が、最前線ではあるんですね。 これは除雪だからまだいい、というわけでもありませんが、そのうち、大規模災害が発生した際、崩れた建物や土砂などを一刻を争う撤去が進まずに人命にかかわる…ということも、十分にありえますね。 そもそもが、国などや民間も、高度成長期に整備したインフラや建物が、そろそろ物理的に耐用年数が進んでいる現状があるわけですから、これは一斉に作った以上、ほぼ一斉に更新の必要が迫られるわけですが、そのとき、それが可能な人員も技術も機材も無い、なんてことになりかねませんね。 シロウト考えに過ぎませんが、ここはあえて、全国のインフラを補強や更新する一大公共事業を実施し、技術や機材も更新しつつ雇用を確保するということが、今、最後の時期ではないかと思うのですが。今、それをやっておけば、次の3〜50年は何とか持つかもしれませんが…。 何でもかんでも、公務員が悪いとか、公共事業は悪いとか、コンクリートから人だとか、そんなことを言っていれば良いわけではないですね。 と、いうことをこれらの記事を読んで思ったしだいです。
特にオチも無く。受験生の皆さんのために、落ち無し、なんて。 |
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以前にも疑問を呈したのですが、大分県豊後大野市が農作物被害への獣害対策として、オオカミ導入を検討しているという件ですが、別報道が最近ありましたので、少し見てみたいと思います。 1月15日の毎日新聞です。今度の毎日新聞の記事は、いかがなものでしょうか? オオカミ:害獣除去の切り札に 大分・豊後大野市が構想 大分県豊後大野市はイノシシやシカなどによる農林被害を防ぐため、日本では絶滅したオオカミを輸入、山に放って駆除する構想を立てている。生態系への影響を懸念したり、法に抵触する可能性を指摘する声があるが、橋本祐輔市長は「他に有効な手だては見つからない。全国のモデルになれば」と訴える。【佐野優】 豊後大野市はシイタケ産地として知られ、約1万6400戸のうち農家が約3500戸を占める。稲や野菜を食い荒らすなどして、08年度に約3220万円、09年度に約2380万円の農業被害があり、ネットやわななどによる対策を進め、イノシシとシカを合わせ08年度に約2460頭、09年度に約2570頭を駆除した。 市農林整備課は「被害は申告されたもので実際はもっと膨らむだろう」と語る。市内には約400人の猟師がいるが、高齢化が進んでいる。橋本市長は市議時代の07年、オオカミに関する本を読んで興味を持ち、駆除に用いる構想を温めてきた。市は11年度当初予算に導入に向けた調査費を計上するという。 シカやイノシシの実態を調べたうえで、市民の理解を得て周辺自治体や国との調整がつけば、中国かロシアからハイイロオオカミを輸入する考えだ。研究センター(仮称)も設けて市民にオオカミに慣れてもらい、山に放つ計画という。 だが、環境省野生生物課は「オオカミは生態系のトップで影響は大きい。一度放すと元には戻らないので慎重な判断が必要だ」と話す。また、同省の動物愛護管理室も「危険な動物の管理を定めた『動物愛護管理法』に抵触する可能性もある」と指摘する。 一方、東京農工大名誉教授で日本オオカミ協会の丸山直樹会長は「オオカミによる害獣駆除の有効性は既に実証されている」と反論する。協会によると、95〜96年、カナダからオオカミを導入した米国のイエローストン国立公園ではシカによる被害が減り、森林が再生したという。 危険というイメージについても、丸山会長は「通常、オオカミは人を襲わない」と語る。家畜を襲う可能性については、橋本市長は「放牧しない限り大丈夫」と話す。同様の被害に悩む三重県などの計4町が豊後大野市の構想に賛同、5町が前向きという。オオカミに関する情報を提供する研究センターを全国に置く構想を持つ協会は、近く豊後大野市を含む10市町で設置に向けた協議会を作り、啓発に乗り出す考えだ。両論併記しています。 しかし、最初に説があって、それに異論があって、そしてそれに説を唱える人の再反論で締めくくられている構成ですと、その再反論で「懸念は払しょくされた」ような印象になってしまうと、異論を取り上げないよりも誤解を生みやすいというか、悪質となりかねない場合もあります。 市長さんは「他に有効な手だては見つからない」などとおっしゃっていますが、毎年2,500頭もの駆除をしてもなお被害が収まらないのに、オオカミがそれ以上の成果を上げてくれると思う根拠は何でしょうか?