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以前紹介した12月27日付けの朝日新聞の記事に、莫大な被害額に達している北海道で、反対に減少しつづけているハンターを非常勤公務員に採用するという動きが出ていました。 私もかねてより、有害鳥獣駆除などという自らの命を危険にさらし、また以前から取りあげておりますようにときに実情を知らない愚かしい人たちからののいわれなき批判にさらされたり、実際に大変な労力でもある公益業務については、住民の安全と財産を守るのが最大の仕事であるべき行政がボランティアの善意頼みなどというあいまいなまま遂行せず、身分や行動の保証をすべきと思っていました。そうすることが、一定の駆除効果を上げることができるとともに、一部で不信感が持たれるような有害鳥獣駆除のいあり方について全て行政が責任を負うとともに行政の指揮権がハッキリすることになります。 そんなおり、静岡県の知事さんが、やはりハンターを県の臨時職員として雇用して有害鳥獣駆除に当たらせる方針を打ち出したことが、1月12日の毎日新聞の記事にも出ていました。 鳥獣被害対策:専従の熟年ハンター、知事がチーム化検討へ 臨時職員で雇用も /静岡 毎日新聞 1月12日(水)10時37分配信 川勝平太知事は11日、増え続ける県内の鳥獣被害対策として、60歳以上の狩猟免許取得者を集めた専従チームを作れないか、検討に入る考えを示した。定例の記者会見で明らかにした。まだ構想段階にとどまるが、川勝知事は「1〜2カ月の間に計画を立てたい」と話している。【山田毅】 県自然保護課によると、県内のイノシシやシカなどの野生動物による農作物の被害額は09年度で6億9618万円。05年度は2億8850万円だったため、4年で被害額は2倍以上になっている。 原因は狩猟者の高齢化や減少のほか、温暖化による動物の死亡率低下などが挙げられるという。 川勝知事が明らかにしたのは、狩猟者に着目した構想。同課によると、県内の60歳以上の狩猟免許取得者は約4400人おり、この中から約100人を臨時職員として県が雇用し、鳥獣被害対策の専従チームを作る案だという。 現段階では明確な方針は固まっていないが、月給を支払ったうえ、1頭捕獲するごとに数千円を支払うことも検討しているという。高齢者に対象を絞っていないものの、同様の仕組みを既に採用している兵庫県の例を参考に案を練っている。 川勝知事は、まず鳥獣被害が最も深刻な伊豆地域に専従チームを派遣したい考えを示し、「免許所持者の力を集中的に使いたい。今年中に勝負をかけたい」と述べた。 同課は「経験豊かなハンターが動けるうちに鳥獣被害対策を進めることも一つの手段かもしれない」と話している。冒頭でも触れた朝日新聞の記事には、北海道のエゾシカの繁殖力は4〜5年で頭数が2倍に増える計算ということにも触れていました。単純に言えませんが、静岡県の農作物被害額も4年で2倍ということですから、これまでの有害鳥獣駆除の体制(駆除が可能な頭数)では増殖に追いつかないのは目に見えています。 普通、「食物連鎖」と言えば捕食者の方が少ない=捕食者の狩る量と被捕食者の増加率がほぼ等しいのが理想的ですが、ここまで被捕食者の立場であるシカやイノシシの全体数が増えてしまうと、狩猟する人間の今の数では一定数に抑え込むまでの狩猟圧は維持できず、むしろ年々それが弱まって行っているわけです。 となると、コストや労力や効果を狙うのだれば、一端・臨時的に、短期間で一定頭数(目標頭数)まで大規模に補殺し尽くす人員を確保して実行し、後は自然増と捕獲数をほぼイコールにする少ない体制を維持し続けるという方法が現実的な対応ではないかと思います。 しかし、そのためには、まず、その地域の植生などにおいて生息が許される頭数と実際に生息している頭数の正確な割り出し、人家近くに出没したり農作物などを食べることを覚えた個体の割り出し…など、より効果を高め理解を得るための下準備も当然に必要なわけですが。 緊急雇用対策事業の一環として、職に就けない若者などから募集するという形でも良いのかもしれませんが、狩猟というのは生半可な気持ちではできません。自らが危険であることや、体力はもちろん捕獲のためには様々な知識も必要です。それ以上に、生きている大型哺乳類の命を自らの手で絶つということは、よくよく血が好きとか狩猟本能が充足されるといった人以外は、命のありがたみを知り、その行動の意味の重要性や責任を自覚して使命感を持つような人格者でなければ務まりません(務めてはいけません)から。 そのような、緊急的かつ実践的・効果的な対策を打つのが、地方自治体の最高責任者である首長の使命であるはずです。しかし、豊後大野市のように海外からオオカミを導入するという絵空事について検討をするという実にのんびりとしたことを聞くと、よくよくこの街は緊張感が無いのか万策尽きているのか?と思います。静岡県知事の決意を聞いた後で豊後大野市の検討を始めるという記事を見ると、何だかこの市の農林業家がかわいそうになってきます。
