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最近では全国の新聞報道から様々な出来事をお知らせしてもらっている私が新聞紙面や新聞記者に文句を言うのは天につばすることかもしれませんが。 テレビには放送法というものがあり、以前も紹介したとおり、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」(第3条の2の4)と、これが守られているかどうかは別として定められていますが、新聞は特にそういう規制は無いようです。 そうなると記者や新聞社の良心とか良識、もっと言えばその記事にすべき案件を鋭く分析して多角的に見て、取材で裏付けるような能力を期待するしかないわけです。 しかし、以前からその新聞紙面でただテキトーな情報の垂れ流しをすることは繰り返されており、実に愚かだと残念に思います。 例えば、1月9日の毎日新聞ですが、日本熊森協会さんのドングリばら撒きをこんな風に紹介しています。 ドングリ:餌不足、県内のクマ支援 自然団体呼び掛け、全国からどっさり /群馬 ◇段ボール300箱3.5トン届く 餌不足のクマのため山にドングリをまこうと、高崎市の自然保護団体が昨秋、全国に協力を呼び掛けたところ、まききれないほどのドングリが集まった。クマが冬眠に入った今も寄せられており、大型の段ボール箱で計約300箱分、約3・5トンに達している。目覚めた時に少しでも餌の足しになるようにと、団体は春の訪れを待って再び山にドングリをまく。【鳥井真平】 呼びかけたのは「日本熊森協会県支部」。川嵜實支部長によると、昨秋は夏の猛暑の影響でブナやミズナラになるドングリが不作となり、各地で人里に出没するクマが相次いだ。中には駆除されたクマもいた。 こうした悲劇を少しでも減らそうと、支部は昨年10月からドングリを募集。ミズナラなどの林は市街地周辺にも多くあり、北海道から九州まで全国各地の3000人以上からドングリが寄せられた。その多くに「クマさんに届けて」「子どもと一緒に拾いました」などのメッセージが添えられていた。 支部は、寄せられたドングリを昨年10〜11月、12回にわけて県内の42カ所にまいたがすべてをまききれなかった。当初の募集期限の昨年11月末を過ぎても送られ続けており、春にも再び県内の山にまくことを決めた。 川嵜支部長は「善意のドングリがこんなに集まり感激した。クマに贈り主の皆さんの気持ちを届けたい」と話している。 【後略。支部連絡先】ご丁寧に連絡先まで書いて、検証は放棄している、まったくの提灯記事です。 日本熊森協会さんのこの活動に対しては、私ももちろんですが、大小様々な異論が出されています。 有名どころでは、数多くの実績をあげられているNPO法人日本ツキノワグマ研究所の米田理事長も正式に反対を表明されていらっしゃいます。 手前味噌ですが、Googleで「どんぐりまき」と検索すると、私が以前書いた「ドングリまき(置き)の言い分 その1」などがHITします。 この記者は、そういうたったそれだけで済む検証は試みたのでしょうか?それが誰も異論も懸念がない「いい話」だと思って手を抜いたのでしょうか?それとも、検証したけれども取りあげる価値なしと判断したのでしょうか? 放送法に上記のような規定があるのは、その報道に関わった人や視聴者に大きな影響があることから慎重にすべきという意味であり、それは法規定されていないだけで新聞も同じです。読者に、ただ一方の情報を垂れ流すのが新聞社の仕事なのでしょうか? 上記「ドングリまき(置き)の言い分」で引用したJ-CASTニュースの配信記事の方が、わずかですが異論も掲載しており、報道姿勢としては当たり前のものです。 以前にも指摘しましたが、日本熊森協会さんではマスメディアから取材を受ける条件として、 マスメディアのみなさんからの当協会取材受付条件
という項目を挙げています。1、人間による森林破壊の最大の被害者である哀れなクマを、絶対に悪く報道しない。 (空腹に耐え切れず、しかたなく人前に出てきたクマたちを追い掛け回して面白おかしく報道するなど、問題外。臆病なクマをパニックに落としいれ、人身事故を多発させています) 2、現象だけでなく、なぜこんなことが起きているのか、正しい原因を報道する。 3、これからどうしていけばいいのか、解決法を報道する。 取材を受ける側がどんな注文をつけようとそれは全くの自由ですが、しかし、もしそれに迎合して適当に仕事をして紙面を埋めようというのであれば、この新聞社(支局)や新聞記者はその業務や職に信念や使命感というものは感じないのでしょうか? むしろ、こんな記事内容では、日本熊森協会さんのつけた条件「正しい原因を報道する」を守っていないとも感じざるを得なくなってしまいます。 