また、北海道や静岡のようにハンターを非常勤職員として雇用して専門に駆除をするというようなことは、検討されたのでしょうか? 財政的に厳しいかもしれませんが、農業被害額の大きさ、まして担当課のコメントのように潜在的なものを加えるとさらに膨れるというのであればなおさら、雇用対策と合わせて検討する値が十分にあると思うのですが、なぜ、突然そんな浮世離れした奇説に飛びつこうと飛躍したのか、報道を見てもさっぱりわかりません。 豊後大野市のホームページを見ても見つけられませんし、豊後大野市鳥獣被害防止計画にも、市長さんの施策方針にも一切ありません。 具体的な構想は無いかと探していて思い出したのは、宮崎県で口蹄疫が広まってしまった際、この豊後大野市は、感染地域からの住民に市有施設の利用を認めないという方針を打ち出していたというニュースです。話題になったのは覚えていましたが、この豊後大野市のことまでは意識していませんでした。 2010年7月27日の時事通信の記事です。 口蹄疫発生地住民の利用制限解除=大分県豊後大野市の公共施設
地方自治体の首長として、その地域の安心や産業を守ろうと、考えられる最善の対応をするのは当然であり、その点では批判されようと地元利益を最優先という態度は一定の評価をしても良いという見方も成り立つでしょう。宮崎県の口蹄(こうてい)疫問題で同県内の家畜の移動・搬出制限区域がすべて解除されたのを受け、大分県豊後大野市は2010年7月27日、対策会議を開き、口蹄疫が発生した宮崎県内各市町の団体に対する体育館や公民館などの施設利用制限の解除を決めた。 豊後大野市の方針をめぐっては、宮崎県の東国原英夫知事が「過剰な反応は慎んでほしい」と反発。郡司彰農林水産副大臣も「ある意味での風評被害のようなもの」と懸念を示していた。橋本祐輔市長は会議後、取材に「多くの批判を受けたが(地元の)畜産農家を守るために現実的な対応をせざるを得なかった」と釈明した。 同市によると、発生地域からの施設利用の問い合わせに対し、実際に自粛を要請したのは、6月半ばにあった野球大会に関する1件だけという。 口蹄(こうてい)疫問題で大分県豊後大野市は17日までに、同市の体育館などを対象に、口蹄疫が発生している宮崎県内の市町のスポーツ団体などの利用を制限することを決めた。個人利用は制限しないという。 宮崎県の北に隣接する豊後大野市は「畜産は市にとって重要な産業。口蹄疫感染の原因をつくりたくない」と説明するが、過剰反応との批判も出そうだ。 市によると、利用制限の対象は体育館や公民館など全84カ所。口蹄疫が発生している宮崎県内の市町の団体が施設利用を申請した際、市長や副市長らでつくる口蹄疫対策本部で協議。申請があった地域の感染状況に応じて、利用自粛を求める場合もあるという。利用制限は16日の対策本部で決定した。 豊後大野市は県内でも畜産業が盛んな地域で、畜産農家が約340あり、牛約5300頭や豚約7200頭を飼育する。 現地対策本部の篠原孝農林水産副大臣は「風評被害の典型的な例。消毒とかの協力をするのが大事であって、そこまではいきすぎだ」と話した。 しかし、記事末のとおり、消毒の協力をするというような自治体を超えた地域としての一致した連携や協力を無視して自分の自治体だけが良ければ良いといわんばかりの空気の読め無さは大いに疑問です。広域で発生し、一致団結して対処する足並みを乱す行為と取られるのもやむを得ないでしょう。 このような市長さんの姿勢からして、1つは「自分たちの市だけが良ければ良いとか、自分の町のことなんだからよそからとやかく言われたくないと言わんばかりの、田舎町の閉鎖性・独善性という姿勢」と同時に、「発生当初、口蹄疫という目に見えない・よくわからないものへの恐れに過剰に反応して、地道な努力の積み重ねをすることなくイチ・ゼロの対応をした」ようにも見えます。 ところが、宮崎県や隣県における官民挙げての徹底した地道で大変な労力をかけた消毒体制や殺処分などを行ったことで、事態は急速に落ち着いていったのはご承知のとおりです。 つまり、自治体の垣根を越えて一致協力して地道な努力を行うことで対処できたことであるのに、いち早くそれから「イチ抜けた!」とばかりにそれから逃げだしたというような印象も、理解できる反面、私はどうしても持ってしまいます。 自粛の要請が1件だけだったからという件数の問題ではこの場合、ありません。 同時に、これはこの「オオカミ導入」についても同じように感じてしまいます。 