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さて、有害鳥獣駆除やハンティングには、このような声がつきものです。少し前の同じく毎日新聞の記事ですが、次のような記事が掲載されていました。 しらかば帳:「かわいそう」 /長野 狩猟が解禁され半月がたった。山や川ではハンターが大型獣や鳥を仕留め、冬の味覚として食べられている。ぼたん鍋で有名なイノシシの肉は品薄になるほどの人気だが、シカ肉はいま一つだという。ある猟師は自宅では「猪鹿鳥鍋」が一番人気と教えてくれた。 近年、狩猟は高齢化やハンターの減少で担い手不足が指摘されているが、最近は別の問題も。「シカやイノシシなど野生鳥獣を殺してはかわいそう」という声が多く寄せられ、県猟友会は「いい答えがないものか」と頭を抱えているのだ。増え過ぎて山や人里に被害が出ていることを説明しても、なかなか理解してもらえないという。 可愛い見た目やアニメなどのイメージから、動物を殺すことに同情する気持ちは分かる。しかし、大切に育てた野菜を、その動物に一夜にして食べつくされる農家の思いはどうなのか。やむをえない狩猟を「かわいそう」の一言で批判することには無理がある。【渡辺諒】殺傷して楽しむというのなら非難に値するでしょうが、シカやイノシシをルールに従い自らが撃って食べることをなぜ非難するのか、その根拠がわかりません。 世の中「肉が好き」という人はかなり多いでしょうけれど、実際に自分で牛や豚はもちろん、ニワトリを〆ることをしたことがあるような人はほとんどいないでしょう。自分では自らの手を使うことなく毎日の食事に牛や豚を食べるくせに、シカやイノシシ、熊を適切に補殺して食したり、地域の安全のために駆除することを感情的に「かわいそう」というのは、浅はかな偽善に過ぎません。 生まれつき食べられるために生きている動物は殺されるのはいいけど、野山を自由に駆け回る動物を殺すのはダメ、とでも言うのでしょうか? 有害鳥獣駆除に当たるほとんど全ての人には、毎日の食卓に肉を提供してくれる食肉関係者の方に対してと同じように、感謝するべきです。 代案も出さず、現実も知らず、ただ「かわいそう」などと言うのは「私は馬鹿です」と自己紹介しているだけです。もし、そんな愚かな人の主張に従い何もせずに放置した場合、どうなるかと言えば、森林の植物や農作物は食べつくされて、人間もその動物らも飢え・山も湿地も荒廃することになるでしょう。平和ボケもいいところです。 そんな的外れな自分に酔った博愛主義を語るヒマがあるならば、毎年全国で無責任な飼い主たちによって殺されている莫大な数のペットにでも同情し、元飼い主らを責める方が説得力があるます。そんなに命が大切だというのなら、まず、犬猫の引き取りやあっせんの活動、このような取組に積極的に参加すべきでしょう。言いやすいところに苦情を言っていいことをしたつもりになっている勘違いした皆さんはどうせ何もしないのでしょうけれど。 1月7日の産経新聞の記事です。 野良ネコ天国 イヌより捨てられやすく、餌付けで増殖も 産経新聞 1月7日(金)15時3分配信 ■大阪市、解消へ官民連携 捕獲されて殺処分される野良イヌが激減する一方、殺処分される野良ネコはそれほど減っていないことが7日、国の調査で分かった。ネコがイヌより多産で飼い主に捨てられやすいうえ、都市化が進んだ街では野良イヌという“天敵”が姿を消してネコにはすみやすい環境に。しかも公園では「かわいい」とみなされ餌付けされて増殖しているのが原因という。こうした傾向は特に都市部で著しく、大阪市は官民連携で野良ネコの引き受け先を探す全国でも珍しい「市民サポーター」の募集に乗り出す。 環境省などの調査によると、野良として保健所に捕獲されるなどして殺処分される数は、イヌの場合、平成元年度の68万7千匹から、20年度には8万2千匹まで大幅に減少している。一方で、ネコは元年度の32万8千匹から20年度は19万4千匹と、さほど減っていない。 さらに、離乳していない幼少期の段階で保健所などに引き取られる数をみると、20年度ではイヌが約2万3千匹なのに対し、ネコは約15万匹と圧倒的に多い。逆に、新しい飼い主に譲渡されたり元の飼い主に返還されたりするケースは、成体を含めてイヌが約3万3千匹なのに対し、ネコは約8千匹と極端に少ない。 こうしたイヌとネコの格差について、調査した環境省の動物愛護管理室は「イヌの出産は年1回程度なのに、ネコは多い場合年4回と多産。次々誕生する赤ちゃんネコを飼いきれず、最終的に手放す例が多い」と説明。 さらに都市化が進んで街に野良イヌが減り、天敵のいなくなった野良ネコがすみやすくなった環境変化も指摘する。担当者は「同じ野良でも、ネコは『かわいい』だが、イヌは『怖い』と思われやすく、都市化が進むほどイヌは姿を消していく。ネコは捨てられても都市の公園などにすみつけば、餌付けする住民も現れやすい」と話している。 こうした野良ネコの解消に向け、大阪市では4月にも、官民連携で譲渡先探しなどを進める「市民サポーター」の募集に乗り出す。 【後略】犬猫などを処分する行政施設にも、しばしば「かわいそう」の声が届くそうです。住民に十分にペットへの愛護を呼びかけ、譲渡会を開催して少しでも処分を減らそうとしているのに、そんな施設側だけを責め、自分は他に何もしないという卑劣な連中が多いようです。 行政コストや公務員の削減などと言いますが、世の中、犬猫を無責任に扱う人がゼロになれば、その処分費用もゼロになるというのに、そういうことにもなかなか触れられません。 これらに共通している問題点はまず、「命」というものや「生きる」ということが、あまりに漠然としているからかもしれません。それが、いい結果なのか、悪い結果なのか知りませんが。
