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昨晩、私の住んでいる宮城県では、映画「猿の惑星」のリメイク版「PLANET OF THE APES/猿の惑星」が放送されていて、久々に見ました。 主人公が「猿の惑星」で捕まり、奴隷商人のような猿の牢獄に捕まっているときに、宿敵・猿の将軍が訪れます。そのときの会話です。 奴隷商人「果樹園を荒らしていたのはこいつらですか?将軍。それなら昔ながらのいい方法を知っています。絶対うまくいきますよ。見せしめに、人間の死体を吊るしておくんですよ。」 将 軍「人間擁護派が騒ぐ。既にガタガタ言われているんだ。」 奴隷商人「あぁ…ろくでもない理想主義者め。言論の自由には賛成ですが、やつらは黙らせなきゃ」そして、奴隷商人が人間に焼印を押そうとするのを、「人間擁護派」の猿・アリが邪魔をします。 ア リ「人間を虐待するのは許さない。こんなこと、止めなさい。」 奴隷商人「オヤジさんがいるから大目に見ているが、普通なら許さないぞ。」 ア リ「商売を止めればこんなことしないわ」 奴隷商人「おい。私はみんなが嫌がる商売をしてやっているんだ。それに、心優しいあんたらに、このアブナイ連中を扱うのは無理だよ。こいつらは馬鹿なケダモノだ。」 ア リ「彼らは馬鹿じゃない。教育すれば、私たちと共存できる。私が証明する」と言ってアリは牢屋を開けようとして、主人公に捕まってしまいます。 奴隷商人「どうだ?証明されたな」人間擁護派のアリは、人間が周辺を荒らしているということに対して、「私たちが棲む場所を奪ったからよ」なんて言っています。 いやはや、どこかで聞いたことがあるような会話だと、噴き出してしまいました。以前見た時とは違った観点で楽しめました。 「飢えて畑の食べ物を荒らさざるを得ない動物を補殺するのは残酷」「(暴れまわってどうしようもない熊を)なぜ射殺した」というような動物愛誤派の方々推奨の映画でしょうな。常々、「動物の立場になって考えてみなさい」などと言うような人にとって、人間が動物に虐待されるのは。 ふと思うのは、仮にこういう世界で、「人間擁護派」のアリの主張通り猿社会が人間の「人権」を認め、奴隷制度を排して、どこかの土地の範囲に限り人間の国と独立を認めたとしたら、猿と人間は本当に共存できるものでしょうか? オリジナルの映画では主人公ら以外は会話もできない程度まで落ちていますが、このリメイクでは人間は誰でも会話ができるなど、一定の知能があります。 もし、熊やエゾシカと会話ができれば、それで問題は解決・共存に向かうことができるでしょうか? 漫画家の鳥山明さんの描く世界では、しばしば動物が2足歩行をして服を着て会話をしますが、私はそれを見るたびに、「この世界では、食べ物はどうしているのだろうか?」と感じています。 ******************************** 先日、ネット検索をしていたところ、「詭弁のガイドライン」なるものを見ました。 どなたがお作りになったものかハッキリわかりませんが、「2ちゃんねる」にて生まれたというようです。ネット上で議論する際のルールというか何と言うか、結構有名なものだったようです。 1.事実に対して仮定を持ち出す 2.ごくまれな反例をとりあげる 3.自分に有利な将来像を予想する 4.主観で決め付ける 5.資料を示さず持論が支持されていると思わせる 6.一見、関係がありそうで関係のない話を始める 7.陰謀であると力説する 8.知能障害を起こす 9.自分の見解を述べずに人格批判をする 10.ありえない解決策を図る 11.レッテル貼りをする 12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す 13.勝利宣言をする 14.細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる 15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする 16.全てか無かで途中を認めないか、あえて無視する。 17.勝手に極論化して、結論の正当性に疑問を呈する。 18.自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する。 19.権威主義におちいって話を聞かなくなる。はてなキーワードでは、「犬は果たして哺乳類か?」という議論の場合の上記を例にあげており、わかりやすいです。 自分がネット上で議論したり、このブログ記事を書いている(何かを批判するとき)にも当てはまる自戒すべきことが多々あります。 しかし、詭弁から新たに生み出されるものが皆無かと言えばそうとも言い切れませんので、詭弁のガイドラインに当てはまるからといってそれが即、忌避すべきものとばかりとは言えないかもしれません。 ですが、某自然保護団体にほとんど当てはまっており、噴き出してしまいました。 ******************************** やはり昨夜、テレビ朝日系列で放送された「SmaSTATION!!」という番組では、「カトリが行く!トリックアートミュージアム」として、那須にあるトリックアート美術館の展示を紹介されたほか、様々な視覚トリックの錯覚と驚きをわかりやすく・たくさん紹介されていました。 確かに目に見えているものであっても、多面的見方があったり、あるいは見えて得た印象と正体とがまるで違っているものなど、大変興味深いものです。 道路建設の際には強度的なものとか維持管理のしやすさということも大切ですが、そういうドライバーが運転している最中に起きうる視覚の錯覚が起こり得ることを想定して作って欲しいですね。たまに、下り坂なのに上り坂に見えたりという道路があって、そこでは下り坂にも関わらずアクセルを強く踏んで加速し過ぎてしまう道路があります。その逆では渋滞が発生したり、ということが起きてしまいます。 視覚で見えているものが、現実では必ずしもイコール・正しい・それだけが正解というではないということですね。 耳ざわりの良い自然保護の主張や、「目からウロコ」な主張、多くの人が賛同するような説でも、その見聞きしたことが正しいとは限らないのですが、視覚トリックと違い論理のトリックは「それは違うよ」と言葉で説明しても伝わりにくいのが残念です。
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2011年01月09日
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