地道にハンターの雇用や育成をし、頭数調査やその適正頭数の割り出しをし、自治体の境なんて関係なく移動する動物の対応は周辺自治体との深い連携や調整が必要であるのに、そんなことを考慮せずにまた「イチ抜けた!」とばかりに近隣にも影響することを自分らだけで勝手に行うというのは、「地域主権」では到底あらず、単に「自分勝手」「わがまま」と言えるような気がします。 仮に導入して1件だけ人身被害があった場合でも、それはこの場合、ある意味100件の発生と変わりありません。在来のハチや熊の人身被害とは違います。 豊後大野市が口蹄疫による被害が広まらなかった要因の検証はしようがありませんが、少なくとも地域の中における自治体の姿勢や科学性において、異端というか迷惑というか非科学的というか、近所に住んでいれば関わりたくないような自分勝手な住民という感じがしてしまいます。 私は畜産にも詳しくは無いのですが、独立行政法人 近畿中国四国農業研究センターのパンフレットによれば、放牧の効果について、畜産農家の負担軽減や良質な肉や牛乳の生成にも効果があり、イノシシ被害などの軽減にもつながりうるということが紹介されています。 口蹄疫の際にはそこまで地元の畜産が盛んで大切だと語っていたのに、しかし、冒頭引用の毎日新聞の記事を再掲すると、市長さんは 家畜を襲う可能性については、橋本市長は「放牧しない限り大丈夫」と話す。
と、その放牧を止めれば良いとおっしゃっているわけです。これは本末転倒ではないですか?ちょっと例が違うかもしれませんが、例えば、田舎町で市営バスを廃止しよう。その代り、自家用車の購入の補助金を出そう。そこに「お年寄りの交通事故の増加が心配されませんか?」と聴いたところ、責任者である市長さんから事故防止策ではなく「(お年寄りが)家から出ない限り大丈夫」とでも応えられたような感じの違和感があります。 丸山直樹氏が記事でおっしゃっているのは「いいトコどり」で、導入後実際に発生した欠点や問題点には一切触れていないのは、以前指摘したとおりです。
「通常、オオカミは人を襲わない」とおっしゃっていますが、これはすなわち、通常ではないケースで人が襲われたケースがあるということを暗に認めていることですし、同時に、そういうこともありうると自覚しているのに、その通常ではないケースで襲われた場合のことまでは触れていないという、2つの点で、この方の姿勢が垣間見えるコメントに見えます。 その程度のツメの話に飛びつこうというのですから、軽率な印象は否めませんね。 |
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先日、毎日新聞にまるで何も考えないで書いたかのような記事が掲載されていたことを批判しましたが、これは毎日新聞全体の質が低いというのではなく、単に姿勢の問題でしょう。掲載したのは地方版(群馬)なので、その地方支局の問題と言えます。 例えば昨日、野生鳥獣を補殺した際に安易にかわいそうというのはどうか?と警鐘を鳴らす・ある意味覚悟のいるコラムを好意的に紹介しましたが、あれも同じ毎日新聞で、取り扱った地方が違う(長野)だけです。 ちなみに、これは何も私の意に沿わない・反対する言動を掲載したから批判するという安易なものではなく、ある事象を深く考えることなく一方的に読者に対して報じるその姿勢を批判しているつもりです。 TVほどではないにせよ、世の中にはまだまだ新聞などの活字となっているものが報じるものはそれが全て正しいことと思ってしまう人も少なくありません。小中学生も新聞を読むのですから。従って、ある事象について接した際、本来なら多面的な見方を紹介し、読者がその両論を比べて自分の考えを構築するという機会となるはずところが支局の仕事ぶり1つで阻害され、もしかしたらその読者が本来望まないはずであった考えをやむを得ず形成させられかねないのを懸念しています。 なるほど、「交通事故があった」「火災死亡事故があった」という単なる事実報道も少しは意義はあるでしょう。 しかし本当に読者の役に立つ記事であれば、「携帯電話をしながら運転をしていたために前方不注意で交通事故があった」「ストーブの上に洗濯物を干していてそれが落下して火災になった」というような、読者が自分は注意しようという注意喚起の役立つ書き方がある方が優れた記事と言えます。多くの事故例を紹介すれば、それを回避できうるのです。 ですが同時に、これだけの報道では、「禁止されている携帯電話なんて使っているからだ。