身近な食肉や犬猫のことに思いを馳せず、おそらくはほとんど見たことも無いような縁遠い野生動物に過剰反応する。そういう人は、生きていることに現実味を感じていないような人なのでしょう。 |
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最近では全国の新聞報道から様々な出来事をお知らせしてもらっている私が新聞紙面や新聞記者に文句を言うのは天につばすることかもしれませんが。 テレビには放送法というものがあり、以前も紹介したとおり、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」(第3条の2の4)と、これが守られているかどうかは別として定められていますが、新聞は特にそういう規制は無いようです。 そうなると記者や新聞社の良心とか良識、もっと言えばその記事にすべき案件を鋭く分析して多角的に見て、取材で裏付けるような能力を期待するしかないわけです。 しかし、以前からその新聞紙面でただテキトーな情報の垂れ流しをすることは繰り返されており、実に愚かだと残念に思います。 例えば、1月9日の毎日新聞ですが、日本熊森協会さんのドングリばら撒きをこんな風に紹介しています。 ドングリ:餌不足、県内のクマ支援 自然団体呼び掛け、全国からどっさり /群馬 ◇段ボール300箱3.5トン届く 餌不足のクマのため山にドングリをまこうと、高崎市の自然保護団体が昨秋、全国に協力を呼び掛けたところ、まききれないほどのドングリが集まった。クマが冬眠に入った今も寄せられており、大型の段ボール箱で計約300箱分、約3・5トンに達している。目覚めた時に少しでも餌の足しになるようにと、団体は春の訪れを待って再び山にドングリをまく。【鳥井真平】 呼びかけたのは「日本熊森協会県支部」。川嵜實支部長によると、昨秋は夏の猛暑の影響でブナやミズナラになるドングリが不作となり、各地で人里に出没するクマが相次いだ。中には駆除されたクマもいた。 こうした悲劇を少しでも減らそうと、支部は昨年10月からドングリを募集。ミズナラなどの林は市街地周辺にも多くあり、北海道から九州まで全国各地の3000人以上からドングリが寄せられた。その多くに「クマさんに届けて」「子どもと一緒に拾いました」などのメッセージが添えられていた。 支部は、寄せられたドングリを昨年10〜11月、12回にわけて県内の42カ所にまいたがすべてをまききれなかった。当初の募集期限の昨年11月末を過ぎても送られ続けており、春にも再び県内の山にまくことを決めた。 川嵜支部長は「善意のドングリがこんなに集まり感激した。クマに贈り主の皆さんの気持ちを届けたい」と話している。 【後略。支部連絡先】ご丁寧に連絡先まで書いて、検証は放棄している、まったくの提灯記事です。 日本熊森協会さんのこの活動に対しては、私ももちろんですが、大小様々な異論が出されています。 有名どころでは、数多くの実績をあげられているNPO法人日本ツキノワグマ研究所の米田理事長も正式に反対を表明されていらっしゃいます。 手前味噌ですが、Googleで「どんぐりまき」と検索すると、私が以前書いた「ドングリまき(置き)の言い分 その1」などがHITします。 この記者は、そういうたったそれだけで済む検証は試みたのでしょうか?それが誰も異論も懸念がない「いい話」だと思って手を抜いたのでしょうか?それとも、検証したけれども取りあげる価値なしと判断したのでしょうか? 放送法に上記のような規定があるのは、その報道に関わった人や視聴者に大きな影響があることから慎重にすべきという意味であり、それは法規定されていないだけで新聞も同じです。読者に、ただ一方の情報を垂れ流すのが新聞社の仕事なのでしょうか? 上記「ドングリまき(置き)の言い分」で引用したJ-CASTニュースの配信記事の方が、わずかですが異論も掲載しており、報道姿勢としては当たり前のものです。 以前にも指摘しましたが、日本熊森協会さんではマスメディアから取材を受ける条件として、 マスメディアのみなさんからの当協会取材受付条件
という項目を挙げています。1、人間による森林破壊の最大の被害者である哀れなクマを、絶対に悪く報道しない。 (空腹に耐え切れず、しかたなく人前に出てきたクマたちを追い掛け回して面白おかしく報道するなど、問題外。臆病なクマをパニックに落としいれ、人身事故を多発させています) 2、現象だけでなく、なぜこんなことが起きているのか、正しい原因を報道する。 3、これからどうしていけばいいのか、解決法を報道する。 取材を受ける側がどんな注文をつけようとそれは全くの自由ですが、しかし、もしそれに迎合して適当に仕事をして紙面を埋めようというのであれば、この新聞社(支局)や新聞記者はその業務や職に信念や使命感というものは感じないのでしょうか? むしろ、こんな記事内容では、日本熊森協会さんのつけた条件「正しい原因を報道する」を守っていないとも感じざるを得なくなってしまいます。 さて、1月10日に配信された産経ニュースの記事も、特集連載「ボーダー その線を越えるとき」として様々な境界について書いていて、このドングリまきについて取りあげていますが、きちんと両論を掲載しています。 【ボーダー その線を越える時】(9)自然の境界 野生クマへの餌やりは保護か (1/3ページ) 2011.1.10 21:04 「クマの生息地を壊し続けてきた人間側としては、クマに食料を提供しなければならない」。