さて、1月10日に配信された産経ニュースの記事も、特集連載「ボーダー その線を越えるとき」として様々な境界について書いていて、このドングリまきについて取りあげていますが、きちんと両論を掲載しています。 【ボーダー その線を越える時】(9)自然の境界 野生クマへの餌やりは保護か (1/3ページ) 2011.1.10 21:04 「クマの生息地を壊し続けてきた人間側としては、クマに食料を提供しなければならない」。自然保護団体・日本熊森協会(兵庫、会長・森山まり子)はこう訴え続けている。 クマが人里に大量出没した平成22年。環境省によると、同年4月から11月末までに捕殺されたクマは実に3419頭。餌となるドングリの不作が、出没の大きな原因といわれている。 同年11月24日。1機のヘリコプターが富山県上市町の奥山の空を舞った。つるされたバケツの中身は全国から集まったドングリとクリ。凶作の年に同会が行う「ドングリ運び」の光景だ。投下先は協会が所有する同町内の森林。計1トンを投下した。クマが人里に出てこないようにするのが目的で、森山は「出てきたクマを殺すのは生態系への人為攪(かく)乱(らん)」と指摘した上で次のように強調した。「クマは森の生態系の頂点。自然界のバランスを壊した人間と動物とのすみ分けを復活させたい」 しかし、ドングリ運びには批判も多い。環境省は野生動物が人里へ出没する理由の一つとして餌付けを挙げて中止を呼びかける。人間が与えた餌や放置したゴミに野生動物が依存している−というのだ。 だが、協会は「餌付けの目的は人間のところに引っ張り出してくること。ドングリ運びは奥山からクマが出てこないようにすることだから餌付けではない」と否定する。 動物との境界に、人間はどこまで介入すべきか−。9年の設立以来、協会は20府県に支部を開設、会員は2万5千人を超えた。 【後略。次の話題】問題提起の体裁にもなっており、読者が考える材料が盛り込まれています。最低限、このくらいの記事であるべきでしょう。 この記事の中の会長さんの見解をまた私がくどくど反論を再掲する必要も無いと思いますが…。 「クマの生息地を壊し続けてきた人間側としては、クマに食料を提供しなければならない」。
以前も指摘しましたが、協会さんのHPでは、「その証拠に、山の実りが良かった2009年には、クマはほとんど山から出てきませんでした。こんなことは、子供でも知っています。」と書かれていますね?これはつまり、「通常期には熊の生息に十分な食料がある」という見解と同意義ということであり、すなわち、人間が熊の生息地を壊し続けたわけではないとなり、従って熊に食料を提供する義務は発生しないという理屈になると思いますが? 「出てきたクマを殺すのは生態系への人為攪(かく)乱(らん)」と指摘した上で次のように強調した。「クマは森の生態系の頂点。自然界のバランスを壊した人間と動物とのすみ分けを復活させたい」
木々の実りに豊凶があるのは、木々の成長戦略と考えられており、食べ物にあぶれて死ぬべき個体を生き残らせるということはつまり、長期的スパンで考えて広葉樹の森が広がることを妨害している行為であるとも言えます。つまり、それこそ生態系への人為撹乱であり、そういう行為をすることも自然界のバランスを壊す人間と言えるのではないでしょうか? 協会は「餌付けの目的は人間のところに引っ張り出してくること。ドングリ運びは奥山からクマが出てこないようにすることだから餌付けではない」と否定する。私には到底理解できない主張ですが、百歩譲ってそうだとしても、日本熊森協会さんのHPの12月6日の記事によると、地元の方に「こんな地元の人間が通る場所にドングリを置いて熊を呼ぶな」という旨でお叱りを受けたそうではないですか。 どんぐり運びでご迷惑をかけた一部地元のみなさん ごめんなさい 【中略】 ここなら入る人もなさそうだから大丈夫だろうと判断して置いた場所が、地元の人が通ることもある場所だったりして、「こんなところに、クマを集めるな」と、お叱りを受けたこともありました。 やはり、地元の学校などで取り組んでもらわないと、外から行った者には、置く場所の選定が難しいと思いました。ご迷惑をおかけしたみなさん、本当に申し訳ございませんでした。 【後略】協会さんの理屈であれば、これは「餌付け」ですよね? 餌付け、してるじゃないですか。 そういうミスを謝罪・公表をする姿勢があることや、オオカミ導入や遺伝子操作による復活に反対のご意見などは一定程度は同感で、私は何も協会さんのお考えや活動を全否定するものではありませんが、熊に対しての過剰な思い入れはどうかな?と私は思いますし、それ以上に、公平かつ客観的とは言えないマスコミの報道はどうかと思いますね。
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2011年01月11日
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