日々是雑感

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宇宙

 普通に生活していると、1日に仕事で何千字も入力しようとも、「宇宙」という単語は入力しませんし、書きもしないですね。ヘタすれば書くときに、「宙」の字が自信無いかも。

 私は無学ですが、ことさら宇宙には縁遠く、また興味もありません。
 今思えば、子供のころに夢中になったシャーロック・ホームズの第1作目「緋色の研究」(本当は『緋色の習作』と訳すのが正しいようですが)で、ワトソンがこう「述懐」していますが、これの影響を受けたのかも(笑)。
 彼は驚くべき物知りであると同時に、一面いちじるしく無知であった。当代の文学哲学政治に関する彼の知識はほとんど皆無らしかった。私がトーマス・カーライルをもちだしたら、彼はきわめて無邪気に、それがなにものでどんなことをした人であるかをたずねた。
 だがそんなのはまだよいとして、偶然のことから、彼が地動説や太陽系組織をまったく知っていないのを発見したとき、私の驚きは頂点に達した。いやしくもこの十九世紀の教養ある人物で、地球が太陽の周囲を公転しているという事実を知らぬものがあろうとは、あまりの異常さに私はほとんど信じがたくさえあった。
「ふふふ、驚いたようだね」彼は私のあきれた顔を見て微笑しながら、「だがこうして知ったからには、こんどはできるだけ忘れてしまうように努めなきゃ」
「忘れるように?」
「僕はおもうに」と彼は説明した。「人間の頭脳というものは、もともと小さな空っぽの屋根裏部屋のようなもので、そこに自分の勝手にえらんだ家具を入れとくべきなんだ。ところが愚かなものは、手あたりしだいにこれへいろんながらくたまでしまいこむものだから、役にたつ肝心の知識はみんなはみだしてしまうか、はみださないまでもほかのものとごた混ぜになって、いざというときにちょっととりだしにくくなってしまう。
【中略】だから役にもたたぬ知識のために、有用なやつがおし出されないように心掛けることがきわめて大切になってくる」
「だって太陽系の知識くらい・・・・・・」と私は抗議した。
「僕にとってそんなものがなんになるものか!」彼はせきこんで私の言葉をおさえた。「君は地球が太陽の周囲を回っているというが、たとえ地球が月の周囲を回転しているとしても、そんなことで僕の生活や僕の仕事に、なんの変化もおこらないんだからね」

「緋色の研究」コナン・ドイル 延原謙訳 新潮文庫より
 ワトソンも余計なことを言ったものです。
 ホームズの「頭脳=屋根裏部屋」説はどうあれ、知識というのは活かしてこそのものと思う私は、無用の知識を「教養」として、「ただ知っていることに意義がある」というような考え方はバカバカしいとしか思えません。
 ワトソンは、太陽系の知識を患者の診察や日常生活の何に使うつもりだったのでしょうか?きっと彼がその知識を知ってからその知識を実生活で使ったのは、このホームズとの会話が最初で最後だったのでは。

 だいたい、そう偉そうにホームズに言うワトソンにしても、太陽の周りを地球が回っているのを見たわけでは無く、学校かどこかでそう言われたのをそのままそう覚えたという程度に過ぎないはずで、それを「常識」として疑いもせずに他人を批評するワトソンを、本当はホームズは太陽系らのことを知っていて、しかし批判してそう知らないふりをして逆襲したのではないか?とさえ思ってしまいます。

 単純にホームズの言葉だけ見ても、引用部分の最後「たとえ地球が月の周囲を回転しているとしても」ということからもホームズが宇宙に関する知識は持っているのではないか?とうかがわせます。
 なぜなら、こういう言い方は「地球が月の周囲を回転していない」ことを知っている人間しか言わない言い方です。全く知らなければこの会話の中では出て来ていない「月」のことを新たに持ち出さずに、例えば「太陽が地球の周りをまわろうが、地球が太陽の周りをまわろうが関係無い」という言い方をするのではないかと思うのです。
 また、シリーズが続くうちに、ホームズはしばしば聖書の一説や様々な文学作品の一節などを引用したりするのが描かれており、ワトソンのこのホームズ評はやはり間違っていたわけです(後で物語の設定を変えたとか単にドイルが忘れただけというのは『シャーロキアン』失格です)。

 さて、私の場合は、仕事などである特定分野のものにかかることになると、その分野の専門家(というほどではありませんが)になるという癖があります。
 例えば、昔は野外体験施設で働いていたことがあったので、そのときは自然観察に関係することに関心が高く、またそれなりに詳しくなりました。しかし、その後は今の施設管理の仕事をしていますので、危機管理や建築設備に関係することが詳しくなり、自然観察は忘れつつあります。
 しかし、素地はあるのですから、何かのキッカケでまた自然観察系の仕事やそれに夢中になれば、たぶん復活する知識でしょうし、しかしその代わり、今度は施設管理系の知識を隅っこに追いやりそうな感じがしますね。