自然保護団体・日本熊森協会(兵庫、会長・森山まり子)はこう訴え続けている。 クマが人里に大量出没した平成22年。環境省によると、同年4月から11月末までに捕殺されたクマは実に3419頭。餌となるドングリの不作が、出没の大きな原因といわれている。 同年11月24日。1機のヘリコプターが富山県上市町の奥山の空を舞った。つるされたバケツの中身は全国から集まったドングリとクリ。凶作の年に同会が行う「ドングリ運び」の光景だ。投下先は協会が所有する同町内の森林。計1トンを投下した。クマが人里に出てこないようにするのが目的で、森山は「出てきたクマを殺すのは生態系への人為攪(かく)乱(らん)」と指摘した上で次のように強調した。「クマは森の生態系の頂点。自然界のバランスを壊した人間と動物とのすみ分けを復活させたい」 しかし、ドングリ運びには批判も多い。環境省は野生動物が人里へ出没する理由の一つとして餌付けを挙げて中止を呼びかける。人間が与えた餌や放置したゴミに野生動物が依存している−というのだ。 だが、協会は「餌付けの目的は人間のところに引っ張り出してくること。ドングリ運びは奥山からクマが出てこないようにすることだから餌付けではない」と否定する。 動物との境界に、人間はどこまで介入すべきか−。9年の設立以来、協会は20府県に支部を開設、会員は2万5千人を超えた。 【後略。次の話題】問題提起の体裁にもなっており、読者が考える材料が盛り込まれています。最低限、このくらいの記事であるべきでしょう。 この記事の中の会長さんの見解をまた私がくどくど反論を再掲する必要も無いと思いますが…。 「クマの生息地を壊し続けてきた人間側としては、クマに食料を提供しなければならない」。
以前も指摘しましたが、協会さんのHPでは、「その証拠に、山の実りが良かった2009年には、クマはほとんど山から出てきませんでした。こんなことは、子供でも知っています。」と書かれていますね?これはつまり、「通常期には熊の生息に十分な食料がある」という見解と同意義ということであり、すなわち、人間が熊の生息地を壊し続けたわけではないとなり、従って熊に食料を提供する義務は発生しないという理屈になると思いますが? 「出てきたクマを殺すのは生態系への人為攪(かく)乱(らん)」と指摘した上で次のように強調した。「クマは森の生態系の頂点。自然界のバランスを壊した人間と動物とのすみ分けを復活させたい」
木々の実りに豊凶があるのは、木々の成長戦略と考えられており、食べ物にあぶれて死ぬべき個体を生き残らせるということはつまり、長期的スパンで考えて広葉樹の森が広がることを妨害している行為であるとも言えます。つまり、それこそ生態系への人為撹乱であり、そういう行為をすることも自然界のバランスを壊す人間と言えるのではないでしょうか? 協会は「餌付けの目的は人間のところに引っ張り出してくること。ドングリ運びは奥山からクマが出てこないようにすることだから餌付けではない」と否定する。私には到底理解できない主張ですが、百歩譲ってそうだとしても、日本熊森協会さんのHPの12月6日の記事によると、地元の方に「こんな地元の人間が通る場所にドングリを置いて熊を呼ぶな」という旨でお叱りを受けたそうではないですか。 どんぐり運びでご迷惑をかけた一部地元のみなさん ごめんなさい 【中略】 ここなら入る人もなさそうだから大丈夫だろうと判断して置いた場所が、地元の人が通ることもある場所だったりして、「こんなところに、クマを集めるな」と、お叱りを受けたこともありました。 やはり、地元の学校などで取り組んでもらわないと、外から行った者には、置く場所の選定が難しいと思いました。ご迷惑をおかけしたみなさん、本当に申し訳ございませんでした。 【後略】協会さんの理屈であれば、これは「餌付け」ですよね? 餌付け、してるじゃないですか。 そういうミスを謝罪・公表をする姿勢があることや、オオカミ導入や遺伝子操作による復活に反対のご意見などは一定程度は同感で、私は何も協会さんのお考えや活動を全否定するものではありませんが、熊に対しての過剰な思い入れはどうかな?と私は思いますし、それ以上に、公平かつ客観的とは言えないマスコミの報道はどうかと思いますね。
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私の好きな小説の1つシャーロック・ホームズの中で、ホームズはこんなことをワトソンに語っています。 【前略】
これは犯罪事件に限らず、様々な事故でも言えることです。だいたい犯罪にはきわめて強い類似性があるから、千の犯罪を詳しく知っていれば、千一番目のものが解決できなかったら不思議なくらいなものだ。【後略】 (コナン・ドイル 延原謙訳「緋色の研究 −シャーロック・ホームズシリーズ−」新潮文庫) 私は施設管理を担当していますから、例えば他の都道府県のことでもどこか他の施設なんかで「エレベーター事故があった」という場合には、自分の施設のエレベーターはその原因での事故は起こりえないかどうかを確認するといった具合に当然の対応をします。ホームズは事後の解決に役立てていますが、私は事前の防止に役立てています。 ですので、学校なんかで一度どこかで発生した事故とほぼ同じ構図で児童生徒がまた被害者になると聞くと、そんな学校の校長や教頭はクビにすべきだといつも思ったりします。 