自業自得だ」「住宅用火災警報器をつけていれば早く気づいて無事逃げだせたのに」と、様々な感想や憶測を読者は持ってしまいがちです。 ですから、さらに「携帯電話を使っていたのは、急病の母親の病院と連絡をしつつ駆けつけるところだった」「火災で亡くなった方は高齢の1人暮らし。寝たきりのために火災に気づいたものの、逃げ遅れたようだ」などというような理由の理由まであると、様々な考えの奥行きや多くの問題点へ思いを馳せ・発展させ、広く社会における事故防止につながることに貢献することだってできうるわけですし、それによって被害者や犠牲者やそのご家族・遺族が救われる・慰めとなる場合だってあります。 その点、先だっての毎日新聞群馬版の記事は、まるでそれら読者利益なんてどうでも良いと言わんばかりの誠にひどい記事でした。読者利益どころか、紹介した団体の利益を考えているようにさえ見えてしまいかねない記事です。 さて、今日も毎日新聞の記事で、地方版(岡山)の記事についてです。 やはり日本熊森協会さんが行っている「ドングリまき」について取りあげているのは前回紹介の記事と同じですが、こちらの方はきちんと異論を掲載し、読者が考えて、賛成する・反対するという判断をするためのヒントになり、親切な内容です。このような報じ方が、読者利益にかなう記事と言えるわけで、群馬の毎日新聞支社は、この岡山県の支社に記事の書き方を教わったらいかがでしょうか? 1月13日の毎日新聞岡山県版の記事です。 究・求・救・Q:餌不足によるクマ被害問題 ドングリまくより植樹 /岡山 全国的にクマの出没が相次ぐ中、「餌不足のクマのために」とドングリを山にまいたり、山中に果物を持ち込む行為が問題となっている。クマの生態に詳しい専門家は「野性動物への餌付けであり、他の場所で採集したドングリを山に持ち込むことは生態系を壊すことにつながる」と警鐘を鳴らし、「生態系にあった植樹を」と提唱する。【石戸諭】 ◇山の生態系壊さぬ対策を 善意の餌付けで人里出没も 環境省によると、クマによる死者、負傷者は昨年11月末現在で145人。09年度の64人を大きく上回り、捕獲も3854頭に達した。県内でも昨年12月末現在で196件の出没情報が寄せられ、統計を取り始めた00年度以降で最高を記録。原因として考えられるのがクマの餌となるドングリ類の不足だ。ドングリがなるブナは豊作と凶作を繰り返し、昨年は06年以来の凶作年だった。このため人里にクマ出没が相次いだ。 一部の自然保護団体は「餌不足のクマを救おう」と全国から集めたドングリをまく活動を始めた。群馬県では3・5トンのドングリを山中にまく計画がある。環境省鳥獣保護業務室は「市街地や他の生態系で採れるドングリを別の山にまくのは生態系保護の観点からみて大きな問題がある」と注意を促す。 野生クマの保護に取り組むNPO「日本ツキノワグマ研究所」(本部・広島県廿日市市)の米田(まいた)一彦理事長は「動植物の研究者はドングリまきに反対している。善意のつもりの餌付け行為が、結果的に人間とクマの距離を近づけて、双方に被害が出る」と警告。クマが、人間のまく餌の味を覚えて人里に現れることの危険性を指摘し「中国地方で(クマの好物である)柿が山中にまかれたという情報もある」と語る。そして、米田理事長は「ドングリができやすい環境を作る植樹が望ましい」と提案する。 県内では、久米南町在住の80代女性から「クマの餌代に使ってください」と13万円の寄付を受けた美作市が先月、市有林にコナラなど生態系にあわせた広葉樹200本を植えた。米田理事長は「『クマを守ろう』という善意はありがたい。自然にもクマにもプラスになるやり方で気持ちを生かすべきだ」と話した。先だって群馬の記事を批判した際に、「NPO法人日本ツキノワグマ研究所の米田理事長も反対されているのに」と書いたのですが、今回はさすがに理事長のお住まい・広島県の隣県の岡山県の記者さんだけに、きちんと取り上げられています。 しかし公平に見れば、実施している団体を名指ししておらず「一部の自然保護団体」としています。これは普通に考えれば日本熊森協会さんのことを指していると思われますが、そのドングリをまいている団体側の意見も載せなければ、読者は反対意見にしか接することができません。実施している団体側の意見も掲載することで初めて比較することができるわけですから、この記事も良くない記事…と言うべきでしょうか? 普通であれば、私もそう指摘するのがフェアな態度と言うものでしょう。 しかし、以前から何度も紹介していますように、日本熊森協会さんはマスメディアから取材を受けるのに次のように条件を出していらっしゃいます。再々掲しましょう。 マスメディアのみなさんからの当協会取材受付条件
