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少し前の記事ですが、まずは1月7日の中日新聞の記事です。 集落最後の1匹? 旧足助・小手ノ沢でキツネの死骸発見 2011年1月7日 豊田市小手沢町(旧足助町小手ノ沢)の集落で昨年1月に死骸で見つかったキツネの死んだ時期が1979(昭和54)年とみられることが、名古屋大年代測定総合研究センターの鈴木和博教授らのグループの調査で分かった。集落ではちょうどこの時期からキツネがいなくなり、集落最後の1匹だった可能性がある。 キツネの死骸は、建て替えのために地蔵堂を取り壊した際、軒下から体の左半分がミイラ化した状態で見つかった。体長は50センチ以上。成獣とみられるが、雌雄は不明。そばには71〜82年に販売された即席ラーメンの袋が落ちていた。 小手沢町出身の鈴木教授らが炭素を使った年代測定法でキツネの死骸を調べた結果、キツネが死んだとみられる年が60年、63年、79年の3年に絞られた。さらに、ラーメンの袋をキツネが持ち込んだ可能性が高く、死んだ年を79年と絞り込んだ。 集落では現在、キツネがいた時代にはなかったというイノシシの被害に悩まされている。一般的に、イノシシは山に餌が無くなって人里にも姿を現すようになったと考えられているが、今回のキツネが死んだと推定される5年ほど後からイノシシ被害が増えたとの声もある。 鈴木教授は「キツネはイノシシがいる山と人家の間で暮らしていた。イノシシの子のうり坊を餌にしていたから、当時のイノシシは人家近くに寄って来なかったのではないだろうか」と話している。 【後略】 (中村禎一郎)記事中の「炭素年代測定法」というのは、しばしば遺跡から出た出土品などの年代測定をするのは聴いたことがありますが、てっきり数百年〜数千年単位のものを調べるのに使うものとばかり思っていましたが、ここ数十年という短い期間でも測定できるものなのですね。 しかしそれにしても、「60年、63年、79年という3年のうちどれか」というのは随分バラツキがあります。60年から79年の間ごろまでと測定が出て、それで様々な他の要素から絞り込んでこの3年にして、結局物証のラーメンの袋が決め手…という絞り込みだったのでしょうか? なぜ、「ラーメンの袋をキツネが持ち込んだ可能性が高い」と言えるのか、その根拠までは記事には書かれていないのが残念です。 私は別にこの土地の地勢を調べたわけでもイノシシやキツネの専門家でもないので、あくまでも経験と記事に出ている範囲からの感想なのですが、「キツネが平地性=人家近くに生息する生き物」で、「イノシシが山に住んでいる(いた)生き物」ということが前提で考えた場合、キツネがいなくなったからイノシシが増えたと言えるようなまでの因果関係ってのがそんなに深いのでしょうか?ということがまずあります。 この論理では、「キツネが減った原因」には何も触れていないわけです。例えば、年とともに山際に近い=キツネの生息地であった平地が手入れされずに、徐々に荒地化・森林化してきてキツネの生息場所であった山と里の緩衝地帯が減ったためにキツネが減ったということが、全くの推測ですが仮定として成り立ちます。一方そうなった場合、イノシシはそのような環境変化は望むところですし、そうなると里にも出やすくなるわけです。荒地になってきたということであればそれは人が出入りしなくなってきたということですからね。そして畑には雑食のイノシシには好物でキツネは食べない作物がいっぱいあるわけですから、そのことをを覚えれば、急速に個体数を増やす=被害を増加させることになるでしょう。 キツネがイノシシの子を食べるのは間違いないことだと思いますが、しかしそれが果たしてイノシシの数を増加させないほどの圧力にまでなっていたのでしょうか?だいたい、この「最期のキツネ」が死んでから5年後くらいからイノシシ被害が増加しているということですが、これが「最期の1頭」ならば、それ以前から既にキツネはほとんどその地域からは姿を消していたはずで、5年後という期間でさえもイノシシの子供が成長して数を増やし始めるのに十分ですが、それよりもさらに前から既にキツネからの圧力が人里と山の間で失われていたならば、その影響が生じるのがちょっとタイムラグがあり過ぎるように思うのですが。まして、炭素年代測定法では60年から79年という19年の幅があるわけですから、何だかこのイノシシ増加は天敵だったキツネがいなくなったからだ、というのを言いたいがために、なるべくタイムラグが少ない年代幅のラスト・79年にしたかった…という印象さえ、この記事だけでは持ってしまいます。 続きまして、1月23日の富山新聞の記事。 今年の干支、野ウサギ激減 富山県内 里山の環境変化裏付け 今年の干支(えと)、野ウサギが富山県内で激減している。2009年度のウサギの捕獲数は最も多かった年の0・6%に当たる111匹にとどまったことが、22日までの県の調べで分かった。かつて農作物に被害を及ぼすため年間7千匹以上が駆除された年もあったが、06年度以降、駆除する必要がないほど個体数が減少。自然環境の変化とともに、県内で姿を消している。 県の調べでは、野ウサギの狩猟数は戦後増加し、1973(昭和48)年度に最多となる1万8771匹を捕獲した。しかし、1990年代以降は捕獲数が減少し、2007、08年度はわずか69匹にとどまった。県は「市町村から野ウサギの駆除の申請がなく、駆除するほどの頭数はいない」(自然保護課)と話す。 県によると、野ウサギは低木が茂る山間地に生息し、下草や木の芽を食べる。