交通事故でも施設事故でも、むろん、事故を起こそうとして起こしたわけではなく、そして少なからず被害が発生しているのですから、せめてその被害者の嘆きや苦労などを次の事故防止のために役立てなければその被害者はまるで報われないとも思います。 そんなわけで、私はここで、特に熊にかかる事故事例などを紹介し、ごくわずかでも事故防止になったり、事故発生時における解決のヒントになりえたらうれしいと思い書いておるわけです。 さて、1月9日のIBC岩手放送のニュースエコーが報じた内容です。 雪の山中でクマに襲われ男性大けが (2011年01月09日 11:48 更新) きのう午後遠野市の山林で猟をしていた男性がクマに襲われ大怪我をしました。 クマに襲われたのは遠野市宮守町の会社員吉田雄悦さん60歳です。吉田さんはきのうひとりで近くの山に出かけ、キジ猟をしていたとみられます。吉田さんはクマに頭や顔を噛まれたり引っかかれたりして大怪我をしましたが、自力で帰宅し病院で手当てを受けています。命に別条はないということです。 猟友会によりますと雪深いこの時期にクマに襲われるのは珍しいといういうことですが、現場は国道396号線沿いの小峠トンネル付近で、車の往来が頻繁な場所で冬眠するクマは眠りが浅いケースもあるとして注意をと呼びかけています。頭や顔に大ケガということですから、後々まで後遺症などがありうるかもしれません。ですから、このような事故を報道する際、「命に別条が無い」などという表現の仕方は、親族や知人にとってはひと安心する大事な部分ではありますが、同時に、その他大勢のうちこういう言葉の響きから「被害者が亡くなったわけでもないのに射殺しようというのか!」などという、想像力も思いやりも無い人間が苦情を言い出す一因にもなりかねない部分でもあり、慎重に表現・報道していただきたいものです。 熊は冬眠すると言っても完全に動かないというわけでもなく、刺激を受けるとすぐに活動したりします。昔は「穴熊猟」などといって、越冬穴にいる熊を巧みに狩る猟があったそうですが、対応を誤ると越冬穴から飛び出して逃げられたり逆襲されたということです。 また、冬季の林業作業中にも加害事故は起きます。 先日、冬眠の時期でもその年の気候や条件によって冬眠しない熊がいるかもしれず、また、冬は山に入る人でも熊への対策をしないということもあるので注意が必要と書いたところです。 また、ちょうど1年ほど前にも長野県玉滝村において、冬季といっても記録的な暖かさの日が関係しているのか、除伐作業中の作業員の方がその近くで冬眠していたと思われる熊に襲われ負傷したという事故記事を紹介し、人里近くに平気で出没する熊が多いようである以上、越冬も以前より近くで行う場合もありうるのではないかと書いたところです。 しかし、環境条件などで冬眠しない熊ではなく、冬眠している熊が越冬穴から飛び出て人を襲うという場合は、私が聞いたことがある範囲は、穴にこもった熊を狩ろうとしての逆襲のほか、悲劇的なことに偶然そうとは知らず越冬穴の近くで除伐作業などをしていてのことというケースです。 これはつまり、たまたま冬山ハイキングなどで通りかかった程度では熊はおそらくは飛び出てくることはせず、穴に継続的に刺激を与えた場合や、近くで音を立て続けた場合など、まさに「追い詰められた」と熊が感じとるような場合に限るのではないかと思います。 今回の事故は「キジ猟」中のことということですが、これが銃砲で音を立てていたのか、あるいはワナを仕掛けようと現場に長時間留まってしまったのか、その詳細を今後の事故防止のために知りたいところです。 今回の現場は、自動車の往来の激しい場所近くとのことです。事故の報道がこれだけで感想を言うのは口はばったいですが、1つはそういう山奥とは言えない場所であり冬であることから、被害者の方も当然、夏などにはしているであろう熊対策…というか熊への注意は十分にはしていなかったかもしれません。もっとも、例え熊鈴などを身につけていたところで、越冬穴に入っている熊がそれに気づいても、そこから逃げて離れて行ってくれるわけでもありませんから、その点では、夏などよりも熊が進退極まりやすく、危険とも言えます。 報道では、「往来が激しいので眠りが浅いのではないか」と書かれていますが、私はそれは逆であり、冬になって開通したり通行量が多くなる道路ではない以上、熊はそういう場所だとわかって越冬穴としたはずですから、そういう人の出す喧騒には慣れた熊であり、そうではない熊よりも人を恐れないという見方もできるのではないか?と思います。 実際に熊を調査するということは大変な労力ですが、起きてしまった事故は詳細に状況を調べ、その情報を共有し、それを広く知らせることで、次の事故を軽減できるかもしれません。また、そうすることで、大ケガをしてしまった被害者の方も、ほんのわずかでも、ご自身のケガが事故防止のために役立っているという救いになりうるかもしれません。 【追記 2011.1.10】 コメント欄にございますとおり、"ね" 様より「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規則」第10条第3項8号にある禁止される猟法につき、今回のキジ猟は禁止されているワナではなく、銃ではないかというご見解をいただきました。 すみません、正直、私はこのような細かな条文はまるで知りませんでした。条文を見たところ、まさにそのとおりだと思います。 "ね" 様、今回もすばらしいご教示、どうもありがとうございました。 最近、私のような拙い知識や経験に対し、ご教示いただいたり、情報を提供してくださる方がいらしていただいて、本当に感謝申し上げます。