どんな条件でも出すのは自由です。マスメディアの取材を受けるは義務でもなんでもありません。しかし、協会さんはこんな条件を公言していることで、自ら、このような批判的な記事に反論をし、主張を多くの人に発信する機会を手放しているわけです。1、人間による森林破壊の最大の被害者である哀れなクマを、絶対に悪く報道しない。 (空腹に耐え切れず、しかたなく人前に出てきたクマたちを追い掛け回して面白おかしく報道するなど、問題外。臆病なクマをパニックに落としいれ、人身事故を多発させています) 2、現象だけでなく、なぜこんなことが起きているのか、正しい原因を報道する。 3、これからどうしていけばいいのか、解決法を報道する。 例えば、この岡山の記者さんが実施している団体の当事者意見を聴こう・両論併記をしよう考えられたとしても、「絶対に悪く報道しない」といったことから始まるこれらの報道への挑戦とさえ言えそうな条件・注文を、良識ある記者さんや報道機関が受け入れるはずが無いため、最初から取材対象にしない…ということにもなりかねないからです。 また、以前テレビ朝日の報道を批判した際にも書いたのですが、日本熊森協会さんを取り上げている報道があった場合には、協会さんがそういう条件をマスメディアに課していると知っている私のような者にとっては、その報道内容は全てこの協会さん側の条件を受け入れ・迎合した上での取材と報道=一方的に協会さん側だけの意見や主張だけを流している報道とは言えない広報・宣伝に過ぎないと誤解されかねません。 つまり、仮に日本熊森協会さんが全面的に正しい主張(行動)をしていることだとしても、たった数行のこんな条件を付していることで、その主張(行動)に対し批判的な報道をされる際には再反論の意見を掲載されない(掲載される機会を失いかねない)となりかねず、一方、その主張(行動)が報道された際には、その条件をのみ込んだ程度の記者や報道機関の報道だろうとバイアスのかかったものと偏見を持たれてしまいかねないというわけです。 しかし、そうなったとしても、それもこれも言ってみれば協会さんの自業自得としか言いようがありません。 さて、岡山県の記事に付け加えるとすれば、「植樹するときも、その植樹予定場所直近の木のドングリから育てた苗木を用いるということ」ということまで踏み込んで欲しかったですね。 もう1つは、この寄付を受けたという町は、木々の不作では無かった年は出没が少なかったという事実から、すなわち、行政の林業政策のマズさがその年の熊の出没を招いた=射殺に至っているというのはあまりに短絡的な発想でしょう。その地域の木々のドングリを用いて多少植樹したところで、一斉不作となればやはり植樹した木々も不作になる可能性もあります。それを予測して、あるいは単に何も考えずに他の土地のドングリをまけば、今度はそれは遺伝子撹乱と指摘されるべき問題になりえます。植樹と言ってもそんな単純なものではなく、私から見れば、申し訳ないのですが、女性の寄付+行政の対応と、全国からドングリを送っている人々は、それこそドングリの背比べとしか感じません。 また、ドングリを置くことの弊害を生態系保護の観点から問題があると書かれていますが、一般の人には想像しづらいですね。例えば、「様々な土地で育ち性質を身に付けてきた遺伝子がまかれることで、そのまかれた土地の気候風土で生きていくのに適った性質を長年かけて獲得してきた木々の子孫に、別の土地の性質を持ったものが混じり、その土地の森林の生命力を弱らせかねない」とか、「豊作と不作を繰り返すのは、ネズミやリスなどを一度数を減らさせ、次の豊作とすることでドングリを食べつくされないようにして生き残り勢力を拡大させようとする木々の戦略。ネズミらが死なないことで、翌年以降のドングリも発芽する機会が奪われ、森が広がらないかもしれない」と言った面も紹介されるとより良かったのですが。 まあ自ら弁明を放棄した対立意見が掲載されていないのは仕方が無いわけですから、今回の岡山県の記事はその枠の中で頑張った記事と言えるでしょう。
支局の資質や姿勢でこうも紙面は変わるものなのですね。群馬の読者はかわいそうです。ネット読者としては、前回の群馬の記事の偏向ぶりを、岡山の記事でようやくバランス調整完了した、というところでしょうか。 |




