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もう7〜8年前になるかな。ちょうどこの時期に札幌に出かけたときの写真。 いい思い出がギッシリの日です。 皆様にも、すばらしいクリスマスプレゼントのある日でありますように。
贈る側として。贈られる側として。 |
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2009年12月25日
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昨夜はクリスマスプレゼントを持って実家に行き、そこで両親と一緒に食事しながら不況のニュースを見ていて、なんと言うことは無いのですが、なんとなく、心に残った話です。 何気に私が「今年は不況で、クリスマスどころではない人も多いだろうね。楽しみにしている子供になかなか言いづらいながらも『サンタさんから電話があって、今年は行けないから、ゴメンねと謝っておいて、と言われたよ』なんて弁解する親もいたりして」などと言ったところ、母は「かわいそうだけれど、子供には我慢させることも必要だよ」と、孫(私からすれば、姪・甥)に我慢させることなく大盤振る舞いをするくせに、言います。 その流れで初めて、60年も前の、母のクリスマスを聞きました。 昔なんて、まだ靴下なんて無かったから、足袋を履いていた。だから、クリスマスの夜は足袋を枕もとに置いてね、朝起きると、中にみかん2つと、10円が入っているの。あのときの10円だから結構な額で、今なら500円以上かなあ。喜んでサンタさんが来たと学校に行くと、あの当時、お金持ちの○○さんっていう家があって、その家の子が今でいうリカちゃん人形みたいな誰も持っていないようなものをサンタさんからもらったって、喜んで自慢しててねえ。子供心に、「なんで○○ちゃんのトコにだけ、そんなにいいもの、今年もサンタさんは持って行ったんだろう?」って、不思議に思ったものだよとのこと。 母は、それが「うらやましい」とか、「家が貧乏で、もっといいものが欲しかった」とか、そういう感想は言葉からも表情からも感じられず、何が言いたいのかそのときはわかりかねたのですが、続いて、
でも、その○○ちゃんは、勉強はできなかったねえ。今はお金のある家は塾に行って学力つけて、裕福じゃない家との学力格差がいろいろ言われているけど。実家で商売しているから、読み書きそろばんさえできれば勉強しなくてもいい、って感じだったからね。だから貧乏だった家なんかはせめて勉強を、って必死に勉強したものだったね。と続けます。 勉強できない、って言えば、△△さんも勉強がすごくできなくて、一年中、授業中は下を向いて当てられないようにしていた女の子がいたっけ。でも、運動会になって、『リレーの選手、誰にしますか?』って先生がみんなに聞くと、誰もが『△△さん』『△△さんがいい!』って、推薦したくらい、足はすごく速かった。 そうクラス中に推薦されたときが、△△さんが年に何回か、照れたような明るく笑顔になれるときでね、実際に足が速くて、運動会は彼女一番の晴れ舞台だったものだよ。今は、運動会でかわいそうだから、って、順番つけないようにしているんだって!?足の速い子の晴れ舞台を奪っているんだね。勉強では順番つけるのに。年寄りの話は、長くてあっちこっち飛んでイケマセン。 物をあげるだけじゃなく、その子の絶対にある得意なものを褒めて伸ばしてあげるとか、輝かせてあげるとか、思い出を残してあげるとか、実際にそれができなくても周りの大人がそういう見守る姿勢で包んであげるとか、そういうのが無いから、今の子はかわいそうなんだよ。不況だから、物がもらえないから、じゃないね。なるほど、そういうことが言いたかったんですか。 じゃあ、今日持ってきたプレゼント、返していただいて、いいのですよ? それとこれとは、話は別。そうですか(笑)。 私自身、確かにクリスマスに特別すごい物をもらった覚えは無いけれど、「楽しかったなあ」という思い出はたくさんあるし、自分は自分といろいろな考えや経験や思い出をもらってここまで来たなあ。かけがえの無いもの。 30年前の私のクリスマスプレゼントにも、私はとてもいいものをもらったような気がします。 そして今年のクリスマスも、何かとてもいいものをもらったり、あげたりしたような気がします。 |

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