「それは違うと思う」「これはこういうことだよ」というご意見、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。 |
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昨晩、私の住んでいる宮城県では、映画「猿の惑星」のリメイク版「PLANET OF THE APES/猿の惑星」が放送されていて、久々に見ました。 主人公が「猿の惑星」で捕まり、奴隷商人のような猿の牢獄に捕まっているときに、宿敵・猿の将軍が訪れます。そのときの会話です。 奴隷商人「果樹園を荒らしていたのはこいつらですか?将軍。それなら昔ながらのいい方法を知っています。絶対うまくいきますよ。見せしめに、人間の死体を吊るしておくんですよ。」 将 軍「人間擁護派が騒ぐ。既にガタガタ言われているんだ。」 奴隷商人「あぁ…ろくでもない理想主義者め。言論の自由には賛成ですが、やつらは黙らせなきゃ」そして、奴隷商人が人間に焼印を押そうとするのを、「人間擁護派」の猿・アリが邪魔をします。 ア リ「人間を虐待するのは許さない。こんなこと、止めなさい。」 奴隷商人「オヤジさんがいるから大目に見ているが、普通なら許さないぞ。」 ア リ「商売を止めればこんなことしないわ」 奴隷商人「おい。私はみんなが嫌がる商売をしてやっているんだ。それに、心優しいあんたらに、このアブナイ連中を扱うのは無理だよ。こいつらは馬鹿なケダモノだ。」 ア リ「彼らは馬鹿じゃない。教育すれば、私たちと共存できる。私が証明する」と言ってアリは牢屋を開けようとして、主人公に捕まってしまいます。 奴隷商人「どうだ?証明されたな」人間擁護派のアリは、人間が周辺を荒らしているということに対して、「私たちが棲む場所を奪ったからよ」なんて言っています。 いやはや、どこかで聞いたことがあるような会話だと、噴き出してしまいました。以前見た時とは違った観点で楽しめました。 「飢えて畑の食べ物を荒らさざるを得ない動物を補殺するのは残酷」「(暴れまわってどうしようもない熊を)なぜ射殺した」というような動物愛誤派の方々推奨の映画でしょうな。常々、「動物の立場になって考えてみなさい」などと言うような人にとって、人間が動物に虐待されるのは。 ふと思うのは、仮にこういう世界で、「人間擁護派」のアリの主張通り猿社会が人間の「人権」を認め、奴隷制度を排して、どこかの土地の範囲に限り人間の国と独立を認めたとしたら、猿と人間は本当に共存できるものでしょうか? オリジナルの映画では主人公ら以外は会話もできない程度まで落ちていますが、このリメイクでは人間は誰でも会話ができるなど、一定の知能があります。 もし、熊やエゾシカと会話ができれば、それで問題は解決・共存に向かうことができるでしょうか? 漫画家の鳥山明さんの描く世界では、しばしば動物が2足歩行をして服を着て会話をしますが、私はそれを見るたびに、「この世界では、食べ物はどうしているのだろうか?」と感じています。 ******************************** 先日、ネット検索をしていたところ、「詭弁のガイドライン」なるものを見ました。 どなたがお作りになったものかハッキリわかりませんが、「2ちゃんねる」にて生まれたというようです。ネット上で議論する際のルールというか何と言うか、結構有名なものだったようです。 1.事実に対して仮定を持ち出す 2.ごくまれな反例をとりあげる 3.自分に有利な将来像を予想する 4.主観で決め付ける 5.資料を示さず持論が支持されていると思わせる 6.一見、関係がありそうで関係のない話を始める 7.陰謀であると力説する 8.知能障害を起こす 9.自分の見解を述べずに人格批判をする 10.ありえない解決策を図る 11.レッテル貼りをする 12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す 13.勝利宣言をする 14.細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる 15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする 16.全てか無かで途中を認めないか、あえて無視する。 17.勝手に極論化して、結論の正当性に疑問を呈する。 18.自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する。 19.権威主義におちいって話を聞かなくなる。はてなキーワードでは、「犬は果たして哺乳類か?」という議論の場合の上記を例にあげており、わかりやすいです。 自分がネット上で議論したり、このブログ記事を書いている(何かを批判するとき)にも当てはまる自戒すべきことが多々あります。 しかし、詭弁から新たに生み出されるものが皆無かと言えばそうとも言い切れませんので、詭弁のガイドラインに当てはまるからといってそれが即、忌避すべきものとばかりとは言えないかもしれません。 ですが、某自然保護団体にほとんど当てはまっており、噴き出してしまいました。 ******************************** やはり昨夜、テレビ朝日系列で放送された「SmaSTATION!!」