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私は先月、痔の手術をしたのですが、自分ではこの原因は「過敏性腸症候群」だと思っているということを書きました。(http://blogs.yahoo.co.jp/mt_izumi_1172/39538208.html)
また、この病気で腸が疲弊しているのではないかと心配になり、合わせて大腸内視鏡検査もしていただきました。初めての経験でした。
元々、過敏性腸症候群になった原因も自覚していて、「小中学生のころは、学校では大便に行くと級友にからかわれる対象だったので、学校で大便に行かないように、自宅を出る前に大便を出し切っておこうとしたこと」が原因だと思っています。
それをさらに遡ると小学校低学年のころ、家族で自動車で旅行に出発するとき、父が「トイレはしばらく無いから、ちゃんと出発前に出しておくように」と言ったので、私もそうしたのですが、出発して少し経ったころ、また小便がしたくなったのです。そのとき我慢していたのですがやがてついに我慢しきれなくなって、恐る恐る父に(父はハンドルを持つと人が変わる)トイレに行きたい、と言ったとき、「だから家を出る前に出しておけと言っただろ」と叱られたことが、旅行に行ったときにはトイレに行けない=出してはいけない=じゃあ、もう行きたくない」という構図になってしまいました。
(この体験から、私は他人のトイレには非常に寛容で、幼い姪っこたちには自分のようになって欲しくないと思っていましたが、先日まったく同じシチュエーションになったとき、私はこのことを思い出し、優しく接することができました。)
もっと言えば、「大便は誰でもするじゃないか」「出るものは仕方が無いじゃないか」というように、明るく気にしないようにできなかった自分の性格が根本原因です。
私はその後、この心因性とも言える病気と長く付き合って行くことになるのですが、この病気は非常に憂鬱にもなります。
心の病気は何でもそうなのかもしれませんが、「憂鬱だから腹痛になり、腹痛になるからまた憂鬱になる」という負のスパイラルに陥ってしまい、こうなってくるともう抜け出せません。まさに「病は気から」の典型例です。
トイレに行きづらい他人との旅行は非常に苦痛で、私は学生時代、一人旅を愛しました。むろん、友人とワイワイ行ければ楽しいに決まっています。それに、友人は当然、「トイレ」なんて当たり前に待ってくれるのは分かりきっていますが、それでも「迷惑かけたくない」という気持ちがどこかにあって、心から楽しむことはできそうになかったのです。これも、友人が悪いのではもちろん無く、全て自分のせいです。
修学旅行はできれば行きたくなかったのですが、どうしても行かなくてはならなくなり、そしてトイレに絶対に行けない、という状況下にさらされたとき、私はそれまでの下痢とは逆に、ひどい便秘になりました。
1週間あまり、まるで大便が出ませんでした。
大学受験では、第一志望受験時に父に送ってもらう車の中では、緊張のあまり腹痛がひどくなり、試験会場についてからもトイレに行き続けていました。結果は失敗。
私の半生、この病気が無ければきっとまるで違っていたと思うと同時に、この病気のおかげで、困っている人や同じ病気の人などの思いを察することができているとも思います。
もう1つ、人間の精神でここまで肉体が左右できるのであれば、例えば催眠術やら自己暗示でプラスの思考を染み付ければ、相当にすごいこともできるのかも?などと思ったり。
さて、社会人になっても、通勤の電車や自動車などで、しばしば腹痛を起こしていました。それはつい先月くらいまでもです。
しかし・・・痔の手術をしてから、排便はきちんとあるのですが、この緊張して下痢、という症状は1ヶ月間、出ていません。まあ、ストレスを感じるようなことはあまり無い日々(周りも手術後で気を使っていることもあって)のせいもあると思いますし、便を軟らかくし排便を促す薬を処方をいただいていることもありますが、一番大きいのは、「大腸内視鏡検査をしていただいたこと」ではないか?と思っています。
私は大腸内視鏡検査をするまで、腸の中はあっちこっちに大便がひっついて、それが後から後からいつでも出続けるものと思っていました。
ところが検査当日、看護師さんに腸洗浄剤を渡されて腸の洗浄をするのですが、その前に大便に立って排便し、自分では例によって「まだ残っているな」と思っていたのですが、その後いくら腸洗浄剤を飲んでもほとんど便が出てこなかったのです。
つまり、私は自分の腸や肛門が、いつもしっかり一度に出る大便をしっかり出し切ってくれていたのに、勝手に「まだ残っている」と思い込んでいたということがわかりました。「もう、無い」と。
悪夢を見ているときに、「これは夢だ」と思えたときに、その悪夢は覚めて恐れる必要はなくなりますが、それと同じようなものでした。
そして、先生に大腸の様子を見せていただきましたが、まったく便など残っておらず、とてもきれいでした。先生も、「とてもきれいです」「立派な大腸です」と明るくおっしゃっていただいたことも、自信が持てたことに大きく影響しました。
さて、私が痔の手術をしたことは、私の周囲では半ば公然の秘密みたいな状態になっていますが、後から後から、痔の悩み相談をされています。こっそりと。
痔というのは、もう非常に多い病気であって、しかし立派な病気なのですから、何も恥ずかしがることはないのです。まして、きちんとした対処を症状の初期にしておけば薬や生活習慣の改善で症状が抑えられるのに、誰もが恥ずかしがって、誰にも相談できずに悩んで、そして悪化させている・・・。
これは、私が小学生時代に味わった、「誰もが大便するはずなのに、トイレに行けない」というのと全く同じ構図です。
だから、私は相談してくる同僚らに、こう言います。
【誰でも当たり前にかかる、しかし立派な病気なのだから、恥ずかしくもなんとも無いですよ。ひどい思いをした上に、なんで恥ずかしがる必要まであるのですか。今のうちなら、「なんだ、こんな程度で悩んでいたのか」で、きっと終わりにできます。早く専門医に診ていただくのが一番ですよ】と。
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