戦後、大規模な植林により、木の芽が豊富で、野ウサギが餌に不自由しない状態が続いていた。 ただ近年、間伐の手入れをする人も少なくなり、大木の残る山林が多くなった。その結果、木が肥大成長して日光を遮り、草が陽光を浴びて成長できない場所が増えた。 県は「野ウサギが生活できる環境も減少したのではないか」(自然保護課)とみている。近年、野ウサギの足跡が河川敷で多くみられるようになったことから、野ウサギが森林を出た可能性もある。 また、県は草を食べる野ウサギなどの動物が数を減らした代わりに、ドングリなど木の実を餌とするクマやサルが相対的に増えた可能性も指摘している。富山県と愛知県という、離れた地域での話ですからこれがその根拠というつもりは毛頭ないですが、例えばこのような「生息環境の変化で特定の動物が増減する」ということは十分あり得るわけです。 豊田市の記事については、キツネもこんな感じで減り、そしてイノシシは増えたという点では検討されたのか否か…。 ところで、ペットとして安易に飼ったウサギを持て余して捨てるという馬鹿が今年は急増傾向?ということです。 そしてこれを読むと、今度は上記富山県のウサギの減少も、本当に生息地の減少だけで減っているのだろうか?と、何だか二転三転する思いをもってしまいます。 1月19日の産経新聞の記事です。 “えとブーム”の陰で…ウサギ受難 飼育放棄増「手軽なペット」誤った認識 産経新聞 1月19日(水)7時56分配信 卯年を迎え人気の高まるウサギだが、その裏で、飼育放棄で公園や河川敷に捨てられるケースが増加している。背景には「手軽に飼いやすいペット」という誤った認識があるという。愛護団体などでは「“えとブーム”の陰で、捨てウサギが一層増えるのでは」との懸念が広がっている。(時吉達也) 捨てウサギの保護や飼い主探しをしている日本うさぎ愛護協会(東京都)が今年最初の相談を受けたのは、年明け間もない3日。横浜市内の路上で、後ろ足を引きずり歩くウサギが発見された。8日には通報を受け、東京都内北部の公園で生後数カ月とみられる子ウサギを保護。ともに毛色が整い、商業用に繁殖されたウサギとみられる。捨てウサギの大半は野犬に襲われるなどして命を落とすといい、協会事務局では「ウサギ年は始まったばかりなのに」と憤りを隠さない。 犬猫のように鳴き声に悩むこともなく、集合住宅の世帯を中心に人気が高まっているウサギ。小動物飼育用品メーカー「ジェックス」(大阪府)によると、国内の飼育数は推計92万匹(平成22年)で、えと人気の影響を受け「来年には100万匹に達する見込み」という。 その一方で、飼育放棄されるケースも年々増加。愛護協会では設立当初の平成17年に年間10匹程度だった捨てウサギの保護件数が、21年には約100匹まで増えた。大阪で保護活動に取り組むNPO法人「ラブアンドピース」の阪上義昭代表理事によると、飼育放棄の最も大きな要因は家族のアレルギー。ウサギの体毛は犬や猫に比べて細く、発症しやすいという。また、室内のコードをかみ切ったり畳を掘ったりする習性があり、一定の管理が必要なのにもかかわらず、「『鳴かない、おとなしい』のペットショップのうたい文句が独り歩きしている」(阪上氏)という。 【中略】 愛護協会では「猛暑でも屋外に放置し、ニンジンの皮を食べさせる小学校飼育などを通じ、『気軽に飼える』という誤った認識が広がっている」と指摘。ウサギの寿命は一般に7〜10年程度とされ、「一生面倒を見る覚悟と環境を整えてから購入を決めてほしい」と訴える。 【後略】この記事で驚くのは、野犬が捨てられたウサギを駆逐しているという点です。 ウサギにとっては非情で残酷な災難ですが、数を増やせないでいるということは複雑な気持ちです。 捨てたアホにはそのような哀れな死を遂げたということをハッキリと、もっと大きな声で伝えるべきでしょう。捨てたウサギが生きたまま野犬に食い散らされたと言う事実を伝えれば、少しは安易に捨てることが減ると思いたい…ですが、まあ自己都合で捨てるような人間の心にはそんなことを報じても少しも心に響かないことでしょうねえ。 以前も少し書いたのですが、飼い犬の処分件数は大きく減っているということですが、それは単に保健所に持ちこむことさえしない人間が増えているという見方もできるかもしれません。 つまり、「捨てる」わけですね。まあ、持ちこまれての処分は減り、野犬の苦情や駆除が著しく増えてトータルでは変わらないというわけでもなさそうなので、犬を捨てるという人の全体数が減っているのかもしれませんが、この野犬が、捨てられるウサギを駆逐するほどの圧力がかかっているということは、富山県のノウサギが減っているというのも、野犬によるものという事情も少しはあったりしないでしょうね?と心配になる記事でもあります。 ちょっと脱線気味でしたが、「キツネのミイラ発見」記事を読んでつくづく思うのは、自然界で起きた現象を事後に検証するのも困難なのですから、自然にかかる何かをこれからしようとする際の事前検証・予測は、さらに大変だろうなあ、ということです。
何かをしたら、こうなるかもしれない…というような多面的な発想や想像力が無いと、ドングリまきとか、オオカミを導入しようとか、そういう安易な発想になり、そして思いがけない大失敗が訪れると思いますね。 |
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2011年01月23日
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