という番組では、「カトリが行く!トリックアートミュージアム」として、那須にあるトリックアート美術館の展示を紹介されたほか、様々な視覚トリックの錯覚と驚きをわかりやすく・たくさん紹介されていました。 確かに目に見えているものであっても、多面的見方があったり、あるいは見えて得た印象と正体とがまるで違っているものなど、大変興味深いものです。 道路建設の際には強度的なものとか維持管理のしやすさということも大切ですが、そういうドライバーが運転している最中に起きうる視覚の錯覚が起こり得ることを想定して作って欲しいですね。たまに、下り坂なのに上り坂に見えたりという道路があって、そこでは下り坂にも関わらずアクセルを強く踏んで加速し過ぎてしまう道路があります。その逆では渋滞が発生したり、ということが起きてしまいます。 視覚で見えているものが、現実では必ずしもイコール・正しい・それだけが正解というではないということですね。 耳ざわりの良い自然保護の主張や、「目からウロコ」な主張、多くの人が賛同するような説でも、その見聞きしたことが正しいとは限らないのですが、視覚トリックと違い論理のトリックは「それは違うよ」と言葉で説明しても伝わりにくいのが残念です。
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北海道の牧場において牧場主が出没するヒグマを自ら捕獲しようと無許可で箱ワナを設置したことが罪に当たるか(と、言うか、罰するに値いするか)どうか問われた釧路簡裁の判決で、罰金30万円が確定したことを先日紹介しましたが、その中でも触れている、情報提供をいただいていた「被告がワナを仕掛ける1年前に、同じ町の中でヒグマ駆除中のハンター2名が襲われ、1名が重傷、1名が亡くなるという事故があり、しかもその亡くなった方は被告の義弟に当たる方」という点について、地元紙が伝えている記事を入手し、確認が取れました。 しかしここで驚くのは、それを伝えているのが以前引用した、1審判決が出た直後の北海道新聞の記事であるということです。 私は前回、ネット配信された同紙の記事を全文引用したのですが、そこにはそのことは省略されており、実際の紙面の方にはその記事に続きがあってそこには被告側の主張をかなり多く取り上げられていました。紙面の読者には今回の判決について一概には言い切れないものであるという事情を感じさせるに十分な内容ですが、ネット配信の記事を見ただけでは単に事実報道であり、被告側の事情は一切わかりません。これを読むのと読まないのとではまた印象がまるで違います。これはネット配信する上では非常な手落ちというか省略し過ぎで、私のように熊に関心がある他都道府県の人間にとっては、被告側の実情や言い分に触れることができず、正確な判断ができなくなるという配信の仕方でもあります。ネットによる記事配信(そもそも新聞報道)を見るときには我々も十分に違った見方もできうるものだと注意すべきと、あらためて思いました。 今回、紙面を送っていただいたので、その部分を含め全て引用したいと思います。北海道新聞の紙面記事全文です。 無許可クマわなに有罪 釧路簡裁 「緊急避難」主張認めず 【釧路】飼育する牛をヒグマから守るため、許可を得ずに自分の牧場に箱わなを仕掛けたとして、鳥獣保護法違反の罪に問われた釧路管内浜中町の牧畜業の男性被告(73)に対する判決公判が20日、釧路簡裁(青木忠儀(ただよし)裁判官)で開かれた。青木裁判官は「犯行は独善的で、箱わなの免許制度を無視しており、酌量の余地はない」として、求刑通り罰金30万円を言い渡した。 男性側は事実関係を認めた上で「家族や牛を守るためにやむを得ず行ったもので、刑法上の緊急避難が成立する。罰を加えるほどの違法性はない」として無罪を主張していた。 判決理由で、青木裁判官は「箱わなの状況を見回るなど、危険防止策を講じておらず、違法性が明らか」と指摘。「被告がヒグマ対策を考えてから、わなを設置するまで3カ月あり、差し迫った危険があったとは言えない。わなを仕掛けるための試験を受ける機会もあった」とした。 判決によると、男性は牛130頭、馬13頭を飼育。毎年1頭くらいの牛がいなくなるのをヒグマの仕業と思い、2007年10月に箱わなを購入、道知事に無許可で牧場に設置、09年11月に1頭を捕獲した。男性は今年4月、同法違反の罪で略式起訴され、釧路簡裁から罰金30万円の略式命令を受けたが、命令を不服として、正式裁判を請求した。 男性被告「地域実情に合わぬ」
後半の、背景の色が違う部分が実際の紙面では掲載されネット配信はされず省略された続きの部分です。これがあるのと無いのと(前半部分だけ=ネット配信された部分)ではまるで違います。【釧路】「判決は単純に法律に沿っただけで、クマの被害が絶えない地域の実情に合っていない。」釧路簡裁で20日、鳥獣保護法違反の罪で罰金30万円の判決を受けた牧畜業の男性被告は判決を批判し、控訴を検討する考えを明らかにした。 男性は11月に行われた最終陳述で、猟友会に所属していた義弟が4年前、駆除に出かけてヒグマに襲われ、死亡した体験を語った。しかし判決では町にヒグマの出没を申告せず、自分で解決しようとしたことを「独善的」と指摘された。 男性は「箱わなを設置したのは悲劇を二度と繰り返したくなかったから。自分でできることは自分でしようと思ったのに、分かってもらえなかった」と肩を落とした。 