 ですので、ホームズの場合も、せっかく今、苦労して積み上げた推理や観察の生活を、何か新しいものに夢中になってそちらに動くと、またイチからやりなおし、となるのが怖いのかな?と思ったり。

 と、書いたところで思い出しましたのは、以前にも少し紹介しました「ツチノコ」でも有名な随筆家、故 山本素石さんは、その著書「完本・逃げろツチノコ」(筑摩書房)の中の「戦友往来」の中で、こう書かれています。
【前略】クラブ員に共通して見られる性癖は、思考能力の小児的集中と偏向であろうか。
【中略】
 だが、わがクラブ員たちの困った特色は、餌のことが頭の一部を占めると、忽ちそれが人生の一大事に発展して、他のことはもう入る余地がなくなってしまう。一人がはいるともう満員になる便所みたいな頭脳構造の持ち主が威勢をふるっている。
 たとえば、釣餌としての水生昆虫のことを考えだすと、その分類、生態、習性、分布状態と、次第に虫の世界に関心が移って、それを餌にして魚を釣るという最初の目的はどこかへけしとんでしまう。そして自分の年のことも忘れて、今から昆虫学者になろうと志を立てる。
 そうなると、本職の方はうわの空で、暇さえあれば川の石をひっくり返してあさり歩く。そのうち、ふと手にした石のことが気になりだすと、これは花崗岩か、水成岩か、それとも安山岩か、あるいは盆石としてはどうかんど、虫のことを忘れて石に夢中になり、今から鉱山学を専攻するのは遅いだろうか、と大まじめに考えはじめる。
 どうとも思案が決まらぬうちに、何気なく手折って持ち帰った水辺の花が、たまたま近所の花屋の目にとまって、
「珍しい花を持ってやはりますなァ。うちの店ではめったに置くこともできまへん。一本一〇〇〇円でもよう手に入れまへんヮ」
なんていわれると、昆虫や鉱物のような儲からぬガクモンに身を入れるよりも、ひとつ花屋でも開業してひと儲けしてやろうかという気になり、にわかに商売根性が頭を出す。しかし店を開くには金がかかるので、資金かせぎに野花の担ぎ屋から始めようかと、とつおいつ思案に耽っているうち、ある日、友人から電話があって、明日釣りに行かぬかと誘われる。そこでやっと釣りの気分に逆戻りすると、もう花屋のことなんか忘れてしまって、まっしぐらに餌を飼いに走ることになる。
・・・。ううむ、自分のことを言われているような気がする(笑)。
 しかし、この後、山本さんはこうも書かれています。
 こういう連中の寄り集りだから、ツチノコの探検に出かけてツチノコが捕まらなくても、一向に悲観したり落胆したりする様子が見えない。腹いせというわけでもあるまいが、その辺に生えているワラビやゼンマイ、ヤマウドなどを摘み採る者、沢をうろついて珍しい石を拾う者、さては手製の毛鉤をとばして天魚釣りをする者など、結構目先をかえてあそぶことを知っている。気変りが早いのも、こういう時には救いにもなるもののようである。
 私もそうですね。
 きれいな紅葉を見るために旅行に出かけた先で雨に降られたり既に紅葉が終わっていたりしても「じゃあ、風景を見るのはそこそこに、温泉でもゆっくり入ろう」「予定に無かったけど、博物館にでも行くか」と、ガッカリするということはまずありません。
 目的ばかりに目がいくと、こういう失敗の話もあります。
「おれは釣りにいって、金を五十両釣り上げた」と一人が言う。「そんなら、おれもいこう」ともう一人が品川沖へ出、大きな鯛を釣り上げたが、針から抜いて海へ投げ、「いまいましい。うぬじゃない」
(江戸小咄本「茶の子餅」より)
 以前書いたように、何か高い目標や理想を掲げると、目の前の十分な目標や理想にも不満だったり関心を持たないということの笑い話ですね。

 そういえば、学生時代、知り合いの女性にあるタレントに熱狂して、「彼以外の男は考えられない。結婚したい。絶対に彼」などと公言してはばからないような人がいました。
 私の友人が、これまた外見もまあハンサムといえる部類で頭も良く、性格も温和で優しいという男がいましたが、その彼が私が止めておいた方がいいと忠告したもののその女性に告白し、案の定、「彼以外は考えられない」として断られたというのを間近で見ていた思い出があります。
 何年か前に彼に会った時は結婚して2人の父親になっていましたが、伝え聞く彼女は卒業後も違うタレントだのにうつつを抜かしたり、目の前の人間よりも自分の中で創り上げた「理想の彼 像」に夢中にある内にこもった性格のためか、独身だそうです。まあそれが幸せならばそれでいいのですが、たぶん、彼女は目の前にその夢中になっているタレントを連れて来ても、失望はしても喜ぶことはしなかったでしょうねえ。

 ・・・あぁ、しまった。最初は「宇宙」に関する記事を見て感想を書こうと思ったのに、あっちこっちに話を飛ばして脱線してしまった。
 まさに、「一人入ればもう満員の便所」みたいな私の頭脳(笑)。

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