4月の略式命令を不服として、あえて時間がかかる正式裁判の道を選んだ問題提起。専門家などからは「無許可の捕獲を許すと、歯止めがかからなくなる」「乱獲につながる恐れがある」との声が出る一方、「行政の対策が不十分」との指摘もあった。 男性の弁護人は「判決の骨子は行政の対応がきちんと成り立っていることが前提。実際には駆除するハンターは減り、人的被害や農作物被害が後を絶たず、民間で自衛しなければならない状況がある。裁判が行政への問題提起になってほしい」と訴えた。 違法は違法で間違いないことですが、しかし実際にハンターが減っていることや行政の対応も物理的に困難になっていること、前回も書きましたが北海道の都会から遠く離れた小さな町でのことということ、親族が亡くなられていること…など、そういう現場被害者の声や憤り・嘆きなど情状面が、裁判・判決には触れられていないように思います。 被告が判決に納得できないのは当然の心情だと思いますし、同時に、それでも控訴を断念せざるを得ない無念さというのも察して余りあります。私は報道記事を読んだ限りでは、この被告に罰金30万円を課すというのは酷・不適当な判決ではないかと思います。 ただし、それはあくまでもこの案件の場合に思うことであって、このブログでも紹介したことがあるような自力救済の中には誤捕獲や人間に危険を及ぼしかねないものなど、到底賛同できないようなケースがあるのも事実です。 裁判記録を読んでいない(いつか釧路簡裁に行って記録を閲覧したいと思いますが)ので何とも言えませんが、今、報道などで出ている判決内容などでは、これら有害鳥獣にかかる問題においては何ら解決につながるような影響力は無く、この被告を法は法として厳しく罰したところで悪質な密猟や安易な自力救済が自粛されるという良い効果が期待できるとは思えません。言い方は悪いのですが単なる額面通りの解釈・判決で、当初期待していた何らかの前向きな動きへの発展にはまるでつながらないどころか、様々な現場での混乱などを誘引しかねないような機械的なもののように感じてしまいます。 新聞報道そのものと、それをネット配信されているものに接する際にはそれぞれ、客観的な見方などを心構えとしてもつべきことをあらためて感じた事実でした。 【追記 2011.1.8】 自力救済…というか、人間に危険を及ぼしかねない勝手な捕獲という点で、こんな記事が言っているそばから出ていました。 1月7日の毎日新聞の記事です。 鳥獣保護法違反:あぜ道にトラバサミ 容疑で書類送検−−筑後署 /福岡 筑後署は6日、人が通るあぜ道に危険なトラバサミを設置したとして、大川市の農業の男性(70)を鳥獣保護法違反容疑で柳川区検に書類送検した。男性は「自分の田んぼの稲穂をついばむカラスを捕まえたかった」と容疑を認めている。 送検容疑は昨年10月6日午後6時半ごろ、同市内のあぜ道に、カラスを捕獲するためにトラバサミ2基を設置したとされる。 署によると、同日、トラバサミに気づいた近くの住人が110番。駆け付けた署員が押収した。 トラバサミは主に鳥獣を捕獲するためのバネ仕掛けのわな。設置には市町村長の許可がいるが、男性は許可を得ていなかった。 近くに幼稚園、小学校があり、児童らがあぜ道を通ることもあるという。男性はトラバサミの上にわらをかぶせていたため、危険な状態だった。【土田暁彦】これも、農業被害における被害者の自力救済という、違法行為です。 このヒグマの事例に比べ、カラスが即危険かどうか?失う被害額の大きさは?仕掛けた場所から生じる人的被害の可能性は?と言う点では全く違う話ですが、構造は似ているところもあります。 なるほど、本人にとっては農業被害の軽減は一番の苦悩であり、それが解消されることは何より優先されるべき念願でしょう。 しかし、個人が勝手にワナを仕掛け違法に自力救済に走るということは、他人に危険を及ぼしたり、鳥獣駆除あるいは保護の管理計画も狂いかねない、愛護精神に反する(その後の処分にも支障=賛同や理解を得ることに理解が得られないなどの支障が出かねない)など、問題が生じます。 その自分だけの目的に目が行き過ぎてしまうと、実際の現場がどんな立地かはわかりませんが、報道によれば子供も通るような場所にしかも隠して設置していたということですから、そういう他のことへの配慮や事故防止がおろそかになります。だから、客観的な利害関係者ではない専門知識や技術・経験を有する「資格」ある人間の対応が必要でもあるわけですね。 この件も、そういう往来のある場所に危険な設置をしたことが問題視されて立件され、報道されているのだと思います。(そういう点においては、釧路の被告の件においても、報道されない悪質性や落ち度など、裁判に至ったり被告敗訴という結果が出るべくして出た要件が、もしかしたらあるのかもしれませんが。) しかし、ここでも感じるのは、やはり農業等の被害において、行政らが対応を迅速丁寧にしなければ、そういう時として人身に危険が及びかねない「違法行為」が、むろん違法行為をする人間が一番自省するべきことですが、結果としてそれを誘発・助長しかねない状況にあるということと、そしてハンターが減っていく今、駆除や保護をきちんと確立しなければそういうことは増える一方だろうということです。
今はまず、無許可・無資格でワナを仕掛けたり捕獲することは違法であるということを広く広報することで、そういう自省を促す効果はあると思いますが、それも長くは続かないことでしょう。 |




